歪んだ自己イメージから解放、ブッダと歩む道‼^^
生まれた時から私達は自動的に
「私」を生きてる。
生まれる前にちゃんと誰かから
「人間取扱説明書」がナイのに、
見よう見まねで人間をやってる。
氣がつくと、誰かが私の名前を
呼んでるから「私=ケイコ」と
赤ちゃんの頃から認識した。

生まれや育ちで、家族の様子を
見てるから日本語を真似てしゃ
べり、歩き始めて自我を形成す
る。
親が自分に与えるコトを、子供
は他の親を知らないから闇雲に
正しいと信じて育つ。
でもいつの間にか、学校生活で
社会性を身につけて子供レベル
で、人と仲良く生きるツールを
身につける。
日本だと個性を主張するよりも、
周りとの協調を大切にして学校
でも集団行動を教えられる。
日本の学校の掃除や集団行動は、
日本では当たり前の社会的な道
徳心を植えつけられる。

縄文時代は田んぼでお米を育てる
家がほとんどで、仲良くして周囲
と強調して生きて行けないと、村
八分。
農耕民族として一人孤独には生き
て行けなかった名残が、日本人の
教育や社会には根づいてる。
グループ行動が大切だと、目立つ
行動やエゴ的な、自分中心の行動
や自分勝手な動きは求められない。
閉鎖的な昭和の価値観の染みつい
た、父親主権&男尊女卑の家庭に
育った私は、窮屈な古い価値観に
違和感ばかりを感じていた。
いつも他者と比べられ、優劣を決
められる学校教育の影響で、自分
のココロを表現するのを諦めて、
感情は押し殺すのが普通になる。
家庭でもドコでも私のココロは
表現され切れず、鬱屈したまま
腐って死にかけた。

日本の社会でずっと幼少期から生
きて来た私は、女として生まれた
不足感を感じ続けた。
親が望んだ男のの子じゃなくて申
し訳ない気持ち、「生まれてきて
ごめんなさい‼」みたいな自己価値
を全く感じられない罪悪感。
どんなに優秀な成績を取っても、
一番になっても自分が満たされな
い感覚は、自己否定・自己嫌悪の
塊。
ブッダが伝えた生き方は、エゴか
らの脱却で私は自分が過去に作り
上げた自己イメージが、意味のな
い犠牲者意識だと氣づけた。
私は私であるコトに、13年目の結
婚生活で今やっと満たされてる。
幼少期に傷ついたインナーチャイ
ルドが、ずっと内で感じ続けてた
不足感や親に愛されない存在であ
る悲しみや怒りがココロの強い思
い込みの塊となり、歪んだモノの
見方を20代まで作り上げた。

私自身も「空」であり「無我」な
ので、考え方も思い込みもあるよ
うでナイ。
私自身の存在は空虚で、曖昧なモ
ノなのだから、全て愛されない存
在として生きる恐れも、女である
無価値観や不足感は、脳内の妄想。
その昔から続いてる脳内の思い込
みは執着と氣づけた途端、不要だ
からサクッと全て手放すと決めた。
見える世界がガラリと変わり、全
てが遠い過去になり思い出も記憶
も、自己理解の一つになった。
我慢も無理ももう、私のココロが
苦しむチョイスをもう二度としな
い。
私が自分のココロを守れるのは、
世界でたった私一人だけだと氣づ
けた時。
自分を後回しにし、誰かの為に生き
る自己犠牲ルートを続けるのは金輪
際止めると、強く決めてココロのま
まに行動し始めた30代。

ココロの中の足枷がやっと外れ、
やっとメチャクチャ楽になれた。
DAVIDと出逢えたのは私がYOGA
や瞑想、DETOXやファスティン
グ等、ブッダの修行みたいなライ
フスタイルを自ら楽しんでた頃。
坊主頭でインドやタイに一人で
バックパック旅をしてた、30代
後半いろいろな流れが変わり始
めた。
全て私の過去は既に終わった思
い出で、もう今と関連づける意
味がない。
ココロが自分をそのままで丸ごと
愛し、全て受け入れると潔く決め
た時、無条件のLOVEを私に注い
でくれるDAVIDの存在とやっとラ
ッキーなご縁に繋がり結婚した。

全て私の人生に起こったコトは、
私が私を理解するために必要なピ
ースと今なら言える。
親に対する悲しみ・怒り、「女子
として生まれてごめんなさい‼」と
申し訳なさや罪悪感、死にかけた
過去への後悔・自責の念、全て自
作自演の「ケイコドラマ」にハマ
り切ってた。
脳が作ってるトリックみたいな、
人間ドラマからの解放は「目醒め」
と呼ぶ感覚に近い。
全ての人はこの氣づきや体感はそれ
ぞれの、人生のタイミングで必要な
時に必ず訪れる。
私は結婚しても尼僧道を諦め切れず、
スリランカの大長老から受戒を受け
た。
DAVIDの深い理解を得て、結婚生活
を続けたまま尼僧道を突き進んでる。

親からしたら「結婚しアメリカで幸
せに暮らしてるはずの娘」が、また
イキナリ坊主頭に戻って、受戒を受
けた現実に混乱してるだろう。
傍から見たらクレイジーに見える生
き方でも、私の中ではちゃんと筋が
通ってる迷いのない一点の曇りもな
いココロが喜んで生きられる道。
ブッダの教えをココロの拠り所とし、
戒律を守ることでココロを清らかに
正しく生きる、自らを拠り所として
生きる道。
クリスチャンの両親に聖書をマジメ
に読んで育ったDAVIDとは、似てる
が異なる信念を持つが関係ナイ。
お互いの信条を大切にし、違いにも
敬意を払ってるので坊主頭の妻が在
家僧の生きる道をチョイスしても私
達の間では問題ナシ。

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カラダの回復の実践(ココロ編)‼
カラダの異常、痛みや苦痛を 和らげるのに、栄養・DIETや カラダの機能にばかり集中してると 根本的治癒には繋がりにくい。 ココロのケア…
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