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悪人認定でいじめ肯定の世界、ゼンゼロを引退しました


1. 40分の混乱

久しぶりにゲーム内で遭遇したダミアンの3Dモデルは、以前より明らかに小さくなっていた。しかし今回もそれは置く。

この小さくなったものを目の前に、40分ほど、私の脳は認知的不協和の解消を求めていた。平たく言えば、混乱していた。

しかし、予定どおり、その後ゲームをアンインストールした。

これで二度目のアンインストールだ。一度目は、まだくすぶる希望を捨て去るつもりで下した決断だった。今度は、その逆だ。


2. 8月5日以前から繰り返されていた、いじめ肯定と読めてしまう世界の倫理構造

8月5日は、突然訪れたわけではない。

「奴隷」という言葉でダミアンを形容する発信は、実は2025年12月26日、照のキャラクターEP「Tiny Giant」公開直後から続いている。当時の私はこう書いていた。

私のダミアンへの解釈でかみ砕くと、照様を裏切って煮え湯飲ませて下剋上する日を楽しみにへーこら頭下げて腰ぎんちゃく奴隷ライフしながら牙を研いでますよ、このダミアン

https://x.com/Amida_mu/status/2004447936672158153

「奴隷」という単語を使いながらも、そこには「いつか裏切ってほしい」「牙を研いでいる」という、下剋上への期待があった。
奴隷であることそのものより、その先にあるかもしれない反撃を楽しみにしていた。

この時点ではまだ、いじめ肯定と読めてしまう世界構造を、余裕を持って茶化すことができていた。

ちなみに、この「Tiny Giant」のバックダンサーには、ダミアンを含むポーセルメックス社員幹部が起用されている。
そのうち3人は、本編ver.2.2で死体として転がっていた幹部NPCと同じ3Dモデルだ。
この事実には早い段階から気づいていたが、これまでの記事では扱わなかった。

開発がダミアンを嫌いなのだとしたら、死人と躍らせるというやり口は陰湿だ、という感想を持った。

(追記:2026/08/19記事修正。修正箇所1.「社員幹部6人が起用」と書いていたが、一名が「TOPSのゲスト」だったため、人数を削除。修正箇所2.「そのうち4人」と書いていたが、?を付けて保留にしていた3Dモデルを発見したため、修正した。)

ver.2.2
ver.2.2
ver.2.2
照EP「Tiny Giant」
照EP「Tiny Giant」

この余裕に、はっきりと過去形の翳りが差したのが2026年5月だった。5月1日、公式Xがこう投稿した。

「照は『ダミっちに任務を振った』」

https://x.com/ZZZ_JP/status/2050062656057311659

これを受けて執筆した記事で、私はこう書いている。

値札を貼られた、と思った。

https://note.com/lovely_broom62/n/n2900441de08d

照は「等価交換」から「心はプライスレス」へと価値観を変化させたが、そのプライスレスの適用は恣意的で、気に入った相手にだけ与えられる特権だった。
ダミアンはその特権に預かれず「使っていい側」に分類された、と当時の私は結論づけた。
そして記事の最後、「Tiny Giant」でのダミアンの従属的な役回りについて、こう書いて締めている。

楽しい深読みができた。あの頃は。

https://note.com/lovely_broom62/n/n2900441de08d


過去形。
この時点で、もう「いつか牙を研いで裏切る」という期待は、はっきりと過去のものになっていた。

7月に入ると、この構造はさらに露骨な形で繰り返された。
7月16日から25日にかけて、HoYoFairという、公式とも半公式ともファンとも立場を明言しないアカウントが、ダミアンに関わるとする投稿を何度か連続で行った。

7月17日は、ダミアンが照の友人であるリン・アキラのアニバーサリーイベントに自社の資金を出資し、ロゴの掲載を求める内容。

「かの『パエトーン』がアニバーサリーイベントを企画していると小耳に入れましてね。ええ、それを我が社の方で全面的に出資、支援させてもらえないかと思ったのですよ。ただ条件として、メインステージのロゴの横に、私の…コホン!失礼、会社のロゴを添えていただく、それだけで結構なのですがね」 #ZZZDREAMLAND #ゼンゼロ2周年

https://x.com/HoYoFair_0/status/2077966521805013112

これに私は「ver.2.0のダミアンを返せよ」と引用した。

7月18日は、ダミアンがリン・アキラに取り入るため、2周年フェスの主催を自ら買って出たという内容。

実は、ポーセルメックスのとあるお偉いさんが、照さんの友達——リンさんとアキラさんに取り入るために、自分からフェスの主催を買って出たんだって!スポンサー探しからステージの設営、スペシャルゲストの招待まで、全部ひとりでやってるらしいよ!」 「わっ、それって…ダミアンのことでしょ!出世のためにそこまでするんだ…

https://x.com/HoYoFair_0/status/2078328914338828780

私は「照に社員を殺されて従う、照の奴隷会社ポーセルメックス」と引用した。

7月22日は、メイド女装の男性キャラたちに添えられた「おかえりなさいませ、ご主人様」という文言だった。

「新エリー都 ドリーム・エレクトロフェス」まであと3日!
「おかえりなさいませ、ご主人様…!」

https://x.com/HoYoFair_0/status/2079884160890441761

ここで初めて、私ははっきりと引退を意識した。「主体性を没収され奴隷化する」と引用した。

7月25日は、ダミアン本人のボイス付きで、「ダミアンの昇進とボーナスは、皆様の一視聴にかかっています」という文言。


「Zhaoの奴隷のダミアン」と引用した。

同日、そのフェスの動画「Random Play 2nd Anniversary」が公開され、視聴した。視聴後、こう書いた。

Zhaoがいないときのダミアンのほうがまだダミアンだった

https://x.com/Amida_mu/status/2081050725304680842

続けて、こうも書いた。

Zhaoさあ、今からでもさあ、もう少しでもいいからさあ、尊敬できるように軸とか、一貫性とか、スジを通すとかさー、やってくんねえかなー

https://x.com/Amida_mu/status/2081053819438608421

この二連ポストで、引退の決意は固まった。

決意を後押しする材料は、その後も続いた。
7月29日、ゲーム内イベント「パエトーン年間大公開」で、CEOフェロクスの犯罪行為がポーセルメックス法人ぐるみだったと初めて明言された。
一年越しである。

ゲーム内イベント「パエトーン年間大公開」より


これにより、ver.2.2メインストーリーで、クランプスと照がもう一人のCEOルクローを野放しにした無能さが確定した。

クランプスの黒枝が有能な組織であると自称しながら、その自己評価と実情が乖離していること。
そしてver.2.0~2.1のダミアンが、照に対して敬意を払いたいと思えるようなムーブを、照が一度も見せていないこと。
この時点で、私はそう書いていた。

8月1日には、それまでの検証を一本の記事にまとめた。

ver.2.0からver.2.1にかけてのダミアンには「本物」と思える軸があったこと。ver.2.2は軽度の逸脱にとどまること。そしてver.2.3以降は、もはや別人であること。

そして8月5日、「迷い路の謎」が実装された。



半年以上前から見えていた『奴隷』が、最後まで裏切ることなく、そのまま実装された。それだけのことだった。



3. 抗弁を許されなかった男

7月29日、「パエトーン年間大公開」というゲーム内イベントで、フェロクスの犯罪行為と彼がCEOを務めていたポーセルメックスという法人格が接続された。

この接続は、クランプスと照を無能に仕立て上げた。そしてもう一つ、静かに機能していたことがある。

ポーセルメックスが法人ぐるみで罪を犯す会社だと確定した瞬間、その幹部であるダミアンもまた、何をしたかとは無関係に「あの会社の人間」として、悪人の座を用意されたことになる。
土壌は、8月5日を待たずして耕されていた。

そこへ「迷い路の謎」が来る。
ダミアンはこの中で実際に職権乱用をした。
プロット上、彼に与えられた役割がそういうものだった。「本物」のダミアンならそんなことはしない、という仮説は一旦置く。

問題は、そこに付け加えられたもう一つの罪状だ。

照:しかも、冷蔵庫が壊れちゃったバーニスさんから、冷却機能付きレコードを奪い取るよう強要したんだぁ?

迷い路の謎:ベーグル計画のサブクエスト会話より

実際の描写では、バーニスは「探してたレコードってこれじゃないかな?はい、どうぞ!」と、自発的にレコードを差し出している。

「迷い路の謎」サブクエスト会話


「奪い取るよう強要した」という事実は、テキストのどこにも存在しない。

これに対してダミアンが返した言葉は、これだけだった。

ダミアン:深く反省しております、照様……

迷い路の謎:ベーグル計画のサブクエスト会話より

「いえ、それは違います。私はそんな指示をしていません」——この一言が、最後まで出てこない。

「迷い路の謎」サブクエスト会話

もちろん、これは断定できる話ではない。

「自分が職権乱用をした以上、それ以上の抗弁をする資格がないと感じた」という、ダミアン側の心情として読むこともできる。
あるいは単に、「ダミアンが悪いことをした→照が叱る→ダミアンが反省する」という流れを成立させるために、脚本側が抗弁の必要性をそもそも考えなかっただけかもしれない。

よって、「この作品はいじめを肯定している」と事実認定するつもりはない。
私が耐えられなかったのは、そこではない。
このテキストが、そう読める余地を残してしまっていること自体だ。

照は権威を持った裁定者として配置されている。
ダミアンは職権乱用をした側として、既に社会的・道徳的に弱い立場に置かれている。
その状態で照から、「Aをした」「しかもBまでした」と、実際の描写からは確認できない罪まで付け加えられる。
そこでダミアンは、「Bはしていません」と抗弁することすらなく、「深く反省しております」とだけ答えて、その場は流れていく。

この構造は、こう言い換えられる。

一つの非を犯した人物だから、別の非まで背負わせても物語上問題にならない。

もっと踏み込んで言えば、一度「悪い奴」というラベルを貼られた人間の抗弁を、物語がそもそも必要としていない。
7月29日のフェロクス犯罪と法人格の接続が、このラベルをあらかじめ用意していたと、私は認識している。
ダミアンは、8月5日が来る前から、既に「抗弁を必要とされない側」に置かれていたと考える。

これは、照の裁定が公平かどうかという話とは別の問題だ。
「クランプスの黒枝の照は優秀」とした前々作・完結編の二本で、私は照という裁定官の事実認定の杜撰さ、看板と実態の矛盾を、笑いながら解剖した。


これはこれで、書く価値のある検証だったと思っている。


だが、プレイヤーとしての自分が本当に耐えられなかったのは、その一段手前にある問いだった。

この作品は、権力者に一方的に罪を認定された人間が、きちんと抗弁できる世界なのか。

「迷い路の謎」は、その問いに対して、抗弁の機会を一切描かないという形で答えを出した。
しかも相手が「実際に職権乱用をした」ダミアンだったため、その欠落は「まあ、悪いことをしたんだから当然」という物語上の空気に紛れて、見えにくくなっていた。

これは、設定の粗とも、ダブルスタンダードとも、権限関係の不整合とも取れるが、それを置くことができる。

作品が人物をどう扱うかという、作法そのものへの拒否感だ。



4. 「作品が嫌い」ではなく、「もう測れない」という話

ここまで読んで、こう思う人もいるかもしれない。それはただ、ダミアンというキャラクターへの思い入れが強すぎるだけではないか、と。

違う、とは言い切らないが、私は視線の達成を待ち望んでいただけだ。

待ち望んだ結果、注いだ労力は大きかったかもしれない。
しかし、一人のキャラクターを、何ヶ月も、時にはテキストを一字一句手打ちで書き起こしながら検証し続けてきたのは、単にそのキャラクターが好きだったからではない。

ある人物が何をしたか、何をしていないか、その行為を作品側がどう扱うか——それを丁寧に追いかけることは、そのまま、この世界が何を肯定し、何を否定するのかを測る作業だった

ダミアンというキャラクターは、たまたまその測定にちょうどよかった。
責任から逃げない男として描かれ、損得を見極め、逃げ道さえ自分の言葉で正当化してみせるような、行動原理の一貫した人物として提示された時期があった。
だからこそ、その後の変化が、測定の基準として機能した。

「本物」がどこにあったという軸を感じる人物だからこそ、そこからのズレが、作品側の姿勢として読み取れた。

そして今回、その測定の結果は、これ以上ないほどはっきり出た。

事実誤認込みの罪状を着せられても抗弁しない。
「奴隷」という評価を、半年以上前から、こちらが繰り返し茶化しながら投げかけ続けても、その評価を裏切るような描写は一つも返ってこない。
むしろ、法人ぐるみの犯罪が確定した瞬間に、その男が悪人の座に静かに追加される。
抗弁の機会は、最後まで一度も用意されなかった。

これは、ダミアンというキャラクター個人への評価では、もはやない。

この作品が、そしてこの世界が、罪を着せられた人間の扱い方として、何を当然のこととしているか、という話として置き換えさせてもらう。

これは解読する読み手の自由だ。

だから、これは「嫌い」という感情の話ではない。むしろ逆だ。ここまで丁寧に検証を重ねてきたからこそ、この結論に「好き嫌い」を持ち込む余地が、自分の中でもうなくなった。
測定は済んだ。
この世界は、一方的に罪を着せられた人間に、抗弁する機会を与えない。
それが繰り返し確認された。

繰り返しだ。
フェロクス犯罪とポーセルメックス法人格を遡及して接続させたのだ。
カメラマンもバックダンサーも乗車への踏み台も買い物の荷物持ちも、遡及して、悪人の座に置かれていた扱いだったと接続せねば、整合性が取れない。

この流れでもう一つ、語らねばならない。
この接続と同時に語られた内容である過去のダミアンの描写そのものまで、現在のテキストによって上書きされている。

主人公たちがフェロクスの犯罪を止める過程を、Fairyがこう説明している。

「マスターはダミアンの説得に成功し、協力関係を築きました。さらにアリスは、一族が持つ侵蝕緩和剤の特許を、無料でポーセルメックスへ譲渡することを交渉材料にして、全面的な協力を取り付けました」

ゲーム内イベント「パエトーン年間大公開」より

しかし、このメインストーリー会話ログを確認すると、話はまるで違う。
前回記事の第5部でも取り扱ったver.2.1の内容のため、詳細は省く。

少なくとも会話の順序としては、「主人公がダミアン説得に成功した」→「さらにアリスが条件を追加した」ではない。

「主人公の提案だけでは決め手に欠ける」→「アリスが決定打を提示する」→「ダミアンが自分で条件を判断して協力を決める」という流れだった。

これは些細な言い換えではない。

ダミアンが何を根拠に意思決定した人物なのか、その主体性そのものが、現在の要約によって別の形に置き換えられている。

過去まで現在の物語に合わせて書き換えられているのであれば、私がこれまで追いかけてきた「ダミアンという人物の変化」は、キャラクター造形の変化という表現だけで済ませることができない。
少なくとも私はここでのFairyの発言を、開発側の歴史改変したかった願望であろうと読ませてもらう。


キャラクターへの好悪は、それでも残るかもしれない。しかし、作品がその好悪を成立させるための土台——人物の扱い方、抗弁の機会、事実確認への誠実さ——が信頼できないと分かってしまった以上、その世界を紡ぎ出すライターへの信頼も、私からは成り立たなくなった。


5. 言葉から、絵へ


これまで積み重ねてきた検証は、主に言葉を材料にしてきた。
「照はダミっちに任務を振った」という一文。
「奪い取るよう強要したんだぁ?」という事実誤認込みの罪状。
「深く反省しております」という、抗弁を一つも含まない返答。

ver.2.3以降、ダミアンは本人の言葉ではなく、他者の口を通してしか存在を確認できない男になったことは、以前の記事で書いた。
ver.2.5のエンディングで、彼はようやく澄輝坪へ帰還した。
ただし、無言で。

このエンディングには、ダミアンが登場するスチルが2枚ある。

1枚目。コミックムービーの1コマで、照とダイアリンと同じテレビ中継を見ている場面が描かれる。
同じ空間、同じ出来事を見ているという点では、確かに彼はそこに「いる」。
しかし、クランプスの黒枝の二人との立ち位置は、明らかに遠い。仲間として画面の中に招き入れられてはいるが、距離はまるで他人とでも言いたげだ。という感想だった。

2枚目。澄輝坪の飲茶仙、そのテラス席。
ダミアンは一人、メニューのようなものを眺めている。周辺には他の人物もいるが、誰も彼を見ていない。
一番近くにいる、飲茶仙の看板娘「紅豆」でさえ、視線はカメラの方——つまり読み手の方——を向いている。
作中の誰の視線も、彼には向いていない。

シーズン2メインストーリー第六章(ver.2.5)エンディング

そして、この2枚目のスチルの直前に配置されているのが、照・ダイアリン・盤岳の「クランプスの黒枝三人衆」が、澄輝坪の下にある泅瓏囲で、住民の笑顔に包まれている絵だ。

シーズン2メインストーリー第六章(ver.2.5)エンディング

この並びを、意図的な対比だと読むのは、卑屈さだろうか。私はそうは思わない。
ここまでの記事群が、テキストの語順や指示対象の曖昧さから照の裁定の正体を洗い出してきたのと、まったく同じ手続きだ。
直前に配置されたスチルが何であるかは、偶然ではなく編集上の判断であり、判断である以上、そこには意味が読み取れる。

住民の笑顔に囲まれる三人衆の、すぐ後に置かれる、誰にも見られていない一人の男。

「値札を貼られた」と書いたのは5月だった。「使っていい側の人間として分類された」とも書いた。
あのとき言葉で指摘したことは、ver.2.5のエンディングの構図として反復であったとも言える。
言葉で疎外され、沈黙の中で抗弁を奪われた男は、その前に絵の中でも、誰からも見られない場所に配置された。

積み重ねてきた検証は、ここで一つの像を結ぶ。

ダミアンというキャラクターに何が起きたかを追いかけることは、結局のところ、この世界が誰を見て、誰を見ないかを追いかけることと、同じ作業だった。

6. 引退しました

ここまでの流れを、もう一度短く並べ直す。

7月29日、ポーセルメックスのフェロクスの犯罪が法人ぐるみだったと確定し、その幹部であるダミアンは「厳しくされて当然の人物」という土台の上に置かれなおした。

8月5日、その土台の上で、実際には描写されていない罪状——「バーニスから奪い取るよう強要した」——が上乗せされ、ダミアンは抗弁せず、ただ謝罪した。

この二つを並べたとき、読み手として受け取る倫理構造は一つしかなかった。いじめ肯定と読めてしまう世界構造。

誤解のないように書いておく。
いじめが存在する架空世界そのものは、何の問題もない。それをどう描き、どう否定していくかは、一つの立派なテーマになり得る。
読み手は、その問題が解消されていく過程にカタルシスを期待する。結末が後味の悪い所謂『胸糞』ものであっても、そこに込められたメッセージが誠実であれば、それは成立する物語だ。

シナリオライターが、あるいはゼンゼロの開発チームが、実際にどんな思想を持ち、何を表現したかったのかを、私が断定することはできない。
公表されていないものを事実として認定するのは、下品なことだと思っている。

ただ、私自身がこのゼンゼロという世界に対して抱いた印象は、もう固定されてしまった。
いじめを肯定し、それを問題として扱わない世界。

一貫性のない権力者がルールを恣意的に適用し、権力者自身の行為は問題にされず、下位者には抗弁より服従が求められる人治国家。――と私には見えた。

例えて、身も蓋もなく言えば、ゼンゼロが肯定する世界は、まるで中国共産党の中国のようだった。


自分にとっての作業は終わった。
そうである以上、もう一度別の角度から定規を当て直す必要はない。私はもう、この世界を見つめ続ける理由を持たない。

私が恋したウサギは2025年4月13日に一瞬姿を見せただけで、もう永遠に眼前に現れることはない。

検証と考察そのものは、これで終わるわけではないかもしれない。
引退したところまでに手に入れた情報だけでも、まだ言葉にしていないことは山のようにある。
それをいつか書くことがあるとすれば、それはこの世界の続きを追いかけるためではなく、ここまで見てきたものを、もう一度自分の手で確かめ直すためだろう。
それとダミアンの身長。

2026年8月5日、私はここでゼンレスゾーンゼロを引退しました。
おつかれさまでした。

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