愛って何だろう? 谷崎潤一郎の『愛なき人々』を読む
今文学というものが徹底的に困難であることを痛感している。
谷崎が仕掛けた筈のパズルに対して2500を超えるページビューがあり、これが全く解かれる気配さえないのだ。2500を超えるページビューもあればコメントはもっとつきそうだが、誰もまともなコメントが出来ないくらい谷崎作品は難しいということなのだろう。それでも大上段から「谷崎は~だ」などと云うことが可能だろうかと考えてみる。
例えば谷崎潤一郎全集第八巻の付録で、倉橋由美子は、
例へば多くの小説にふんだんにはいつてゐる「愛」といふ砂糖が谷崎の小説には缼落してゐる。(倉橋由美子『神童の世界』)
……と断じる。まだ私の谷崎潤一郎論2.0は序盤であり、多くの谷崎作品を読み残していることから私には「谷崎のこの作品には」と書くことは出来ても「谷崎の小説には」という断言はできない。こう書くためには「ないこと」の確認が必要であり、もし一つでも「愛」といふ砂糖が見つかれば、この見立ては誤りということになる。
そして私は倉橋由美子の「愛」といふ砂糖という言い回しによって、「愛」とは何だろう、お砂糖でいいのか? と考えてしまう。さらに「多くの小説にふんだんにはいつてゐる「愛」といふ砂糖」という前提が曖昧に感じる。それは勿論倉橋由美子と私が読んできた小説の差故であろうが、單に私の読書歴が偏っているから曖昧に感じるというだけではないように思える。
一応谷崎の小説には「愛」に関して書かれたものもある。無論この「愛」を倉橋由美子はお砂糖としての「愛」とは認められないということなのだろう。このことは、マゾヒストの第一人者沼正三が天下一のマゾヒスト作家として認める谷崎潤一郎を、マゾヒストを自認しているわけでもないこの私が単なるマゾヒスト作家として認められないということと同じ根を持つ問題なのではなかろうか。
私はこの谷崎潤一郎論2.0を「谷崎潤一郎は信用ならない」というところから書きはじめた。そして論拠を以てその疑わしさを指摘した。「民人草」と書かず「國民」と書いた谷崎の魂胆を疑った。
そうした疑いの目を以て眺めた時、確かに谷崎のマゾヒズムはどこかふらふらとした腰の坐らないものであり、己の変態性欲の気ままな発露などというものではありえないことが解る。
またその「愛」をいちいち疑ってみても同じことが言えるだろう。例えば『幇間』でドミナに仕立て上げられた梅吉は、却ってそのことでしっぺ返しを受けることが見え見えだ。ここにはお砂糖の「愛」はない。
また現実に近い設定なので、これは「愛」だろうと探してみるもやはり『秋風』にもお砂糖の「愛」はない。
ただお砂糖の愛かどうかは別として、『秋風』は愚行であり、惚れた女に操を立てるという意味では『颶風』の「愛」は偏執的とはいえ十分甘いものではなかろうか。
ただ倉橋由美子の云うお砂糖の「愛」に対して、ここまで見てきた初期谷崎作品の「愛」がどこか信用できないものであることは認めても良いだろう。例えば『颶風』では、最終的には操を通すものの、直彦は「昨夜の女が今少し美しかったならば」と後悔する。これはいけない。信用ならない。
そこはここまで見てきた初期谷崎作品のある意味一貫したところだ。
この『愛なき人々』はこれまで散々こすられてきた「女房をやり取りする男たちの話」であり、現在のフェミニストから見ればとんでもなく下劣なもので、愛がないではすまされない話である。無論ここに現れる谷崎潤一郎らしき人物のいかげんさも、佐藤春夫に見せかけられる人物の下品さも、谷崎潤一郎という作家の遊びに過ぎない。ここになにがしかの真実を求めることにはさして意味はなかろう。
だがこのようにしてもう飽き飽きするくらいしつこく、自身の体験に寄せて、あたかもそういうことがあったかのように下卑た方向に話を膨らませていくパターンの惡趣味さ加減は『惡魔』からある意味一貫していると言ってよいかもしれない。人間はどこまで愚かになれるのか、人間はどこまでみっともなく、醜く、卑しくなれるものかと極めたところに、例えば巳之助という化け物が誕生した。
そのことを想い出すと①「あれ?巳之助のお才への執着も愛なんじゃないの?」②「あれ? 『愛なき人々』って梅澤が小倉に妻のお杉を譲り、小倉を殺し、情婦までを殺す刃傷沙汰だよな。つまり……佐藤春夫と義妹せい子に対して、てめえらガタガタ言ってるとぶっ殺すぞと脅している形だけど、これって千代に対するゴマすりというか、愛なんじゃないの?」……と疑問が湧いてきた。『愛なき人々』とわざわざ断りながら、ここで示されたのが一つの愛の形でもあるとしたら、これまで私が書いてきた谷崎潤一郎の一貫した信用できなさと合致する。
無論ここで私が語ろうとしているのは、近代文学1.0が弄んできた、「ダメな議論」ではない。つまり「愛」という砂糖といった定義があいまいなものが谷崎作品にあるかないかといった話ではない。その愛の形を分析し比較しようというものでもない。
そんなことをしてもしょうがないとは言わないが、愛の形は様々で、例えば村上春樹の『国境の南、太陽の西』にお砂糖のような「愛」があるかと言えばそれはないだろう。ただやりたいだけで損なってしまうというどうしようもない男のふるまいがあるだけだ。
あるいは『ウィズ・ザ・ビートルズ With the Beatles』はどうだろう。恋の寸前のような一瞬の出会いがあり、単なる若い性欲があり、しっくりくる相手と結婚して猶、恋の寸前のような一瞬の出会いを想い出すという「愛」の回避が見えないだろうか。
或いは夏目漱石の『それから』はどうだろう。代助は「僕の存在には貴方が必要だ」と言っただけで「愛している」とは言っていない。「代助は渝らざる愛を、今の世に口にするものを偽善家の第一位に置いた。」「自分が三千代に対する情合も、この論理によって、ただ現在的のものに過ぎなくなった。彼の頭は正にこれを承認した。然し彼のハートは、慥かにそうだと感ずる勇気がなかった。」こんな屁理屈はけして砂糖ではなかろう。
こうしたもの、勿論谷崎の『愛なき人々』を含めて、これは本当の愛じゃないとかそうした議論は意味がないと考えている。本当の愛という定義があいまいだからだ。
私がやりたいのは『愛なき人々』がどのような「あらすじ」を持つお話であり、題名の意味が何であるかという程度の解釈である。その程度のことが十分になされなかったために失ってきたものを回復する作業である。
仮に『愛なき人々』を佐藤春夫と義妹せい子に対して、てめえらガタガタ言ってるとぶっ殺すぞと脅していると見た場合、谷崎潤一郎の悪党ぶりは度を超えている。こんなことを書いていますが、実はそんなことはないんですよ、という態度が微塵も見えない。現実問題、いくら小説だとは言いながら、『愛なき人々』を読めば金と女にしか興味のない享楽家としてみっともなく書かれている小倉に対して佐藤春夫は怒りを覚えるだろう。小倉は相場ですり、内地では八方塞がりなので上海にでも行こうかと言っている。そういう意味では谷崎潤一郎は二重に悪い。またこんな痴話話の刃傷沙汰を三幕芝居に仕立てて大衆に晒そうという魂胆が悪い。悪いが確かに需要はあったのだ。
谷崎潤一郞氏「愛なき人々」は、左團次の小倉、松蔦のお杉、壽美藏の梅澤の三人の芝居で、動きといふよりも言葉の芝居である。しかるに「愛なき人々」では、三人の愛への態度が、いかにも露骨に實證的に解釋されてゐるため、見物はすぐ舞臺の事實に飛び込んで、作爲に眼をやる暇を與へられない。そこでひどく面白がつたのだ。
「お國と五平」は、勘彌、菊江、壽三郞の三人が、のつけから谷崎潤一郞氏をかつぎ出した。あの芝居は谷崎氏をつれて來て徹頭徹尾三人の位置を說明させねばならぬからだ。
「愛なき人々」は、谷崎氏がまづ、左團次、松蔦、壽美藏と引つ張り出した。あの芝居は、谷崎氏が事實だけを提出すればあとは三人の役者にまかせ切れるからだ。そこで見物は、『高島屋あ』で恐悅してしまつたのだ。(畑耕一『戯場壁談議』)
昨年來谷崎潤一郞氏の三作「愛なき人々」「愛すればこそ」及び「お國と五平」などは、かなり世間の注意を索いたやうである。それらが光つた作品であると云ふ事に私も異論はない。たしかに現代人の精神生活を銳う突いた所がある。試みに「愛すればこそ」の一篇をとつて見る。之は云ふまでもなく、澄子を中心に山田と三好との三術角關係を描いたものである。(松原寛
『芸術の門』)
この時代から、作の內容に、夫婦關係の破綻による三角關係が盛んに取扱はれだしたこと-前記の「呪はれた戯曲」から「或る少年の怯れ」(大正八年)、「途上」、「愛すればこそ」(十年)、「お國と五平」(十一年)、「愛なき人々」(十二年)…(十一谷義三郎『ちりがみ文章』)
蓋し、彼は、漸くその小說に行詰まつたのであつて、後年は專ら戯曲の方に向ひ、「本牧夜話」、「愛すればこそ」、「愛なき人々」、「お國と五平」「無明と愛染」などの名曲を公にせしめ、或る劇評家をして潤一郞我が劇作界を掌握すると呼ばしめた。(小島徳弥『明治大正新文学史観』)
こんな芝居を確かに大衆は歓迎したのだ。あるいは書き手ばかりではなく大衆の側も、言論統制の影響下で、より安全なものへと向かっていたのかもしれない。
しかしこんな芝居にもわずかに谷崎の意地が見えなくもない。
うん、もう内地ぢゃあ僕も八方塞がりだから、土地が變わつたらちつとは何か面白い事でもありやしないかと思つてね。(谷崎潤一郎『愛なき人々』)
無理だとも! 全體君あどの面下げてそんな事が云へるんだ。あの女のお蔭でどんなに僕が世間を狭くしてゐるか、考へてみたら分るぢゃないか。日本を喰ひ詰めて支那くんだりまで逃げて行かなきゃならないやうになつたのもみんな彼奴のお蔭なんだ。(谷崎潤一郎『愛なき人々』)
当時「外地」には「外国の土地」という意味のほか本土以外の日本領土、「 朝鮮半島・台湾」の意味があった。内地にいられないのであれば、その行先は対義語としての外地、つまり「 朝鮮半島・台湾」かと思えば「支那くんだり」だという。しかもそれは支那といいながら魔都・上海なのだ。小倉は「日本は狭くつてうるさくていけない」という。この「うるさい」は直接的には醜聞で非難を浴びることを指し示しながら、やはり逃げ出したいほどの言論統制に対しても向けられているだろう。
「実はこの着物で近々都落ちをやるんだよ。朝鮮へ落ちるんだよ」
津田は始めて意外な顔をして相手を見た。ついでに先刻から苦になっていた襟飾の横っちょに曲っているのを注意して直させた後で、また彼の話を聴きつづけた。
長い間叔父の雑誌の編輯をしたり、校正をしたり、その間には自分の原稿を書いて、金をくれそうな所へ方々持って廻ったりして、始終忙がしそうに見えた彼は、とうとう東京にいたたまれなくなった結果、朝鮮へ渡って、そこの或新聞社へ雇われる事に、はぼ相談がきまったのであった。
「こう苦しくっちゃ、いくら東京に辛防していたって、仕方がないからね。未来のない所に住んでるのは実際厭だよ」(夏目漱石『明暗』)
日本人が海外へ移住する理由は醜聞だけが理由ではない。むしろそんな呑気な移民などごくまれなものだろう。小倉という享楽家の気ままに見せかけた海外逃亡は、実は生々しい時代の影の部分に向けられた棘なのかも知れない。大正十二年一月にこの『愛なき人々』は発表される。この年の九月一日、関東大震災が発生する。
【余談】谷崎は何をしようとしていたのか?
この時期、谷崎が小説というものをどのように捉えて、どのように戯曲と書き分けをしていたのかということには大変興味がある。戯曲や芝居の台本にはト書きとしてわずかに説明が足され、台詞中心で話が進んで行くことになる。その仕組みの必然として場所の移動が極端に抑えられ、当然移動中の会話というものもない。このことは携帯電話が普及した以降における、「同じ場所で会話することの必然性」や「相手とすぐに連絡が取れないという不自由」という枷がなくなった後の小説の不自由さを考えさせるきっかけにもなり得る。
今、会話とは遠距離で無言で成立するものだ。その表情は見えない。会話の何割かは、そうした「通信」で済まされている。人と人とのかかわりの中で限りなくト書きは削られ、プラトン的ソクラテスのように対話が記録されていく。そのような未来を見透かして、谷崎が戯曲に打ち込んだとは、私は思わない。
当時著作権は曖昧なものであり、戯曲が芝居にかかるとどのようにお金になるのか、その仕組みは定かではない。永井荷風が山本有三の二次使用権を批判しているが、谷崎はそういうものを確実に意識していただろう。
私は作家が金を得ようとする行為や意識そのものを卑しいとは考えない。しかし金のために己の文學を犠牲にするものは愚かだと軽蔑する。人にはそういうところがないとは言えない。皆金がほしいのだ。神童の天才が努力して小遣い稼ぎをしていることを、私はわがことのように慚る。その天才の高さに釣り合わない卑しい根性を慚る。当人でもないのに。
確かにこの時期、例えば森鴎外が顕微鏡という文明の利器を得て「黴菌」という脅威に囚われたように、谷崎潤一郎はまた映画という革新的な技術を目の当たりにして、ト書きの無意味さを痛感していたに違いない。ト書きはいくら書き込んでも一枚の写真を超えることはない。しかしこの感覚はやがて失せていくものである。現代では饅頭を茶漬けで食うのは変わり者である。顕微鏡を覗くまでもなく、大抵のものは菌だらけであることを知りつつ、現代人は饅頭をそのまま食べ、接吻する。そしてまた「広い門の下には、この男のほかに誰もいない。ただ、所々丹塗の剥げた、大きな円柱に、蟋蟀が一匹とまっている。」といった表現の切り込み具合に痺れるのである。
五位は、ナイイヴな尊敬と讃嘆とを洩らしながら、この狐さへ頤使いしする野育ちの武人の顔を、今更のやうに、仰いで見た。自分と利仁との間に、どれ程の懸隔があるか、そんな事は、考へる暇がない。唯、利仁の意志に、支配される範囲が広いだけに、その意志の中に包容される自分の意志も、それだけ自由が利くやうになつた事を、心強く感じるだけである。――阿諛は、恐らく、かう云ふ時に、最も自然に生れて来るものであらう。読者は、今後、赤鼻の五位の態度に、幇間のやうな何物かを見出しても、それだけで妄りにこの男の人格を、疑ふ可きではない。(芥川龍之介『芋粥』)
むしろこの情感を映像化することの方が困難だろう。これは視覚化・映像化しえないロジックである。落とし込むとしてナレーションしか方法が思い当たらないない。そう考えた時、もう一度言葉の大切さ、何をどう語るかという工夫こそが、書き手の喜悦なのだと思い知ることが出来る。いかようにも語り得る。しかし私はこの言葉を選び取る。その選択の中にこそ、語り手の快楽はあるのだ。
日本の音楽史上、最も恥ずかしい黒歴史になるでしょう。 pic.twitter.com/Dx3XYiLDEN
— 真実を追い求めるオルガニスト (@Shinjitsu2138) May 4, 2022
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「沈黙している者も非難され、多く語る者も非難され、すこしく語る者も非難される。世に非難されない者はいない。」「ただ誹られるだけの人、またただ褒められるだけの人は、過去にもいなかったし、未来にもいないであろう、現在にもいない。」(中村元訳『ブッダの真理のことば 感興のことば』P42) pic.twitter.com/RnopzQAb76
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