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liberal doctorが考える 「自由」とは「解放」?「継続」? [第34回]


Noteの記事を眺めていると、若くして資産形成を成し遂げ、医業から早期リタイアする「FIRE」を果たした医師たちの発信が目立ちます。中には、初期研修後にそのまま美容医療の世界へ進む、いわゆる「直美」と呼ばれる道を選択する若手医師たちもいます。

彼らが高い給与を得られる環境で早期に大きな資産を築こうとする背景には、おそらく共通して「自由な生活を送りたい」という切実な願いがあるのだと思います。

恥ずかしながら、私は50歳を過ぎるまでは散財を重ねる生活を送ってきました。その自分からすれば、若いうちから将来を見据えて行動する彼らの規律正しさには敬意を表します。しかし、その「自由」という言葉の解釈において、私と彼らの間には一つの境界線があるようです。


1. 二つの「自由な生活」

彼らが目指す「自由」が、もし「仕事という義務からの解放」を指すのであれば、確かに早期の蓄財はその最短ルートです。しかし、私は「資産を築いた上で、自分のしたい仕事を継続すること」もまた、一つの完成された「自由な生活」であると考えています。

私にとって、医師としてさらに技術を向上させ、質の高い医療を提供しようとすることは、決して「解放されるべき苦役」ではありません。心の底からやりがいを感じるこの仕事を、お金や組織の論理に縛られずに続けられる状態こそが、私にとっての理想の自由なのです。

2. 「リベラル・ドクター」としての生存戦略

私が資産形成に励んでいるのは、引退するためではありません。その目的は、「老後の不安をゼロにした状態で、好きな仕事を現役で続けていたい」という一心に尽きます。

医師の仕事は、経済的な不安や組織のしがらみに縛られると、途端に自由度を失います。

  • 生活のために意に沿わない働き方を強いられないこと。

  • ポストや周囲の評価に過度に左右されず、最善の医療を追求できること。

  • 後進の育成や知見の体系化に、腰を据えて取り組めること。

強固な資産基盤があるからこそ、こうした「精神的な自律性」が可能になります。これこそが、私の思う「自由」のあり方です。

3. 前進し続ける意志が作る景色

もし今の私に、老後を完全に保証するだけの資産がすでにあったとしても、明日から仕事をやめて一体何をするのでしょうか。私には、毎日やっても飽きないような趣味があるわけでもなく、かといって毎日お酒を飲んで過ごしたいわけでもありません。

約30年のキャリアを経た55歳という年齢にして、これまでの経験と最新の手術技術がようやく結びつき始めた事を感じています。そして、まだ成長の余地も感じながら、同時に自分の経験を後進に伝えていく事も重要だと思います。むしろ今こそ、職業人として非常に面白いフェーズにあります。

最短距離でゴールを駆け抜ける人生もあれば、一歩一歩の成長に喜びを見出し、あえて長く歩き続ける人生もあります。どちらが正しいというわけではありません。しかし、前進し続ける意志さえあれば、最終的に到達できる場所の「高さ」に大きな違いはないのではないか、とも思うのです。

資産形成という土台を整え、引退へのカウントダウンではなく、さらなる高みを目指すための「余白」を作る。私はこれからも、私なりの歩幅で「自由な生活」を謳歌していこうと思います。



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