【創作大賞2024 ファンタジー小説部門】 HANG THE HERO 第3話(全5話)
*
怪獣退治の経験値が、まっさらになった様だった。
「……ごめん」
「いや~、大丈夫だって!調子悪い時だってあるだろ」
怪獣退治の疑似戦闘で、俺は最近ミスの連発だった。適切なタイミングでバリアが出せない。出したバリアがすぐに壊れる。
バリアを出すとき、『怪獣の素は……恐らく人間』というソルの言葉を思い出してしまう。精神面がこれほど影響するとは、初めての経験だ。
「本番で出来りゃいいんだから、な」
対して、俺を励ますルナは、俺より辛いだろうに、いつも通りの成績だ。
その横で、ソルは、黒尺がスマホと呼んでいたものを見つめていた。黒尺に貰って以来、スマホに夢中で、四六時中離そうとしない。
昨日まではいつも通り安定した成績だったソルだが、先ほどの疑似戦闘では、俺の様にミスが多かった。
「話がある」
スマホから目を離し、ソルはこちらへ顔を向けた。顔色を見るに、やはり調子が悪そうだ。
「ん?何だ~、突然」
「……これを見」
言いかけたソルの言葉を遮り、警報が鳴りだす。怪獣発生の知らせだ。
これを受けると、俺たちは出動しなければならない。
ソルは舌打ちし、到着した出動の車を睨んだ。
*
人質状態の運転手は、銃口を突き付けられたような顔で、ソルに突き立てられた指を睨んでいる。ソルの言葉を聞き、その顔は更に強張った。
「そこのサービスエリアに車を停めろ。そうしたら両手を背中の後ろに組んで動くな。妙な動きをしたら殺す」
「……車の中で炎を出せば、君たちも焼け死ぬぞ」
「お前の口の中から燃やしてやるから心配ご無用だ」
「ソル、何言ってんだよ!」
怒りと驚きの混じった怒鳴り声を上げ、ルナはソルを取り押さえようと動く。
「俺を止めたらこいつを燃やす」
こちらに視線も向けずに発された言葉に、俺もルナも再び固まるしかなくなった。
「そ……んなこと、しねえだろ」
「俺は身体を押さえられても燃やせる。指から火を出すわけではないからな」
「ソル……どうしたんだ?俺たち、怪獣倒しに行くんだろ」
「お前の造った怪獣をな」
戸惑いを表していたルナの表情が固まる。目を見開き、「なんで……」と声を漏らし、口をパクパク開く。
「まあ、今は怪獣なんて出ていないが。俺たちをどこへ連れて行くつもりだった?」
斜め前で、ソルの言葉を聞いた運転手は顔を青くした。
錆びた歯車の様にぎこちなく振り向き、ルナ、俺、そしてソルの様子を伺っている。
「どういうことだ?」
問いかけた俺に、ソルは、黒尺がスマホと呼んでいたものの画面を向けた。
室内の映像らしい。3か月ほど前の日付が表示されている。
「うっ」ソルに殴られ、運転手は短く呻き、気を失った
。
「投稿サイトの動画だ。マスコミ経由のニュースと違い、個人が投稿した動画を見られる」
説明しながら、ソルは運転手を縛る。どうすべきか迷ったが、一旦映像に集中することにした。
薄暗い部屋の中、襖が薄ぼんやりと白く浮かび上がる。
その端の辺りで、手足を縛られ、猿轡を巻かれた女性が見えた。高齢の女性らしく、白髪交じりの頭髪は乱れ、細い腕がぐったり垂れている。
襖が開き、男が数人入ってきた。真ん中にいる若い男。ルナだ。
女性はルナを見て、ひどく驚いたようだ。上体を起こし、猿轡越しの呻き声しか出ていないが、何やら必死に訴えている。
ルナはその女性を確認し、酷く狼狽していた。後ろの男に何ごとか促される。
「でも、この人は」と何やら言いかけたが、遮られ、諦めた様だった。
女性に近づき、頭に手を置く。女性は途端に動きを止め、一瞬のち、身体を激しく痙攣させ始めた。
目を背けるルナの後ろで、男たちが女性の様子を確認している。猿轡の下から、白い糸のようなものが出てきた。次の瞬間、糸は女性の身体を繭の様に包み、小さくなってゆき、ルナの膝下で卵のようになっていた。卵がひび割れ、殻が剝がれてゆく。中から出てきたのは、俺たちが日頃対峙している怪獣の、幼体の様な生物だった。
ソルは呆然とする俺からスマホを取り上げた。
「お前の能力は、怪獣の回復無効化だと思っていたが」
気味が悪いほどの無表情だ。言われたルナは、青い顔で俯いている。
「数時間前からこの映像が出回っている。ニュースでは、『政府は一切関与しておらず、今回の事態も把握していない。事実関係を調査中。青年の正体は確認中』だそうだ」
そう言って、ソルは画像を見せてきた。
先ほどの映像からルナをアップにした画像(暗く画質も悪いが顔は判別できる)と、ヒーロー・ルナの写真が並んでおり、その下に箇条書きで文章が連なっている。
「一般人の方が優秀だな。青年の正体がわかったらしい。声紋・推定体長等が一致したそうだ」
ソルの言葉が頭に響く。眩暈がする。
「やってくれたな」
ソルは画像を一瞥し、舌打ちして、スマホをポケットにしまった。ルナは俯いたままだ。
「ともかく逃げるぞ。この車には発信機が付いている。ルナの顔が割れているのでリスクは高いが、ひとまず外に出る」
「……このまま迎えが来るのを待って、支持を仰いだら」
いいんじゃないか、と言いかけた俺の言葉を遮り、ソルはらしくない大声で吠えた。
「迎え?指示を仰ぐだと!?平和ボケもいい加減にしろ!この車に乗せられ、俺たちはどこへ連れて行かれるところだったと思う?そしてこうなった以上、奴らのやり方は予想がつく。どうせ……」
ピコン、とソルのポケットから音が鳴った。スマホを手に取ったソルは、口の端を吊り上げた。
「そら。こうきた」
向けられたスマホの画面には、俺・ルナ・ソルの写真と以下の文章が表示されていた。
『以下3名について、怪獣の生成及びその補助の主犯と認定。
国家転覆罪に相当。最重要テロリストとして指名手配。
見つけ次第通報あるいは確保のこと。生死問わず
※但し真ん中の青年のみ生け捕りが望ましい
懸賞金……』
*
「金が必要だと思っていたが」
眼前に軍隊のバリケード、上空に爆撃機。
炎の壁でバリケードを追い払い、銃弾や投下された爆弾を炎で吹き飛ばす。そうしながら、世間話の調子でソルは話し続ける。
「何とかなるものだな。結局盗むのが手っ取り早い」
盗んだ車のハンドルをきりながら、上空を見上げた。
「海外に逃げる。あの航空機を頂こう」
「……逃走資金が欲しかったのか?でも、あの時点では、何も……」
カジノでのソルの奇行を思い出していると、ルナと共に身体がドアへ叩きつけられた。
「ぐえっ!?」ルナが呻いて頭を持ち上げ、周囲を見回す。青い顔で俯いていたのが、爆風のショックで気が付いたらしい。
爆弾に煽られ、傾いた車体を反対方向へ旋回させながら、ソルは言葉を続ける。
「いずれヒーローをやめるつもりではいたからな。想定外の事実もあったが……まあ、やることは変わらない」
「ヒーローを……やめる?」
ルナが目を見開き、ソルに顔を向ける。
「ああ。怪獣の発生源を断ったうえで、ヒーローをやめて逃げるつもりだった。……実に好都合なことに、今の俺たちはもはやヒーローではない」
「ヒーローではない?」
「テラ、説明してやれ。スマホはそこだ」
スマホを持ち出そうとしたとき、ルナが前座席に噛みつき声を張り上げた。
「ヒーローをやめるなんて、良いわけないだろ!俺たちはヒーローじゃないと!ヒーローで、怪獣倒さないと駄目なんだよ!」
「ルナ、一旦落ち着いて」
「今の俺たちはテロリストだ。怪獣もいない。あれは俺たちを処分するための嘘だ」
「いるよ!まだいるだろ。怪獣倒さないと駄目だろ。だから、ヒーローじゃないと」
「ルナ!とりあえずこれ見てくれ」
俺がルナに画面を向けると、スマホが震え始めた。
見ると、画面に白い文字で「おじいちゃん」とあり、緑の丸と赤い丸の妙なマークが浮かんでいる。
何か壊したかと不安になっていると、ソルが声を掛けてきた。
「それは電話だ。なんて書いてある」
「あ、ええと、おじいちゃんって」
「緑の丸を押して、そのまま指を右に動かせ」
ソルの言う通りにすると、スマホから『もしもし』と声がした。ルナが「黒尺先生?」と呟く。
ソルが続ける。
「手が離せない。スピーカーにしろ」
「スピーカー?」
「右上の「スピーカー」と書いているマークを押せ。茶碗を横にしたようなやつだ」
押すと、黒尺の声が大きくなった。
『もしもし。皆聞こえるかい』
「こ、こんにちは。大丈夫です」
「何の用だ」
『すまない。君たちの状況は分かっているつもりだ。手短に済ませる。……ミカゲから電話がかかるかもしれないが、出るな。何を言われても聞くな。そして、難しいだろうが、何とか追手を巻いて私の家に来てくれ』
「そんな暇はない。お前が来い」
『君たちに……渡したいものがあって、悪いが、家から動かせないものなんだ』
「……承知した」
電話が切れた。
周囲の状況を見て、ソルは考えている様だった。
軍隊も航空機も、ソルが散々火で脅したせいか、かなり遠巻きになっている。
目線の先に住宅街が現れた。
「……考えなければ何とでもなるが」
「何を?」
俺の言葉は聞こえなかったのか、ソルは考え込んでいる。すると、再びスマホが震え始めた。
先ほどの緑の丸と赤い丸の画面に、白い文字で「ミカゲさん」とあった。
「ミカゲか?」
「あ、ああ」
「赤い丸を押せ」
「ミカゲさん……」
赤い丸を押そうとした俺から、ルナはスマホを奪い、緑の丸を動かした。
スマホを奪い返そうとしたが、スピーカーボタンに触れた瞬間に避けられた。
『もしもし。貴方が、黒尺先生の奥様のスマートフォンを持っていると伺いまして。ハヅキに代わっていただけますか』
「ミカゲさん、俺です」
「おい、ルナ」
『ああ、ちょうど良かった。ハヅキ、助けて下さい。屋敷に来てください』
「助け?何かあったんですか?」
スマホを取り上げようとする俺を避け、ルナは腕を助手席側へ伸ばした。
『屋敷にハンガー達が詰めかけているのです。皆非常に興奮しており、暴力的に暴れまわっています。家族が危険です。皆を助けて下さい。……ヒーローとして』
「行くかボケ」
ソルが横から腕を伸ばし、スマホの赤い丸を押した。
「見え見えの罠だな。テラ、バリアは使えそうか?あの航空機が欲しい。そして、追手の奴らを巻きたい。多少強引だが」
「屋敷に行く」
言葉を遮ったルナを、ソルはちらりと見やった。
「行かない。お前たちは、航空機に乗って国外へ逃げろ。一旦、西へ2時間ほど飛行を続ければ」
「屋敷に行く!」
ソルはため息を吐いた。
「では俺を殴って命令でもしてみろ。教義に反するがな」
「……俺は、教義を守る。教義では、人を殴ったり、傷つけちゃいけないんだ……」
低い声で呟くと、ルナはソルの方へ手を伸ばし、首を掴んで締め始めた。
振り向いたソルの目が見開かれ、開いた口から呻き声が漏れる。
俺は慌ててルナの腕を剥がそうとしたり、ルナを殴って止めようとするが、俺の力ではびくともしない。
車はあらぬ方向へ曲がり、揺れながら進み続けている。俺はそれどころではなく、ルナの髪を毟る覚悟で引っ張ったり、腕や手に噛みついて、なんとかソルから引き離そうとしていた。
ソルの首がカクンと曲がる。その瞬間、急左折した車体が、道路横のコンクリートの壁に突進した。
激突直前に気付き、咄嗟に湾曲型のバリアを出す。俺のバリアに沿って、車体は正面へ向き直り、まっすぐ走り出した。
その間に、ルナはソルの身体を助手席へずらし、運転席へと移動していた。
「ソル!」
ぐったりとして、頭と腕が垂れ下がったソルに青褪めてしまう。恐る恐る確認すると、呼吸はしており、脈拍もあった。気絶している様だ。
頬を軽く叩いてみるが、起きる気配がない。
「ルナお前、何してんだ!ふざけんなよ!」
怒りに任せて怒鳴るが、ハンドルを握るルナには届いていない様だった。
脅しの炎がなくなったせいか、軍隊と爆撃機は距離を詰めだす。
そんな彼らが視界に入っていないかの様に、ルナはただ一点を見つめて車を走らせ続けている。爆弾を避けようともせず、バリケードのど真ん中に車体を突撃させた。
「ルナ!クソッ」
軍隊のバリケードをバリアで囲み、車が通る真ん中だけ持ち上げた瞬間に、車体がすれすれを通過した。
そのバリアを解除し、今度は俺たちの車体を中心としてドーム状のバリアを作り、広げてゆく。バリアの外側に触れた傍から、植樹や信号機が折れ、コンクリートの壁が粉砕される。それらの瓦礫がバリアの端に溜まり、バリアが広がるにつれて積みあがってゆく。
迫る瓦礫に恐れをなしたのか、軍隊や爆撃機は、バリアに押し出されながら撤退した様だった。
その隙に、俺は再びソルの頬を叩いたり身体を揺らしたりする。
「ソル、ソル!」
続けていると、ソルは僅かに身体を痙攣させた。
僅かに呻き、ゆっくりと頭を持ち上げると、激しく咳込み始めた。
「ソル!……ソル、喋らなくていい。とりあえず聞いてくれ。今は……ルナが運転してる。追手はこのまま巻く。屋敷に向かってるから、そのまま黒尺先生の家に行く」
遠ざかる軍隊と航空機すべてを見届け、俺はゆっくりとバリアを縮めてゆく。それにつれ、瓦礫がバリアに被さっていった。
ちょうど瓦礫が覆い被さり、俺たちの車が外から隠れたのを確認し、バリアの端を持ち上げてゆく。横の景色や進路が確認できるようになったとき、眼前に住宅街が迫っていた。
少し悩んだが、俺はそのまま瓦礫を乗せたバリアを住宅街の上空に移動させ、ドーム状に囲った。この前観た海外ドラマの様な状況だ。
瓦礫に覆われ、街は夜の様に暗くなった。
外を歩いていた人々、何事かと窓を覗いた人々は、上空に瓦礫が滞在する異常な状態に、暫く呆気にとられている様だった。
状況を理解し始めたのか、次第に、ざわめきと恐怖の声が広がってゆく。混乱と闇のお陰か、俺たち元ヒーローのテロリストが街中にいるのは、今のところ気付かれていない様だ。
ソルはのどが詰まってまだ喋れないらしいが、戸惑ったような目を向けてきた。
無関係な街の人には申し訳ないが、これで軍も航空機もマスコミやらも追ってこられないだろう。黒尺の所へ行くまでの時間稼ぎにはなる筈だ。
頭上の恐怖から逃れようと、外の人々は、我先に建物の中へ避難を始めていた。
人がほぼいなくなった街中で、ルナは車を走らせ続ける。
車のライトが数人の人々を照らし出す。まずい、と思った瞬間、ルナは車のブレーキを踏みつけ、ヒーローのヘルメットを手に取ると、ドアを開けて走り出て行った。車は人々の目の前で止まった。
その人々は、建物を囲っている様だった。視線の先に、和風の屋敷が見えた。ミカゲの屋敷に着いたのだ。
「ソル、黒尺先生の家に行ってくる」
ソルは俺に答えようとして口を開くが、苦し気に眉を寄せ、咳込んでしまった。
「無理しなくていい。俺が行ってくるから、ここで待っててくれ」
そう言って車のドアを開けると、外から男が覗いていた。ギクッとしたが、よく見ると、黒尺だった。
「君たちの車だと思ったので……ハヅキは」
言いかけ、屋敷を見る。ため息をつき、僅かに首を振った。
「黒尺先生、ソルを診て下さい。その……首を絞められて」
「何?」
黒尺は眉をしかめる。ソルは逡巡した後、助手席の窓を開けた。黒尺がソルの元へ近づいた瞬間、周囲からざわめきが起きる。
悲鳴の方を見やり、俺たち3人は目を見開いて固まった。
屋敷が燃えていた。
*
身体中が燃えるように痛い。
「ルナ!どこだ!戻れ!」
燃える屋敷に突入し、俺はルナを呼んで叫んだ。が、煙と炎で覆われた光景に、息が詰まる。
ショッピングモールを思い出した。
せめてもの保護に、スーツを身に着けてヘルメットを被って来たが、中に吐いてしまいそうだ。
ルナは見当たらない。一旦出て、外から火消しに回ろう。そう思い玄関に向かったとき、足元に影が見えた。
「ルナが、いるの?」
ミカゲに連れられて屋敷に行った際、ルナがハヅキに似ている、と言っていた男の子だ。
男の子は俺の足にしがみつき、煙に苦しみながらも、嬉しそうに笑った。
「ゲホッ、やっぱり!……ハヅキは……」
俺は小型の酸素ボンベを取り出した。男の子につけるため、腰をかがめる。その瞬間、後頭部に衝撃を受けた。何が起きたか分からないまま、後頭部に痛みが襲い、視界が揺らぐ。膝を付き、床に倒れる。すると、その背後から、複数人の声が聞こえてきた。
「噂は本当だったな。この屋敷にヒーローが来ると」
「信者どもはクソの役にも立たなかったがな」
「この野郎、よくも抜け抜けと……こいつらが怪獣をつくってやがった」
「ルナとソルはどこだ?一緒にぶち殺してやる」
どうやら、この屋敷にはハンガー達が集まっていたらしい。立ち上がろうとするが、再び鉄のこん棒で殴られた。ヘルメットに亀裂が走り、身体は蹴られ、スーツが破れる。身体中に痛みが走り、呻くことしかできない。
男の子は驚愕の悲鳴をあげ、泣いて俺に縋ろうと(守ろうとしてくれたのかもしれない)するが、誰かが背後から抱き上げて制止していた。
そのとき、男の子に差し出していた酸素ボンベが転がり、廊下の壁に当たって割れた。ガスがシューシューと漏れ出す。
その間にも、俺への攻撃は続いていた。ハンガーたちは満足そうに笑っている。
歪み、ぼやける視界に、割れたボンベと、傍で燃え上がる炎が飛び込む。ハンガー達の背後で、ボンベのガスに煽られ、火が大きくなってゆく。まずい、せめて男の子だけでも逃がしたい。
立ち上がろうと呻くが、頭を持ち上げると、目の前がぐらぐらと揺れだした。
「こいつ、まだ生きてるぞ!」
「ねえ……ねえ、火が回ってきたよ」
ようやく状況に気付いたらしいハンガー達の騒ぎが耳に入るが、俺は男の子を助けるどころか、もはや気を失わない様にするのが精一杯だった。
いけない。俺が気絶したり、死ぬわけにはいかない。外の状況が分かっているのか?あれを何とかしろ。
そう思いながらもう動かない身体と頭に、ヘルメットから微かな声が伝わってきた。
細切れだが、ルナの声だ。
(俺も……父さんと同じだ)
消える直前の灯の様な、か細い思念が、雑音に紛れ始めた。
(でも、怪獣は)
*
怪獣の様だ、とぼうっと思った。ぼやけた大きな塊が、こちらに迫っている。
「助けろ!お前の孫だろ!……俺の、弟だぞ!」周囲の声がエコーとなり、頭にガンガン響く。全身が痛い。力尽き、目を閉じた。
再び目を開いたとき、今度は、はっきりと数人の人影が見えた。そのうちの1人が、俺の視線に気付き、こちらに小走りで寄ってくる。
「動かなくていい。俺が分かるか?まだ痛むか」
「だい……大丈夫、かな」
俺の返事に、ソルは緊張に満ちた表情をいくらか綻ばせた。
「あまり喋るな。手当てはしたが、まだ危険だ。休んでいろ」
まだ動けそうにないので、お言葉に甘えて寝ていることにする。
見回すと、救急室らしき部屋のベッドに寝かされ、黒尺とイツキが遠巻きで様子を見ているのが分かった。
ハッと気が付き、窓の外へ首を向ける。
「危ない。おい、大丈夫だ」
ソルに何か言われたが、それどころではない。俺が気絶してしまった際、街を覆っていたバリアが解かれた筈だ。そして、街中に瓦礫が降り注いだ筈だ。なんてことをしてしまったのか。
青褪めた俺は、動かない身体にムチ打ちながら、窓の外を覗き込んだ。だが、夕方の明かりに照らされた窓の外には、瓦礫は特に見当たらなかった。
「安心しろ。降ってきた瓦礫は、俺が吹き飛ばした。……そのうち一部は、偶然にもヒーローの運営組織に降り注いだ様だがな」
口の端を吊り上げるソルに若干背筋は凍るが、とりあえず俺の瓦礫に、無関係の人を巻き込まずには済んだようだ。
「ありがとう」とソルに言おうとするが、「喋るな。休んでいろ」とベッドに戻されてしまった。
寝転がった拍子に、後頭部に軽く衝撃が走る。屋敷内で殴られたのが、まだ痛むらしい。屋敷……そういえば、とソルに顔を向ける。
「ルナは?大丈夫だったか?」
口を開きかけ、ソルは一瞬動きを止める。眉根を寄せ、口元を引き結び、俯いて口元を触った。そんな表情は初めて見る。
戸惑う俺に、黒尺が近づいてきた。ルナのヘルメットを持っている。
「……あの子は、亡くなったよ。……君たちは、何があっても、あの子を見放さずにいてくれた。……ありがとう」
「亡、くな……?……え……?」
告げられた言葉の意味が、一瞬理解できない。呼吸が止まる。黒尺に抱かれた、ルナのヘルメットに視線を落とす。
屋敷へ助けに行ったものの、ルナなら、あの火事でも無事に戻ってくる筈だった。何人か救助して来て、何だかんだで火を消して、それから俺たちと話してくれると思っていた。怪獣だとか、ヒーローだとか……色々なことを。
「……これを見るかは、君に任せよう」
そう言うと、黒尺は、ヘルメットを手渡してきた。
「そのヘルメットに、屋敷内での出来事が記録されている」
息をのむ俺から、黒尺はヘルメットを取り上げる。俺の伸ばした腕をとって、宥めながら言った。
「まずはゆっくり身体を治そう。それから……あの子の墓参りに行ってやってくれ」
*
ルナの墓参りの後、屋敷の跡地に寄った。
屋敷の中庭だった場所には、コスモの銅像があった筈だ。この、燃え朽ちた、黒い大きな石がそれなのだろう。
足元に、銅像の破片らしき、小さな黒い塊があった。拾ってみると、薬莢だった。
「見るな。こんなもの」
ソルは、青い顔の俺から薬莢を取り上げ、放り投げた。
薬莢はまっすぐ、ミカゲの立っていたところ、頭があった位置を過ぎ、柱だった炭の塊に当たって落ちた。
*
ルナのヘルメットの録画記録
(柱に身を潜めているルナ。ヘルメットを被っており、さきほどまで走っていたせいか、息が荒い。その呼吸音に混じって、襖越しに会話が聞こえてくる)
「いいから、ヒーローを出せ!ここにいるんだろ!」
「……せっかく訪ねて頂いたところ、申し訳ありませんが、今は食事中です。時間を改めて、再度お越し願えますか」
(ハンガー達とミカゲが話している様だ)
「はあ!?何だお前」
「今は食事の時間です。食事は大事な行為です。食事は感謝です。お手数で申し訳ありませんが、食事が終わってから、ご要件をお伺いしましょう」
「ふざけんじゃねえ!てめえら、ダラダラダラダラ、いつまでも飯ばっか食ってんなよ」
(食器の割れる音)
「……食事は感謝、感謝、そう感謝が大事なんだ私たちは」
(信者の誰かが呟いているらしい。声が震えている)
「へえ、あんたらは感謝してるのか?ヒーローに?怪獣製造人間に?」
「……」
「ああ、そうか。おい、実際、どんな気分なんだ?カルトに嵌るほど信じたものに裏切られた気分は」
「……やめてくれ」
(ミカゲではない、複数の信者の声)
「祈って、感謝していた偶像が、自分たちを苦しめる元凶だったのは?」
「お願い、やめて」
「お前らの愛するヒーロー様が、怪獣を創っていたんだ。お前らは怪獣の素にされるんだ。良かったなあ、大好きなヒーロー様のお役に立てるなんて!」
(複数の食器の割れる音、椅子や人が倒れたような大きな音)
「やめてくれえええええ!私たちは争いたくない、何も責めたくない!もう帰ってくれ、私たちを放っておいてくれ!お前たちの目当てはヒーロー・ルナだろう!ルナはハヅキという青年だ、ここに来ている筈だ!探して去れ!もう、とっとと、一緒に去ってくれ!」
「皆さん、お静かに。食事中ですよ」
「おい、クソ食い意地教祖!ヒーロー・ルナはどこだ」
「おや、失敬な。何も私は、食い意地で食事を続けているわけではありません。食事とは、身体と精神の」
「ヒーロー・ルナを呼べ!」
「ごちそうさまでした。ハヅキ、もう宜しい」
(ルナ、動きだす。)
(襖を開けると、食べ物やら食器が散乱しており、数人の信者らしき人々が倒れている。座っていた信者数人が、こちらを見て顔を引きつらせる。ハンガーが殺気立った視線を向ける。)
「皆、ごめん。すぐに来た方がいいかとも思ったんだけど、食事を邪魔するのは、教義に反するから……」
「結構ですよ、ハヅキ。貴方は正しい」
「何が正しいだ、ふざけるな!」
「おいヒーロー。ヘルメットを取って両手を挙げろ。抵抗したらその度にこいつらを殴る。大人しくしてろよ」
(映像の目線が下がる。ヘルメットを外したらしい。)
「……ミカゲさん、皆、聞いてくれ!皆の不満は受け止めるし、罰もちゃんと受ける。でも、俺達に、ヒーローをやらせてくれ!怪獣を倒させてくれ!それで、見ててくれたら分かるはずだ、俺だけが怪獣を」
「うるせえ!誰が喋っていいと言った」
(ハンガーの男が吠え、目の前のミカゲを鉄のこん棒で殴る。
ミカゲは自身の頭を庇う。腕から鈍い音がする。二の腕の真ん中あたりから先がほぼ直角に垂れ下がっている。
信者たちがヒッと短く悲鳴を上げる。ハンガー達が一瞬動きを止める。男は腕を見つめ、薄ら汗を拭き出す。)
「随分と乱暴ですね。ただの暴力は無為ですよ。なので、教義では人を殴ったり傷つけることは禁止なのです。やれやれ。これでは不便ですね」
(ミカゲは平然と話し、腕を下ろして何度か撫でる。)
「ハヅキ……いえ、ヒーロー・ルナとお呼びするべきでしょうか。貴方のヒーローを続けたい思いは大変宜しいのですが、他の2名はどうでした?」
(ミカゲ腕を上げる。さきほど折れていた筈の二の腕が、まっすぐ上がっている。信者、ハンガー達は呆気に取られている。)
「2人、は……でも、説得します!俺、ソルとテラと一緒に、まだヒーローやりたいから」
「その必要はありません。その2名はもはや不要です。逃亡を図る・確固たる意志を持たない。残念ですが……ヒーローとして、相応しい態度ではありませんでしたね」
「え?……ちょ、ちょっと、待って下さい!ソルもテラもヒーローですよ!ちゃんとヒーローだったでしょ!?」
「貴方は名を変え、活動を続けなさい。ソルとテラは処分しましょう」
「何……でそんなこと、ミカゲさんが決めるんですか」
「ある種の権限があるのですよ。まあ、貴方が気にすることではありません」
(会話を聞きながら、信者もハンガーも、血の気が引いていたり、表情が引きつったりしている。嫌な予感がするのだろう。)
「……ああああクソ!クソ!クソ!何なんだよ!ヒーローも、てめえも、黒幕か!?」
(ハンガーの1人が叫び、ミカゲの頭に発砲。銃弾はミカゲの頭を貫通、食卓テーブルに刺さり、溢れた血に紛れる。その銃弾に頭を被せる様に、ミカゲも倒れる。)
「お前もすぐ殺してや」
(何かがハンガーの頭を貫通。ハンガー床に倒れ、動かなくなる。その後ろで、ミカゲが、小さなものを投げた姿勢をとっている。伸びた指の先は、さきほど倒れたハンガーの頭があった位置に向かっている。)
(どこからともなく悲鳴)
「皆さんお静かに。私は先ほど申し上げましたよ。ただの暴力で、人を殴ったり傷つけることは無為なのです。やるのであれば、この様に仕留めねば」
「やめ、やめて下さい!ミカゲさん!」
「ああ、貴方の新たな名については、追ってご連絡差し上げます。今日の所は、帰っていただいて構いません」
「嫌です!俺、は……あの2人とじゃないと嫌です。3人でヒーローをやりたいです。俺たち3人じゃないと、意味が」
「意味?」
(ミカゲ、動きを止める。ゆっくりとルナに顔を向ける)
「貴方は、ヒーロー活動それ自体に意味を見出してはいないと?仲良し3人組での、お仲間活動の方が大事だと?」
「……はい。俺は、ヒーローを、3人でやることが大事なんです」
(ミカゲの表情から、澄ましたような笑みが消える。)
「否定しなさい。今すぐに否定して、その証を見せなさい。あの2人を処分しなさい。何のことはありません。あなたが兄弟たちや、おばあ様にしたこと。同じことをもう2回するだけですよ」
(映像が振動で乱れる。)
「嫌、い……嫌だ!」
「……そうですか。……そうですか、残念です。ええ、非常に」
(ミカゲ、銃を取り出す。ルナの頭部に発砲。)
(ヘルメットが落下し、床に落ちる。ミカゲの足元が映る。崩れたルナの膝が映る。生体反応のピコピコ音が鳴りはじめる。更に数発の発砲音。映像が血に塗れてゆく。ピコピコ音が消える。)
(血で映像が覆われている。雑音に紛れて、音のみ聞こえる。)
「ヒーロー・ソル、テラは、その名に相応しい者ではなかった!そして、ヒーロー・ルナは誤った!どちらも真のヒーローではなかった!」
(雑音)
「しかし、我々にはコスモ様がいらっしゃる!唯一絶対の正義のヒーロー、コスモ様を信じましょう。コスモ様に感謝を捧げましょう」
(雑音に混ざり、しばしの沈黙)
「そ……そうだ、コスモ様がいらっしゃる!」
「ヒーローに感謝を!」
「ヒーロー・コスモ!ヒーロー・コスモ!」
「……おい、ずらかるぞ」
「ああ。あの教祖、絶対ヤバい」
「あいつらよくやるぜ。アホ臭え」
「おい、何だ……何か、本当に臭くないか?」
「……ガソリン?」
「ヒィイロォどもぉおおおお」
(やや遠くかららしき叫び声)
「娘は、娘は燃やされたんだ!お前らの火のせいで!お前らのつくった怪獣のせいで!燃やしてやる、糞野郎ども!娘の苦しみを味わえ!」
(血に塗れた映像がより赤く染まる)
*
(暗転)
何かの映像が細切れで再生される。一瞬ずつで短すぎるため、映像内の音声や、場面についてはあまり判別がつかない
(男が映る。子供の目線の様だ。男に抱きしめられている。男は何事か喚いている。)
(冷凍庫のようなものを見ている。凍った、棒状の物が幾つか見える。黒尺が何やら話している)
(小さな手。その手を取られた。ミカゲだ。顔も背格好も変わっていない。何か話している。背後には信者たち?)
(男の子が笑っている。足が不自由なのか、腕を使って床を移動している。小さなヒーロースーツを着ている。写真で見た幼いイツキに似ている。その後ろで、今より若い頃の黒尺らしき男性と、女性が少し慌てている。動画で見た、怪獣にされた女性の面影がある。)
(子供がいる。縛られている。怯えた目でこちらを見ている。)
(俺とソルがいる。怪獣を見ている。ソルが何か話し、俺が頷いている。)
(手を差し伸べられた。見上げると、ヘルメットを被ったヒーローがいる。ヒーロー・コスモだ。)
(俺とソルがいる。楽しそうに話している。焼肉を食べている。)
(ショッピングモールが燃えている。)
(燃えている。)
*
(屋敷が燃えている。)
「……ナ、……ラ……応答し……」
(雑音混じりの声)
「……応答しろ!ルナ!テラ!」
(雑音が消え、声がはっきりと聞こえる。)
(映像が映る。ソルがこちらに向かって呼びかけている。ソルのヘルメットから送られている映像の様だ)
「クソ、やはり応答しない。俺も行く」
「待ちなさい、ソル君。2人に何かあったとすれば、君も危険だ」
「……ソルさん。気持ちは分かりますが、まず、あれをどうにかして下さい」
(黒尺とイツキが、ソルの背後から声を掛ける。ヘルメットが、イツキの指した頭上を映す。瓦礫を乗せたバリアが消えかけている。)
「あれは、テラが死……か、気を失いかけているということだ!ルナも応答しない。なおさら俺が行くしかないだろう。どのみち俺の能力では、あんな大量の瓦礫の処理は不可能だ」
「じゃあ、2人を助けたところで無駄じゃないですか!テラさんを助けても、気絶されたが最後、皆瓦礫に潰されて死にますよ!」
(イツキが取り乱した様子で、ソルに向かって叫んでいる。)
「大体何なんですかあんな上空に大量の瓦礫!追手を撒くって、もっとやり方はあったでしょ!?テラさん、あの人はまともそうに見えたのに!」
(申し訳ない)
「……ソル君。君は、自分の能力を、『炎を出す力』だと思っているかい」
「そうだ。……2人を放っておけない。屋敷へ行く」
「まあ待ちなさい、君が直接行く必要はない。なぜなら、君の能力は、恐らく『モノを動かす力』だからだ」
(黒尺の言葉に、ソルが訝しげに振り返る。上空のバリアが薄ら消えかけている。その傍から瓦礫の位置がずれ、音を立てる。周囲の悲鳴が聞こえる。)
「熱は原子や分子の運動から発生する、ということは勿論知っているね。炎を発生させるにあたり、君は能力で、原子・分子を振動させている筈だ。それは『モノを動かす力』ではないか?君は、自分の能力……自分のことを知らずに、戦わされていたのでは?」
「アホか?結論が性急すぎる。俺はモノを動かしたことなどない。炎は何度も出した。自分のことはよく分かっている」
「自分が、ルナとテラと血の繋がった兄弟であることも知っているかい」
(ソル、目を見開く。)
「怪獣の正体……元の人間は誰なのか知って」
「おじいちゃん!」
(イツキの悲鳴にも似た叫び。黒尺、言葉を止める。頭を振る。一拍置いて続ける。)
「……君は、自分のことを知らない。だから、能力の本質も知らないのではないかい。君の能力は、『モノを動かす力』だ」
(バリアが解け始める。上空の瓦礫がガタガタ鳴りだす。支えるバリアが消え、瓦礫が地面へ降り注ぐ)
「……、……あっ!?」
(瓦礫が空中に浮いている。飛ぶ瓦礫から熱が発生し、炎が尾を引いている。無数の彗星が頭上を飛んでいるように見える。
ソル、唖然とそれを見つめる。)
「……俺に、こんな力が……じゃあ、俺は、本当に、何も知らずに」
「おじいちゃん、ありがとう。間に合って良かった」
(イツキが小声で囁いた。ソルには聞こえていない様子だ。)
(ソル、ハッとした表情で、屋敷へ顔を向ける。屋敷の壁が剥がれ、屋根が浮く。中から、家具や、人が浮遊して運び出される。)
「……テラ!ルナ!」
(運び出された中に俺とルナを見つけたらしく、ソルが駆け寄る。ヘルメットが地面へ落下する。映像が乱れる。)
(黒尺がヘルメットを拾い、寄ってきた。イツキが横にいる。)
「おい、しっかりしろ」
(ソルが、俺とルナの頬を軽く叩く。黒尺が俺の腕をとって何か確認する。恐らく脈を診ている。ルナの腕をとり、表情が強張る。)
「テラ!ルナ!起きろ!」
「……テラ君は、急いで治療しよう。私の家の診療室まで運んでくれ。」
「……ああ。2人を運ぶ。案内しろ」
「ハヅキは……ハヅキは、診療室ではなく……」
「……2人を診療室まで運ぶ。案内しろ」
「……ハヅキは、安置所だ」
(イツキが息をのむ。ルナを見つめ、呆然と俯く。
ソル、眉根を寄せる。口元を引き結び、一瞬下を向き、黒尺に怒鳴る。)
「ふざけるな、縁起でもない!お前、医者だろ!治せ!」
「医者は……けがや病気はいくらか治せるが……生き返らせることは出来ない。」
「助けろ!お前の孫だろ!……俺の、弟だぞ!まだ助かるだろ!」
「ソルさん、兄さんがまだ助かるって、本当は思ってませんよね」
(イツキが平坦に呟く。ソルを見上げる。無表情だ。)
「屋敷から運び出した兄さんを見たとき、もう死んだって分かったんでしょ」
「は、……な、にを」
「僕の能力、『任意の対象者が心から信じたことを実現させる』力なんですよ。だから、ソルさんが本当に助かるって信じてたら、兄さんは本当に助かって、生き返ってるはずですよ。まだソルさんに僕の能力使ってるから。だから、ソルさん……」
(ソルの口からヒュッと息が漏れる。胸を押さえる。顔色が悪い。イツキは続けて言う。)
「ありがとう!ルナが、ヒーロー・ルナが助かるって、信じないでいてくれて!」
(ソルが青い顔のまま、しかし訝しげにイツキを見る。黒尺は目を伏せる。イツキは首をのけ反らせ、笑い始めた。)
「ヒーロー・ルナ!あの悪魔め!遂にくたばったか!」
(イツキが涙を流して笑っている。ソルは唖然とそれを見ている。)
(イツキ、ふと笑いを止め、真顔で空を見る。瓦礫が空中を飛んでいる。屋敷に目線を移し、ルナの遺体に目を落とす。)
「……信じたかったのに、兄さん……信じたかったのに……」
(俯き、すすり泣き始めた。)
続き
第4話
第5話
前の話:第1話
前の話:第2話
