夢の国を作った男の「狂気」と「執念」|ウォルト・ディズニー伝記レビュー
著者プロフィール: ニール・ガブラー
ゲーブラーは1967年にイリノイ州シカゴのレーン・テック高校を卒業し、全米優等生協会に入会しました。ミシガン大学を首席で卒業し、映画とアメリカ文化の分野で高度な学位を取得しています。
今回の記事は、ウォルト・ディズニーの伝記です。600ページを超える大作ですが、とても読み応えがあり、学びの多い本です。
この記事では、本の要約をするのではなく、輪読会を行うにあたり、私が読んだ感想や本からの学び、一部引用を紹介するものです。輪読会用のメモなので、一般的な記事のようにきちんと整理されているわけではないのでご了承ください。
感想
人物/幼少期
カンザスシティの田舎で過ごす。
この時の経験がディズニーの作品に強い影響を与えていると回想している。
こういうクリエイター系の人って、人生のどこかで田舎で過ごす経験があって、創造には何かしら必要な経験なのかなと思った。
シカゴでも育つ。こちらはあまり好きではなかったとのこと。
幼少期 - 青年期はウォルトの記憶では、家庭環境が良くなかった。
イライアスとの関係が良くなく、暴力を受けていた。
そこからの解放が創作活動だった。それが、ずっと人生において続いているのが面白い。
お金には興味がない。
目立ちたがりの割にはTVには出たくなかったり、メディア出演を嫌がったり、面白い性格が入っているなと思った。
これが承認欲求で自分自身が目立つではなく、創作物の方に欲求が向いていて良かったなと思う。
色んな人がウォルトのことを子供みたいと表現している。
イタズラして喜んでいるところはなんかKazukiさんを感じる部分がある。
狂気の部分
確かにスティーブ・ジョブズに似たものを感じる。
何か世の中に受け入れられるものを一から作り出す人は、やはり何かしらの狂気を感じる。
作品の質へのこだわり。
スタートアップ的には質に対する執念と狂気がとても参考になるところだけど、スピードが求められる世界においては、どうバランシングすれば良いのか気になるところ。
無限にお金があればできるという話になってしまう。
Disney作品は、世の中の他の誰にも再現できないからこそ、質への追求が許されたのだとは思う。
ピクサーを読んだ時にも、確かにディズニーの殺伐とした雰囲気が書かれていたけど、ウォルト存命のうちから、殺伐としていたのか。
先見の明
カラー映画
TVに初期から張っている
映画と音楽の融合
アニメーションに人間性を追加する
Disney Landというアミューズメントパーク
常に応用できそうな技術を探して、業界のかなり早い時期で実現していく。
Contentが強いというのはもちろんだけど、それプラスでTVを持つというのがすごい。
Distribution channelを持つということ。
これはハードウェアではないけど、顧客に直接届ける仕組みを持つのが強い。
Creatorとビジネスの融合がDisneyの革命的なところだと思う。
創造への欲求
こんなにも長きに渡って、何かを作ってみたいという欲求はどこから来るのだろうか。
どこかで満足したり、減衰したりしないものなのか。
最近、好奇心が幼少期からどうやったら維持されるのかという疑問に興味がある。
先天的か後天的かという点はあるだろうけど、どこかのタイミングで失われてしまうのか、後天的にも伸ばせるものなのか。
好奇心単体ではなく、質問することを恐れないとか、社会側が受け入れる仕組みだったり、好奇心を持った時にそれを満たすための材料がないと、育つものも育たないのではないかと思った。
Disneyキャラクター
ミッキーが最初は不良キャラというのが面白い。
ドナルドが生まれた経緯も面白かった。ミッキーが正義になってしまったので、不良行為を行えず、それをやらせるためにドナルドが生まれた。
確かにドナルドって、ずっとミッキーに対抗心を持っている2番手キャラっていう設定を前に聞いたことがあるけど、この背景を聞くと面白い。
後に色々なキャラクターが出てきたが、それでもミッキーにもう一度フォーカスするというのは何でだったのだろう。他の作家のキャラクターが多かったというのもあるかもだけど。
何かの続編、発展版を作るのはミッキーだけな気がする?
それで、実際にDisneyでのキャラクターの王様はミッキーとなっている。
ロイ
ウォルトを常に支える。ただ、やはりCFOで、お金の心配を常にしていて、大変な役回りだったのだなと。
ロイから見たウォルトはどんな感じだったのだろうか。最初は純粋で騙されてしまう弟だったと思うが、名声を得た後のウォルトはどう見えていたのだろうか。
また、そうなった後も、ロイはウォルトに色々と反対している。CFOで、お金を工面するから当たり前だと思うけど、印象が変わったり、ウォルトに対する姿勢は変わったのか?
経営者としてのウォルト
第二次世界大戦の時に会社を成り立たせるために、政府からの発注で戦争を鼓舞する映画を作っていた。
ストライキに対応するウォルト。
良いものを作るための楽園を作っており、その通りに進んでいたはずなのに、従業員からストライキを受けるのは裏切りに見えるし、辛いと思う。
この点に関してはウォルトに同情してしまった。
典型的なワンマンタイプに見える。
遺物
亡くなるのが急だったから、どれだけ引き継げたのかというのが気になる。結局、ウォルトが会社に遺して、ディズニーがディズニーでいられるための仕組みは何だったのか。
誰が引き継いでCEOになったのか。君がやるんだとウォルトに言われていた人?
ウォルトが亡くなった時、どれだけ優秀な人材が残っていたのか。
彼らはなぜその後も良い作品を作れたのか。
ウォルトがあと10年 - 20年ぐらい生きていたとしたら、どんなものを創造したのだろうか。
ロイは結構年配になっても、会社に残っていたよう。ウォルトが亡くなっても、ロイが残っていて、精神的支柱としての役割や、実際に仕組みを残すというのはうまくやったのかなと。
輪読会
Kazukiさんのジブリとスティーブ・ジョブズの違いは何か?
ハードウェアとソフトウェア。
こないだの柳井先生の食事会で聞いた話を思い出した。
やはりTVというチャネルを持ったのが強かったのだろう。
Content is kingだけど、その上でQueenであるDistributionを取れるかどうか。
USJも話題に上がったけど、
USJはOpen Source的な印象を感じる。
Androidみたいに、Platformはうちで作るから、自由に良いもの・面白いものを作ってよという感じ。
逆にDisneyはClosed Project的な印象。
全てDisney側でコントロールしたいという感じ。Appleと似ている。
Disneyは続くのか?
この魔法はいつまで続くのか?
日本の場合、Disney Landが高くなっていて(世界全体でも)、おばちゃん化・オワコン化していく。
若い世代が行かない・見ないとなると、魔法は解けるではないか。
Kazukiさんの意見としては、どれだけ高くても子どもが行きたいと言えば、親はお金を出すとのこと。クレジットカードもある。
To Watch
『ミッキーの大演奏会』
『Snow White』
『バンビ』
『ファンタジア』
『Mary Poppins』
引用
同時にこの契約には、将来のウォルトディズニーの営業の基本となる、画期的な条項が加えられていた。コメディの内容に関しては、すべてがウォルトに一任されること。映画以外の玩具や関連商品、新聞漫画などに名称が使用される場合には、その利益は折半すること。そして商標および著作権はウォルトに帰属することだった。
自分の所有するものを気を引き締めて管理しないと、いずれは他人に奪われてしまう危険があること。ビジネスの世界がいかに二枚舌であるか。こうした教訓を身にしみて味わい、決して忘れることはないと、ウォルトは常々話していた。
「帰る汽車の中で、彼は怒れるライオンのようでした」とリリアンは言う。「繰り返し繰り返し言っていた。『もう絶対に人には使われない。生きている限り人のためには働かない。自分は自分のボスなんだ』と」
彼女が落ち着くとウォルトは、アイルランドの名前でミッキーはどうかと訊ねた。「モーティマーよりはいいわと答えた。こうしてミッキーが誕生した」
六月末の夜八時頃、ウォルトはスタジオの裏庭に映写機を据え、撮影したばかりの『蒸気船ウィリー』を窓にかけたシーツに映写した。スタッフのひとりがハーモニカを吹き、もうひとりが口笛でサウンドエフェクトをつけ、ほかのスタッフたちがゴングの代わりに鉛筆で壺を叩いてリズムを刻み、ミッキーの動きにシンクロさせた。招待されたリリアンやエドナ、スタッフの妻やガールフレンドからはアンコールの拍手が鳴りやまず、「これほどの反応は生まれて初めてだった」とアイワークスは言い、ウォルトも「完璧だった。スクリーンから直接音声が流れているような錯覚にとらわれた。まさにこれだ―」と、興奮は収まらなかった。
「ディズニーが成功したのは、彼が金に執着しなかったからだ」とアニメーターのフォードキンボールは強調する。「ひたすら彼は、楽しめるもの、誇れるものを創ろうとしてきた」
ウオルトはウサギのオズワルドやミッキーマウスに人間性を付与しようとしたが、それだけでは不十分と考えた。そして彼はアニメーションをチャップリンやキートンの実写映画にできるだけ近づけるためには、観客が共感を覚えることが重要と考えた。
「ウォルトにとってはそれが一番大切だった。漫画のキャラクターがスクリーンの上を跳びまわり、滑稽なことをしでかすのではなく、観る者がその存在を実感するようなキャラクターでなければならない」とウィルフレッドジャクソンは言い、またエリックラーソンは、「アートで最も重要なのは、観る者から純粋に感情的な反応を引き出すことである」とする。
これに応える唯一の方法は個性だとウォルトは確信していた。キャラクターはもはやギャグのために機能するのではなく、「全人的」で、行動も感情も現実的でなければならない。ディズニーのアニメーションがほかと一番違う点は、単に「生きるように動く(アニメート)」のではなく、「実際に生きている」こと、「人格のアニメーション」であることである。
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