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不屈の人、三浦綾子からもらえた「辛い夜」を越える力

最愛の母が昨年他界し、たった一人の家族となってしまった父も、癌という大病と背骨の骨折という大けがで入院した今年の四月。悪い考えばかりが頭をよぎる夜の辛さを和らげてくれた小説家がいます。三浦綾子さんです。

三浦さんは北海道旭川市出身。1964年、42歳の時にデビュー作『氷点』で朝日新聞の一千万円懸賞小説に入選し、71万部を売り上げる大ベストセラーを記録しました。
日本テレビ系の長寿番組『笑点』のタイトルが『氷点』をもじって付けられたというエピソードからも、当時の社会現象的なブームがうかがい知れます。
以降、『塩狩峠』『道ありき』『泥流地帯』『銃口』など、数々の名作を世に送り出した大作家です。

三浦さんの綴る世界が、なぜこれほどまでに私の心を打つのか。
それは彼女自身が、私よりもはるかに長く、深い眠れない夜を経験し、夜明けが来ないかに見えた「どん底の人生」を「素晴らしい人生」へと変えてみせた実績があるからだと思います。

父の入院中、私は彼女の自伝的小説『道ありき』と、その続編『この土の器をも』を貪るように読みました。24歳で教職を辞してから、一千万円懸賞小説に入選するまでの軌跡を描いた半生記です。
これらの作品には、三浦さんが経験した「三つの絶望」が克明に描かれています。

第一の絶望は、天職と思っていた教職への挫折です。
三浦さんは17歳に満たない若さで小学校教師となり、「わたしの過去の中で、最も純粋な、そして最も熱心な生活であった」と語るほど情熱を注いでいました。
しかし戦後、自分が正しいと信じて子供たちに教えてきた軍国主義教育が全否定されます。そのショックから教職を辞し、生きる意味を見失った彼女は、自殺未遂を起こすほどの自暴自棄な生活へと沈んでいきました。

第二の絶望は、あまりにも過酷な闘病生活です。
24歳で肺結核を発病し、さらに脊椎せきついカリエスを併発。37歳までの13年間という人生の黄金期を、彼女は療養生活に費やすことになります。
死の恐怖に怯え、身動きすらできないギプスベッドの上で過ごす日々は、筆舌に尽くせない苦しみだったはずです。

第三の絶望は、最愛の人との死別でした。
虚無的な生活を送っていた彼女を救い、信仰へと導いてくれたのは、幼なじみの前川正さんでした。
二人が再会したのは、前川さんが肺結核で北大医学部を休学している時でした。最初は彼に心を開けなかった三浦さんですが、次第にその誠実な人柄にかれ、やがて相思相愛となり婚約に至ります。
しかし彼は手術後の経過が思わしくなく、結婚を待たずしてこの世を去ってしまいます。

この絶望の淵から彼女を引き上げたのは、キリスト教への信仰と、のちに夫となる三浦光世さんの存在でした。

前川さんと同様に、光世さんも敬虔けいけんなクリスチャンでした。
光世さんは前川さんの死から一年後に出会った人ですが、驚くべきことに、顔立ちも話しぶりも前川さんに酷似していたそうです。人柄も、前川さんに劣らぬほど誠実でした。
綾子さんはすぐに光世さんに恋心を抱きましたが、自分よりずっと若々しく見える彼の風貌や、自身の病状を考え、恋愛の成就は難しいと感じていたようです。
しかし、光世さんも彼女を深く愛するようになり、「必ず治る」と励まし続け、献身的に支え抜きました。その祈りが通じたかのように奇跡的な回復を遂げ、二人は結ばれたのです。

光世さんがいなければ、作家・三浦綾子は誕生していなかったかもしれません。
実弟から母への伝言で懸賞小説の公募を知ったその晩、『氷点』の着想を得て確かな手応えを感じたものの、プロも応募する賞に素人の自分が勝てるわけがないと、一度は諦めかけたそうです。
しかし、光世さんに相談すると、意外にも「面白いストーリーだね」と感心し、力強く背中を押してくれました。
ところが、初めての小説執筆は困難を極め、締め切り直前になっても完成の目処が立たず、「小説の態をなしていない」という有様。すっかり弱気になっていた彼女に、光世さんはある朝、二階から降りてくるなりこう言いました。
「綾子、この小説は入選するぞ」

その根拠を問われると、聖書の「祈り求めることは、すでにかなえられたと信じなさい」という言葉を信じているからだと答えたそうです。
呆気あっけにとられたものの、夫の揺るぎない確信に支えられ、ようやく完成した原稿は締切日に郵便局へと運ばれ、言葉通りに見事入選を果たしました。

その後、人気作家となった三浦さんを晩年襲ったのは、パーキンソン病などの病魔でした。自力で筆を執ることが困難になっても、光世さんによる口述筆記が彼女の執筆を支え続けました。

三浦さんの言葉に、次のようなものがあります。
「いままでふりかえってみて、大きな不幸と思われることが、実は大切な人生の曲がり角であったと思われてならない」

事実、軍国主義の崩壊による教職の挫折、長い闘病生活、そして最愛の人との別れ。人生観を揺るがすほどの苦難(曲がり角)があったからこそ、彼女の作品には深い慈愛が宿り、多くの人の魂を揺さぶる力が備わったのでしょう。
それなくして、処女作であれほどの名作を生み出すことはできなかったはずです。

「不幸」の真っただ中で、運命に負けそうになる今の私にとって、三浦さんが絶望を希望へと変えていく軌跡は、暗闇を照らす一筋の光のように、大きな勇気を与えてくれています。
私も不屈の闘志を見習って、この荒波に立ち向かっていこうと思いました。


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