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出雲・岡山一人旅|ときめく心まで滅する必要はなかった。過去の清算と心の境界線

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居酒屋からホテルに帰った私は、感動のまま勢いで記事を一つ書いた。翌日は絶対に寝過ごせない。何時に起きてもすぐに出られるように荷物を整え、翌日着る服まで揃えた。そして、6時半の特急に乗るために、普段は絶対かけない目覚ましを5時20分にセットして爆睡した。

案の定、二度寝。はっと気づいたら5時50分だった。

普段は考えられないような光の速さで支度し、6時10分に部屋を出た。駅前のホテルだったので、6時15分には改札にいた。

ここで私はチケットレス乗車券だったのに、ふと思い立ち切符を発券した。

その時、画面に表示された帰りの新幹線の日付を二度見した。
間違えて翌日の夕方の新幹線を取っている。幸い変更は一回までOKだ。このミスのおかげで、帰りの新幹線の時間に縛られず動ける安心感が手に入った。

「すべてはうまくいっている」

前日飲みすぎてお腹を壊していたけど、私のメンタルは無敵だった。




日曜の朝6時半に、出雲から特急やくもに乗る人はほとんどいなかった。私の車両は誰もいない。優雅すぎる。

普通なら、これから朝風呂や朝食をゆっくり楽しむ時間だろう。でも私は、経津主神(フツヌシ)さんを巡る旅をしているのだ。普通と違っていてもいい、をまた自分に確認した。私だけのストイックなスケジュールが心地よかった。

ヤマタノオロチに見立てられているという斐伊川を通過。
暴れるエゴを脱ぎ捨てたいと祈った。


もしかして、あれが高校の修学旅行の時に登った「大山」だろうか。グーグルマップを立ち上げるとそのようだった。


すごく不思議な感じがこみ上げた。車内からではあるが、30年ぶりに大山を見ている。


昨日の居酒屋で出会った一回り上の男性「一回りさん」が、「大山って、ほうきだいせんって言うらしいですね」と教えてくれたのを思い出した。

フツヌシさんを祀る春日神社に訪れた時、神主さんが神前をほうきでお掃除していた。

何かつながりがあるのかな、と思って、Geminiさんに聞いてみると面白い答えが返ってきた。

実は、「伯耆(ほうき)」という地名と、道具の「ほうき(箒)」には、古い言葉で「ハハキ」という共通の響きが隠れています。伯耆(地名): 古くは「ハハキ」と呼ばれていました。諸説ありますが、その土地に生い茂る木々(母木)を指したという説があります。
ほうき(道具): こちらも古語では「ハハキ」や「ハハキギ」と呼ばれていました。

面白いことに、昔の人は「ハハキギ」という木を神聖視し、それで地面を撫でることで悪いものを払う儀式を行っていました。つまり、言葉の根っこの部分では、どちらも「聖なる力を持つ木(植物)」というイメージでつながっている可能性があるんです。

Geminiさん談

出雲大社や伯耆大山の地を30年ぶりに訪れているということが、過去を清算する何か一つのお祓いになっているようにも感じた。深読みが大好きなので。

深読みついでに。車内でも不思議なことがあった。途中で二人女性客が乗ってきたのだが、通路挟んで向こう側、一列後ろの席に座った女性のスニーカーを三度見した。

グレーのニューバランスだ。私のと同じ。

え、待って、デザインほぼ同じ。

あちらには底にエアーが入ってる、でも、そこ以外は全く同じデザインだ!

すごくないか?この偶然。テンションが上がる。
そういう時私は、すぐに前世に思いを馳せる。

私が過去世で、女城主だった時、戦争で味方の命が次々に奪われ「私のせいで」とひどく落ち込み自分を責めていたことがある、と視える方に教えてもらったことがある。それが本当だったとしたら、その時私が死なせてしまった方に再会できたのかもしれない、と想像した。

私が、(わぁ!同じ靴履いてるあなたに出会えてよかった!)と密かに喜ぶことで、解消されるカルマがあるんじゃないかって。「私のせいで」って囚われていた気持ちを少し解放できてたりするのかな、とか。

深読みのしすぎでもはや面白い自覚はあるが。その時そう浮かんだってことはきっとそうなのだ。

もうこうなると、前方に座っているもう一人の女性のスニーカーを確認したくて堪らなくなった。黒、ということは分かった。黒のニューバランスなのか?とかよぎったけど、グレーじゃなかったことで、もうこのへんでこの妄想はやめにしようと思った。


それから私は、前世兄弟かな?と思った昨夜の居酒屋での年上の男性二人とのやり取りを思い出していた。

二回り上の「二回りさん」は、3人で飲みましょうよと、私にもお酒を勧めて注いでくださった。私は嬉しくてありがとうございます!と頂いた。

一方「一回りさん」は、「今は何でもハラスメントになって怖いですから」と、お酌すら「自分でお願いしますね」と笑顔ではあったが、明確な一線を引いていた。

優しく境界線を飛び越えて交流してくださった二回りさんと、誠実な境界線をしっかり見せてくださった一回りさん。

お二人に一緒に出会えたこと、これは、ものすごく完璧な神の采配だなと思った。



米子に到着すると、ホームに立つ一人の男性に目が留まった。もしかしたら、もしかして、行きの夜行バスを米子で降りられた、隣のサラリーマンさんだろうか。とても似ていた。
本当にご本人だったかどうかなんて、わからない。けれど、一回りさんに出会えたことで、私の中に新しい想像力が芽生えた。

「知らない男性が隣で怖い」と、私は一方的に警戒の境界線を強固にしていた。しかし、あちらだって、「痴漢と間違われたら人生が終わる」そういう緊張感をもって境界線を守っていたのかもしれない。

「サラリーマンと呼び捨てしてごめんなさい、サラリーマンさん」と頭を下げたい気持ちになった。



9時45分。無事に岡山駅に到着。


振り返ると路面電車。「断つ」「保つ」って書いてある。
私の旅のテーマにピッタリかもしれない。

うろうろしながら、なんとなく進んだ道がレンタカー屋さんに通じていた。

そこで迎えてくれた若いお兄さんが、「お好きなドリンクをサービスしてますのでどうぞ」と笑顔で言ってくださった。まるで、お兄さんからの特別なプレゼントをもらえたような気分になり、キャピッとなっている自分がいた。

それから、車のなんやかんやの説明をしてくださる時、ずっと香水のいい香りが漂っていた。何も頭に入ってこず、ありがとうございますしか言えなかった。

お礼を言って、車を発進させてもなお、「いい香り」は漂っていた。さっき借りたボールペンからの移り香だと気づいた時、「幸先がいい!」と口角が上がった。

いい匂いのするイケメンは、もはや一つの社会貢献だよ、と感謝が止まらなかった。

そして、20代の頃の記憶が蘇った。
女のグループで海に行くと毎年ナンパされて、怖いし鬱陶しいって思っていたのに、25歳くらいから、自分の中で変化があった。「うれしい」「いい匂い」「その筋肉に触りたい」などと、心の境界線を緩めた自分がいたこと。実際の境界線は引かれたままだったので、ナンパで深い仲になった人はいないが、自分の心の変化に驚いたのを鮮明に覚えている。


そうやって世の中に対して一度開いた扉を閉めたのが、結婚だったように思う。神様の前で誓ったので。「妻として母として境界線を絶対に守らねばならない」という縛りを必要以上に課し、いつの間にか心まで苦しくさせた。

自分と周囲を守るために、実際に行動で踏み越えてはいけない境界線があったとしても、心は無限に自由にときめいていても別に良かったのではないか。「お兄さんいい匂い。大吉」って浮かれていても何の問題もなかったんじゃないかと冷静に思う。

必要以上に、そういうちょっとしたことをいけないこととして縛ったために、すべてのことが苦しくなっていた気がする。もっと自然でよかったのでは。

堂本剛氏に傾倒していた頃は、日常とは明確な境界線があり、安全に没頭できたのだと思う。

でも、推し活という「聖域」の中だけでなく、日常で感じるときめく心まで、滅する必要はなかったはずだ。

加藤登紀子さんが「四六時中恋してます」って仰っていたことを思い出す。


自分を守るために境界線を強固にせざるを得ない世の中であったとしても、心は自由でありたい。


岡山でのドライブは、軽やかにスタートした。


意気揚々と、石上布都魂(いそのかみふつみたま)神社を目指した。


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