抑えてきたものに、向き合ってみたら
心の奥にある「抑えてきたもの」
――あなたには思い当たるものがありますか?
僕の場合は、自分勝手さや素直さ、押し込めてきた感情たち――
それが、大きな黒い石のように、ごろっと現れたのです。
👉 前回の記事はこちら:「素直な心は、どこへいった?」
目の前に現れた大きな黒い石
ユング心理学に触れて「シャドー(抑圧された部分)」を考えていたら、思いもよらない闇が出てきました。
それは「自分を抑えてきた」感覚そのもの。
僕の場合は「自分勝手さ」「素直な心」、そしてネガティブな感情だけじゃなく、ポジティブな嬉しい気持ちや喜びまでも、抑えるクセもついていることに気づきました。
なにか真っ黒で大きな石が、体の中からごろっと転がり出てきたような感覚。「こんなものを背負っていたのか。」その実感だけが、胸に残りました。
軽くなった
この石の正体はわからなくとも、「え?こんな大きな重いやつが入ってたの?」という驚きと、軽くなった感覚はわかります。
でも、ChatGPTに「これに名前をつけるなら?」と聞かれても答えられない。
というのも、ずっと目を背けてきたものだから、正体がわからないのです。
触れそうだけど、触りたくない。
得体を知りたいけど、
怖くて覗けない不思議な存在です。
捨てちゃだめ?
得体のしれない存在を、
「すっきりしたから、捨てちゃだめなの?」とChatGPTに聞いてみました。
それはダメです。捨ててしまうとまた無意識に押し戻してしまい、別の形で顔を出すからです。「見える場所に置いたまま、一緒に歩くこと」が大事です。
と教わりました。
一緒に歩いてみると…
この黒い石と一緒に歩いていると、怒ってる、悲しい、ちょっと言わせろ!と感情を表してくるんですよね。それをどうしたらいいの?
とChatGPTに聞いてみました。
石を無視するよりも「そこにある」と認めて歩く方が、ずっと心が軽くなります。怒りや悲しみは敵ではなく、サインなんです。
「そうだったんだね」と受け止めるだけで、静かになっていきますよ。
なるほど、無視してたものを、「認識する」だけで違ってくるんですね。
新しい力になっていく
抑えていた感情「シャドー」は、危なっかしくて、面倒なイメージしか湧かなかったのですが、うまく取り扱えば新しい力に変わっていくそうです。
怒りは「大切なものを守る盾」になる。
悲しみは「人の痛みに寄り添える共感の力」になる。
寂しさは「つながりを求めて動き出す力」になる。
怒りは、理不尽な扱いや踏み込みすぎを感じたときに湧くサイン。「ここから先は入らせない」という境界を示す力です。
悲しみは、人の痛みに寄り添う感受性を育てます。失敗や別れに心を痛めた経験があるからこそ、人の涙や沈黙に気づける。
寂しさは、人を外に向けるエネルギー。
孤独を知るからこそ、「会いに行こう」「声をかけてみよう」と一歩を踏み出せる。出会いや絆を生み出す原動力になるのです。
結び
つまり、大きな黒い石は弱点ではなく、これからの自分を支える資源になり得る――そうChatGPTに教えてもらいました。
扱い方がまだわからず、不安と新鮮が入り混じったままですが、だからこそ記事にしてみました。
言葉にしてみた途端、ずっと奥に沈んでいた記憶がふっと浮かびました。
中学の頃、好きだったバレーボール選手にファンレターを出して、姉にからかわれて、胸の奥がキュッとなった、そんな些細な出来事です。
「え、そんなの気にしながら生きてたの?」と、おっかなびっくりの自己探索が始まりそうな感じです。
ここに書き留めておくことで、この石と共に歩む練習が始まった気がします。完璧に扱える訳じゃないけど、黒い石と一緒に歩きながら、この先の景色を確かめていきたいと思います。
自分が抑えつけてきたものがあるということは、優しさや共感に昇華できる資質を、心の奥に持っているということかもしれない。
それは僕にとって、小さな発見でした。
そして、あなたの抑えているものの中にも、力に変わる種が眠っているのかもしれません。
読んでくださって、ありがとうございます🌿
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