【創作大賞2024 ファンタジー小説部門】 HANG THE HERO 第4話(全5話)
*
いつの間にか泣いていた様だ。
ソルから差し出されたポケットティッシュで、濡れた頬の感触に気付いた。墓を見て、ルナの死を実感してしまったらしい。
「それほど悲しむことはないですよ」
イツキが声を掛けてきた。花瓶の水を入れ替えている。
ぼうっと顔を向けた俺の方は見ずに、花を生けながら呟いた。
「あの人は、ヒーローのことになると気が狂う。最期までそうだった。傷つけないと言って、首を絞めてくる男ですよ。3人でないと意味がないと言って、お2人にもヒーローをやらせようとしていた。自分の罪に巻き込もうとしていた。あなた方の意思なんて関係なく。ヒーロー狂いのイカレ男を、悼むことはありませんよ」
ソルがイツキを睨みつけ、肩を震わせている。
「……俺の炎で舌を焼かれたくなければ、黙っていろ」
俺は涙を流し、鼻をすすりながら、ソルの肩をぽんぽん叩いた。
「お前の、能力……変わったんじゃ、ない、のか」
「もう僕の能力は解いてるので戻ってます」
その時、リビングにピンポーンと音が響いた。
これはインターホンというものが、玄関前に客が来たことを知らせているのだそうだ。人影がカメラに映っている。
「多分、おじいちゃんに用があるんです。出て来ますね」
黒尺は、屋敷の火事の患者たちを手当てするために、昨日から駆り出されている。
インターホンを覗き、口を開きかけたイツキの表情が強張る。後ろから覗いたソルが、怒りで表情を歪ませる。歪に口角を上げた。
「テラ、戻った俺の能力を見せてやる」
そのままツカツカと玄関まで歩いて行き、ドアを開けるや否や、客人の全身に炎を吹き付けた。
「おあっ……おい、ソル!」
驚いて玄関へ駆け出すと、炎から「酷いですねえ」と声がした。
炎が消えるそばから、灰になった服が再生してゆく。肌や髪が燃えながら再生し、遂には完全に消えた炎の中から、男が現れた。俺たちにチラリと目線をやり、何事もなかったかのように澄ましている。
「今の行為は、ヒーローとして相応しい所業ではありませんね。まあ宜しい。上がっても?」
「……祖父はただいま不在です。改めてお越し下さい」
「いえ、そこのお2人に用がありますので」
ミカゲに指され、思わず構える。
ソルはこちらに向けられたミカゲの手を見て、顔を顰めた。
「何の用だ」
「立ち話もなんですから、上がっても宜しいでしょうか?お茶を頂けるとありがたいのですが。私は熱い日本茶が好みです」
「ボケが、沸かした雨水でも舐めていろ」
「以前から思っておりましたが、貴方は言葉遣いが下劣です。そういった部分も、やはりヒーローとして相応しくありません。が、この際致し方ありません」
ミカゲは僅かに肩をすくめ、ため息を吐いた。
「あなた方、子を成しなさい。女性はこちらで用意いたします。ルナ以外はヒーローの直系ではありませんが、それはこの際、目を瞑りましょう」
「……何を言っている」
「詳しくはお茶でも飲みながら話しましょう。上がっても?」
「また炎を喰らいたいのか?」
「いえ、上がってもらいましょう」
イツキの言葉に、ソルは訝しげに眉をひそめる。
だが、イツキから目で合図され、何事か含んだ目線に、不満げながらも黙っていた。
イツキから出された氷水を手前に、ミカゲは話し始めた。
「困ってしまいましてね。現在、ヒーローの運営が窮地に立たされているのです」
一口水を飲み、「不思議なのですよ」と続けた。
「運営組織を、炎を纏った瓦礫が襲い、全て破壊してしまったのです。ルナの精子を保存していた凍結タンクも破壊されてしまった。このままでは、ヒーローを供給出来ません。非常に由々しき事態です」
凍結タンクと聞き、ヘルメットの映像にあった、冷凍庫・凍った棒状の物が浮かんだ。
眉をひそめる俺たちに、「そこで」と続ける。
「貴方がたの子づくりが、ヒーローの運営に必要なのです。こちらから用意でき次第、女性を追加してゆきましょう。貴方がたの容姿であれば、信念のない女性たちでも、喜んで参加して下さることでしょう」
「ちょ……ちょっと待って下さい。話が見えない……」
「どこかご不明な点が?」
全部が分からない、と言いかけた俺を遮り、イツキが吐き捨てる様に言った。
「こいつが言いたいのは、コスモと同じこと、そしてルナにさせようとしていたことを、貴方たちが繰り返せ、ということですよ」
「おや、貴方は分かっていたのですね。黒尺先生に聞いたのですか」
「違う、自分で気付いたんだ!兄さんを……信じるために、色々調べてたら……」
胸糞の悪そうな顔色で、イツキは車いすの手すりを掴み、腕を痙攣させる。
ミカゲは水を一口飲み、平然と続ける。
「簡単な話ですよ。ヒーローは皆、父方に同じ遺伝子を持つ、異母兄弟なのです。コスモやルナといった、怪獣を生み出す能力を持つヒーローの直系。その精子を使って、ヒーロー候補が生み出されます。この候補たちの中から、10歳ほどで、能力の有無を確認する試験により、ヒーローが決定されます。貴方たちはヒーロースーツを纏い、火傷をしなかったでしょう。それが能力のある証拠です。ただ、能力のある者が、なかなか生み出されないのですよ。ですから、貴方がたには子をたくさん作って欲しい。ヒーローたちの供給のために」
滔々と語られた事実に、理解が追い付かない。唖然とする俺と、何事か考えているソル。
それを余所に、ミカゲはちらりとイツキを見やった。
「ハヅキがスーツを勝手に持ち出し、貴方に着せていましたね。能力があったとは予想外でした。ただ、まあ貴方はどのみちヒーローにはなり得ませんでしたが。ヒーローたるもの、自分の足で立てなくては」
「この……!あんなもの、こちらからお断りだ……!」
「……ええと、黒尺先生がソルに言ってたのは、このことか?じゃあ、ソルもルナも、俺の弟か」
「……」
俺は一旦頭を整理するために、ぶつぶつ呟く。口に出してみると、実感が湧いてきた。ルナは信者たちを家族と言っていたが、俺たちも、血の繋がった家族だった。こんな時になんだが、嬉しいと思っている。妙な感じだ。
そんな俺の横で、ソルは何事か考え込んでいる。
ミカゲはソルに顔を向けた。
「ヒーロー候補の母親は、一部は私が選んでいました。ソルさん、あなたのご母堂は覚えています。とても美人でしたが、カッとなりやすく、思い込みが激しいところがありましたね。でも、自分のことを大切にしない人でしたよ」
それを聞いたソルは、一瞬、何とも言えない表情をした。確か、生まれてすぐに母親が亡くなり、施設で育っていた筈だ。
俺は7,8歳まで親元で育てられたが、泣く泣く施設に預けられた後、親の行方は分からなくなっている。その理由が、薄ら分かった気がした。
「では、そういうわけで、ご協力いただけますね」
ミカゲの言葉に、ふん、とソルが鼻で笑った。
皮肉気に口角を吊り上げているが、苦虫を嚙みつぶしたような顔をしている。予想外に低い声で、憎々しげに吐き出した。
「ご協力だと?自分の子どもが怪獣にされるのに、むざむざ差し出せと?」
ソルの言葉に、ミカゲが僅かに笑った気がした。
「おや、貴方は分かっていたのですね」
「……怪獣って、どういうことだ?ヒーローだろ?」
「ヒーロー候補から、能力のある者がヒーローになる。では、残りはどうなる」
ソルの言葉に、俺は答えに辿り着き、絶句した。
喉が渇く。麦茶を流し込むが、喉から押し出され、咽てしまった。枯れた声で、口から思考が漏れ出す。
「……じゃあ、今までの怪獣は……でも……それじゃあ……俺たちがやってたのは……ルナが、やってたのは……」
ルナを思い出す。ルナの笑顔、楽しそうな笑い声。明るく、強く、お調子者で、でも仲間思いで優しかったルナ。信じたくない。あのルナが、そんな残酷なことをしていたなんて。
震える俺の肩に手を置き、ソルは静かに目を伏せた。
「ルナは大方、信者たちや、黒尺、イツキ、俺たちを人質に取られていたのだろう」
イツキが何事か言いたげな目でソルを睨むが、すぐに目線を逸らした。
ミカゲはグラスに残った氷を見つめている。
「お代わりを頂けますか」
平然とした声を聞いた瞬間、言いようもない怒りが湧いた。俺は思わずミカゲからグラスをひったくり、中の氷をぶっ掛けた。
ミカゲは変わらず澄ました顔で、「おや」と言った。
グラスを投げつけるが、怒りでコントロールが効かず、明後日の方向に飛んでいった。
「お前は……何でそんなに、平然としてられるんだ!俺たちに、いや、ルナに何をさせてたんだ!その挙句に、お前は、ルナを……これ以上話すことなんて無い!帰れ!糞野郎、殺してやりたいくらいだ!」
「そうだ」
ソルの方を振り向いたが、ミカゲを睨みつけていたのはイツキだった。憎しみと覚悟の目だ。
「ヒーローを押し付けるお前のせいで、兄さんはおかしくなった。そして、怪獣、に、された……おばあちゃんと、名も無き兄弟たちの仇!」
そう叫ぶと、イツキはひざ掛けをまくり、散弾銃を取り出した。
「ここには、邪魔な信者たちはいない!この時を待っていた!死ね!ミカゲ!」
ソルの横から銃口を向け、ミカゲを乱れ撃った。
ミカゲは文字通り蜂の巣の様に穴だらけになってゆく。腕、脚、胴体が千切れ、肉をまき散らしながら倒れた。
カーペットにミカゲの血が染み込んでゆく。銃弾で割れたテレビや食器、壁紙の破片が、ミカゲの血肉に混ざっている。
イツキはミカゲの肉片を憎々しげに睨みつけ、肩で息をしている。
ソルはミカゲを見やり、イツキに叫んだ。
「イツキ、逃げろ!恐らくこいつは」
イツキの手から銃と、指が落ちた。吹き飛んだ指の傷口を布で押さえ、痛みに呻くイツキ。
その正面で、肉塊だらけのミカゲの片腕と上半身が、銃を構えていた。
欠けた目や頬の肉を僅かに動かし、笑っている。再生した舌を使い、話し出した。
「イツキ君、ありがとうございます。ミカゲが死ぬと、信じないでいてくれて」
ミカゲは、どこか得意げに続ける。
「生憎ですが、私は死にませんよ。怪獣ですから」
ミカゲの言葉に、ソルはやはり、とでも言いたげに舌打ちする。その後ろで、イツキは目を見開いて硬直していた。
俺は言葉の意味が飲み込めず、ひとまず、ミカゲをバリアで囲っておいた。これ以上の物理的な危害を加えられることはないだろう。
バリアに気付きながらも、ミカゲは構わず続ける。
「怪獣は、製作者であるコスモやルナの、罪悪感や後悔といった悪感情を食べて成長し、生き続けるのです。コスモは、妻子を守るため、ヒーロー仲間のユニを怪獣にした際、大きな罪悪感を発生させた。ある時には、カエデさんの忘れ形見であるハヅキを抱きしめながら、ヒーローであったことをこの上なく後悔していた。その際の悪感情がまだ尽きないのでしょうね、未だにどんな怪我も不具合も、たちまちのうちに再生してしまいます。ああ、私が先代ヒーローのユニであったことはご存じでしたよね」
「お前は……でも、人間……」
「そういう能力だったようです。自身と、触れているものの形を保つ能力。戦闘では役立ちませんので、ヒーローのお役御免となりましたが」
突然、笑い声が響いた。
ミカゲの言葉を聞いた途端、ソルが、いきなり大声で笑い始めた。
ミカゲが呆れた様子で言葉を続けようとする。それを遮るように、笑いをこらえきれない震え声で言った。
「お前、そんなにヒーローが好きなのに、一切ヒーローの役に立っていないんだな!」
ミカゲが固まった様に見えた。ソルは笑い続ける。
「俺はヒーローになる前に育てられていた施設で、こう言われたことがある。
『あれのお陰でお前たちは存在していられる。あれが無ければ不要なお前たちは殺処分だからな。祈れ、あの怪獣がお前たちヒーローの神だ』
とな。それを言った職員の、顔も名前も覚えていない。ほぼ毎日入れ替わっていたから、そんなもの覚える機会も興味もなかった。しかし、この言葉だけはやたらと鮮明に覚えている。自分の存在証明の様に感じたのだろうな。怪獣が居るから俺が要る。しかし、人間型のお前など、ヒーローに退治されない。ヒーローの存在理由になりえない!なるほど、ヒーローの戦闘の役に立たなかったというわけだ!」
一瞬、何を言われているのか分からないといった表情で、ぽかんとするミカゲ。
直後、その顔が激しく歪み、身体が震えだした。その痙攣に合わせて、血肉がまき散る。再生しかけた目で、ソルを睨みつけた。
「ヒーローの、役に、立っていないのは……」
ミカゲの低い声が響く。
「お前は、ヒーローに相応しくない。あの頃のコスモの様にはならない。なのに、どうして、お前のような者が……もういい。殺してやる」
ミカゲは息を大きく吐き、ソルに笑みを向けた。感情の乗らない目、歪な笑みだ。
「あなた、近しい人間はいますか?まずはそこの2人、そして黒尺先生、それ以外は……周囲の人間を手当たり次第で構いませんかね。他に近しい人などいないのだから。安心なさい、ソルさん。貴方だけは殺しません。ただ、自分がどれだけヒーローとして役立たない存在かを真に、心の奥底から実感しながら、無力と、無念と、孤独の中で生き続けてもらうだけです」
「な、何を……させるか!お前をどうにかするまで、俺はバリアを解除しない!」
「残念ながら、貴方のバリアは役に立ちませんよ。大型怪獣にバリアを破られたことがあるでしょう」
ミカゲの言葉に、ショッピングモールの怪獣、ソルの脚を貫いたバリアの破片が頭をよぎる。額に冷汗が流れた。
すると、いつの間にショックから回復したのか、イツキが話し始めた。
「ひとまず燃やし続ければいいんじゃないですか?ソルさんの炎で。ここでテラさんがバリアに囲っておけば、他人にも見られませんし。それで灰にして、その灰をコンクリートで固めて、複数個に割って別々の場所に埋めておく、とか」
ソルは数秒考え、頭を振った。
「まず、ここでこいつの全身を燃やすと、恐らく酸素が足りなくなる。バリアを解いて酸素供給すれば、家が燃えるぞ」
「こいつの口の中から燃やして野外に運び出せばいいじゃないですか!」
「アホか、口の中からなんて燃やせるか。それに、灰をコンクリートで固めようが、身体をバラバラにしようが、そのうち復活する。過去のどんな怪獣も、ルナの攻撃でしか確実なダメージを与えられなかった。怪獣とはそういうものだ。その度にまた燃やして……と繰り返すのか?」
「じゃあ灰にしてコンクリートで固めて宇宙に飛ばせばいいんだ!そうでしょう?」
「それはいいな。どうやって宇宙に飛ばす?」
応酬が止まなそうなので、いったん口を挟んだ。
「ええと、ひとまず、肉片だけでも燃やしておいたらどうだ?時間稼ぎにはなるだろ」
ミカゲがやや呆れた様子で口を挟んできた。
「酷い会話ですね。ヒーローのものとは思えません。危機に対しては、うだうだと悩まず、毅然と対処しなければ」
「うるさい」
言いながら、ソルはミカゲの肉片を燃やしはじめた。
その時、リビングにピンポーンと音が響いた。人影がカメラに映っている。
我知らず、俺たち3人は顔を見合わせる。どこか意を決したように、イツキがインターホンへ向かった。
「……はい」
「私だ。軽症患者を連れてきたので、手当を」
「あ、イツキ君ですか?久しぶりです!ちょっと足を怪我しちゃいました。あの、お屋敷で何かあったんですか?皆騒いでるみたいだけど、教えてもらえなくって」
インターホンのマイクから、黒尺に続き、女の子の声が聞こえた。
カメラを見て、あ、と思い出す。ショッピングモールで救助された被害者の1人、ソルが奇行に走ったときに助けてくれた、あの子だ。
イツキは一瞬ほっとした様子で、それから少し黙り、どこか歪な笑みを浮かべた。
「久しぶりです。どうぞ、上がって下さい」
「え!?」
俺は思わず声を上げてしまった。
ここには、血肉が飛び散り、肉片の燃えたミカゲがいる。どう考えても、客など上げてはいけない状況だ。
「ちょ、ちょっと、見られちゃまずいだろ!」
俺の叫びもむなしく、玄関のドアが開いた音がする。
ソルはイツキに対し、どこか複雑な顔をしている。
ミカゲは変わらず平然と喋り出した。
「ああ、貴方の狙いは分かりました。ただ、あまりお勧めはできませんね。結果は未知数です、軽率と言わざるを」
「上手くいくのか?」
ソルの言葉に、イツキはゆっくり頷く。
「彼女は、今のミカゲを見れば、死ぬと信じる筈です。人間であれば致命傷ですから」
それを聞き、イツキの狙いに気付いた。しかし、と俺はおずおずと言う。
「……あの子を巻き込むのか?こんな状態の、人間の姿を見せるのか?あの子の心は」
「でも他にないでしょう!そうするしかないでしょ!死ぬわけではないんですよ、1人の人間が、心を痛めれば人類を救えるんですよ……じゃあ、それしか、ないでしょう」
イツキの震え声に被さり、ドアが開く音と、数人の男の声が響いた。
「ここか!?出てこい、ヒーロー!」
「このクソヤブ医者の家にいるんだろ!」
「クソヒーロー共、ぶっ殺してやる!」
男たちは部屋を見回し、ミカゲの姿を見とめ、絶句した。
「う……おっ……、え……」
「……そいつ……殺、し……?」
その瞬間、ミカゲは倒れ、動かなくなった。
*
「死んだな。よし」
ミカゲの脈を測り、ソルはミカゲの死体を担ぎ上げる。
「邪魔だ」
唖然としている男たちを退かし、玄関へ向かった。外へ運び出して燃やすのだろう。
俺もついていくと、廊下途中で不安げな女の子と、それを宥める黒尺がいた。
女の子は、血だらけのミカゲを見て、ヒッと短く悲鳴を上げた。
「え?ミ、ミカゲさん!?」
ミカゲに駆け寄る。ソルは若干、バツの悪そうな顔をした。
「どうしたんですか、ミカゲさん。こんな、大怪我して……」
「……気を失っているだけだ。病院へ運ぶ」
女の子がソルに顔を向ける。一瞬ハッとしたが、口を噤み、それから口を開いた。
「あの!……ミカゲさんを、よろしくお願いします」
頭を下げる女の子に、ソルはやはりバツの悪そうな顔を向けた。
「この辺でいいだろう」
家の裏側に回り、周囲に人目がないのを確認すると、ソルはミカゲの死体を放り投げた。
死体は石に当たり、鈍い音を立てたきり、ぐったりと動かない。
「燃やす」
ソルの言葉に応え、死体をバリアで囲う。バリアは、酸素供給用に、上部のみ開けている。
死体が僅かに動いた気がした。
「……ん?」
よく見ると、ミカゲの腹部がピク、ピク、と痙攣している。
ソルの方を見ると、ソルもこちらを見ており、顔を見合わせる形となった。
「……燃やすぞ」
ソルは冷汗を流し、ミカゲの死体に向き直る。
その時、ミカゲの腹が、内側から何者かに突き破られるように裂けた。
唖然とする俺たちの目の前で、ミカゲの身体の裂傷が広がる。赤黒い血肉、内臓が飛び散る。
その中央に、血肉に塗れた何かがいた。何かは、ミカゲの肉や内臓を掻き分け、姿を現す。それは、動画で見たものと同じ、怪獣の幼体の様な生物だった。
俺がその姿を確認した瞬間、怪獣の全身は炎に包まれた。
「テラ、バリアを閉じろ!」
それに従って閉じたバリアは、次の瞬間ひび割れ、弾き飛ばされた。
「うおっ!?……ぐ……お、おあ……」
爆風と衝撃に吹き飛ばされ、ソルと共に、地面に打ち付けられる。
痛みに呻く俺たちが目にしたのは、ショッピングモールの時と同等……いや、それを超える巨大な怪獣だった。
「……」
真の驚愕や絶望の前には、声など出ないのだと初めて知った。
驚くほどに静まり返っている。
周囲では、俺たちと同様、吹き飛ばされた人々が倒れていたり、怪獣を見ていた。誰もが何も言わず、動きもしない。
「……イツキ!黒尺!」
一足先に我に返ったソルが、横の俺を確認するなり、2人の名前を呼んで走り出した。
ハッと我に返った俺の頭に、その瞬間、最悪の想像が過る。
怪獣の足元では、家屋が何件も潰れている。怪獣の下敷きになった人々もいただろう。
「まさか……イツキ、黒尺先生」
「ちょっとお二人とも!何なんですかあれは!」
ソルがピタリと立ち止まる。振り返ると、イツキが地面に倒れており、車椅子が横転していた。
その斜め後ろ辺りで、黒尺が呻いて立ち上がっている。女の子やハンガー達は、その後ろで気絶している様だった。
イツキは腕で車椅子を手繰り、まっすぐに立て直すと、ずるずると乗っかった。そうして、ひしゃげた車輪を回し、よたよたと近づいて来る。
「ミカゲの死体は焼いたんでしょ?死んでましたよね?あれ……何で……」
「知るか」
ソルは吐き捨てる様に言い、怪獣を睨む。
「いや、俺たちはその、焼こうとして……焼こうとしたら、あれが中から出てきて、それで」
「ミカゲの、人間の部分だけが亡くなったのかもしれない」
動揺する俺に続き、黒尺が呟く。
ソルは眉を寄せた。
「……いずれにせよ、あんなもの対処できない」
「いや、何とかして下さいよ、もう一度バリアで囲って燃やして……」
「ショッピングモールでは、バリアは破られ、火は怪獣を倒さずに燃え広がった」
「……でも……じゃあ、……だって……」
「無理だ」
青い顔のイツキに返しながら、ソルは怪獣の様子を伺っていた。
怪獣は、初めて世界を見たかの様に、周囲をゆっくりと見回している。生まれたばかりで、まだ頭が働いていないのか、ぼうっとした感じだ。
「出来るのは、あいつが動き始める前に逃げることだ。この場にいる中で、動ける人間だけで逃げたいところだが……」
「おい!あいつ、ヒ、ヒーローだろ!」
周囲を見回していたソルを指して、男が叫んだ。
目を見開いて眉を下げ、しかし口元は笑っている。絶望半分、そして恐らく怒りや混乱といった表情だ。
「ヒーローだ……おい、皆!ここにヒーローがいるぞ!」
「ヒーロー……?」
「あの顔!指名手配の!」
「そうだ、あの顔だ……」
男の声に、周囲からざわめきが起こる。皆こちらを見ている。喪失感で途方に暮れていた目が、感情を帯びてゆく。
「じゃあ、奴らがこの怪獣を……」
誰かの呟きに、周囲が一瞬静止した。
唸り声、低い呟きが聞こえる。こちらを向く目に、怒り、憎しみ、嫌悪、様々な感情が混ざり始める。
その目に混ざり、いくつかの銃口がこちらを向き始めた。
「ちょ、ちょっと、待ってくれ!俺たちは」
「俺たちを殺して、あの怪獣をどうする」
慌ててバリアを張った俺に続き、ソルが冷静に尋ねる。
銃を向ける男の1人が叫んだ。
「黙れ、お前らが元凶だろ!お前らを殺せば、あれも消えるんだろ!」
「怪獣は消えない。俺たちの死体と、暴れる怪獣を前に、ただ呆然として死にたいのか」
「そうですよ皆さん、無駄ですよ!それより、早くここから逃げた方がいいですよ!怪獣が動き出す前に、早く!」
イツキの言葉をかき消すように、男たちが喚き出した。
「うるさい!こいつらのせいで、俺たちの人生滅茶苦茶なんだよ!俺たちを苦しめて楽しいか!あんな怪物つくっておいて、炎だのバリアだの出す自分たちは、安全圏から高みの見物でもする気だったか!?」
「そうだ、怪獣をつくってたのがお前らだったら、今までも全部、ただのマッチポンプだろ!他人を犠牲に英雄面して、ヒーローショーは楽しかったか!?この化物どもが!」
ソルに表情がない。ただ真顔で、男たちの言葉を聞いている。
周囲の怒鳴り声、喚き声を聞きながら、顎をのけ反らせ、息を吸った。
「ふざけるな……」
低い声で呟く。周囲に響く「HANG THE HERO」の声が、近くから消えてゆき、遂に止まる。
静寂の中、ソルは急に怒鳴り始めた。
「俺たちを苦しめて楽しかったのは、お前たちの方だろう!?怪獣と戦う俺たちの、ルナの姿を、コンテンツとして消費した!テレビで、動画で、コメントで、安全圏から高みの見物で!散々そうしておきながら、一たび被害が出ると、ヒーローが悪い、ヒーローを吊るせだと!?ならばなぜ俺が、バリアもテープも抜きで、まともに向き合おうと言った時に動かなかった?お前たちの家族が殺されたなら、人生が滅茶苦茶にされたなら、このヒーロー・ソルの心臓を撃ち抜いて報いてやれば良かっただろう!俺の炎が怖かったか?撃つ前に殺されるとビビったのか?そんな生半可な覚悟で、ヒーローを吊るせと叫んでいたのか?自分たちは危険な目には逢いたくない、誰かがこいつを吊るしてくれればと?安全圏から高みの見物はどちらだ!」
一呼吸置き、「化物」と低く呟く。
「好きで化物に生まれたと思うか!?好きで怪獣なんぞつくって、戦っていたと思うのか?生まれる前から娯楽として消費されるのが決まっていた俺たち自身が、楽しかったと思うのか!?自分の財産を持ち、好きな時に好きなものを食べて、映画館で好きな映画を見て、本屋で好きな本を買って、学校へ行って勉強ができる、こんな贅沢なお前たちの人生よりも楽しかったと、本気で思うのか?他人が怪物と戦っている時に、安全圏からそれを眺め、好きなことを言っていられる、呑気で平和な人生よりもか!?」
叫び喚いていたソルの頬が殴られた。左向きになった首を戻し、呆然と頬を触る。
その横で、弾切れの散弾銃を逆さに構えたイツキが怒鳴った。
「いい加減にしろ、こんな時に駄々をこねるな!今はそんなこと言ってる場合じゃないでしょう!?文句なら後で聞きますから、今は避難が最優先でしょうが!……テラさん、バリアで道をつくって下さい。それに沿って皆を誘導……」
轟音が轟く。目の前で建物が崩れ、瓦礫に人々が飲み込まれた。
見上げると、怪獣が尻尾や手足を振り回し、暴れまくっていた。
「……終わった」
イツキが呟き、銃を取り落とす。
俺はせめてもの足掻きで、怪獣を囲むバリアを張ったが、一瞬のうちに砕かれてしまった。
ガラス片の様なバリアの欠片が、瓦礫に降り注ぐ。俺もソルも黒尺も、その破片を無言で見つめていた。
周囲は砕かれたバリアに一瞬どよめき、それから沈黙している。
イツキは両手で頭を抱え、そのまま髪をぐしゃぐしゃにして頭を振り回す。ピタッと止まると、何を思ったか、車椅子の片方の車輪を掴み、ぐるぐると回って癇癪を起したように叫び出した。
「……あああああ!もうダメだ!死んだ!死んだ!死んだ!」
突如、周囲の人々が弾かれたように走り出した。
我先に、怪獣と反対方向へ逃れようと、崩れた建物や瓦礫に阻まれながら、人々の塊が蠢いている。
その一部が、飛んできた瓦礫に潰された。
瓦礫が貫通して穴だらけのバリアに、俺は足の力が抜け、へたり込んでしまった。
「……死んだ?」
イツキが狼狽をあらわに呟く。逃走する人々、上半身が吹き飛んだ人、潰された人、潰れた肉を見ている。
「え……そ……う、あれ、本当に、これ」
「イツキ、退け」
ソルの炎で軌道が逸れ、すれすれを通過した瓦礫に、呼吸が止まる。
俺のバリアでも防げないが、何もないよりはマシだろうと判断したソルと黒尺に連れられ、ひとまず建物の陰に隠れた。
「……そういえば、ソル君たちを呼んだ理由を話していなかったね」
「……おじいちゃん?何言ってるの、こんな時に」
イツキが呆然と黒尺を見るが、黒尺は、ソルに目を向けていた。
「実は、私の家の地下に、先代ヒーローであったコスモがいる。死にかけた彼を治療して、匿っていたんだ。彼を、君たちに会わせたかった」
「何?」
「彼は……遺伝子上、君たちの父親だ。詳細は省くが、ソル君、テラ君、ハヅキとイツキは異母兄弟になる。彼は私の娘と結婚し、ハヅキとイツキが生まれたんだ」
「ハヅキと、イツキ?血は繋がってなかったんじゃ」
「テラ、お前まだそんなこと信じていたのか」
呆れた様に呟き、ソルは黒尺に応える。
「その話は不要だ。ミカゲから聞いた」
「何?……そうか」
「あれ、じゃあ今コスモさんって……大丈夫かな、助けに行った方が」
言いかけたとき、元ミカゲの怪獣の足が吹き飛んだ。
片足、膝下あたりが宙を舞い、周囲の家々に肉片が降り注ぐ。
「ギィヤァアッ」と怪獣の叫び声が轟く。その声が収まらないうちに、今度は怪獣の腕が裂け、血があふれ出した。
流れ出る血が、地面に着くその瞬間、血が跳ね返って怪獣の身体を貫通する。
「何……え、爆弾?」
「……今のうちに逃げるぞ。なるべく遠くへ」
「いや……その必要はない」
慌てる俺とソルを宥めながら、黒尺は怪獣の方を見ている。
バランスを崩し、地面に倒れかけた怪獣の腹部が、吹き飛んだ。噴火のマグマの様に、弾け飛ぶ血肉の中から、何かが這い上がってくる。
ミカゲの腹から、怪獣が出てきたのを思い出し、構えてバリアを張る。
しかし、バリア越しに見えたのは、血に塗れた人間の男だった。ミカゲではない。
男は、怪獣の腹から這い出し、背中を歩いて怪獣の頭に向かう。地面に降りると、怪獣の顔を見上げた。
怪獣は男を見下ろし、目を見開くと、何秒か停止した後、静かに目を閉じた。
怪獣を見上げ、男は腕を組み、何度か頷く。腕を解き、伸びをすると、怪獣の首めがけて拳を振るった。
怪獣の首は一直線に弾け、切断面を晒しながら、数メートル転がって停止した。
「……」
怪獣の死体を、ぽかんと見つめる、俺、ソル、イツキ。
その横を通り抜け、黒尺は血まみれの男に近づいてゆく。男は怪獣を確認していたが、黒尺に気付くと、驚いたような仕草をし、走り寄ろうとして、バリアに激突した。
「……あ、そうか!ごめんなさい!」
しかし、俺が解除するより早く、男はバリアを割って出てきた。
ソルと顔を見合わせ、互いに思わず苦笑いを浮かべてしまった。
黒尺と男は、二言三言なにか話している。黒尺の手招きに応じて、俺たち3人は恐る恐る怪獣の方へ向かった。
「もう分かっていると思うが、彼が先代ヒーロー・コスモだ」
「あ、その、こんにちは。初めまして」
俺の挨拶に頷き、血まみれの笑顔で、血みどろの手を差し出す。少し躊躇ったが、手を取ると、予想以上の力で握手された。
「ええっと……ありがとうございました、怪獣倒して頂いて……その、凄いですね」
「ん、そうか?まあデカい怪獣だったけどな」
平然と返すコスモに、もはや呆れて笑ってしまう。
だが、後ろのソルとイツキは、表情を動かさず、黙ってコスモを見つめていた。
「あれ、そういや俺ヘルメット無いな。大丈夫かな。君たち、俺がコスモってのは秘密な」
俺たち3人に向かい、また笑って見せた。表情や口調がルナの様だ。
「いつもだと、迎えがそこら辺に来るんだけどな。今回は遅いな」
「今は……少し事情があるんだ」
黒尺の言葉に、ふうん、とあいまいに頷く。
「じゃあそれまでに……黒尺先生、カエデさんの墓参りに行かせてください」
「え、その状態でですか?」
イツキが指摘した血だらけの姿に気付き、コスモは頭を抱えた。
「そっか、これじゃカエデさん、また怖がっちゃうもんな」
「地下にシャワー室と着替えがあっただろう。ここで待っているから」
「そんなのあったんですか」
「ああ……ぜひ着替えて来て下さい、コスモさん。うん、シャワー室あったよね、おじいちゃん!」
続き
第5話
前の話:第1話
前の話:第2話
前の話:第3話
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