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支援される私が、認知症カフェでボランティアをした日【前編】



支援される私が、認知症カフェでボランティアをした日【前編】

―「してあげる」だけではなかった地域の時間―


地域で開催された認知症カフェに、ボランティアとして参加しました。

集合時間は午前9時15分。

開催は10時からだったので、正直なところ、

「ボランティアなのに、ずいぶん早い集合だな」

と思っていました。

会場も市街地から少し離れていて、車がなければ参加しづらい場所です。

ボランティアが集まりにくい理由は、こういうところにもあるのかもしれない。

そんなことを考えながら、会場へ向かいました。



この日の参加者は、地域住民の方を中心に約20名。

ボランティアは、私を含めて3名でした。

前半は、管理栄養士さんによる講話。

食事や栄養についてだけでなく、噛むことの大切さ、口腔機能の維持、誤嚥性肺炎の予防についても話されていました。

私は歯科衛生士として、訪問歯科診療に携わった経験があります。

私が歯科衛生士になった頃や、訪問歯科に関わり始めた頃は、介護の現場で口腔ケアは後回しにされがちでした。

食事、排泄、入浴。

まずは目の前の生活を支えることが優先され、口の中のことは、どうしても最後になってしまう。

それが今では、口腔機能や誤嚥性肺炎予防、栄養状態の維持が、介護や地域支援の中で当たり前に語られるようになっています。

パタカラ体操も体験しました。

いい時代になったものだな。

少し大げさかもしれませんが、私はそんなことを思いながら話を聞いていました。



後半は、リコーダーの演奏会でした。

懐かしい歌謡曲が演奏され、参加者の皆さんも一緒に歌います。

手拍子をする方。

歌詞を口ずさむ方。

音楽が始まる前より、表情が明るくなった方。

生き生きとしたお顔を見ていると、こちらまで自然に笑顔になりました。

一緒に参加していたボランティアの方が、帰り際に笑顔で言いました。

「逆に、こちらが楽しませてもらいました」

その言葉が、とても印象に残りました。



私はこれまで、ボランティアという言葉に、少し引っかかりを感じることがありました。

無償の人手。

善意を前提とした労働。

人手不足を補うための便利な存在。

そんな扱われ方をすれば、続く人はいないと思っています。

けれど、この日見たものは、少し違いました。

誰かが一方的に「してあげる」のではなく、参加者も、職員も、ボランティアも、同じ時間を一緒に楽しんでいました。

支える側と支えられる側が、きれいに分かれているわけではない。

そんな時間だったように思います。

会場には、藤棚のような飾りが施されていました。

天井から垂れ下がる藤の花。

季節を感じさせる色合い。

忙しい業務の中で、ここまで作り上げるのは簡単なことではありません。

施設を訪問すると、私はいつも、会場の飾りや利用者さんの表情を見るのを楽しみにしています。

職員さんが、どんな気持ちでこの場所を作っているのか。

利用者さんに、どんな時間を過ごしてほしいと思っているのか。

そこには、その施設の考え方や空気が表れるように感じるからです。



最後に、地域包括支援センターや介護関係者の方々が開催している「みかんカフェ」という活動について、

「よければ今後、個別にご連絡してもよいですか」

と声をかけていただきました。

年に4回ほど開催しているそうです。

私は、体調を見ながら無理のない範囲で、という気持ちで了承しました。

支援を必要としている自分が、地域のボランティアに参加する。

一見すると矛盾しているようにも思えます。

けれど、どちらも今の私です。

支援する側の日もあれば、支援される側の日もある。

その両方を行き来しながら、人は地域の中で生きているのかもしれません。

朝早くの集合は、やはり少し大変でしたが。

行ってみたからこそ見えたものが、たくさんありました。



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