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【創作大賞2024 ファンタジー小説部門】 HANG THE HERO 第5話(全5話)


「ああ……やっぱりあったな、俺の墓」

カエデさんのお墓、その隣を見て、コスモは呟いた。

「やっぱ俺死んでたんだな。あの時、ユニに撃たれて」
「え……え、だって」

混乱する俺を余所に、コスモ、黒尺、イツキがカエデさんのお墓に手を合わせる。俺とソルも、一拍遅れて手を合わせた。

線香の香りが漂っている。

カエデさんのお墓から頭を上げ、コスモは、自分の墓の隣に目を向けた。
二つお墓があった。

「これは……誰の」
「貴方の息子のお墓ですよ。その隣は、おばあちゃんの……」

墓石の名前に、僅かに目を見開く。「ハヅキ……」呟き、墓石をそっと撫でた。

「お義母さんも、亡くなってたのか。……君が、イツキか。やっぱりな」
「はい……お父さん。そして、いま貴方がこうしているのは、僕の能力です。信じたことを実現する力。彼が貴方の存在を信じてくれました」

イツキに指され、俺はぽかんとする。

「そうか、ありがとうな」

コスモに礼を言われた時もぽかんのままだったので、ソルは少し笑っていた。

「テラが信じやすくて良かったな」
「まあそれはソルさんもですけど」

ぼそっと言われた言葉には、微妙に納得のいかない顔をしている。
そんな俺たちに向かい、コスモが遠慮がちに尋ねてきた。

「……その、君たちもヒーローなのか?テラとか、ソルって……俺たちは、コスモとユニだったから」
「あ、ええ、まあ」

答えると、コスモはただ一言、ぼそりと呟くように言った。

「……すまない」

ソルは片眉を僅かに吊り上げる。

「別に問題ない。お前も、ル……別のヒーローも、責める気はない。それに、俺たちはもうヒーローではない。最後の怪獣が倒されたので、めでたくお役御免だ」
「最後の怪獣?」

コスモの反応に、ソルはしまったという表情で口を押えた。

錆びたギアのような動きで、コスモは、黒尺の家があった方に顔を向ける。巨大な怪獣の死体が転がっている。

「……あの、怪獣は……」
「ユニではない!彼は……違うヒーローが……」
「……そっか、ありがとう黒尺先生。……うん、じゃ、あいつの墓も参っておくか」
「自分を殺した奴の墓へ行って手を合わせるんですか?墓石でも蹴り飛ばすんですか」

イツキの言葉に、コスモは苦笑した。黒尺が渋面で口を開く。

「その、まだお墓を用意できていないんだ……つい最近亡くなったので」
「いや、これでいいんです」

言いながら、コスモはポケットから小さな瓶を取り出した。短く切られた黒く細い糸が、数本入っている。

「ユニに預けられたんですよ。俺は弱いから、いつ死んでもおかしくないし、怪獣に食べられて死体も残らないかもしれない。その時は、これを埋めてくれって。俺が守るって言ったんだけど……役に立つときが来るとはな」
「何だい、それは」
「ユニの髪の毛です」
「ええっ、気持ち悪!」

叫ぶイツキを軽く小突き、「やめろよ」と囁いた。

イツキは、俺の言葉に眉を寄せ、口元を歪ませて瓶を見つめている。
イツキの声に、コスモは瓶を埋める手を止めた。

「ええ、別に気持ち悪く無かったけどな……気持ち悪いの?俺も、カエデさんに同じことお願いしたんだけど」
「ええ……」
「貴方はたとえ怪獣に食べられても、お腹突き破って出てくるでしょ、って笑われたな」
「ああ……」
「ま、でも大丈夫か」
「はあ……」

自分の墓の前に瓶を埋め、コスモは手を合わせる。黒尺が手を合わせ、俺も微妙な気持ちながら、仏前ということで手を合わせた。
ソルは眉根を寄せ、複雑そうな表情で腕を組んでいる。
イツキはこめかみを痙攣させていた。

「……お義母さんと、ハヅキにも挨拶しておかないとな」

4人で手を合わせる。

沈黙と、線香の香りが漂っている。イツキの眦に涙が溜まっている。

コスモが頭を上げた。

「……ハヅキは、ヒーローになったのか?」
「……ああ」
「そうか……辛い思いをさせたな」

ソルの返事に、コスモは息を吐き、暫く沈黙する。
ゆっくりと歩き出し、ルナとカエデさんのお墓の近くで立ち止まった。

「本当はな、俺は、妻子を持っていいような人間じゃないんだ。こんな、血みどろの手で……兄弟も、親友まで……。でも、カエデさん。貴女は、こんな俺を愛してくれた。ハヅキ、お前も、俺を尊敬してくれてたな。かっこいいって言ってくれた」

そう言いながら、ルナの墓石の上に手を置き、二、三度撫でる。

「……うん。ありがとうな、イツキ。俺はもういいよ」

イツキの目から、涙があふれていた。鼻をすすり、手の甲で涙を拭う。

「ごめんなさい、お父さん……」
「違う、私だ!すまなかった、コスモ君……本当に、すまない」
「ん、何が?黒尺先生、俺は本当に、何も気にしてませんよ。イツキ、ありがとうな。ハヅキたちと、お前と先生、ヒーローを継いでくれた君たちに挨拶できた。ユニも埋葬できたしな」

そう言い、皆に笑顔を向ける。

黒尺は項垂れ、イツキはすすり泣いていた。
俺も、何だか涙が浮かんできた。隣を見ると、ソルは俯いて口元を触っていた。
コスモはそんな俺たちに向け、軽く挨拶するように片手を上げた。

笑顔のまま、姿が消えていく。やはり、ルナによく似た笑顔だった。

イツキが、すすり泣き続けながら、震え声で呟いた。

「じゃあね、お父さん……さようなら」


「こいつは、さよならだ!」

イツキが、玉切れの散弾銃の銃口を地面に叩きつけている。コスモが、ミカゲの小瓶を埋めた位置だ。

「イツキ?な、何してるんだ?」
「瓶を、掘り出して、捨てる!お母さんと、兄さんと、おばあちゃんと、お父さんの、墓の、前に、こいつが、いるのは、許せない!」
「イツキ、落ち着きなさい」
「おじいちゃん、離して!」

抵抗するイツキの銃を押さえ、黒尺は低い声で語る。

「気持ちは分かる。妻のことを思うと……私も正直に言って、腸が煮えくり返る思いだ。だが……むしろ、彼は被害者の1人だ。それに、彼は、お前とハヅキの命の恩人でもあるんだよ」
「何?な、何言ってるのさ、おじいちゃん」
「……私は、……カエデ……と、コスモ君が、子供を持つのに反対したんだ。お前の母さんは泣いて、2日ほど行方不明になった。半狂乱で探したよ。ばあさんにもそりゃあ泣かれたし叱られた。そしたら、ある時ひょっこり顔を出した。聞けば、ユニに保護されていたと」

一息つき、黒尺は続ける。

「コスモさんに相談しても、お父さんと同じような反応をされた。悲しくてどうしていいか分からずフラフラ歩いていたら、ユニさんに拾われた。相談したら、とても良く慰めてくれて、コスモさんも説得してくれた。お陰で、決心がついた、と」

イツキが歯をギリ、と噛み締める。

「そんなの、ヒーローの候補が惜しかっただけだ!それに、僕らを生んだせいで、お母さんは結局……」
「イツキ」

ソルが呼び掛け、イツキから銃を取り上げた。「返せ!」と睨みつけるイツキを見つめ、ぽつぽつと語る。

「俺も、ミカゲを快くは思っていない。お前の行動も気持ちも、分かるつもりだ。だが、奴のお陰で、ルナとイツキが存在するのであれば……俺は、その点についてだけは感謝する。瓶は、捨てずに埋葬しておくべきだと思う」

息を荒げたイツキが、ソルの銃に手を伸ばす。その手を押さえ、黒尺はイツキに向かい、低い声で語った。

「コスモを蘇らせて、親友であるミカゲを殺させたのは、私たちの勝手だ。その彼が、ミカゲをここに埋めた。私たちに、取り出す権利はない」
「……でも……」

黒尺を見つめ、イツキは諦めた様に俯く。

車椅子の車輪で、瓶を埋めた箇所を轢き、そのまま踵を返して墓地から出て行った。


「そういえば、組織から出て行った時のソル君たちを、呼んだ理由を話していなかったね」

言いながら、黒尺は俺たちを地下に案内した。入り口周辺に、巨大な怪獣の死体、足や腹が吹き飛んだ肉片が飛び散っている。気分が悪い。シャワー室などないので、血がついても、洗うことも出来ない。

吐き気が収まったころ、地下室に到着した様だった。暗い中で、黒尺が照明を付ける。眩しさで目を閉じ、ゆっくりと開いた目に映ったものに、瞠目する。

広い部屋の中央で、立派な自家用航空機が照らされていた。

黒尺が足音を響かせながら、航空機へ歩み寄る。ハッチを開き、俺たちに顔を向けた。

「この航空機に乗って、外国へ逃げなさい」
「……はい?」
「まだ組織は混乱中だろうが、近いうちに追手が来る。捕まれば、君たちはテロリストとして処刑されるだろう。そして、イツキ。お前も、能力がばれてしまった以上、恐らくただでは済まない」

イツキが僅かに息を漏らす。ソルは航空機と黒尺を見つめている。

黒尺の手招きに応じ、俺たちはおずおずと、航空機に乗り込んだ。車椅子でも十分な広さだ。
機内を見回す俺たちの背後から、黒尺の声が続く。

「中には食料・飲料が積んであり、トイレやシャワー室などもある。燃料は目的地に着くまで充分あり、ルートは自動運転に読み込ませてある。あちらで、若い男3人分の身分・居住・貯蓄や仕事が保証される筈だ」
「その保証はどこからのものだ」

ソルの質問に、黒尺は答える。

「海外の医療研修で、親しくなった先生たちがいるんだ。紹介してもらい、信頼できる国の政府に協力してもらった。国籍や、一通りの保証を用意してもらった。私の資産も、君たちの貯蓄として移動している」
「別の国で飼い犬になれということか」
「……今より悪い環境にはならない」

僅かに目を逸らす黒尺に、ソルは鼻を鳴らす。
俺は機内を見回し、明るく声を上げた。

「いやでも、凄いな!こんな大きな航空機。4人で暮らせそうだ。な!」
「金は稼げたからね……医者なので」

言いながら、黒尺は指をさす。

「滑走路が地下に伸びている。地上に出た瞬間に飛行できる。そこのスイッチを押せば発進だ」
「おお……」

映画の様で、何だか凄そうだ。スイッチに近づく俺に反し、ソルはハッチの方に向かい、機外の黒尺に声を掛けた。

「黒尺、早く乗れ」
「……いや、私はここにいる」
「おじいちゃん!?何言ってるのさ」
「乗れ」

苛立たし気なソルが、黒尺の腕を掴み、乱暴に引っ張り上げた。

「テラ、スイッチを押せ」
「ま、待ってくれ!……私は、行けない」

狼狽える黒尺に躊躇い、ソルと黒尺を交互に見る。
イツキは心配そうに、ソルは眉間にしわを寄せて黒尺を見つめる。
皆の視線に、黒尺はシートのソファに座り込んみ、ぽつぽつ話し出した。

「私は残る。罪を償うことにするよ。信者の女性を何人も見殺しにした。産婦人科医でもないのに、出産に立ち会って……。そして、自分たちのために、孫を1人犠牲にした。若者たちを犠牲にした。妻を見殺しにした。」

口を噤み、再び話し出す。

「ばあさんは、ハヅキにヒーローを辞めさせようとしていたんだ。血が繋がってなくても、私たちと一緒に暮らそうと。血が繋がっていないなど、無意味な嘘だった。それで、ミカゲに相談していた……どうして気付けなかった……連絡、させるべきでは、なかったのに……」

誰も、何も言えずに、黙ってしまった。

沈黙の中、ソルが立ち上がる。歩き出し、スイッチを押した。

「ソル!?な、何してるんだ」

動揺する俺を余所に、滑走路の扉が開く。エンジンが噴き出す。
ジェットの轟音の中、俯いたソルが低く呟いた。

「俺は炎で何人も殺した。真実を知りながら、怪獣にされた人間を見殺しにした。兄弟たちを殺しておいて、のうのうと生き続けている」
「そ、れは……ソルだけじゃない。俺たち、テラ、ソル、……ルナ。3人の罪だ」

俯いたイツキが「ルナ」と呟く。
顔を覆い、「ルナ……ハヅキ、兄さん……」と低く呟き、震える声で言った。

「僕は、兄さんを見捨てた……ヒーローを押し付けて、自分だけ、平和に生きながら……」

おろおろする俺の前で、黒尺とイツキは俯いている。
ソルは2人の背後に回り、イツキと黒尺の肩を抱いた。

「どうせ他国でも、扱いは同じ様なものだろう。罪を負うもの同士、地獄まで付き合ってもらうぞ」

航空機が走り出す。転々とした照明が、繋がり、光る線の様に見える。

光る線に沿って、滑走路の暗闇を走り続けた先に、真っ白な光が現れた。日の光、青い空。その景色を眼前に、イツキ、黒尺、ソルは俯き続けている。

「じ、地獄なんかじゃないだろ!見ろ!青い空、白い雲、輝く太陽!地獄の入り口が、こんなに輝いているわけないだろ!」

空元気でも何でもいい、とりあえず明るいことを言っておこう。3人を何とか励ましたいと、俺は言葉を続ける。

「映画だと、こういう演出があったら、その先は希望なんだよ!確かに、罪は罪だ……でも……ええと、でも、罪は罪だ!」

3人のキョトンとした顔がこちらを向いている。
一拍置いて、ソルが、ふ、と声を漏らし、口角を上げた。

「そうだな。罪は罪だ」

イツキはぽかんとし、「え?どういうこと?」と呟いている。黒尺は相好を崩し、俺たちを見つめている。

航空機は走り続けていた。地下の滑走路を抜け、窓の外を、光が包む。

青い空、白い雲、輝く太陽に囲まれ、俺たちは笑っていた。それで正しいのかは分からなかったが、とりあえず、笑っていた。


「元ヒーローのテロリストたちは、狂気の笑みを浮かべ、住宅街を瓦礫で覆い、巨大怪獣を放ちました。軍隊の出動により、怪獣を退治するまでの数時間で、犠牲者は数知れません」

ソルのスマホから、ニュースの音声が漏れていた。イツキのおばあちゃんのスマホではなく、ソル自身のスマホだ。

よく分からないが、N国の通信を使っているため、あの国のニュースを聞いていても、バレる恐れは無いらしい。

新聞というニュースの紙を読みながら、ソルは流し聞きしている様だ。
俺も、耳に入るニュースの音声を、聞くともなく聞いていた。

「テロリストの元ヒーロー・ルナは死亡、ソル、テラについては、協力者の補助により、海外へ逃亡したと見られます。現在、逃亡先と目されるN国政府に対し、テロリスト及びその協力者の引き渡しを要求しておりますが、N国からは『件のテロリストたちが当国へ入国した事実はない』との主張のみで、話し合いは平行線となっております。
こちらにいらっしゃる女性は、元ヒーローによるショッピングモール放火、そして住宅街襲撃からの、生存者の1人です。本日はお越しいただき、ありがとうございます。お話を伺いたいのですが……やはり、お辛いでしょうか」

「いえ、大丈夫です。お気遣いありがとうございます。……そうですね、正直、辛い気持ちはあります。でも、それよりも、……何ていうのかな、あの、ヒーローの彼らについては……」

「怒りや憎しみ、といった感情でしょうか」

「それも勿論あります。でも、それより……失望、でしょうか。彼らは、正義の存在だと思っていたので……でも、あの人たちが怪獣をつくっていた。そして、私の尊敬する人も殺した。彼らは、私たち皆を裏切っていたんです」
「失礼ながら……貴女の、その、お顔の火傷も、彼らのせいですよね。そういった点でも、やはり、許せない思いでしょうか」

「そうですね、でも……こう言ってはおかしいんですけど、ほんの少しだけ、感謝の思いもあって……」

「と、言いますと?」

「いえ、本当に変なんですけど……ショッピングモールで、助けてくれたから。私を見殺しにもできた筈なのに、助けて、励ましてくれたから。元はと言えば、彼らのつくった怪獣のせいなんですけど、でも、あの時のヒーローの正義?には、嘘はなかったと思うから……だから、それについては……ありがとう、と」

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