【小説】8月某日の夢 第9話

 夏祭りの日は、楽しかった。本当に幸せだった。
 少し悲しくなったこともあったけど、いつもよりすぐに立ち直った。きっと、そばに紬貴くんがいてくれたから。
 あの後、いろいろな屋台を見て回ったり、お店の中に入って部活で使う画材の調達もした。
 最後は、2人で人気の少ない静かな場所に移動。そこで紬貴くんと別れた。夏休み明け頑張ろうね、と話して各々帰路についた。

 あの日のことを思い返しながら、私は布団に潜っていた。
「夏芽〜!」
 と、部屋の外からお母さんの声がする。
「学校、どうするの?」
「うーん……やっぱり、頭痛いから休む……」
「そっか。じゃあ、学校に連絡しておくね」
 頭が痛い、というのは嘘。
 やっぱり、学校に行くのが怖くなってしまった。


 昨日は夏休み明け初日で、始業式があった。
 でも小学校とは違って、いつもより早く帰ることはできない。久々の学校、友達に会えるのが嬉しい反面、再び始まる授業に心が折れそうになりながら学校に向かった。
 もちろん、紬貴くんに会った。『夏休みの時は、ありがとうございます』「こちらこそ。とても楽しかったよ」と話しながら、教室に向かった。
 だけど教室に入る時、私は怖かった。
 夏休み、クラスメイトに紬貴くんと一緒にいるところを見られてしまっていたから。指差して笑っていただけでなく、スマホを向けていた人もいたんだ。私が見ていたことに気づいて逃げたから、私に知られてはいけないようなことをしていたんだろうね。もしかしたら、私と紬貴くんが2人でいるところを撮られていて、友達の間で拡散されているかもしれない。
 いくらやんちゃな性格しているクラスメイトがいるとはいえ、そこまで酷いことしているとは信じたくないけど…………。
 私は紬貴くんと1歩以上遅れて、教室に入った。真っ先に夏休みに会ったクラスメイトの顔を見た。
 …………やっぱり。コソコソ話して笑い合っている。その視線の先は、紬貴くんと私を往復している。
 私たちのことを話しているとは限らないけど、これから3年前と同じ出来事が起こるなら、きっと…………………………
 もちろん、紬貴くんは何も気づいていなかった。いつもと変わらず過ごしていた。クラスメイトたちの視線を気にしているのなんて、私だけだ。
 でも、どうしても「私も気にしないでおこう」とは思えなかった。
 昨日は、1日中ソワソワしていた。紬貴くんは本当にいつも通りだったけど、もしかしたら私が周りを気にしていることに気づいたりしているのかな。

 やっぱり、そうだ。私は何も変わっていないんだ。
 本当の私は高校生なのに。3年前の私と何も変わっていない。
 私が中学1年生に戻ったから? ううん、きっと違う。
 分かっていた。中学2年生の頃も、中学3年生の頃も。変わろう、自分を変えようと何度も思ったけど、結局変われなかった。
 変われなかったから、紬貴くんに謝れなかった。最後の最後まで学校に通えなかった。だから、自分の思いを紬貴くんに言うことができなかった。紬貴くんと友達でいることを諦めた。もう忘れてしまおうと思って逃げた。
 それなのに当時の私は、変わったつもりになっていた。その度に、何度も自分は昔のままであると思い知らされた。
 変わることを諦めて、人にたくさん以上の迷惑をかけては傷つけて、そのままここまで来てしまった。
 高校生になって、少しは大人になれたと思っていたけど。
 やっぱり私は、昔のままだ。

 それなのに、さっきは見栄を張ってしまった。
 頭が痛い、というのは嘘。でも、本当は嘘をつく必要なんか無い。
 3年前は「学校に行きたくない」と言って休んでいた。もちろん、お母さんは心配するけど、無理矢理にでも学校に行かせることはなかった。学校に行きたくない理由を話せば、いくらでも相談に乗ってくれた。
 いろいろな考え方で話してくれるお母さんだったけど、あの時は珍しくお母さんの意見が全く変わらなかった。そして、珍しく『夏芽は間違ってる!』とはっきり怒った。
 本当にごめんなさい、お母さん。今なら、お母さんの気持ちがよく分かる。
 どうして私が怒られなきゃいけないの、とか思った当時の自分を叱りたい。
 私がお母さんに嘘をついたのは、学校に行けなかった昔の自分に戻ってしまうような気がしたから。自分が3年前と何も変わらないことを痛感していて、少しでも昔の自分から離れたかった。
 ”昔の自分”は紛れもない”私”であること、分かりきっているのに。


 正午に差し掛かろうとしている。今、学校では何が起こっているんだろう。
 クラスメイトたちの会話が私のことで盛り上がっているかもしれない。
 クラスメイトたちが紬貴くんをからかったりしているかもしれない。
 それでも、紬貴くんはいつも通り授業を受けているかもしれない。そして、いつも通り絵を描いているのかもしれない。
 そんな中、私は1人で部屋に閉じこもっていた。このままじゃ、3年前と同じルートを辿ることになる。
 でも、やっぱり怖い。学校に行ったらクラスメイトたちに何か言われてしまうかもしれない。夏祭りから時間が経っているから、そろそろ私と紬貴くんが2人きりでいたことがクラス中に広まっていてもおかしくない。やがて表面化してくる、きっとまた、クラスメイトたちにからかわれたり冷やかされたり、煽られたり、もしかしたら暴言を吐いてくるかもしれない……。

 顔が熱い、私は泣いていた。
 過去に戻れたなら、このままもう一度紬貴くんとやり直せると思った。だけど、そうはいかないみたい。周りの環境は変わらないから。そして何より、私が何も変わっていないから。
 もう上手くはいかないかもしれない。どう頑張っても、紬貴くんとは親友のままでいられることはないのかもしれない。
 ……どれも今では妄想に過ぎないけど、経験として事実起こったことだ。
 また酷いことをしてしまうのかな、また紬貴くんを傷つけてしまうのかな。
 3年前のことばかりを考えて、私はさらに涙をこぼした。
 ずっと一緒にいたかった。
「ごめん、ごめんなさい、紬貴くん…………」
 きっと部屋の外には聞こえてない。


 私は、そのまま寝てしまっていたらしい。
 起きると、そろそろ下校時刻に差し掛かる時間になっていた。
 紬貴くんは友達がたくさんいるから、今日は別の人と歩いているんだろう。
 明日は学校に行かないといけない。
 どれだけ怖くたって、変わりたいと思うならやるしかない。どんな目に遭っても、跳ね返さなくちゃいけない。どれだけ辛くても耐えなきゃいけない。
 そうじゃないと、私はきっと変われない…………
 私は窓から外を眺めた。太陽が沈んでいくのが、時計の針が進んでいくのが、嫌になった。時間が止まれば良いのに。夏祭りの時に、時間が止まってしまえば良かったのに。
 これ以上の幸せがあって良いものなのか、と思うほど幸せな時や楽しい時。その後というものは、必ず不幸が待っている。
 私はそれを分かっていながら、ついつい舞い上がってしまう。その結果、最後に辛い思いをして帰ってくる。
 でも、そうやってハメを外してしまう私を受け入れてくれた友達は、後にも先にも紬貴くんだけだった。

 ずっと分かっていたけど、私は惜しい人を無くしてしまった。
 波長が合って、自分のことを理解してくれていて、無駄な争いは避けてくれて、なんでも話せて、一緒にいて楽しい人…………。
 紬貴くんだけだ。
 そんな人、人生で出会えるかどうかすら分からない。私はようやく出会うことができたのに無くしてしまったんだ。

 また失うわけにはいかない。



 でも、そうやって縋り付いていたせいで、3年前は……



第10話
https://note.com/light_hyssop657/n/n11c9e1d2c389

第11話
https://note.com/light_hyssop657/n/ne0b1d46617b5

第12話
https://note.com/light_hyssop657/n/n75a6f2b6cf77

第13話
https://note.com/light_hyssop657/n/n727b1ee68199

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