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【創作大賞2024 ファンタジー小説部門】 HANG THE HERO 第1話(全5話)

あらすじ
謎の巨大生物、怪獣が発生する国。その中で、テラ、ソル、ルナはヒーローとして怪獣退治をしている。皆はそんなヒーローに感謝するが、様々な経緯から、一部の人々からは恨みを買っていた。
ある時、テラは火災事故に巻き込まれ、ヒーローを恨む人々から暴行を受ける。死にかけた彼の脳裏に、今までの記憶が走馬灯として過った。
記憶をたどるテラに明かされる、怪獣、そしてヒーローの真実とは。

肉の焦げる臭いがする。
周囲は煙と炎で覆われている。怒号と悲鳴が響く。
光が踊り狂っている。目がちかちかする。身体中が燃える様に痛い。
立ち上がろうと呻くが、頭を持ち上げると、目の前がぐらぐらと揺れだした。

「こいつ、まだ生きてるぞ!」
「ねえ……ねえ、火が回ってきたよ」
「糞野郎!止め刺して行くか」
「水、水、のど乾いた、熱い、ウエッ……」
「もういい、そんな奴放っとけ!何発殴った?凄え血だ!どうせ死ぬ」

俺の周囲から、引き摺る足音が遠ざかって行く。

「ルナ、助けて!」

子供のしゃくり上げる声。
一瞬静まり返った場に、低く鈍い音と、小さなものが倒れこむ音がした。

「このクソガキ、二度と言うな!」

男に殴られ、子供は泣いていた。その頭を掴み上げると、男は子供の背中を押し、扉の方へ促した。
扉は、脱出のために破壊されている様だ。

「あの野郎が来ても、こいつと同じ目に遭わせてやるだけだ。分かったら二度と言うなクソガキ!」

その瞬間、出口に近づいた人間を飲み込む様に、大量の炎が吹き付けた。
火事の際、外気から酸素が一気に供給され、爆発する様に燃え上がることがある。バック何とかいう現象だ。映画を見ていたとき、ソルが解説してくれた。

「やった。やると思っていた、こいつらは。ははは」

炎は、仕留めた獲物を踊り狂わせ、大口を開けて笑っている様だった。
映画と重なる光景に、手を叩いて笑うソルの姿が自然とよぎる。

「この馬鹿なカップル、喧嘩して二度と口きかないと言っていたな。良かったな、もう二度と口をきかなくて済む」
皮肉気な笑い声に続き、後ろからルナの「何か、焼肉食いたくなってきた」という呑気な言葉も聞こえてきた。

一瞬の爆発のはずなのに、スローモーションの様だ。大きな光の塊が近づいてくる。
頭の中で様々な声がガンガン響きだす。

「卑怯者!返せ、家族を返せ」
「俺が悪いのか?」

いけない。俺が気絶したり、死ぬわけにはいかない。外の状況が分かっているのか?あれを何とかしろ。
そう自分を鼓舞しようと試みるが、身体も頭も動かない。強い光が迫ってくるのをただ見ているだけだ。
まるで使えなくなった頭の中では、今まで聞いてきた言葉が反芻し続けている。

細切れの映像が再生され、形をとり始めた。
これが、走馬灯というやつか。頭の片隅で、ぼんやりとそう思ったとき、ヘルメットのヘッドホンから、微かな声が伝わってきた。
細切れだが、ルナの声だ。

(俺も……父さんと同じだ)

消える直前の灯の様な、か細い思念が、雑音に紛れ始めた。

(でも、怪獣は)


「先ほど海中より現れた怪獣は、海岸付近のビル数棟を倒した後、周囲の車や建物を踏み潰しながら市街地へ向かっております」

上空のヘリコプターから、ニュースの実況らしきアナウンサーの声が響いていた。

「体長は、前回現れた怪獣と同程度に見えます。瓦礫を尻尾で投げ飛ばし、巨大な体を揺らして咆哮しております……うあああっ!?」

飛ばされた瓦礫が、怪獣の咆哮に押し出され、ヘリコプターの回転翼に激突した。プロペラがちぎれ、地面に落ちて砕ける。
ヘリコプターの乗員は、血の気が引いた顔でそれを見つめた。
次の瞬間、プロペラを追うように、機体が落ちてゆく。
砕けたプロペラと自身の運命を重ねたのか、息を詰まらせた。

「は、……、……っあ、あ!?ああっ!」

予想された衝撃が来ないのだろう。恐る恐る開いた目に映ったものに、アナウンサーは安堵と喜びからか、目を潤ませた。
興奮と緊張で干上がっていた口から、言葉を絞り出す。

「ヒーローです!ヒーロー・ルナが、我々のヘリコプターを受け止めてくれました!」
「こんなとこであんま喋ると、舌噛むぜ~。テラ、よろしく!」

合図に従い、ルナの足元にバリアを張る。そのまま、足場を斜めにすると、ルナは機体を支えたまま、両足で滑り降りはじめた。
そこへ、怪獣の尻尾が飛ばした瓦礫のひとつが、ヘリコプターを捉えた。
ルナが振り向いたが、既に目の前に迫っている。
バリアは一度に1つしか出せない。間に合わない。
息をのんだ俺の目の先で、瓦礫は炎に吹き飛ばされた。

「放っておけと言っただろ」

ヘルメット内部のヘッドホンから、平坦な声がする。
声の主ソルは、瓦礫の飛んでいた場所に向けて指を突き出していた。

「ソル、センキュー!」

言いながら、ルナはグッと親指を突き出した。
ルナがヘリコプターを地面に降ろすと、アナウンサーやスタッフたちが、腰を抜かして呆然と這い出てきた。
それを一瞥し、ソルは呆れたように鼻を鳴らす。
救助した人たちの無事を確認すると、ルナと共に、怪獣に向かって走り出した。

「奴らは危険区域を飛行していた。何かあっても自己責任だ」
「まあそう言ってやるなよ~、熱くなっちゃったんだろ」
「だから俺たちの邪魔をしてもいいと?奴らの救助の間に、怪獣が暴れたら?より被害が広がったら、俺たちのポイントが」
「悪かったよ」

ソルの言葉を遮り、ルナは武器の刀を取り出した。俺の出した長方形のバリアと、中の怪獣を確認する。
閉じ込められた怪獣は、バリアに体当たりしたり瓦礫を飛ばして暴れているが、透明な壁はびくともしていない。
飛ばした瓦礫がバリアで跳ね返り、怪獣の右目を潰した。バリアの中から「ギャアッ」とくぐもった悲鳴が響く。

「マヌケな奴だな」

ソルの呆れ声につられ、怪獣を見ると、右目や身体の傷が段々と再生しているところだった。
それを見つめながら、ソルは舌打ちをした。

「やはり再生するのか。俺の炎でも殺せない……ルナが斬るしかないな」
「ああ。テラ、どっか開けてくれ!」
「おい、大雑把に動くのは止めろ。奴の動きから、あの怪獣に想定される弱点と、酸素消費量、それに伴うバリア内の滞在可能時間を算出した。ここから推奨される戦法をイメージで伝える」

ソルのイメージした映像が、頭の中に流れ出した。
脳内で浮かべたイメージ映像や音声が、ヘルメットを通して伝わってくる。便利な機能だ。

「だから、バリアの中入って怪獣倒すってことじゃん」
「テラ、任せたぞ」
「了解」
「おい~」
「お前のために、言葉や文章でなく映像で伝えたんだがな。怪獣を殺せるのが、唯一お前だけだからな」
「へいへい」

そう返しながら、ルナは怪獣に向かって走り出した。
戦略通りの足場付きバリアで怪獣を囲い直す、俺の背中越しに、ソルの声がルナの背を追って言う。

「毎回のことだが、ヘルメットで録画記録を撮っておけ。次回に向けての参考資料だ」

怪獣に向かいながら、ルナは答える。

「へいへい了解!じゃあ、こっから先は俺がやるから、手出し禁止な!」


「押さないで、こちらから先は立ち入り禁止です!」
「現場付近は危険です、離れて下さい!」
「うお~、凄えなあ」

ルナの指さす先では、祭りか何かのように人が集まり、楽し気に騒いでいた。
野次馬やら、ヒーローのファンが集まっているらしく、こちらに向かって笑顔で手を振っている。父親に肩車され、手にヒーローのグッズを持った子供たちもいる。

「ヒーロー、ありがとう!」
「かっこいい~!」

感謝や応援に気をよくしたルナは、ファンへ向かってピースして見せた。

「いえーい、センキュ!」

マイクを外向けにしたルナの声に応じ、声援はさらに高まる。
そこへ、不意にカメラ数台と、マイクを構えたアナウンサーがルナの元へ迫ってきた。よく見ると、先ほど危険区域を飛行し、救助された集団だ。

「ヒーロー、先ほどはありがとうございました。また、怪獣退治おめでとうございます」
「おお、ありがとな~。怪我とか大丈夫か?もうあんな無茶すんなよ」
「は、申し訳ございません。肝に銘じます……ええ、怪獣退治を祝して、少々ルナさんへインタビューさせて頂いてもよろしいでしょうか。ファンの皆さんから募集した質問がありまして。……よろしければ、テラさんと、ソルさんもご参加いただければ」

アナウンサーの目線に、カメラを向けられたソルは、鬱陶しそうに頭を振る。
そのまま怪獣の死骸の方へ去ってしまった。

「ええと……怪獣の処理がありますので。ルナに任せます」

俺も人前で喋れる方ではない。ルナの方を向くと、任せろとばかりに、親指をグッと突き出してきた。

「では、まずはファンの男の子からの質問です。『僕もヒーローになって、一緒に戦いたいです。どうしたらヒーローになれますか?』」
「いっぱい食べていっぱい走っていっぱい寝ること!そして、スーツを身に着けられること!そしたら君はヒーローだ」

「次は20代女性『かっこいいヒーローの皆さんが大好きです、いつも応援しています!私はソルさん推しなので、ルナさんが怪獣を斬って倒すより先に、炎で倒すのが見てみたいです!』」
「ええ~、俺へのインタビューでそれ聞くの~?ええと……」

怪獣はどんな傷を負っても再生する。ルナしか怪獣を殺せないのは、俺たちや組織の関係者数人しか知らない。一般の混乱を避けるためだ。
ルナは一瞬言い淀んだ様子を見せるが、明るく続けた。

「炎で倒すのもいいけど……もし怪獣が燃えたまま暴れると、大変だからな。炎は難しいんだ。俺が倒してから燃やす方が確実だからそうしてる、って感じかな。それに、ソルとテラだけで倒されると、俺の活躍場面が無くなっちゃうだろ!俺も活躍したい!ってことで、ソル推しもいいけど、ヒーロー・ルナもよろしくな!」

「ありがとうございます!まだまだお聞きしたいことは尽きませんが、時間が迫ってしまいました!では、最後に一つだけ、お聞きたいことがあるのですが、よろしいでしょうか」

先ほどまでの明るい調子から一転、アナウンサーは妙にシリアスに続けた。

「失礼かもしれませんが、怪獣退治は、恐ろしくはないのですか。怪獣の攻撃に巻き込まれそうになったとき、私は、とても恐ろしいと感じました。恐怖ですくみ、絶望を感じて動けなる感覚。ヒーローはこんな思いの中で戦っているのかと……思いました。あなた方の怪獣退治に対する思いは、どこから来ているのですか」

ルナはそんな質問に、どこか照れたのだろうか。ヘルメット越しに額を押さえる。

「ううん、俺は……ヒーローできない方がしんどい、かな。憧れがあるんだ。先代のヒーロー・コスモとユニみたいになりたいって。俺は……そうとしか生きられないから」顔を上げ、続ける。
「それに、皆を助けたいっていう思い、がやっぱりあるかな。皆、誰かの大事な人の筈だから、それを助けられれば嬉しいよ。俺たちが助けた中にも、家族や、あいつらの親もいるかもしれないしな」

「……ありがとうございます。ではルナさん、ファンの皆さんに、最後に一言お願いします!」

ルナは群衆に向かい、親指をグッと突き出した。 

「ありがとう!」

ルナの声に応え、ファンの声援は、ヘルメットを貫くほどに大きくなった。怪獣を囲ったバリアが割れないかと振り返ったほどだ。

バリアの中では、ルナが斬った怪獣の肉片が、ソルの炎により、真っ黒な灰の山になっていた。
怪獣の死骸は、燃え広がる可能性があるので、火が完全に消えるまではバリアを解かないで置いておくのが常だ。

後頭部に衝撃を感じた。

先ほどまでの声援が、噓のように静まり返っている。
振り返ると、警備員数人が男を取り押さえていた。誰か進入禁止区域に入ったのか、と思ったら、男の片手で銃が煙を吹いていた。
誰かの悲鳴を皮切りに、混乱と恐怖の音が広がってゆく。

「騙されるな!」

その音に混じって、男は何やら喚きながら抵抗して暴れまくっている。腕を取り押さえた警備員が思わず手を離すと、その顔に銃口を向けた。
息をのむ警備員の目の前で、男の身体はひっくり返った。
何が起きたか分からない様子の男を取り押さえ、ルナは取り上げた銃を、ひとまず駆けつけた俺に渡した。

「ほい、これ得物。どっか安全なとこによろしく。んでお前、続きは警察でな~」

いつの間にか隣に立っていたソルは、俺から銃を取り上げると、怪獣の死骸の方へと放り投げた。バリアの上部は酸素供給用に開いているため、銃はそのまま怪獣の灰の中に潜り込み、一緒に燃えてしまった。

「お、おれの」

ハッとした男が、銃を追うように身体をねじり出す。ソルは男を足で制止すると、そのまま肩口を踏みつけた。
衝撃と痛みでバランスを崩し、鈍く呻いた男の顔が地面へ埋もれる。
ルナは慌てて男の上半身を起こそうとするが、男はなぜか抵抗し、腹ばいでもがく。唾液に混じった砂を吐き出し、喚き出した。

「離せ糞野郎!見たか、みんな騙されるな!ヒーローだと!?こいつらはとんでもない悪人だ!罪人だ!今だけじゃねえ、これまでもずっと罪を犯している!」

ルナが一瞬動きを止める。怪訝そうなソルの足元で、男は喚き続けた。

「俺は、お前らの怪獣退治のせいで車と家を失った!自営業だから仕事もだ!全てこいつらに壊された!ふざけやがって、弁償しろ!確かに怪獣はいたが、家も車も壊したのはあいつらだ!」
「何?」

俺は呟き、ヘルメットの後頭部についた傷を指で押さえた。
隣を向くと、ソルは首を傾げ、肩をすくめていた。

「それに、怪獣が頻繁に現れ始めたのは、三年前くらいからだ!今のヒーローが活動を始めた時だ!同じことが十年くらい前にもあった、前のヒーローがいたときだ。つまりだ、ヒーローが怪獣を呼んでいるんだ!そもそもヒーローのせいで怪獣が出てくるんだから、ヒーローが責任を取るべきなんだよ!」

ソルが再び男の肩を踏みつけた。そして、しゃがみ、喚く男の頭を掴む。

「俺たちが居るから怪獣が居る?因果関係が逆だ。怪獣が居るから俺たちが要る。馬鹿は関係性を理解できない。都合のいい解釈で捻じ曲げて勝手に怒って喚き出す」
「てめぇ、この」
「貴方は飢えている」

片膝をついた男が言った。

いつの間にかソルの背後から近づいていたその男は、地面に伏した男の片手をとると、その両手で包み込んだ。
唖然とした俺たちの目に、片膝をついた男の後ろで同じポーズをしている男女十数人が飛び込んでくる。警備員が困ったように声をかけたり、肩を叩いたりしているが、動きも声を出しもせず、無表情で、先頭の男を見つめていた。男は滔々と話し始めた。

「私たちは飢えていた者たちの集いです。我らの飢えは、正義によって満たされました。ヒーローによって満たされました。貴方の目は、不満によって曇っている。貴方の手は、正義の手を自ら払いのけている。貴方の飢えは、正義に対して心を閉ざした飢えなのです。我らとともに、目を開き、手を取り、正義とともに歩みましょう。さすれば、貴方の飢えは満たされる。満たすことは、正しく生きることです」

地面に伏した男は、語られる間じゅうルナの下で怒り喚いていたが、話が終わるころには恐怖で顔を引きつらせていた。

「さあ、参りましょう」

手を引かれ、ヒッと息をのむ。目を見開き、青くなった顔に数筋汗が滴ると、ルナと警備員に縋って叫び始めた。

「おい、俺をこいつらに引き渡すのか!?こいつらあのカルトだ!何人か行方不明になってるってやつだろ?やめてくれ、警察を呼んでくれ!助けてくれ!」

警察は既に呼んであった。
ルナはふっとため息を吐きながら、助けてくれと喚く男に手錠がかけられ、連行されていくのを見つめていた。
片膝立ちの集団は、警備員に促され退散していた。ソルが思わずつぶやく。

「相変わらず気味の悪い奴らだ」

ルナが振り向く。ヘルメット越しで表情は伺えないが、愉快そうでないことは確かだ。

「気味悪くなんかねえよ。そういうこと言わないでくれ。俺の家族だぞ」

ソルは平然と腕を組んでいた。が、内心、しまったと思っているだろう。

普段の所在、容姿など、俺たちの情報は秘匿されているらしい。
そのため、怪獣退治の移動も、毎回違う車が迎えに来る。外から見られない状態で、俺たちはその車に乗り込む。
そんな帰途の車内で、ルナは珍しく黙っていた。ソルは腕を組み、何も言わない。
この気まずさは予想していた通りだ。
ひとまず何か発言すべきか悩んでいると、ソルがぼそっと呟いた。

「焼肉」
ルナは窓に顔を向けている。

「……焼肉譲ってやる」
「そういう問題じゃねえ」

ルナは窓を見つめたままだ。ソルはしばし逡巡すると、加えて言った。

「牛肉、ジンギスカンは食べ放題。焼うどんも追加」
ルナは半身でこちらを振り返りはじめた。
「……デザートもつく?」
「ああ」
「三人で食おうな」
「いや、二人の計算だ。ここでポイントを消費すると」
「三人で食おうな」
「……ああ」

ルナはうんうんと頷いた。今ので、身体の七分ほどがこちらに向いている。

「もうあんなこと言うなよ」
「ああ」
「おし!」

ルナは振り向き、俺とソルの肩を抱いて笑いはじめた。車内には、ルナの嬉しそうな声が響いていた。

「焼肉!焼肉!今夜は焼肉!」


「俺は人間を焼いたわけじゃない」

ショッピングモールが燃えていた。その隣で、黒ずんだ巨大な肉塊が転がっている。
肉の焦げる臭いがする。

「俺が悪いのか?」

いや、その時には、臭いはしなかった筈だ。テレビのニュース映像を見ていただけだから。
ニュース映像など、普段は規制され、俺たちの目に入ることはない。それなのに、俺の趣味の映画やら、怪獣退治の録画記録しか映すことのないテレビが、突如ニュースを映し始めた。
ソルと俺は、その時オートミールか何かを食べていた。

「俺が悪いのか?」

ソルはまるで、そこに小人が書いた回答でもあるかのように、食べかけの朝食を睨んでいた。
俺は、当時の記憶と、そのニュースを俺たちに見せた悪意に、気分が悪くなった。

「正直なところ、今回のヒーローの対応が正しかったとは思えませんね。大勢の方々が犠牲になった。前例のない大型怪獣とはいえ、もっと良いやり方を検討できたはずです」
「検討、ね」

ソルは、映像を視界に入れようとはしない。頑なにオートミールを見つめていた。

「その間に、怪獣に踏み潰されて握り潰されたかったか?食われたかったか?そのせいで大勢の方々とやらが犠牲になった方がましだったのか?」

それからは、ただ黙って、コメンテーターの意見だとか、遺族たちのインタビューだとかを聞いていた。


その時のソルは、ただ黙って、燃え上がるショッピングモールを見つめていた。

破られたバリアの破片で、脚が貫かれている。応急処置で巻いた包帯から、血が滲んでいる。血の赤が広がるその様は、ショッピングモールの状況を模している様だった。
大型連休のど真ん中。併設のアウトレットやその他施設が全て丸ごと燃えている。

屋外ステージや駐車場を含め、建物の殆どは、巨大な怪獣の肉体に押し潰されていた。怪獣の腹を食い破った炎は、ステージの瓦礫に埋もれた「ヒーローショー開催」のお知らせポスターを喰いちぎり、ステージに踊り出て自らの活躍を披露している様だった。

駐車場はたちまち、怪獣の腹から流れ出た、血や脂肪の混ざった黄色と黒の液体に浸されはじめる。液体が広がる傍から、炎はプールを泳ぐように燃え広がってゆく。
火の蹂躙がまだ届かない野外のスピーカーからは、記者会見らしき音声が流れていた。

「近隣住民の皆様におきましては、安全を確保しながら救助活動を進めております。誘導に従い、落ち着いて避難をお願いいたします」

「モール内のお客様及び従業員の人数につきましては、現在調査中です。消防による消炎活動が続いておりますが、炎災規模が大きく、建物内の救助は困難な状況とのことです」

建物内へ救助に向かったルナと俺の目に映ったのは、ショッピングモールで助けを待つ客たちだった。但し、殆どは変わり果てた姿で。
瓦礫に押し潰され、外に向かった人々に押し潰され、煙と炎に押し潰されながら。

「ただの人形……黒い、マネキン……」

そう、人間らしきものはただの黒い塊。店頭に並んでいた、ただのマネキン。
頭の中でブツブツ呟きながら、そう思い込んだ。そうでないと、ヘルメットの中にぶちまけてしまいそうだ。
今はまずい。このヘルメットとスーツ無しでは、今度は俺がこの塊やマネキンの一部になってしまう。

「この子、まだ生きてるぞ!」

俺が目を背けていたマネキンを抱え、ルナが通信を送ってきた。ヘルメットの機能は無事なようだ。

「女の子だ。中学生くらいか?意識ねえみてえだけど、これがピコピコいってるから生体反応?はあるみたいだぜ」

そう伝えると、ルナはそれを預けてきた。柔らかく、体温がある。脈や呼吸の反応もある。
人間だ、と意識すると同時に、胸の内になにやら後ろめたい気まずさが滲み出てきた。

「俺が瓦礫とか退かすから、外出たら救急まで運んどいてくれ」

瓦礫を放りながら言うと、ルナは炎に包まれた壁に突っ込んで退路を確保し始めた。そうしながらも、周囲の肉塊の中に生きた人間、助けを求める人間がいないかを確認しているようだ。

俺はその間に、スーツの救命機能に従い、女の子へ心臓マッサージと酸素供給(スーツに付属の小型ボンベを使用。ヘルメットを外さずにすむ)を一通り行った。が、女の子の意識は回復しない。

「た……けて……」

退かした瓦礫の先から、微かに声がした。
聞きつけたルナが向かった先には、女性が倒れていた。
良かったことに、辛うじて意識はあるようだ。生体反応がピコピコいっている。

「もしもし、聞こえるか?助けに来た、もう大丈夫だからな」

小型の酸素ボンベを吸わせ、女性を抱える。すると、女性が僅かに身じろぎ、瓦礫を指さした。すぐに力尽き、指がだらんと垂れ下がる。先ほどまで指していた先では、男性が瓦礫に挟まれていた。

女性が僅かに残った意識に縋り、祈るようにルナを見る。
瓦礫に垂れた夥しい量の血が、黒い染みになっている。男性は、腰のあたりが、瓦礫に貫かれていた。僅かなうめき声が聞こえる。

悪かったことに、辛うじて意識があるようだ。生体反応がピコピコいっている。

女性の目に刺されながら、ルナは逡巡している様だった。「ルナ」ヘルメットのマイク越しに告げる。振り向いたルナに、首を振って見せた。

首の揺れに合わせ、生体反応のピコピコが耳元で鳴った。
女性二名を外まで運びながら、火と煙と瓦礫に覆われながら、周囲の肉塊に生体反応のピコピコが混じっていないと確認しながら、それでも耳にこびりついたピコピコが、頭の中で響いている。ピコピコ、ピコピコ……

ピコピコ越しに、歌が聞こえてきた。ルナの声だ。マイクを外向きにして歌っているらしい。
ルナに抱えられた女性が僅かに身じろいだ。
俺は女の子に目を移すが、生体反応はあるものの意識が未だ戻っていない。
女の子の生体反応のピコピコ音と、ルナの歌が混ざり始めた。


「歌っていた、というのはどういうわけだね?」

スーツの男が、横長の机越しに座っている。
これはいわゆる、偉い人というやつだ。正確には役職があるのだろうが、生憎、ヒーローへの説教担当職というのは聞いたことがない。

「ヘルメットの記録から、君たちがまだ生きている男性を見殺しにした、ということは確認できた。救助された奥方の証言通りに。それはまあいい。助けられる状況ではなかった、救助してもあれほど重症では助からなかった可能性が高い。そう説明できる。問題はね」

あのスーツには、さぞやいい生地が使われているのだろう。腕組みを解いたばかりなのに、皺が全く見当たらない。
ルナを指す男の腕を見ながら、そんなことをぼうっと考える。

「君が歌っていた、ということなんだよ。大勢の方々が犠牲になった中で、その犠牲者の姿を確認しながら、歌っていた。とは」

ルナは俯いていた。無表情だ。目にはいつもの輝きがない。

「本当は死なせてあげたかったんです」

スーツの男に促され、静かに話し出した。驚くほど平坦な声だ。

「苦しいだろうと思って。あの男の人も、もしかしたら、俺が気付かないだけで、他にも、もう助からないのに、痛くて苦しんでいる人がいるかもしれないと思って。せめて安らかに逝けるように、歌っていたんです」

頭の中でピコピコが響きはじめた。ピコピコ越しに、ルナの歌まで聞こえてくる。

「俺が殺すことは出来ないから。人を殴って傷つけたりするのは、教義に反するから」

ピコピコとルナの歌が去ってゆく。
スーツの男は再び腕を組んでいた。

「歌については、こちらで何とかしておこう。しかし困るね。今回の件は、マスコミからは批判の的だ。遺族や人権団体を中心として、デモ隊も結成された。ヒーローに罪を償わせろ。ヒーローを吊るせ。『HANG THE HERO』。ハンガーと呼ぶらしい」

男は窓の外に目を向ける。向き直り、渋面で額を覆う。

「大型怪獣への独断での火炎攻撃」

言いながら、ちらりとソルを睨む。

違う、ソルは悪くない。俺のバリアが、あの怪獣に耐えきれなかったからだ。
破られたバリアの破片に、脚を刺されたソルを思い出す。バリアが壊れるなんて初めてだった。ルナにも手出しできないほどの大きさだったため、やむなくソルの炎を使った。怪獣が炎の中で暴れまわり、気絶したところを、ルナが首を切って、やっと死んだのだ。

だが、反論しようと口を開きかけたところに、男はつづけた。

「結果、ショッピングモール及び併設施設のほぼ全てが全焼、来客及び従業員が犠牲に。生存者は救助された二名のみ。そして、救助中の歌。責任問題になる」
俺たち三人を見据えながら呟いた。「責任」

「そう、私たちには責任があるのだよ。君たちと違って」

「権利もあるだろう。俺たちと違って」

ソルが口を挟んだ。表情はいつも通りなので、傍目には冷静に見えるが、かなり苛立っている様子だ。
やめておけ、と肩を軽くたたいたが、黙って振り払われた。

「お前たちには責任があるが、それで給料を貰っている。俺たちの権利は?今まで販売されたヒーローのグッズ、ヒーローを使用した広告、そういったものの経済効果は?いくら儲かった?そのうち、俺たちにはいくら入った。いくらもない。俺たちは金を持ったことすらない。孤児に権利はない、と言ったのはお前たちだ」

男は僅かに片眉を吊り上げる。ソルは構わず続ける。

「俺以外の2人は火災現場で人を救助した功労者だ。それが、現場も知らない老人の愚痴をネチネチ聞かされるとはな。茶すら出されず」
「君ね……」

権利がない。当然だろう。君らは人間よりは、ロボットや動物に近い。そんなものが権利を求めるか?
大体そういった感じことを言いかけたのだろう。口を開いたところで固まり、ハクハクと口元を数回痙攣させた後、食べ物でも飲み込む様に噤んだ。

「もういい、行きなさい。後の始末は私たちの仕事だ」

あいつ、君ね、の続きを言わなかったな。俺たちに対して、思いやりみたいなものがあったとはな。
帰りの車内でそう話しかけた俺に、ソルは呆れたように鼻を鳴らして答えた。

「思いやり?馬鹿だな。あいつは俺の指摘で、気付いたのさ。俺はなんて馬鹿な真似をしていたんだろう。ロボットに愚痴って何になる?動物に責任を解くのか?とな」

その時の俺は、そんなに斜に構えなくてもいいだろうとは思うが、まあそれがいつものソルか。くらいにしか思っていなかった筈だ。
俯いたソルの、思い詰めた横顔にも気付いていなかった筈だ。

そして、ソルの慧眼は正しかったのだろう。会議室を出る俺たちの背中に、男はぽつりと一言加えた。
ソルの発言を裏打ちする様な、無感動な目だった。

「君たちに責任は問わない」

続き
第2話

第3話

第4話

第5話

#創作大賞2024 #ファンタジー小説部門 #小説 #ヒーロー


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