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【S3|身体性の哲学】ココロに響く声 —— 浸透する波長というデザイン #6(最終回)

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第6回(最終回)|(改めて)ココロに響く声


ここまで、声について書いてきた。

信頼の話をし、
質の話をし、
感じ取る力の話をし、
デザインの話まで辿り着いた。

けれど、
出発点はずっと同じ場所にある。

なぜか、
気になってしまう声がある。

理由はわからない。説明もできない。

それでも、確かに引っかかる。

声は、伝えるための道具ではない。

もっと手前にある。

その人が、
どんな時間を通ってきたのか。
何を大事にしてきたのか。
どこで立ち止まり、
どこで進んできたのか。

そういったものが、声には、
そのまま残る。

だから、声は装えない。

取り繕うことはできても、完全には隠せない。

どこかに、必ず滲み出る。

私が「ココロに響く」と感じる声は、
強い声ではない。

正しい声でもない。

むしろ、少し揺れていて、言い切られていなくて、
余白を残している声だ。

その余白に、聞き手が入り込む。

理解ではなく、共鳴が起きる。

だから、浸透する。

デザインも、
同じだと思っている。

強く主張しない。
正しさを押しつけない。

それでも、使われ続ける。
残り続ける。

声を響かせようとしなくていい。

大きくする必要も、整える必要もない。

ただ、自分の声から逃げないこと。

何を選び、
何を選ばなかったのか。

その積み重ねが、声になり、判断になり、
デザインになる。

結局、私が信じているのは、
これだけだ。

感じてしまったことを、なかったことにしない。

その感覚を、静かに引き受ける。

ココロに響く声とは、
届かせようとする声ではない。

生き方が、そのまま鳴ってしまった結果だ。

私は、その声を信じて、
これからもデザインを続けていく。

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