信州生まれ下町育ちの母を電子の海へ還す――母と私のnoteとkindleで行う生前葬プロトタイプまとめ
後悔があります。
父方の祖母は可愛がってくれたのに、僕が幼稚園の頃には寝たきりだったから、その姿しか覚えていないこと。
父方の祖父は家庭内暴力で父や親族を傷つけた人だけど、癒えない傷を抱えて自慢の息子(10歳上の息子から父に切り替わってる)の逆縁でひとまわり小さくなっているのに、何もしてやれず、父方の親族と絶縁することになったこと。
母方の祖母に関しては、1950年の故人なので後悔というより、「お土産はジャガイモでいいですか?」って思ってます。その夫の母方の祖父に関しては、電車と徒歩でどこにでも行けた人なのに、自動改札出来た頃に電車を使えなくなったこと、仕事が忙しくて気配り出来なくて恥じています。祖父は気にしないだろうけれど、オレンジカードくらい届けてやれと当時の自分に憤っています。若くて日々のことで精一杯だった。
父? 息子としてベストは尽くしたので、ぜひ正座で話し合いたいので、夢に出てこいと待っておりますが、出てきません。
ヒカリは会いたい家族ですが、あれ以上生きてくれというのは、人間の忍耐の限界を越えると思うので、5つ下ではあっても寿命だと受け止めています。
父には、「父としてどういう気持ち?」と容赦なく質問する構えですから、それは出てこられないでしょう。半分冗談です。病気とはいえ、我々家族の愛や信頼や絆は、こういう形しか無かったのかと、理解し難い気持ちはあるので。そんな専門特化で打たれ弱い、頑張りすぎる父だと理解しています。
祖父母4人、父、きょうだい。合計6人に対して、そう思っています。
最後の家族の順番
母に「私が死んだら、トラガラが独りになる」と心配かけています。
でも、「78で、僕が持病でうっかり死んだら困るでしょ」「困る」って会話もしてます。あなたが後期高齢者なのだから、骨拾うのは私の担当。その後のことは、別の問題としてどうにかする。葬儀と埋葬は所属教会があるのでどうにかなるし、訪問看護が週3で入っているので、孤独死すれば彼らが気がついてくれるかもしれない。
独身なのだから、入院するか、家の外で倒れるか、家の中で倒れるか、3パターンのどれかだから、1/3で孤独死でも仕方ないと思う。健康管理は努力できても、孤独死を回避する方法は分からない。
先進的な親子
母は小学2年から小学4年の3年間、診療所や隣町の先生(元軍医さん)などに足首を診察してもらっても骨結核をなかなかみつけてもらえず、片足切断と言われて、さらに遠くの医療機関の先生達が当時の先進医療(だと思われる)で、骨盤の骨を削り足首に移植する手術をしています。小5はリハビリ、小6から松葉杖無しで歩けるようになったけど、もう走れない足になっていました。結核は母から母(祖母)と、走れる足を奪いました。
だから、僕もヒカリも、反抗期や親子喧嘩でも、絶対に足を攻撃しないし、口論以外しません。
その代わり「不良になって困るのはだれ」「僕です」とか、「お前の反抗期の反抗はその程度か」と、言葉で縛ってくるタイプというか、子どもに考えさせる人なので、厳しい面は厳しいです。感謝してますけど。
2023年から取り組んだ母のDXに関しkindleの『AI for US』と、GitHubとAcademia.eduで『Future AI × Dignity』を公開できています。kindleは日本語版も用意していたのですが、英語版で国内でも無料キャンペーンで反響があったので、日本語版は見合わせた経緯もあります。Academia.eduに関しては、無所属の独立研究者なので神学の領域の論文の方が反響はありますが、上記も読んでいただけています。私は修士博士号を持たないのだから、専門家の邪魔をせずに、彼らが仕事をしやすくなることを願っており、現状は感謝なことです。
「(課金版の)Geminiにきく」「AIの方がお前より優しく教えてくれる」など、酷い言われようですが、「AIは母さんを叱ったりしないし、AIに質問するのが日常になるまで、後押ししたの誰でしたっけ」って顔をしてます。
このように、うちの親子は、おそらく先進的です。あの人、ゲーミングチェアを78歳なのに2日がかりで組み立てていますし。
今の60代前後が後期高齢者になる頃を先取りしている可能性があります。
生前葬
母は自由をものすごく重視します。縛られることを嫌います。長野の南アルプスの山里の山村育ちだから、アニミズムも身近です。例えば、お正月のお飾りや、荒神様や厠の神様(正式名称、母は知らない)など7柱くらいの神をお祭りするお飾りも村人が手作りし、どんと焼きで焼くので、伝統は見て育っています。汎神論や多神教も近い。その上で「葬式はいらん」と言う人で、エンディングに向けて物を減らしたいと言うので「それ以上減らして、防災用品とか無くすと災害時に困るでしょ」と止めるレベルのミニマリストです。
帯状疱疹後神経痛は回復に時間がかかる。痛みから気を逸らす必要がある。医師から「散歩は、痛くない範囲で(無理するな)」と言われている。これ90日とか放置すると、刺激が減ることで認知機能が衰えることなど問題が起きてはまずいと考えました。あと、近未来にベッドと椅子で時間を過ごし行動範囲が狭くなった時にネットに居場所があると精神的な自由が保てると思い、noteの再開を提案しました。(1日1本エッセイ書くのを48日継続し、月4万ビュー出すのはやりすぎだ母さん。息子はエッセイ書いても、そんなに安定して伸びない。どういうことなの)
祖母がいなくて片親だから、祖父が働き者でも貧乏はするのです。足も悪い。結婚したら夫の療養と、子ども二人がおそらく父方から遺伝しヒカリは2017年に亡くなった。その伴走をやって70になった。30代から60代まで30年、家族のケアに人生を使った人なので、「私の人生は何だったのか」と問うと苦しいと思う。べつに平将門や菅原道真や崇徳天皇のように怨霊にはなっておらず、30代くらいの女性が小さな子を連れてて、初対面の母と公園で立ち話したりするみたいだし、猫や犬も寄ってくるので、無害なばあちゃんではあります。けど、無念はあるでしょう。
鎮めるという文化はありますが、葬式はいらんという人なので、お墓は教会の共同墓地を契約してあるから散骨する必要は無いです。
noteを通じて(SNSは出来ないので)、ネットに居場所を作ること、エッセイを書いていくこと、これは何かと考えて来ました。KDPも使うから自費出版とも手法は似ていますが、母は有名になりたいわけではない。
電子の海へ還るという、先進的な生前葬のプロトタイプかもしれません。これだと、死後の管理コストも少ないし、お参りにいく代わりにnoteを読みに行くことも出来る。(管理する者がいる間は)
海外に友達がいても、時間も空間も関係ない。母が自分の人生を俯瞰し総括することの他に、母の読者の中で、母の目を通した信州の自然とか、祖父の様子や、結婚したら話が違って仕事やめる羽目になるとか、色んなことを、様々な人生観の読者さんが受け止めて、色んな評価をしてくれるから、これ生前葬に思えるのです。
母に「生前葬だね」と伝えたら「生前葬すると長生きするっていうけど、いいの?」ときかれて、長生きするよう伝えておきました。
まとめ
ネットやAIが当たり前になった我々が老いて死んでいく時に、子どもに迷惑かけたくない(社会に、他人に)、と願う時に、日本の良い意味で曖昧で懐の深い宗教観だと、ネットにエッセイ書いたりkindleを出すことを通した、「生前葬」の需要が生まれるかもしれません。
高齢者福祉やエンディングや尊厳や晩年の自由と、人としての誇りなどを総合的に扱えるので、この方向で取り組みをして、「日本型だよ」と人口の多い国に輸出すると、日本が海外に売るものが出来ません? 海外でも高齢者福祉の問題は共通するので。
(おそらく健康寿命を伸ばすので、介護の予算も減ると思う)
この記事を書いた人
部活動:note大学哲学部
現在のこのnoteのメインコンテンツ:みんなのための社会デザインラボ

母のnoteは基本的に(kindle出版の過程を公開範囲絞った100円記事以外は)無料で、これからも無料で書くはずです。kindleが売れたり、Kindle Unimitedで読まれることは、社会参加というか、自分の文章が読者のお役に立てたのかもしれないと、書き続ける勇気をいただいています。
お時間が許せば、サンプルを眺めてやって下さい。
よろしくお願いいたします。
僕の本と違い、読んでも疲れないタイプですので……。

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