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衣出①


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〈あらすじ〉
 フリーライターの後藤が、N県の某キャンプ地にて偶然知り合った佐伯さえきなにがしから語り聞かされたのは、以下のような事である。曰く、彼はY山にある禅寺の無住持に関わりある者である。その寺から先々代の遺した日記が出た。それは当時の住職・明慶めいけいによって記されており、彼と、彼の元に現れた斎藤さいとう三郎さぶろうとの顛末が残されていた。この三郎は既にこの世のものではなく、彼は明慶への恋慕を果たすために姿を現したのだというが。

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「――お父ちゃんたら、どうしてもまだ似た人をさがしてしまうのね。」

 ああそうだ。矢張り、君がいけないのだ。

 ***

 N県Y山の奥深くにひとつの禅寺があるという。

 山といってもこれに高さはない。地名としてY山という名が残るのみである。代わりにその裾野にはダムが広がっている。寺の檀家の多くはこの底に沈み、住民は距離にしておよそ二十キロ離れた土地に移住を済ませて久しいそうだ。これらが寺の境内にある先祖代々の墓に参るというので残されている。

「朽ちかけた寺の日々など静かなものです。特にこんな秋の彼岸の頃合いには。」

 そう伏し目がちに、佐伯さえきなにがしは私に言って聞かせた。彼はその後背に、未だ錦繍きんしゅうに至らぬ山々の濃緑こみどりの稜線と、そのふちから蜂蜜の零れでたような夕景を負っていた。

 さて、少しばかり時をさかのぼると同時に、これについて語る私が何者かについて説明したい。私はいわゆるフリーのライターという存在モノである。名乗るほどの名の持ち合わせはないが、生来後藤ごとう姓を称している。九月も半ばを越えたこの時、私は平日のキャンプ地で独り、焚火を前に肉を焼くでもなく、数時間黙々と絵を描き続けていた。

 Y山の近くにOという地区がありここに良泉があるのだが、この温泉が関連施設として近くにキャンプ場を設けているのである。このキャンプ場を使えば入湯チケットもついてくるという優れものだ。合理的とも言える。手堅い商売ともいえよう。またすぐ近くには土産物を売る施設もある。これが小洒落ている。パン焼き窯で米粉のパンを焼くというパン屋を併設し、地元でとれた野菜や漬物を販売する。ハイカラなジェラート屋がのぼりを立ててもいる。のどかでありつつもそれなりの洗練を感じさせるものである。

 話が逸れた。つまり私はこの標高高きO山上キャンプ場に逗留し、だらだらと水彩スケッチを取りながら出版する当てもないご当地お得旅情報を書きつらねていたわけであるが、この時の私のサイトの隣でパップテントを張りソロキャンプをしていたのが、この佐伯某であったわけである。この佐伯某が突然「ご趣味ですか。」と話しかけてきた。

 なんといっても平日である。真っ当な三十代の会社勤めの男ならば、こんな時にキャンプ場にいたりはしない。こちらもソロ。更には黙って絵を描くばかり。明らかに同年代の男二人が隣り合っているのだから妙な親近感を覚えられたとしても不思議ではない。また、これは自分でいうものでもないかも知れないが私はへんに若くも見えるようで、サラリーマンらしからぬ風貌だという自覚はあった。夏を終えたばかりだというのに肌の異様に生白いのは私の生来の特徴である。それで子供のころは「ご豆腐」と綽名あだなされた。

 一方でこの佐伯某もまた一般的とは言い難い風貌をしていた。初秋とはいえ山上のキャンプ地など夕刻を過ぎれば恐ろしく冷え込むものである。それで彼は毛糸の帽子を目深に被っているのだが、うつむきがちの伏し目がちで表情はみ取りにくくいささか暗い。しかし目鼻の造作自体は男らしく整っていた。あとは、何となく、ぬぼっとしているなという心象があった。不信感こそないが、闊達かったつさなどは微塵も感じさせない。纏うジャケットもカーキで古臭く、年齢も若いのだか老いているのだか不明瞭だ。ついでに言えば彼が一体何時からそこにいたものか私は明瞭はっきりとは覚えていなかった。

 私はスケッチブックを畳むと膝に置いた。趣味で描いている絵かと問われたので答えねばならぬ。

「いえ、取材旅行です。」
「ほう、と仰いますと記者さんでいらっしゃいますか。」
「ただの名もないライターです。後藤と申します。」

 名刺を出すほどでもないと判断し、軽く頭を下げるに留めた。

「Oの取材ですか。」
「はい。趣味と実益を兼ねてといいますか、温泉地を回っておりまして。」
「じゃあ、Y山辺りについては随分取材なさいましたか。」
「いえ、まだこの辺りについては然程やっていません。三日ほどはいる予定ですので、明日にでも町の図書館を訪ねるつもりです。あの、この辺りについてはお詳しいので?」
「ええ、先祖代々此方こちらにありましたので。」
「お近くにお住まいで。」
「常時は遠方に。彼岸のころだけは寺におります。」

 言いながら、佐伯某はとうとう毛糸の帽子を外した。その下はご丁寧に剃髪してあった。その時初めて佐伯某は私の目をじっと真正面から見た。役者のように強く明瞭はっきりとした眼差しだ。本来の生え際あたりに皺が寄っていることから、目を見開いて話す癖でもあるのだろうと感じた。それからようやく察した。

「ああ、御寺にゆかりの方でしたか。」

 そこで一瞬、不自然な間が開いた。

「――はい。佐伯さえきと申します。此方のOとも多少縁があり、今日はこうして訪ねて参りました次第で。」

 そこから佐伯某は冒頭の件について語った。つまり先述の禅寺というのは無住寺院に当たるわけだろう。それにしてもと私は内心感心した。佐伯某の声は実によくできたものだったのである。何というものか、とにかく低く深みのある声音で、心の奥底まで直接届くように思われるのだ。いわんや僧籍にある者とは悉皆しっかいそういうものかも知れぬ。否、多分それでいいのだろう。得体は知れないが不快でも不信でもないのなら、声に引き寄せられて話を聞いてしまうものだし、坊主というものはそうして説教を聞かせることができるならばきっとそれで適職なのだ。それが私の偏見と言われればそうなのかも知れぬが。

 それからややあって、佐伯はつと僅かに顎を上げて見せた。両眼に、ふっと強い光がよぎる。

「――こんな話は、恐らく表には出ていないでしょうが、」
「はあ。」
「実は、本堂のお不動様の台座の下から、戦中戦後のころの住職が遺した日記が出て参りまして、」
「日記ですか。」
「ええ、あ、否、実際日記なのか空想なのか僕にも判別がつかず、それで内容についても余所で話したことはありません。町の人間にもなんというか言い難くてですね。その日記というのも、恐らく目にしたのは僕だけだと思うんですよ。ああ、いやでも……、」

 言い淀む姿に、意をんだ。ばちり、と焚火の中で木が爆ぜる。

「おうかがいしても無断で何かに書いたりはしませんよ。もし私で不都合がございませんでしたら、お付き合いさせてください。」

 私の言葉に、佐伯某は安堵したようだった。これは「誰かにこれについて語りたいのだが表沙汰になってヘタに大事になっては困る」という荷を抱えた者がよく見せる態度なのだ。だからまずは喋らせる。それから表に出してよい情報か否かの判断をすり合わせる。この辺りは厳密に取り決めを持つようにしている。いざとなれば書面で互いの言質を担保する。取材先と揉め事を起こしたフリーライターになど明日はないからだ。要は保身であるが、善なる理性を持つ余所者と見なしてくれたか、「ありがとうございます。」と佐伯某はかくりと頭を垂れた。禿頭に焚き火の赤がぬらりとよぎった。私は気付かれぬよう懐のテレコに手を伸ばし、かちりとも鳴らぬよう慎重に録音ボタンを押した。

 とまれかくまれ、佐伯某が語り出したのは次のような事柄であった。

 聞けば成程、これは表には出せぬと私ですら思ったものである。

「それがですね。こんなような事が書かれていたのですよ。」


衣出② 衣出②|珠邑ミト (note.com)
衣出③ 衣出③|珠邑ミト (note.com)
衣出④ 衣出④|珠邑ミト (note.com)
衣出⑤ 衣出⑤|珠邑ミト (note.com)


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