見出し画像

なぜ日本人は「信頼」で社会を動かせるのか|山岸俊男『信頼の構造』レビュー

日本人は互いを信頼しているのか、それとも「安心」しているだけなのか。この本を読むまで、自分はその違いすら考えたことがありませんでした。山岸俊男先生は社会心理学の実験データと進化ゲーム論を使って、日本社会が「信頼」ではなく「安心」で成り立っていることを明らかにします。集団主義社会は安心を生み出すが、信頼を破壊する。このメッセージは、グローバル化の中で閉じたコミュニティから開かれた社会へ移行しようとする私たちにとって、避けて通れない問いを突きつけてきます。

📖 この本を読むべき人

  • 日本社会の特徴を構造的に理解したい人

  • 「信頼」と「安心」の違いを知りたい人

  • グローバル化の中で人間関係の本質を考えたい人

著者プロフィール: 山岸俊男
一橋大学大学院経営管理研究科国際企業戦略専攻特任教授

信頼の構造: こころと社会の進化ゲーム

輪読会で議論したこと

中国は安心社会なのか、信頼社会なのか

本書は日本とアメリカの比較が中心ですが、中国のような巨大な国はどう捉えればいいのかという疑問が出ました。中国は共産党の中央統制から成り立っている安心社会ではないかという意見がある一方で、一帯一路構想のように対外的に広がっていこうとする動きもあります。ゴリゴリの安心社会をどうやって外部の人も入ってこれるような信頼社会にするのかは謎だという指摘がありました。

議論の中で整理されたのは、国としての社会的不確実性は低いけれど、省をまたぐと機会コストが大きくなるのではないかという見方です。共産党の社会なので下手なことをすると抹消されたり、信頼スコアのようなデータで管理されているという点では不確実性は低い。しかし土地が広いため、外側を見ると機会コストは大きいのではないかと。

さらに、国内だけで経済が十分な規模を持つ国は、そもそも信頼社会に移行するメリットがそこまでないのではないかという考察も出ました。ただし、中国は外のものは入れないけれど自分たちのものを出して経済を高めようとしていて、それは周りから見ればアンフェアだと捉えられることもある。国としては信頼社会に移行しなくてもいいかもしれないけれど、対外外交を考えるとそう単純ではないという結論になりました。

囚人のジレンマは実生活のどこにあるのか

応報戦略が最も強いという議論を受けて、実生活で囚人のジレンマ的な状況はどこにあるのかという問いが出ました。すぐにパッと思いつかないという声が多い中で、コミュニケーションそのものが囚人のジレンマではないかという意見が出て盛り上がりました。

人との対話では、自分の感情的な反応とうまく向き合いながら相手と円滑にコミュニケーションを取りたいけれど、つい感情的になって攻撃的な意見を言ってしまうと、お互いに攻撃し合う状態になる。特に家族との会話でそれを感じるという体験が共有されました。双方が認め合って協力的な姿勢でコミュニケーションを取るのは難しいという実感は、まさに囚人のジレンマの構造そのものです。

大学時代のテストの話も面白い例として出ました。ノートをまとめるのが上手い人が善意でシェアしたら、周りの人がみんなそのノートでS評価を取って、本人はB評価だったという話です。お人好しとは何なのか、一般的信頼は高いけれど社会的知性が低い人なのかという議論に発展し、それを言われたらショックだよねという笑いも起きました。

信頼の前に透明性のレイヤーがある

信頼をどうビジネスに活かすかという議論の中で、信頼の1つ前のレイヤーに透明性があるのではないかという意見が出ました。データや情報をそのまま公開するという透明性のルールがあって、その情報をもとに判断することが信頼につながるという考え方です。

しかし情報公開は簡単ではないという現実も共有されました。全部公開するとカオスを招きかねない。変に誤解して「こんな状態だったのか」と受け取られることもある。出した側の意図と受けた側の解釈に乖離があるときに混乱が起きるのだから、そこのコミュニケーションが大事だという結論になりました。上司には説明責任があり、部下には質問責任がある。情報を投げて終わりではなく、なぜこうなっているのかという説明が伴って初めて透明性が機能するという指摘は、組織論として実践的な示唆に富んでいます。

機会コストが極限まで上がった社会はどうなるのか

アメリカ的な信頼社会では機会コストが大きいと言われているけれど、それが極限まで上がり続けたらどうなるのかという問いが出ました。みんなが最適な行動を取るようにフィットしていくと、結局みんなの機会コストが同じになってしまう。それは機会コストが低い状態と同じではないかと。

その行き着く先はインディペンデント・コントリビューター、つまり個人がフリーランスのような形で働く世界なのかもしれない。プロジェクトベースで人材が流動的に動く社会になればなるほど、人材としての唯一性が求められる。複数回の自己改革が必要な時代という指摘もあり、掛け合わせの価値が当たり前になっている現状の難しさが語られました。

さらに、ビジネスの利益の源泉として情報格差があるけれど、機会コストが上がりすぎて全員が同じ情報を持ってしまったら、そもそもビジネスが成り立たなくなるのではないかという議論に発展しました。次は情報分析やインサイトを出す力に利益が集まるだろうという予測が出て、それはまさにパランティアのようなビジネスモデルだという意見もありました。ただし、課題のレベルは上がっていくけれど、人間が苦しいことには変わりないという冷静な指摘も印象的でした。

恐怖政治はもう通用しないのか

君主論で恐怖の話が出ていたことを受けて、恐怖と信頼の使い分けについて議論しました。1対多数で信頼を得るのは難しいからこそ、君主論の時代は恐怖を使って安心で統治するのが合理的だったという理解がある一方で、今の時代にそれは通用するのかという疑問です。

共同創業者の関係で言えば、長期目標を共有していてお互いに信頼しているうちはいいけれど、その限界が来た時に恐怖を使うのだろうかという問いも出ました。実際には評判というものが人質になっていて、共同創業者が会社をめちゃくちゃにして消えたら、その人の評判は終わる。二度とその業界には戻ってこれない。だからこそお互いに信頼し信頼される構造が大事だという結論になりました。

情報の透明性が高まった時代には恐怖政治が効きにくくなっているという指摘もありました。君主論の時代は情報を得るスピードが遅かったから恐怖で成立していたけれど、今は共感と信頼で統治する割合が増えている。恐怖が残っているのはヤクザと共産党くらいではないかという冗談も出ましたが、半分本気の観察でもありました。

19世紀末のアメリカはなぜ安心社会から信頼社会に変わったのか

本書で最も気になったのは、19世紀末から20世紀初頭のアメリカ社会でヤクザ型コミットメントが与える安心が失われつつあるときに、一般的信頼に基づく開放的なビジネス関係のための様々な制度が整備されたと書いてあるけれど、何がそうさせたのかという要因が述べられていないことでした。

山岸先生自身がブログで書いていた内容として紹介されたのは、日本が安心社会を形成した理由はリスクを取ることを必要以上に恐れたからだという説明です。アメリカは転職率も立候補率も高く、一つの失敗のリスクがそこまで大きくない。しかし日本では一つのレールできっちり決まっていて、一度ずれてしまったときのリスクが大きい。結果的に一つのリスクが大きくなり、さらに安心社会が強化されていったという循環構造です。

この文脈で、マグレヴ商人とジェノバ商人の話が紹介されました。地中海から中東を経てヨーロッパに至る2つの商人グループのうち、身内の評判だけで商売をしていたマグレヴ商人は滅び、契約に基づく信頼で商売をしていたジェノバ商人はスペイン王室の御用達にまでなった。どこかのタイミングで安心社会から信頼社会に変わらないと、それ以上発達できなくなるか自己崩壊していくのではないか。日本にもそれが当てはまるのだとしたら、何がきっかけになるのかを考えたいという問題意識は、メンバー全員が共有したポイントでした。

弱いつながりの強さと安心社会・信頼社会の両立

ダニエル・グラノヴェッターが提唱した「弱いつながりの強さ」理論と、本書の安心社会・信頼社会の枠組みをつなげて考えるという視点が出ました。弱いつながり、つまり信頼社会の中では多様性があり、違う価値観を持った人たちが信頼関係の中で出会うことでクリエイティビティが生まれる。一方で、そのクリエイティビティを実際に組織の中で実装化していく段階では、強いつながり、つまり安心社会的な一体感やチームワークが必要になる。

だから信頼社会と安心社会はどちらかに移行するという問題ではなく、両立させることが大事なのではないかという主張です。新しいものを生むときには多様性や違いが大事になるし、何かを実際にアクションする時にはある程度の一体感が必要になる。アメリカ的な部分と日本的な部分という一見相反するものを一つの組織や集団の中に内包することで、もっと良い社会が生まれるのではないかという考察でした。

これはイノベーション研究の知見とも一致しています。最もイノベーティブな組織では、違う領域の専門家が新しい視点を持ち込み、それを経験のあるコーディネーターが実装していくという構造がある。若い人とベテランが組むという組織内のダイバーシティが、クリエイティビティを実際に運用する上で大事になるという話とも重なりました。


感想

  • コネ社会と転職の機会は緩くつながっている人からもたらされるという知識はこれまで頭にあったが、これを構造化、理論化してはいなかったので、面白く有益だった。

  • 日本社会とアメリカ社会の信頼の面からの比較はあったが、なぜそうなっているのかという部分については説明がなかった。本が論文形式なので、推測は書かないだろうが、考察は聞いてみたい。

  • 一般的信頼性が高い人はお人好しではなく、社会的知能が高い人というのは面白い発見だった。でも、考えてみればそうかと思う。

  • 社会的な構造を実験と理論によって解き明かしていくのはとても面白い。何か社会課題や構造を考え続けられるのは大変だろうけど、意義があって幸せだろうなと思う。

  • 読み終えてみて、開かれた社会と普遍的な原理に従った公正な社会を作るのがいかに大事なことなのかと思い知らされた。社会的不確実性が高くとも効率的に生きている社会というのは、それだけで非常に価値のある財産だと思う。

  • グローバル化していく中では、日本の集団主義的社会は抵抗になってしまうと思う。

  • また、グローバル化とかは関係なしに、日本の社会を変えていくというのは非常に骨が折れると思う。機会コストが増加することは見えていても、変えていく際の上の年代の抵抗がかなり大きそう。どういう風に変えていくのが良いだろうか。

  • ジェノバ商人とマグレブ商人の話を思い出した。

  • 内容とは全く関係ないけど、6つの命題をわざわざ6回実験するのではなく、論理的に考えて、実はそれが2つの実験で証明されると帰結し、実際にそれで全て証明するのが素晴らしいと思った。今やっているプロジェクトとかも、情報の構造化だったり関連をちゃんと考えてみるのが大事だと考えさせられた。

  • 19世紀末のアメリカで社会構造が変化したのはなぜか?

  • 「商人と屏風は直ぐでは立たぬ」

  • 機会に対応する一般的信頼の高い社会はオープンであり、豊かさにも繋がっていく話だと思った。

  • 「信なくば立たず」


引用

19世紀末から20世紀初頭のアメリカ社会でやくざ型コミットメントが与える安心(もちろんザッカーはこれらの言葉を使ってはいないが)が失われつつあるときに,一般的信頼にもとづく開放的なビジネス関係を可能とするための様々な制度の整備が進み,現在のアメリカのビジネス関係の基礎が築かれたとするものである。


この記事で掲載した引用は、Glaspの機能を使ってエクスポートしています。Kindleのハイライトをエクスポートすることに興味がある方は、以下の記事をご覧ください。

また、この本のトップハイライトは以下のリンクよりご覧ください。


📚 この本が好きな人におすすめの記事

▶ 社会の仕組みを考える本をもっと

▶ 経営における信頼の価値

▶ 人間関係の哲学

いいなと思ったら応援しよう!