人事部付 真田雪乃の議事録<3-6 三頭身のヒーロー>
前回までのあらすじ
川端部長と芹沢結衣の対話をきっかけに、雑談の大切さに気づいた真田雪乃。
社内に“ゆるやかなつながり”を生み出せないかと考えた雪乃は、結衣の紹介で出会った同期・山南啓太郎の協力を得て、Slack上に匿名で投稿できる「#匿名雑談チャンネル」を立ち上げる。
しかし、導入直後はあまり盛り上がらず、雑談のきっかけとして「趣味や関心ごとでつながれるコミュニティ」のアイデアを社内に募集することに。
すると、本社や営業所から次々と声が寄せられた。
そのことを相談しに昼休み、雪乃は山南のもとを訪れる。
彼とのやり取りで、雪乃の中には…
本社と営業所の距離を少しだけ縮める、新たなアイデアが芽生えていた。
前話 第三章第一話 最初の話 話一覧
第三章 欠けたところを満たすもの
第六話 三頭身のヒーロー
シャーマンのように雪乃の中に降りてきたもの。
それは、「ホンシャーマン」というヒーローだった。
しかし、「ホンシャーマンって…どう?」と言った時、山南のツボに入ったのか、彼は笑い転げてしまった。
「なんだそれ、めっちゃウケる…!」
雪乃は、なぜそんな笑われているのかわからず、山南の笑いの隙間に説明を差し込んだ。
「だ…だから、現場の悩みをね、解決するヒーローみたいな感じだよ…!」
山南が咳払いをした。
「ああ、ごめんね…要は、『ホンシャーマン』ってキャラクターを設定して真田さんが運用、現場からの匿名の意見を吸い上げるんでしょう?すごくいいアイディアだと思うよ」
雪乃は、同期の話を聞いたり、営業所を訪れたりする中で、考えていたことがあった。
(営業所の意見をもっと聞かないと、結局本社の自己満足になってしまう…)
クリスマス休暇や残業申請のように、本社の独断で行ったことが、営業所にとって逆に負担になることもある。営業所がやって欲しいことは、営業所に聞くしかない。しかし、営業所からの要望を拾い上げるのも難しいことだ。ただでさえ時間がないし、意見を言うのをためらう場合もあるだろう。
そこで、「ホンシャーマン」という架空の親しみやすいキャラクターを設定して、匿名で相談ができるようにすると、営業所から相談、要望を出すハードルが下がるのではないか…。雑談ベースで話ができるのではないか、そう雪乃は考えたのだ。
「2つの運用方法があると思ってて」
山南が言う。
「2つ?」
「そう、1つ目が、ホンシャーマンに直接DMを送る方法。誰にも見られずにホンシャーマンに相談できる」
「秘密にしたい、自分だけの要望の時はそっちがいいね」
「うん。2つ目がもうちょっとオープン。これはちょっとした不便とか思いつきを半匿名で書いてもらう部屋。コミュニティや雑談部屋と同じように。」
「こっちも欲しいな。匿名だけど他の人からの返信もあって、雑談みたいに盛り上げられる機能」
「うん、どっちも同時にできるから、『ホンシャーマンへの相談』と『ホンシャーマンとおしゃべり』みたいな感じで進めてみよう」
コミュニティやホンシャーマンの相談をするうちに、当初感じていた山南への距離は消えていき、居心地の良さすら感じるようになってきた。山南の周りに人が集まるのは、整った外見のせいばかりではないのだ、と勝手に納得した。
勝手に「真ん中」と「端っこ」を分けていたのは、自分だけだったのかもしれない…雪乃は、そう思い始めてきた。
「あとね、せっかくなら世界観を決めたらいいんじゃない?」
「世界観?」
「そう。設定とか、喋り方とか…ホンシャーマンの設定は、現場の悩みを聞いて解決するヒーローだっけ」
「なんか…シャーマンも入ってるから、本社に対して現場の声を届ける…みたいなコンセプトもいいかなって」
「最高。アイコンも決めたいね。絵、描ける?」
そう言われると怯んでしまう。雪乃は中学生の時、美術の成績が5段階中の2だったことを気にしていた。
「いや…ちょっと自信ないな…」
そう言うと、山南が少し身を乗り出した。
「あのさ…AIに作ってもらわない?」
「AIが、絵を描けるの?」
山南が得意げに笑った。
「僕もね、最近知ったんだけど、AIって、絵を描けるんだよ。試しに『本社・シャーマン・ヒーロー』という要素を入れた絵を描いてもらおう」
山南がPCをカチャカチャと動かして、しばらく指を止めた。
「あ…出てきた」
山南の画面を覗き込んで、雪乃は驚いた。画面には胸にオフィスビルの絵が描かれた青いヒーロースーツで、筋骨隆々、頭に羽をつけた男性が映っているではないか。
「す…すごい!これ、ほぼ一瞬で描いたよね?」
「うん、すごいよね。もうちょっと可愛く…とかもできるよ。」
「じゃあ…できれば…もうちょっと可愛く。」
山南が指示の入力欄に「もうちょっと可愛く」と打っていたので雪乃は少し笑ってしまった。
「難しいプログラムとか組んでるのかと思った。こんなんでいいの…?」
「そう、こんなんでいいの」
程なくして、新しいイラストがゆっくりと現れてきた。チェキを現像するようなスピード感にわくわくする。
新しいイラストは、先ほどの筋骨隆々なヒーローをデフォルメしたような三頭身の可愛らしいキャラクターだった。青いヒーロースーツ、胸に小さなオフィスビル、シャーマン要素の髪飾りで微笑んでいる。
「どっちにする…?」
「迷うなー…」
最初に出した筋骨隆々は、頼りがいがありそうだ。
次に出した三頭身は、親しみやすい。
どちらも、それぞれの良さがあり、決めきれない。
「どっちがいいと思う?」
「…もし真田さんが中の人をやるなら、可愛い方が合ってるよ」
(…なんか、イケメンらしい発言だなあ)
雪乃はつい感心してしまう。
とにかく、こうした山南の助言もあり、三頭身のホンシャーマンが誕生したのだった。
*
#ホンシャーマンとおしゃべり
みんな、おはよう!
ぼくはホンシャーマン!まだまだ暑いけど体調崩してない?
何か困ったことがあったらいつでも相談してね!
「ホンシャーマンとおしゃべり」に挨拶を入力する、それが雪乃の毎朝のルーティンになった。当初は誰からも反応がなかったが、何週間か続けていくうちに「ホンシャーマンおはよう」とか「ホンシャーマンは元気?」という反応をもらえるようになってきた。
上杉部長にホンシャーマンの件、中の人として運用したい旨を相談した時、
「コンセプトは面白いと思う!ただ、これを真田さんが運用するってなると、真田さん自身の仕事が増えてしまうけど、大丈夫なの?」
「私は構いません。もっと…営業所のためになることをしたいんです」
雪乃は入社以来、ずっと誰かの依頼で仕事を進めていた。
進める中で工夫することはあったが、最終的に依頼者のものになる。
一方、ホンシャーマンの運用は、自分で考えて山南の協力のもとで作った、自分の仕事だ。
雪乃の立場は、ずっと人事部付なのか、そもそもなぜ人事部付なのか。その意図が、はっきりとはわからない。
ただ、この運用は、人事部付の自分にしかできないことではないか…そう思い始めてきた。
しかし、次第に「#ホンシャーマンとおしゃべり」の挨拶への反応は減っていき、要望につながる話が出てくることがなかった。
自分のしていることは、勇み足、無駄だったのではないか…そう思い始めていたところだった。
「もっと、質問をしてみたらいいんじゃないかな」
上杉部長が雪乃に声をかけた。
「挨拶だけよりも、雑談につながる簡単な質問をしてみたらいい、お昼何食べましたか、起きれましたか…それで、コミュニケーションは活発になると思うよ」
#ホンシャーマンとおしゃべり
みんな、お昼は何食べた?みんなのお昼ご飯を聞きたいな〜!
すると、すぐに返信が来た。
From:マヨ侍 お弁当だよ
From:ロビンソン こっちは、お昼食べられてなーい
From:芍薬
>ロビンソン 買いに行くタイミングとか逃しちゃうとね、大変だよね
From:ロビンソン
>芍薬 うちの営業所はコンビニ遠いから…ま、朝買いに行けよって話なんだけど、出社ギリギリになっちゃうと、もう終わりだわ…電話も多いから席外せないし…お腹空いたよーホンシャーマーン!
ホンシャーマン…の中の人である雪乃には、この会話に既視感があった。
「議事録」をめくると、1月に南花営業所を訪れて、森川さんと会話を交わした時のメモがあった。
今は11月。あれから1年近く経つ。
森川さんと話したことを懐かしく思い出した。夏に訪れた時は産休中だった。その後、元気な女の子が生まれた…と、茉莉也伝で聞いていた。
「栄養、取らないとねー…」と言いながら、コンビニで買ってきたサンドイッチを忙しなく頬張る森川さんの姿が思い出された。
(営業所に惣菜の自販機とか、あればいいのにな…)
ふと、そんなことを思いついた。オフィスに置くことができる惣菜自販機を調べてみると、「オフィスシェフ」「オフィスパントリー」「毎日惣菜便」「OFFICE SOZAI」などいくつかのサービスが見つかった。
こういうのがあれば、お腹が空いている人にも喜ばれるだろうか…と考えたところで、思考が立ち止まった。
(あの人なら、なんて言うかな…)
最近、何かを考えようとすると、すぐにあの人の顔が思い浮かんでしまう。
あの人は、残業申請にも、クリスマス休暇にも、批判的だった。
「机上の空論で、余計なことをしないでくれ」と言っていた。
しかし、よくよく話を聞いてみると、とことん現場の、その先のお客さんを思っているからこそ、そう言っているのだと気づいた。
普通、否定的なことを言われたら、それは苦々しく思い出されることになる…でも、あの人の声は、ものすごくほんとうで、痛いのに…ある種の心地よさを感じていた。
雪乃の「議事録」には、一部欠けた部分がある。
あの人にお礼を伝えたくて、はさみで切り取ったのだ。
「議事録」を切り取ったのは、あの時だけだ。
時々、切り取った部分の縁を人差し指で触る。
一見、鋭く指を切ってしまいそうなその縁は、意外にも柔らかく、人差し指を撫でた。
切り取ったメモには、「直接お礼を言わせてください」と書いていた。
あの時、南花営業所を再び訪れた時から3ヶ月。あの人に連絡をしていないし、向こうからの連絡も来ていない。
でも、なぜか。
ノートの欠けた部分から、声がしている。
欠けた部分は、満たされたがっている。
あの人は、雪乃のことを、ずっと、待っているような気がした。
いや、もし待っていなくても…
(あの人の、意見が聞きたい)
雪乃は、意を決して社内メールを打った。
(最終章 第一話に続く)
「あの人」プレイバック
第一章第七話 渡る現場は敵ばかり?
https://note.com/lovely_ixia636/n/n9e8d4263601c
第一章第八話 キッチンは90センチ
https://note.com/lovely_ixia636/n/n392856d3a1d6
第一章第九話 それなら現場で会議をひらけばいいじゃないhttps://note.com/lovely_ixia636/n/nbf4a3b868f22
第一章第十話 議事録には載らない話
https://note.com/lovely_ixia636/n/n0660b83293aa
第二章第一話 端っこのMVP
https://note.com/lovely_ixia636/n/n741907d2addb
第二章第四話 水色のミッション
https://note.com/lovely_ixia636/n/n50e311eb87b2
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