「誰もいなくなる」は、予言ではなく不安だった
私は子どもの頃から、かなり慎重な方だった。
石橋を叩いて渡る、というより、
叩いて、叩いて、叩きすぎて、
渡る前に壊れたことにするようなところがあった。

何かを始める前に、
失敗したらどうしよう。
嫌われたらどうしよう。
迷惑だと思われたらどうしよう。
と、先に悪い結果を考える。

人間関係でもそうだった。
相手が何も言っていないのに、
きっと怒っている。
きっと嫌われた。
そのうち離れていく。
最後には誰もいなくなる。
そこまで一人で決めてしまう。

先日、娘から言われた。
「ママは一人で決めつけている」
以前娘は、カウンセラーの先生にも、同じようなことを言われたらしい。
相手から実際に言われたわけではないのに、
きっとそうだろう、と決めつけている。
確かに、その通りだった。
私は傷つくのが怖いから、
傷つけられる前に最悪の結論を作ってしまう。
相手に離れられる前に、
「どうせいなくなる」と決めておく。
そうすれば、実際に何か起きた時の衝撃が少し小さくなるような気がしていたのかもしれない。
でも、それは事実ではなく予測だった。
「みんな、いなくなる」
ではなく、
「私は、みんないなくなるのが怖い」
本当は、それだけだった。
私は昔に比べると、かなり行動できるようになったと思う。
講座へ参加したり、
地域活動に応募したり、
知らない人と名刺交換をしたり、
自分の考えをnoteに書いたり。
慎重さがなくなったわけではない。
怖いままでも、少しずつ動けるようになった。
その意味では、昔よりずっと積極的になったと思う。

ただ、「最後には誰もいなくなる」
という考えだけは、今も強く出ることがある。
これは子どもの頃からの性質だけではなく、今の心の状態も影響しているのかもしれない。
気持ちが落ち込むと、
「いなくなるかもしれない」
が、
「きっと、いなくなる」
に変わってしまう。
もともとの警戒心に、
うつ状態の悲観的な見方が重なる。
すると、
「いなくなるかもしれない」が、
「必ずいなくなる」に変わってしまう。
可能性だったものが、
確定した未来のように見える。

でも、実際には違う。
息子は、
「ママ、ここにいていいのかな」と聞いた私に、
「うん。もちろん」と言った。
娘も、私が戻ってきたことを喜んでくれた。
誰もいなくなると言われたわけではない。
私はただ、いなくなるのが怖いだけだった。

石橋を叩く性質を、無理になくす必要はないと思う。
慎重さは、私を守ってきたものでもある。
ただ、
叩いたあとに橋がまだ残っているなら、
壊れたことにせず、
少しだけ渡ってみてもいい。
そして、
「これは事実なのか」
「それとも、私の予測なのか」
を分けてみる。
橋が本当に壊れている時もある。
でも、壊れていると決めつけていた橋が、実は渡れる橋だったこともある。
そのうえで、
昔の私は、怖いから動けなかった。
今の私は、怖いままでも少し動ける。
その違いは、思っているより大きいのかもしれない。
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構造を言語化し、現場と制度をつなぐ
現在は療養中のため、無理のない範囲で地域活動やボランティアに関わりながら、日々感じたことを発信しています。
現場で感じた違和感や、制度との間にあることを、少しずつ言葉にしています。
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