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あの日、プロバンドが素人ステージに降りてきた─センチメンタル・シティ・ロマンス『歌さえあれば』

記憶の針を落とす Vol.2


センチメンタルシティロマンス『歌さえあれば(WE LIKE MUSIC)』(1979)

高校一年のある日、市内の公園にある野外ステージに、コンサートの途中で見知らぬ大人たちが現れた。

私たちが機材を運び、セッティングし、手探りで音を出していた場所に、ツアー中の本物のバンドが降りてきた。

その日、一音目が鳴った瞬間、私の中の何かが変わった。



バンド少年


話は少し戻る。

中学生の時、ビートルズに出会って、ギターを始めた。
最初に手に入れたのは、父親に頼み込んで買ってもらったモーリスのアコースティックギターだった。しばらくして、貯めていたお年玉を下ろし、グレコのバイオリンベースも買った。

ポールマッカートニーとバイオリンベース

楽器を手に入れ、少しずつ弾けるようになると、自然に仲間が集まった。学校の友人たちとバンドを組み、ツイストやアリス、ビートルズを演奏していた。


「俺コン」


高校生になると、他校の音楽好きともつながるようになり、市内の楽器屋に毎日のように通った。

やがて、その楽器屋が機材を提供してくれる形で、高校生や大学生が集まり、市内の公園にある野外ステージで定期的なコンサートを行うようになった。

コンサートを行っていた仙台・勾当台公園・野外音楽堂

そのコンサートは、「俺たちのコンサート」。
通称、「俺コン」と呼ばれていた。


飛び入り


私が高校1年生の時、この俺コンにプロのバンドが飛び入りで参加した。

センチのツアー用の大型バス

経緯はよく覚えていない。
コンサートの途中で、ステージ袖の空気が少しざわついた。

ツアー用の真っ赤な大型バスが、公園の近くに止まっていた。
誰かが「センチだ」と小声で言った。
センチメンタル・シティ・ロマンス。

名前だけは知っていた。名古屋から来た、本物のプロバンドだ。

おそらくツアーの途中で、近くを通りかかり、僕らの音に反応して、立ち寄ってくれたのだろう。でも当時の自分には、そんな経緯を確かめる余裕などなかった。

メンバーは、楽器を手にステージに現れる。
彼らが機材をセッティングし始めた瞬間、空気が変わった。

僕らが機材を扱うとき、そこにはいつも「壊さないように」という緊張が混じっている。ケーブルを繋ぐ手が少し震え、マイクスタンドの高さを何度も直し、「これで合ってるよな」という確認が飛び交う。

彼らは違った。

ケーブルを、迷わず刺した。スタンドを、一度で決めた。モニターの位置を、ひと目見ただけで動かした。何も確認しなかった。誰も振り返らなかった。手が、体が、すでに音を知っているようだった。

その様子を、私はステージの下からずっと見ていた。
声をかけることもできず、ただ見ていた。
自分たちとの差が、言葉ではなく、動作のひとつひとつに刻まれていた。

そして、一音目。

音が出た瞬間、会場の空気の密度が変わった。
それまで公園の背景に溶け込んでいた木々の葉の音や、遠くの車の音が、すっと消えた気がした。音に、居場所を明け渡したように。

演奏しているのを「聴いている」というより、音の中に「いる」感覚だった。

観客席も、最初はざわついていた。
でも1コーラスが終わる頃には、誰も喋っていなかった。
スマホのない時代だから、誰も画面を見ていない。
ただ、音の方を向いていた。

私の隣に立っていた仲間が、小声で「すごいな」とだけ言った。

それだけだった。でもそれが全部だった。

演奏が終わった後、拍手が起きた。大きな拍手だった。

メンバーたちは、軽く会釈をして、また機材を片付け始めた。
来た時と同じ手つきで、静かに、丁寧に。

メンバーがバスに向かって行くのを、僕らはしばらく見送っていた。

あの日の風と音の温度は、今も身体のどこかに残っている。


数日後、街のレコード店で彼らのアルバムを買った。

あの時の音へ、もう一度辿れる


生きるも死ぬも 紙一重 お前しだいさ
辛い人生と 知りながら 人は生きている

『歌さえあれば』の歌詞より

スピーカーからイントロが流れ、
中野さんの声が聞こえると、あの日のステージがよみがえった。
ウエストコーストサウンド、ボーカルの甘い声、ギターのきらめき、軽やかなリズム隊。


記憶の音


いまでも、このアルバムを聴くと、あの風の匂いと、あの胸の高鳴りが蘇る。人生の針を少しだけ戻して、今日も記憶のターンテーブルに、そっと針を落とす。

センチメンタル・シテイ・ロマンス

後から調べて知ったことだが、センチメンタル・シティ・ロマンスは、1973年に名古屋で結成され、現在も活動を続ける「1度も解散をしていない日本最古のロックバンド」だった。

「センチメンタル・シティ・ロマンスは、
日本語によるロックの王道を歩み続けていったと思う。
その意味でも、もっともっと評価されてもいいのだ。」 

『ギター・マガジン』Web記事より。

典型的ウエストコースト・サウンドを彷彿とさせる曲から、渋いルーツサウンド、カントリーテイストなどを感じさせるバラエティ豊かな演奏。
大ヒットこそなかったが、長く活動し良質な音楽を残してきた素晴らしいバンドだ。

音は、理屈より先に人に届く。

残念ながらボーカルの中野督夫さんは、2021年、永眠されてしまった。

もうあの歌声を生で聞くことができなくなってしまったが、あの野外ステージで私の前に立っていたバンドが、今もまだ同じ名前で音を鳴らし続けている。それだけで、十分すぎるほどだと思っている。


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