車を変えると、哲学者になれる
当事者になって初めて見えてくる問題があります。
今年の4月7日、父が脊椎の骨折で入院しました。退院時に車いすを利用することになり、私は「車いすがなければ生活できない人」の苦悩を、身をもって理解することになったのです。
父が退院したのは今月23日のことです。自分でトイレに行ける程度まで回復したため、医師から自宅療養の許可が出ました。急性期病院という性質上、少しでも状態が良くなれば次の患者のためにベッドを空ける、という事情もあるのでしょう。退院は午前10時と決まっていましたが、私は朝6時50分に家を出ました。目的はただ一つ、駐車場の確保です。
父が入院した病院には駐車場が3か所ありますが、車いすの患者が安全に使えるスペースはごくわずかです。そのうち2か所は道路を隔てた遠い場所にあり、一つは舗装もされていない砂利の駐車場でした。
砂利の上で車いすを押すのは重労働ですし、何よりその振動は、骨折が完治していない父にとって大きな苦痛となります。また、歩道と車道の段差も多く、車いすを押しながら道路を横断するのは危険が伴います。
退院日はあいにくの雨でした。傘を差しながら車いすを操れば、自分も父も濡れてしまうでしょう。
そうなると、選択肢は病院の北口に直結した駐車場しかありません。
しかし、地域の基幹病院という規模に見合わず、そこの車椅子専用スペースはわずか8台分。確実に確保するためには、通勤ラッシュの渋滞が始まる前に到着しなければならなかったのです。
幸い、玄関に最も近いスペースに車を止めることができました。
実際に止めてみて、入り口までの近さや、車いすを横付けできる幅広のスペースがあることのありがたみが、骨身に染みて分かりました。
しかし同時に、病院の姿勢に首を傾げたくなります。車いすを利用する患者は大勢いるはずなのに、なぜ専用スペースがこれほど少ないのでしょうか。
通院のたびに「止められるだろうか」とひやひやする家族の苦しみは想像を絶します。
もしここが満車で、雪の降る過酷な日に遠い駐車場から車いすを押さねばならなかったら……。そう思うと胸が痛みます。
病院こそ、もっと障がい者の視点に立った設計をすべきではないでしょうか。
障がい者タクシーという手段もありますが、医療費や介護費がかさむ世帯にとって、その利用料は生活を圧迫する要因になります。
あらゆる境遇の人が、経済的な不安なく移動できる仕組みが不可欠です。
また、車いすを使う立場になると、使い慣れたマイカーさえ不便な道具に一変します。
一般的な乗用車はドア付近に取っ手が少なく、乗り降りが困難です。
大きな車は車いすを載せるには便利ですが、駐車スペースが狭ければドアを全開にできず、結局は広い場所まで車を移動させなければなりません。
車高の低いスポーツカーは潜り込むような姿勢を強いますし、逆に床が高いオフロード車は、高いシートへ体を持ち上げるのが一苦労です。
硬い乗り心地の車は、腰痛を抱える患者の苦痛を増すことにもなります。
高齢化で誰もが車いすを利用する可能性がある社会において、あまりに配慮された車が少なすぎます。
障がいを負ってから車を買い替えたり改造したりする余裕など、多くの人にはないはずです。各メーカーは、もっと幅広い立場の人が便利に乗れる車作りにも取り組む必要があるでしょう。
社会的弱者の立場に立った車を誠実に作るメーカーは、結果として多くの人に選ばれるはずであり、その戦略は企業にとっても不利益ではないはずです。
住環境も同様です。わが家のような古い住宅はバリアフリーではありません。エレベーターのないアパートに住む人や、玄関に階段が多い家の人、物価高の中で改修費用を工面できない人……。理想の暮らしを手にできる人は、決して多くありません。これから父との生活をどう整えていくべきか、私も頭を抱えています。
ドイツの哲学者カール・ヤスパースは、ある物事について思考を深めることで「主観と客観の分裂」が起こり、それまで馴染んでいた世界が全く別物に見えてしまうと説きました。
例えば、毎日楽しんでいたコーヒーが、発展途上国の児童労働によって生産されたものだと知った瞬間、その味は変わってしまいます。
車いすを使う当事者の視点を持った今、私の目に映る世界は一変しました。これほどまでに不便で、困難に満ちた場所だったのかと。
私は以前から、障がい者であっても幸福に暮らせる社会を「ユートピア手法」を用いて構想し、noteで発信してきました。今回の切実な経験は、その社会モデルをより血の通ったものにするために必要なプロセスだったのだと感じています。
この過酷な世界を、どう変えていくか。実体験から得た気づきを、今後の発信に活かしていきたいと思います。
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