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移住して半年、「消費」より「体験」を求めるようになった

移住して半年が経ったころ、ふと気づいたことがありました。

「最近、モノをほとんど買っていないな」

東京にいたころは、週末になると渋谷や新宿に出かけ、特に目的もなくお店を見て、気づいたら何かを買って帰っていました。新しいガジェットが出れば「これがあれば捗る気がする」と購入し、おしゃれなカフェを見つければ足を運び、SNSに写真を投稿する。

それが「充実した週末」だと思っていました。

でも相模原市に来てから、そういった行動がすっかり減りました。不便になったから、ではありません。欲しいと思わなくなったのです。

東京での消費は、何を埋めようとしていたのか

移住してしばらく経ってから、東京時代の自分の行動を振り返ったことがあります。

あのころ、なぜあんなにモノを買っていたのか。なぜ「映える」場所に行くことに必死だったのか。

答えは、意外とシンプルです。「充実していない感覚を、消費で埋めていた」のだと思います。

人間関係で疲れ、仕事のストレスを抱えながら、週末くらいは「豊かな自分」を演出したかった。新しいモノを買えば、どこかに行けば、写真を撮って誰かに見てもらえれば、「ちゃんと生きている」という感覚が一時的に得られました。

でも、それは長続きしません。翌週にはまた同じ空虚感が戻ってきて、また消費で埋める。そのループを何年も繰り返していたのだと、今になってようやくわかりました。

移住後、「体験」が日常になった

相模原市に来て変わったのは、消費の代わりに「体験」が日常の中に溶け込んできたことです。

たとえば、朝起きて近所の山道を30分歩く。それだけで、頭がすっきりします。今日も歩いてきました(笑)。ウグイスの声を聞きながら、土の上を歩いて、木漏れ日の中に立つ。この体験に、お金はかかりません。

友達と登山に行った時の写真

地域の方に声をかけてもらい、一緒に畑の作業を手伝う。教えてもらいながら、土に触れて、夕方に「今日は体を動かした」という満足感がある。これも、お金はかかりません。

地元の直売所でその日採れた野菜を買い、簡単な料理を作る。「これ、さっきまで畑にあったんだ」という感覚。当たり前のようで、東京では絶対に得られなかった体験です。

消費でお金を使わなくなった代わりに、体験が日常の至るところに転がっていることに気づき始めました。

「所有すること」への執着が薄れていく

モノを買わなくなったと同時に、「所有すること」への執着も薄れてきました。

東京にいたころは「これが欲しい」「あれを持っていたい」という気持ちが常にありました。最新のスマホ、ちょっとブランドのある財布、インテリアにこだわった部屋。持っているモノで、自分の価値を確認しようとしていた部分があったと思います。

でも今、相模原市での暮らしで一番「豊かだ」と感じる瞬間は、モノとは無関係のところにあります。

夕方、仕事を終えて外に出たら、空が信じられないくらいきれいな色をしていた。近所のおじいさんが「これ、持っていけ」と差し出してくれたネギ。ボランティアで、初めて会った人と気づいたら2時間も話し込んでいた。

これらは全部、「体験」です。持ち帰れないし、売れないし、写真に撮っても半分も伝わらない。でも、確かに自分の中に残ります。

みんなで森林整備のボランティア

「体験」は、記憶に変わる

哲学者のエーリッヒ・フロムは、「存在すること」「所有すること」について著書の中で語っています。「所有」はいつか失われるが、「体験」は記憶として自分の一部になる、という考え方です。

移住して初めて、この言葉の意味が体感としてわかりました。

東京で買ったものの多くは、今手元にありません。でも、ここで感じた朝の空気、地域の人との関係、山道で見た景色は、鮮明に記憶に残っています。

消費したものは消えていくけれど、体験したものは自分の中に蓄積されていく。半年間の移住生活で、一番大きく変わったのはこの感覚かもしれません。

「消費しなくなった」は、豊かさの証明

最近、お金を使った記憶が薄いことに気づいて、「節約できている」と思ったのですが、実はそうじゃないとすぐに気づきました。

節約しようとしているわけではなく、単純に「欲しいものがない」のです。

これは、欲がなくなったのではありません。欲の向き先が変わったのだと思います。モノや場所への欲から、体験や関係への欲に。「何かを持ちたい」から「何かを感じたい」へ。

移住前の私は、消費することで豊かさを感じようとしていました。今は、消費しなくても豊かだと感じています。

これが移住して半年で、最も大きく変わったことです。

都会にいながらでも、できることがある

この記事を読んでいる方の中には、「移住なんてできない」と思っている方もいるかもしれません。

でも、「消費より体験を選ぶ」という感覚は、場所を変えなくてもできることでもあります。

週末に買い物に行く代わりに、知らない道を歩いてみる。カフェでスマホを見る時間を、一冊の本に使う。家の近くの公園で、ただぼーっと空を見上げてみる。

「体験」は、お金をかけなくても、遠くに行かなくても、日常のすぐそこにあります。

移住はその感覚を、強制的に気づかせてくれただけだったのかもしれません。

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