トイ・ストーリーはこうして生まれた|ピクサー共同創業者が語る『創造するちから』
著者プロフィール: エド・キャットムル
ピクサー・アニメーション・スタジオ 共同創設者 ピクサー・アニメーション、ディズニー・アニメーション 社長 コンピュータ・グラフィックス分野における功績により、ゴードン・E・ソーヤー賞を含む5つのアカデミー賞を受賞している。ユタ大学でコンピュータ・サイエンスを専攻し、博士号を取得する。妻と子どもたちとともにサンフランシスコで暮らしている。
今回の記事は、ピクサーの共同創業者でプレジデントである・キャットムルの本です。以前、ウォルト・ディズニーの『創造の狂気』を輪読会で読んだ後に、個人的に『ディズニーCEOが大切にしている10のこと』を読んだのですが、今回の本はその続きで読みました。
前に本の感想で書いたことがあるかわかりませんが、個人的(Glasp的)に、尊敬する企業が任天堂とDisneyです。それぞれ別の理由で尊敬しているのですが、Disneyに大きな影響を与えているピクサーの本も前から気になっていました。
また、ピクサー作品で大好きなものも多くあります。トイ・ストーリーのような有名作品も好きですが、Coco (リメンバー・ミー)のような普遍的な価値観をしんみりと訴えかける作品がお気に入りです。
感想
めちゃくちゃ良い本でした。
ピクサーというと初のコンピューターによるアニメーションスタジオで、クリエイティブに溢れた作品が多く、この本もクリエイティビティに関することやヒットの飛ばし方などについて書いてあるのかと思いましたが、実際は組織運営や経営哲学がメインの本で、かなり響く内容のものでした。
クリエイティブさやアイデア、ストーリーなど、数値などのメトリクスで見たり管理できない形態のものを扱っているからこそ、それを生み出して扱っている人間、そしてそのプロセスに重点を置くのかなと思いました。
クリエイティブというと、自由な環境で天才が発想するものみたいな印象があるかもしれませんが、ピクサーの職場環境はそういうみんながイメージするものではなく、組織的・プロセス的に、良いものを生み出す環境が整えられているという印象です。
本の中では直接語られていませんが、エドの創業者・経営者としての覚悟や視座が滲み出ている作品だと思います。あまり人前で多くを語ることがない人物だと思いますが、芯の強さや心の中の情熱が熱い人なんだなと強く感じました。これまでたくさんの創業者の伝記を読んできましたが、(存命であるということもありますが)、トップクラスに共感を覚えます。
ピクサーはジョブズに買収されますが、ジョブズは全然ピクサーに干渉してこないことも印象的でした。アニメやコンピューターグラフィックはピクサーの人々の方がよく知っているからと、Appleで見せたような横暴で強烈な動きは全くしてきません。エドを通して、ジョブズの新たな一面が発見できたというのも、この作品の魅力の一部だと思います。
以下は本の中で重要だと思った概念です。
創造性は才能より環境と文化で増幅される。ピクサーのオフィス装飾の自由は象徴で、狙いは「自己表現が許される空気」を作ること。外から来た人がエネルギーや可能性を感じるのは、文化が可視化されているから。
前提は「問題は必ず起こる」。それを早く見つけ全員で直す。問題の多くは隠れて見えない。それを見える化するのは不快だが、そこから逃げない。さらに、問題にぶつかったら全社で解決する。ここが「毎朝会社に来たい理由」になるレベルの使命感。
プロセスは大事。でも、プロセスを信じるが思考停止になると危険。
「Trust the Process」は効くが、いつの間にか「プロセスが何とかしてくれる」に変質すると、受け身・いい加減さが生まれる。信じるべき中心は、結局は人になる。アイデアより人。正確には人と人の化学反応が勝つ。「いいアイデア×二流チームは崩壊」「二流アイデア×優秀チームは修正して良くする」。開発部門が脚本を作る部署から人を採り、活かし、組み合わせる部署へ変わっていく話が象徴的。
率直さ(Candor)を制度にする:ブレイントラスト。率直に言える関係づくりには時間がかかる。だから、率直さを個人の勇気に頼らず、権限のないフィードバック集団として仕組み化する(最終決定は監督に残すのが肝)。
失敗は罪ではなく将来への投資になりうるが、文化次第。犯人探しが起きる会社は、失敗をこじらせる。リーダーが自分の失敗を語れると、学習の方向に進みやすい。恐れは消せないが、恐れの悪影響は弱められる。
ヒエラルキーや会議室の配置が情報を隠し、序列を生む。上層部が気づかないうちに、座席や会議構造が疎外感と発言の萎縮を作る。「灯台下暗し」が繰り返し起きるのが組織。
野獣(量産・締切・期待)と醜い赤ん坊(未熟な新規アイデア)を共存させる。成功は次の成功を急がせ、供給圧力が創造性を食い潰す。だから、効率は重要でも最終目標にしてはいけない。守るべきは作品/品質/独創性。
創造は不確実性とセット。既知に逃げた瞬間に枯れる。安心や予測可能性の誘惑は強い。成功すると、むしろ失敗が怖くなって既知を繰り返す。でも本当にクリエイティブであることは、成果がまだ見えない場所に踏み込むこと。そしてその踏み込みを支えるのは、才能というより、未知に耐える習慣・正直さ・修正できる強さ。
ディテールと制約は、創造性の敵ではなく燃料。リサーチを重ね「自信が画面からにじむ」レベルまで作り込むのは、観客との暗黙の約束を守るため。一方で、リソース要求は底なしになるから、制約の与え方を間違えると政治と無力感が生まれ、創造を殺す。つまり、自由と制約は両方必要で、設計を誤ると文化が壊れる。
方向を指すのがリーダーの仕事(間違ってもいい)。監督やリーダーは「陸はあっちだ」と指さす役目。後で「違った、こっちだ」と言っても悲劇じゃない。むしろ大事なのは、決める/進める/間違いを認める/問題も一緒に抱えてもらうこと。
引用
また、会社をつくることは大西部を目指す幌馬車隊に似ている、ともよく言っていた。豊かな土地に向かう長い旅の道中、開拓者たちは目的意識にあふれ、目指す地にたどり着くのだという目標で一致団結している。たどり着いてしまえば去る者も来る者も出てくる、そういうものだ、と。が、まだたどり着いていない何かに向かう過程こそが彼の理想だった。
ジョージはそういう人間ではない。彼は昇給をすべて蹴って、代わりに『スター・ウォーズ』のライセンス権と販売権の保有を求めた。配給会社の 20 世紀フォックスは、損はないと考えて二つ返事で了承した。ジョージはその考えがまちがいであることを証明してみせ、愛する業界を大きく変える素地をつくった。彼は自分に賭け、その賭けに勝ったのだ。
第一の原則は、「物語が一番偉い( Story Is King)」。つまり、技術であれ、物品販売のチャンスであれ、何であってもストーリーの妨げになってはならないことを意味
我々が頼りにしたもう一つの原則は、「プロセスを信じよ( Trust the Process)」。これを気に入っているのは、非常に安心感が持てるからだった。
その理由は、才能あるストーリーテラーは、観る人を夢中にさせる方法を知っているからだ。そして今回のストーリーラインの進化で十分すぎるほど明白になったことがある。それは、いいアイデアを二流のチームに与えたら台無しにされる。二流のアイデアを優秀なチームに与えたらそれを修正するか、捨ててもっといいものを思いついてくれる。
この教訓は重要だから繰り返そう。アイデアをきちんとかたちにするには、第一にいいチームを用意する必要がある、優秀な人材が必要だと言うのは簡単だし、実際に必要なのだが、本当に重要なのはそうした人同士の相互作用だ。
いいアイデアよりも、適切な人材と適切な化学反応を得ることのほうが重要なのだ。
私にしてみれば、答えは歴然としている。アイデアは人が考えるものだ。だからアイデアよりも人のほうが大事だ。
繰り返すが、あらゆる創造的試みの決め手になるのは、人──その仕事のやり方、才能、価値観──にこだわるかどうか
効率は目標の一つだが、品質は究極の目標であると社員に言ったならば、その本気度を示すことが必要だ。
後になって、アンドリューとこの合宿ミーティングについて振り返っていたとき、アンドリューが非常に含蓄のある言葉を言った。自分を含め実績のある監督は教育係を務める責任がある、自分の映画をつくり続けている間も、それを一番の仕事にすべきだと。「そのとき抱えている制作チームのメンバーで最高の映画をつくる方法を、監督になろうとするスタッフにどう教えるか。それを見つけることが命をつなぐことなんです。僕たちは必ずいつかいなくなるんですから。ウォルト・ディズニーはそうしなかった。だからディズニー・アニメーションは、彼を失ってから一五年も二〇年もスランプに陥った。僕たちがいなくなった後、次の監督たちが自力で考えてやっていけるように教育できるか。それが本当に目指すべきことでしょう」
問題を一つ残らず防ごうとするのではなく、スタッフの善意を信じ、彼らが問題を解決したいと思っていると信じるべきだ。実際に、そう思っている場合がほとんどなのだから。責任を与え、失敗させ、自ら解決させる。恐れには必ず理由がある。リーダーの仕事はその理由を見つけて対処することだ。マネジメントの仕事は、リスクを防止することではなく、立ち直る力を育てることなのだ。
この手のことは、他の企業にも嫌というほど見られる。効率化や増産が究極の目標に取って代わり、それを社員が正しいと思い込めば会社は破綻する。作業フローの効率化や統一化の力と、それに対抗する力が拮抗していなければ、新しいアイデア、つまりわれらが醜い赤ん坊は、十分に注意を向けられることも守られることもなく、結果的に成長し輝くことができない。
メディアに取り上げられる企業の経営者はもう一つの難問に直面する。マスコミは比較的少ない言葉で説明できるパターンを見つけようとする傾向がある。偶発的に起きたことと自らが意図的に始めたことをきちんと区別しておかないと、部外者による過度に単純化した評価に、必要以上に左右されることになる。
そこで私の経営哲学の一つにつながる。「見えないものを解き明かし、その本質を理解しようとしない人は、リーダーとして失格である」
言い換えれば、後知恵が猫の認識を歪ませている。人は過去に学ぶべきであって、過去に支配されてはならないのだ。
彼はよく言っていた。アップルの製品はどんなにすばらしくとも、最後は埋立地にいく運命だが、ピクサーの映画は永遠に生き続ける。彼は私と同じように、ピクサーの映画が真実を深く掘り下げているがゆえに廃れることはないと信じ、そこに魅力を感じていた。
創造的な人の特徴は、「不可能を可能にする」ことを想像できることだ。その想像──夢見ること、思いをめぐらすこと、大胆にも( 今現実の)真実を受け入れないこと──を通して人は、新しいこと、大切なことを発見する。
・物事を何でもスムーズに運ぼうとするのは、まちがった目標である。それは社員を問題解決能力ではなく、失敗に基づいて評価することにつながる。
📚 この本が好きな人におすすめの記事
▶ クリエイティブ企業の物語をもっと
▶ ジョブズとピクサーの関係
▶ 体験デザインの本も
この記事で掲載した引用は、Glaspの機能を使ってエクスポートしています。Kindleのハイライトをエクスポートすることに興味がある方は、以下の記事をご覧ください。
また、この本のトップハイライトは以下のリンクよりご覧ください。
