銀河漂流記 ーー遥かなる再会の空(3話)
新世界のイブとアダムたち
40分後、リョウさんから、この惑星が安全だという知らせがあった。
すぐに連絡がなかったので、心配をしていたが、ホッとした。
安全な星ならば、早く外に出て、リョウさんに会いたい。
コックピットルームのドアの手前にいたボクは、真っ先にドアノブに手を伸ばした。
「待ちなさい! 何であなたが先に行くのよ」
背後から、リーダーの叱責が飛んできた。
「そう。お前は一番ケツ」
サブリーダーはリーダーの後ろにさっと並び、後方をアゴで指した。
なんだよ、さっきボクに早く外に出ろと言っていたくせに。
ムカついたが、口答えをすると失点が増えるだけなので、黙って従うことにした。
宇宙船の外にでると、ジャングルのように草木が生い茂っていた。
木立の間からは、きれいな青空が見える。
気温も、春や秋の頃のようにちょうどよく、実に快適だ。

リョウさんは、ヘルメットを脱いで、深呼吸をしていた。
とても気持ちよさそうなので、ボクもヘルメットを脱ぎ、深く息を吸い込む。
あまりの空気の美味しさに、感動した。深呼吸をするたびに、心身が浄化されていくようだ。母星の汚れた空気とは、大違いだ。
「1キロぐらい先に小川があって、その水もおいしいです」
リョウさんは、宇宙船と反対の方向を指さす。
「ええ、本当か! 最高じゃないか」
サブリーダーはもろ手を挙げて喜んだ。
「よかった!」
ボクも両手を大空に突き上げた。
日光、空気、水があれば、人が生きていける条件がそろったことになるからだ。
リョウさんは大喜びしているボクらを笑顔で眺めながら、さらに吉報を述べた。
「その川では、魚が泳いでいます。それに、小川の近くには、果物がなっている木もありました」
「ひゃっほー! これで飢え死にしなくて済むぜ」
食いしん坊のタクさんは、ガッツポーズをつくって歓喜の雄叫びをあげた。
ボクは命拾いした喜びから、天に向かって手を合わせ、神様に感謝する。
空腹で喉も乾いていたので、ボクらはさっそく、リョウさんの後について、小川に向かった。
リョウさんは歩きながら、安全を知らせる報告が遅れた理由を述べた。
それは、水や食料がある場所を探していたからであった。
確かに、そこまで確認しないと、ここが人の住む場所に適していると報告できない。
よく気が回って、やっぱりすごい人だ、と感心した。
リョウさんを先頭に草木をかき分け15分くらい進むと、急に視界が開け、小川が見えてきた。
小川のほとりにはリンゴのような実をつけた木もある。
ボクらは先を競うように小川に突進した。
そして飢えた獣のように水を飲み、魚や果物を採って食べた。どれもおいしかった。

「しかし残念ですね」タクさんは、満腹になった腹を擦りながらサブリーダーに話しかけた。「せっかく、最高の星を探せたというのに」
「まったくだぜ。あ〜あ、大手柄で出世できたのになあ」
サブリーダーはげっぷともため息もつかぬ音を立てて、うなだれる。
「本当よね」
リーダーは相づちを打って、残念そうに唇を噛む。
出世はともかく、使命を果たせない悔しさを感じているのはみな同じであろう。
これでもうボクらの手で母星を救えなくなった。
今更、プランA(環境再生)じゃ手遅れだし、やっぱり、ボクらのプランB(異星移住)しか手はないよなぁ。
数撃ちゃ当たると放たれた55隻の矢のなかの当たり矢になれたというのに…。
当たり矢を引いた瞬間に、弓が折れて地面に叩きつけられた気分だ。
でも、どう考えても無理だ。
通信システムもナビゲーションシステムもいかれちゃったし、燃料も空っぽみたいなもんだ。
おまけに、密林の上に着陸したせいで、宇宙船は傷だらけ。これじゃ、燃料を補給できたとしても、再飛行は無理かもしれない。
でも、一番悲しいのは、お母さんにそっくりな女と結婚して幸福な家庭をつくる夢が消えたことだよなぁ。
命拾いをしたけれど、これでは生きている甲斐がないと思って、ボクも深いため息をついてしまった。

すると、サブリーダーがボクに顔を向けた。
「なんだ、おまえも出世したかったのか?」
「い、いえ、ボクの夢は違います」
ボクは大慌てで首を横に振る。
「じゃあ、何なんだ。お前の夢は?」
サブリーダーにバカにされるのが嫌なので返答に困っていると、タクさんが茶化ちゃかすような口調で口を挟んできた。
「美人と結婚するのが夢なんだよなぁ」
「なんだ」サブリーダーは鼻で笑って、「ちいせえ夢だなぁ」
「別にいいじゃないですか。ほっておいてくだい!」
こういう展開になることはわかっていたが、生傷を触られたような激痛を感じて、反射的に怒鳴ってしまった。
「でも、そんな夢もかなえることができないのかぁ…」タクさんは沈んだ声でつぶやく。「あ〜ぁ、オレも結婚したかったなぁ…」
「バカ野郎! 結婚してたら、もっと辛いんだぞ」サブリーダーが涙声で噛みついた。「もう二度と、愛する家族に会えないんだから」
涙を隠すためであろう。人のいない方向に顔を向け、激しくまばたきをしているサブリーダーを見ると、双子の息子の写真を優しい眼差しで見つめていたサブリーダーの姿が脳裏に浮かんだ。
家族をつくれなくなる悲しみに負けないくらいの深い悲しみをサブリーダーが抱いていたことに気がつくと、サブリーダーに対する怒りがスッと消えた。
「ちょっと、みんな元気出しなさい」
場違いなほど明るく響くリーダーの声がした。
何を励ましてくれるのかと期待して顔を上げると、彼女はまるで陳列棚の商品を吟味するように、ボクらの顔を一人ずつ、ねっとりと舐めるように見つめていた。
その瞳の奥に宿る「ある計算」に気づき、サブリーダーが顔を引きつらせて後ずさる。
「い、いや。私には母星に妻がいるので……!」
「あら、関係ないわ。ここは母星の法律が届かない場所よ?」
リーダーは赤いフレームの眼鏡を指で押し上げ、残酷なまでに美しい笑みを浮かべた。
「い、いや、法律という問題では…」
サブリーダーは滑稽なほど上ずった声で、激しく手を振った。
「じゃぁ、チャンスがあるのは、残りの3人ね」
彼女はゆっくりと、まるで聖書の一節を読み上げるような厳かな口調で言いながら、白くて細い人差し指を突き出し、ボク、リョウさん、タクさんを、死刑宣告のように順番に指し示した。

「……えっ?」 ボクは思わず声を漏らした。 「チャンスって、何のことですか」
「決まっているじゃない。この星に人間は私たちしかいないのよ。つまり、この星の『アダムとイブ』になるってこと。人類を絶滅させない。それが、ここでの私たちの使命よ」
リーダーが専制君主のように声を張り上げると、枝にとまっていた鳥たちが一斉に羽ばたいた。
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