高齢者に冷たい政策は、『銀河の一票』になるか
認知症を患う90歳の父は、4月初旬に背骨の骨折と前立腺がんで入院しました。3週間ほどで退院し、昨日は2回目の通院日でした。昨年母が亡くなったこともあり、父と2人で暮らす私が通院に付き添っています。
幸いにもホルモン療法の効果があり、経過は良好でした。
しかし、大きな悩みになるのは医療費の負担増です。物価高や医療従事者の賃上げへの対応として、6月の診療報酬改定により、再び診察料などが引き上げられてしまいました。
さらに、将来的にホルモン療法の効果が薄れてくれば、より高額な薬に切り替える方針であることも主治医から告げられています。
後期高齢者の医療費窓口負担割合や、高額療養費制度の限度額が引き上げられるというニュースも報じられており、不安は尽きません。
おまけに、終わりの見えない物価高です。ホルムズ海峡封鎖の影響により、今後はさらに広範囲にわたって急激な値上げが進むことも予想されます。
親の介護のために離職し、自分の蓄えと父の年金を頼りに暮らしている我が家は、「一体どこまで持ちこたえられるのだろうか」という強い不安に晒されています。

世間を見渡せば、児童手当の拡充や高等教育の修学支援新制度の創設など、子育て世代を支援する政策が次々に打ち出されています。
それに比べ、年金生活者を支援する政策はあまりにも乏しいのが現実です。
生活苦を抱えているのに変わりはないのに、この差が生まれるのはなぜでしょうか。
あえて厳しい言葉を使えば、「生産性がなく、社会保障費を食いつぶす高齢者にお金を使うよりも、経済を活性化させてくれる現役世代や、その後継者となる子供世代に先行投資したほうが、税金の有効活用になり、結果として将来の税収増につながる」というロジックがあるからでしょう。
少子化を食い止めなければ、人口減少も止まらないという危機感もあります。
確かに、将来の労働力となる子どもが増えなければ、年金・医療・介護といった社会保障制度そのものが維持できなくなってしまいます。
それに対して高齢者への支援は、積み立てを取り崩すだけの「分配(支出)」と捉えられがちです。
また、独身世帯は少子化対策に直接貢献しないとみなされ、先行投資の対象からは外れてしまいます。「子どもを産まない代わりに、せめて多くの税金を納めて貢献してくれ」と言わんばかりの理屈です。
そして、これでもかと社会保障を削減する姿勢からは、乏しい年金で何とかやりくりしている高齢者には、「足手まといだから、ささっと亡くなって、負担を軽くすることで貢献しろ」と言われているように感じられてしまいます。
効率性だけを見れば、子育て世代への投資を最優先にすることは合理的と言えるのかもしれません。
しかしそれは、長期的な視点に立つと、本当に「正しい選択」であり続けられるのでしょうか。
ここで、2026年4月から放送されているテレビドラマ『銀河の一票』のあるシーンが思い返されます。
このドラマは、父親である政治家の不正を密告する告発文をきっかけにすべてを失った30代の元議員女性秘書が、街の人々に愛されるスナックのママを東京都知事に推し上げようと、巨大な政治組織に立ち向かう「選挙エンターテインメント」です。
その中で、元議員秘書が、かつての上司の秘書だった50代の男性をチームに誘う場面があります。
出馬を控えたママが語る政策を一通り聞いたその人物は、こう尋ねました。
「生活困窮者への支援は対策に入れないの?」
すると、元議員秘書がママの代わりに「入れません」と即答します。それはかつて、彼から「選挙に勝つためには、票に結びつかない生活困窮者への支援を政策に入れるべきではない」と叩き込まれていたからでした。
非課税世帯は全世帯の約24%に過ぎず、多くの有権者にとって困窮問題は「対岸の火事」です。
そればかりか、「働きアリのように自分たちが汗水垂らして納めた血税を、努力をしてこなかったキリギリスのような人々のために使うのか」という反発を招きかねない、というのがその理由でした。
しかし、その説明を聞いた元上司は、こう返します。 「選挙に勝つなら正解。だから、俺は手伝えない」
断ったのは、仕えていた政治家(幹事長)からクビにされて路頭に迷った際、かつて自分が「票にならない」と見捨てた生活困窮者たちに救われた経験から、心境が変化していたからです。
元議員秘書が言葉を失うなか、ママが思いも寄らない必勝策を提案します。 「前回の都知事選の投票率は約60%で、今の知事は有効投票数の40%を獲得して当選したよね。60%の40%って、全体の24%じゃない?
ということは、24%の非課税世帯の人が全員私に投票してくれたら、それだけで勝てるんじゃない?」

このドラマのセリフは、現在の日本社会の縮図のようでもあります。
現在、日本の高齢化率(総人口に占める65歳以上人口の割合)は約30%です。
国立社会保障・人口問題研究所の推計によれば、2040年には約35%、2070年には約39%に達し、有権者の約4割が高齢者となる時代が確実にやってきます。
また、15歳以上の独身者比率(未婚・離別・死別を含む)も現在は約45%ですが、2040〜2050年には半数に達すると予測されています。
有権者の4割が高齢者で、半数が独身者となる社会において、その層を冷遇する政策を続けることは、立候補者にとって「選挙に勝てなくなること」を意味します。
そう遠くない未来に高齢期を迎える40代や50代にとっても、この問題はもはや対岸の火事ではありません。高齢者冷遇の政策を掲げる政党が、今後厳しい選挙を強いられるのは必然の運命になるでしょう。
現に今でも、負担ばかりが増えて恩恵を感じられない現役の独身層からは、ネット上で「実質的な独身税だ」といった強い批判の声が上がっています。
不満をもつ層ほど、選挙に行く確率が高くなる傾向があるのも事実です。
さらに言えば、高齢者に冷たい政策は、回り回ってさらなる少子化と景気悪化を招くリスクを孕んでいます。
「ろくな老後が待っていない」という現実を突きつけられれば、現役世代も自衛のために消費を切り詰め、貯蓄に走ります。そうなれば、育児費用という大きな支出を伴う「子どもを持つこと」への躊躇は、ますます強まるに違いありません。
物価高は激しくなる一方です。温暖化対策にも失敗しており、環境税などの負担増が重なることで、その傾向はより一層強まっていくことでしょう。

では、どのような方向に向けた政策が正解になるのでしょう。
それは、子育て世代への生活支援と並行して、高齢者の生活の安定を図る工夫を凝らし、人口減少の衝撃を少しでも和らげる「軟着陸(ソフトランディング)」の政策を模索することではないでしょうか。
考えてみれば、この狭い日本において、人口が無限に増え続けることを前提とした社会システムのほうが歪だったのかもしれません。
人口が増え続ければ、土地、食料、資源、エネルギーなどあらゆるものの不足が深刻化し、環境破壊やゴミ問題が加速するのは目に見えています。
長期的な視点に立てば、日本の国土に見合った適正な人口規模を見定め、そこから「持続可能な社会」を再構築していくビジョンこそが、真の最善策ではないでしょうか。
今後、一人っ子政策の歪みが露呈する中国をはじめ、インド、アメリカ、ブラジルなども、いずれは同様の人口構造の問題に直面せざるを得なくなります。
少子高齢化という課題において世界の「トップランナー」である日本が、この難局をどう乗り越え、新たな社会モデルを示せるか。それこそが、この混迷の時代に「日本の生きる道」になると思います。
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