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人事部付 真田雪乃の議事録<3-5 ど真ん中のイケメン>

前回までのあらすじ
セクハラの噂で落ち込んでいた川端部長は、発端となった同期・芹沢結衣との対話を通じて、誤解と無意識の偏見を見つめ直すことになる。少女漫画好きであることを明かした川端部長は、雑談がしにくい職場環境に悩んでいた。そんな中、真田雪乃は“雑談のない職場では、偏見が生まれる”と気づき、社内SNSの導入を思いつく。すると結衣が「詳しい人がいる」と、ある人物を呼びに行くのだった――。
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第三章 欠けたところを満たすもの

第五話 ど真ん中のイケメン

「おお!爽やかイケメン!これは芹沢さんといい感じと見せかけて、実は真田さんのこと、おもしれー女とか言って付き合うタイプだ!」

ノートパソコンを小脇に会議室に入ってきた山南やまなみ啓太郎を目の前にして、川端部長が目を輝かせて叫んだ。先日、上杉部長を交えた会議の時には都合が合わず、後日川端部長、結衣、雪乃の3人の時に山南を連れてきたのだった。

その様子を見て、「そういうとこですよ!」と結衣が軽くにらみつけてたしなめる。結衣にはもう、川端部長への遠慮はなかった。

そして、雪乃は勝手に「おもしれー女」にされたこと苦笑した。しかし、男子にもこんな発言をする川端部長を見ると、どうやら少女漫画好きというのは本当らしい。

山南は結衣の同期、すなわち雪乃の同期なのだ。
ただ、雪乃は山南とただの一度も言葉を交わしたことがない。

システム部の山南啓太郎は同じく本社で働いている。PCの不具合から業務ツールの開発まで、ITに関するあらゆる業務を行う部署で山南はシステムエンジニアとして携わっている。

川端部長に評される通り、彼はまさに「爽やかイケメン」だ。180cmをゆうに越える身長、目鼻立ちの整った顔立ち、常に朗らかな笑い声、いつも彼の周りに集まっている男女を見ると、雪乃にはどうしても近寄り難く思えてしまう。

「山南くんは、すごいんです。なんでも作れちゃうんですよ」
結衣がそう紹介すると、
「結衣は紹介の仕方が雑だなあ…なんでもってことはないよ」
山南は、そう言って、晴れやかに笑った。

こうして結衣と山南が並んでいると、絵になる。ただの職場からオフィスドラマが始まったようで、雪乃はひどく居心地の悪さを感じた。

「あ…あの、例えば社内の匿名SNSなんて、でき……ます?」
本題を切り出そうと思って、声がうわずってしまった。

「なんで敬語なんだよ、同期だろ?」
「あ…すみません…や、ごめん…」

距離感が掴めなくて、どうも調子が出ない。
やはりこの人は苦手だ…と思っていると、山南がきっぱりと言った。

「できるよ。匿名SNS」

シロヤマ・コーポレーションでは社内メールとしてのOutlookの他に簡易チャットツールとしてSlackが使用されていた。業務内容やプロジェクトによって、「チャンネル」と呼ばれる部屋に分かれて簡易的な会話を交わすのだが、このSlackで「匿名雑談」のチャンネルを作ればいい、と言う。

「どうやって、匿名にするの?」
それぞれ社員名のわかるアカウントを持っているので、匿名にするのは難しいのではないか。
「ああ、それはね。botにするんだよ」
「bot?Xとかでは聞いたことあるけど…そもそも何?」

「botっていうのはね、Robotの略なんだ」
「え!そうなの?」
あまりにも身近なので思わず大きな声を出してしまった。
「ね。一文字ぐらい略さずにロボットって言ってほしいよねー」
と、結衣も同調する。

「まあまあ。このbotっていうのはね、自動で返事をしたり、簡単な動きをしてくれるんだ。だから、例えばSlackで言うと、誰かが直接DMをbotに送るとする。そうすると、botが自動的に匿名という形で返してくれるんだよ」

「山南くぅん、わからないよぉ…」
川端部長がアニメ風の口調を真似ながら山南を見上げた。
イケメンを前に完全に調子に乗っている。しかし、雪乃も全くわからないのは同様だ。

山南が頬を掻いた。
「うーん…じゃ、試しにやってみましょうか」
そう言って、カタカタと手持ちのノートパソコンを鳴らした。

数分後、山南が顔を上げて、にっこり笑った。
「できましたよ。簡単なものですが」

「え!もう?」
雪乃は川端部長と同時に驚いてしまい、恥ずかしくなった。
「ほら、やっぱり山南くんは、なんでも作れる」
結衣は誇らしげだった。

山南は片手を振り謙遜する。
「いやいや…こういうのは基礎知識さえあれば誰でも作れるから…そうだ、真田さん、試しになんか送ってみてよ」
「なんか…って?」
「なんでもいい、『こんにちは』みたいな挨拶でもいいから、この『匿名くん(テスト)』にDMを送ってみて」

Slackの画面を見ると、宛先欄には社員の名前が並んでいたが、その上に「匿名雑談テスト」があった。雪乃は「お疲れ様です」とDMを送った。

「こっちを見てごらん」

山南が雪乃のPCを上から覗き込んで「#匿名雑談チャンネル(テスト)」と書かれた項目を指差した。長くて形が整った指先だ。

「#匿名雑談チャンネル(テスト)」項目を開いて画面を見ると、一つの投稿が追加されていた。

#匿名雑談チャンネル(テスト)

投稿者:
匿名くん
メッセージ:お疲れ様です。

「すごい!なんか可愛い!」
「可愛いでしょ。これが基本形」
「これって、投稿するだけじゃなくて、返信とかも匿名でできるの?」

雪乃がふと口にした疑問に、山南が頷いた。
「返信する時、名前を出てもいいならそのまま返信したらいいし、匿名で返信したいならまたbotに送ったらいい。どの返信に投稿したいか、わかりやすいUI…ってか、見え方にもできるし」

川端部長は目を輝かせてた。
「山南くんはすごいな!早速使ってみよう!稟議は私に任せなさい!」

「#匿名雑談チャンネル」は、特にSlackの追加料金がかかるわけではなかったので、社長も「別にやってみればいいじゃん」という返事だったそうだ。上杉部長と川端部長、山南、結衣、雪乃の5人で話し合い試験運用が行われた。

使用目的は部署間を超えたコミュニケーション、とした。匿名であることで、「誰が」言ったかではなく「何を」言ったかで、お互いが安心して繋がれるコミニュケーションの場と銘打った。投稿内容に加えて、ニックネームも記すことがルールだ。

最初は雪乃たちが率先して投稿することにした。

サラダ丸
お疲れ様です。暑いですね。今日も頑張りましょう。

カモかも
お疲れ様です。今日のお昼ご飯はなんですか?

新鮮グミ
>カモかもさん
牛丼です!久しぶりの吉牛です!

踊り子GO
『シャボン』に連載の『いつネモ』!今月は熱い!

雪乃は訝しんだ。
「踊り子GOさん…や、川端部長。『いつネモ』ってなんですか?」
「知らないの〜?これはね『いつかネモフィラが咲くあの丘で』の略だよ。もう単行本も10巻まで出てる。名作だよ〜?」

雪乃たち同期3人は、毎週水曜日の定時以降に「#匿名雑談チャンネル」の運用状況を話し合うために集まった。今日は、川端部長も来ている。

「あんまり、皆さんの反応、芳しくないですね…」
雪乃は実感を述べた。
「まあまあ、まだ皆さん慣れてないんだろうね、急だったし…」
「思ったんだけどさあ…」
結衣が言う。
「正直、雑談って言われても書くことないんだよね。あと急にいつネモの話振られてもなんて言ったらいいかわかんないし…」

「うーん…そう言われちゃうと…身も蓋もないなあ…」
山南が頭を掻いた。

「娘が入ってる部活みたいなのがあれば、話しやすいんだがねえ…」
川端部長のお嬢さんはかつては少女漫画好きだったが、中学生になるとテニス部に入って、クラスメイトよりも部活仲間の方が仲が良いのだと言った。
川端部長の言葉に、山南が顔を上げた。
「そうだ、僕…年の離れた姉がいるんですが、mixiって知ってます?」
「あ、聞いたことある。今は、mixi2もあるみたいだね」
「そう、mixiにね、趣味ごとに集まれるコミュニティっていうのがあって、そしたら好きなテーマごとに話せるらしい。川端部長の少女漫画も含めて、コミュニティをいくつか作って、その部屋ごとにチャンネルを作るのはどう?プライベートチャンネルで招待制にすれば、自分の関係あるチャンネルの更新だけが見られるよ」
山南は3人を平等に見ながら講師のように話した。

「そういえば…」
ふと、この前話したことが思い出された。
「直哉とか、家事男子だし、あと…推しがいるって言ってたし、繋がりたいコミュニティとかあるかもしれない!」
「確かに、いろんなコミュニティの中だったら少女漫画も浮かないかもね。」
「そうだ、コミュニティ作りたい人を募って、僕か、真田さんに社内メールかSlackのDMをを送ってもらおう。重複しそうなところはまとめて、それでいくつか作ってみよう」

そうして、社内メールで作りたいコミュニティアイディアを募集することになった。

正直、「#匿名雑談チャンネル」を作った時から雪乃には懸念があった。本社だけで空回っていると思われるのでは…?営業所のあの忙しさを見ると、とても雑談なんて暇がなさそうである。

しかし、募集メール送信から1日経つと、雪乃の受信ボックスはコミュニティのアイディアを寄せるメールで溢れていた。

From:水嶋あおい(南花営業所)
・子育てコミュニティ
同じワーママ、ワーパパと話してみたい。
子育てと仕事の両立の大変さを話したり、夫婦での役割分担のコツを知りたい。

From:星原直哉(出須賀営業所)
・家事コミュニティ
家事の効率化や家事動線についてのこだわりを語りたい。間取りについても語れるのでオーナーさんへの提案にも役立ちそう。
・シュガレッタ箱推し
シュガレッタ・エンターテインメントの様々なアイドルについて語る。

From:黒木仁(南花営業所)
・コーヒー好きの会
営業所のインスタントコーヒーを美味しく淹れてお客様に喜ばれる方法を伝授したい。

From:織部信代(本社・事務部)
・フィギュアスケートについて語る会
フィギュアがあった翌日、自分だけ盛り上がってるのが恥ずかしいからコミュニティがあると嬉しい。ちなみに私は羽柴くん推し。

その他、野球観戦やお笑いなどの趣味系、エクセル向上委員会などの業務系、などのアイディアが届いていた。

この結果を話すために、昼休みに山南のいるシステム部を訪れると、雪乃が思ったよりはるかに喜んで興奮した様子だった。
「何を話せばいいかはわからないけど、話したいことはある…ってことか…。仕事につながるコミュニティもありそうだし、これ、ある意味、革命かもしれない!」
「そう?」
「うん、例えば営業所と本社、違う営業所同士で、雑談でも繋がっておけば、業務もスムーズに行きそうじゃない?知らない人より、知ってる人の方が好感が持ちやすいもんね」

山南は同期なのにどこまで会社のことを俯瞰しているのだろう、と感心していると、雪乃の頭にある考えがひらめいた。

本社と営業所の大きな溝。
営業所を訪れると大変なのを身をもって感じるが、営業所から離れると、すぐにその感覚が薄れてしまう。

それを解決することが…できるかもしれない。

「そうだ、山南くん。匿名でこうやってコミュニティ作れるんだよね、ちょっと、こういうことってできないかな…?」

(第三章第六話へ続く)

#創作大賞2025 #お仕事小説部門




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