300メートルのボディーガード
先月7日、90歳の父が背骨を骨折して入院しました。23日に退院し、今は自宅で療養をしています。
リハビリのために家の周りを歩く練習を続け、最近はお気に入りのコースを1周歩けるまでになりました。距離にすれば、300メートルほどです。
一人で歩かせるのは危ないので、父が外へ出る際は必ず私が付き添うようにしています。
閑静な住宅街ですが、1周する間に数台の車や自転車とすれ違います。中にはスピードを出している自転車もあり、とても危険です。
もし驚いて転倒でもすれば、また病院へ逆戻りです。一歩間違えれば、「寝たきり地獄の扉」を開くことになってしまいます。
ですから、父がウォーキングをするときは、私はボディーガードのような心境で、細心の注意を払って並んで歩かなければなりません。
父を車から守るために私は車道側を歩きますが、父の側には側溝があります。車にアンテナを張りつつ、父が溝に落ちないようにも気を配らなければなりません。
散歩で気分転換をするどころではありませんが、父が自力でここまで歩けるようになったことは、やはり大きな喜びです。

車道側を歩きながら、ふと思い出したことがありました。
青春時代に読んだ本に、「女性と歩くときに車道側を歩くのがモテるコツだ」と書かれていたことです。
そんな懐かしい記憶を辿りながら緩いカーブを抜けると、狭い道路をふさぐように宅配便の中型トラックが止まっていました。
危ないので、近所のお宅の車庫の入り口に一時避難し、トラックが去るのを待つことにしました。
30秒も待たずに配達を終えた運転手が戻り、車に乗り込みました。 父が急に歩き出さないよう、後ろから手を添えて制止します。
ところが父は、トラックが完全に通り過ぎるのを待たずに動き出そうとしました。
「もうちょっと待ってね」
私が両手で父の肘を掴むと、父はそれを振りほどくようにして怒鳴りました。
「子供じゃないんだから、余計なことをするな!」
静かなEVトラックが、大声をあげる父の脇をゆっくりと通り過ぎていきます。
モテるどころか、すっかり機嫌を損ねてしまいました。やれやれ、ボディーガードも楽ではありません。
しかし、制止を振りほどいてまで歩きたくなるくらい元気が出てきたのは、嬉しい話です。
再び車道側のポジションについて、父との散歩を再開。 認知症の父は、三歩も歩けばさっきのことを忘れ、散歩を楽しむ穏やかな表情に戻っています。
無事家に到着し、「散歩ができて、よかったね」と言うと、笑顔でうなずく父。 父が安全に玄関ホールに上がるのをサポートしてから、任務を終えたボディーガードが荷を下ろすように、私は玄関のたたきに腰を下ろして靴を脱ぎました。

いいなと思ったら応援しよう!
よろしければサポートお願いします。いただいたサポートは明るい未来を創造する活動費として大切に使用致します。