【創作大賞2024 ファンタジー小説部門】 HANG THE HERO 第2話(全5話)
*
「責任をとれ!」
後頭部に衝撃を感じた。振り返ると、男が石を握っていた。
その男を取り囲む様に、プラカードやら横断幕やらが並んでいる。
『ヒーローに法の裁きを』
『出頭しろ!卑怯者(ルビにヒーローと振ってある)』
『ヒーローは事故現場で歌うサイコパス』
他もまあ似たような言い草だ。その全てに、『HANG THE HERO』の合言葉が添えられている。
「押さないで、こちらから先は進入禁止です!」
「現場付近は危険です、離れて下さい!」
「うお~、凄えなあ」
ルナの指す先では、デモ隊・通称ハンガー達がこちらに向かって喚き、立ち入り禁止のテープを超えようと暴れる者までいた。
先ほど石を投げた男は、警備員に取り押さえられていたが、その警備員に、ハンガーが反抗して殴りかかった。
倒れた警備員を見下ろす様に、プラカードが蠢く。ハンガーのかたまりが、止める警備員をまたぎ、遂にテープを超えて突進して来た。
「ストップ、はい止め~。そこまでな。終わり終わり」
ルナが突進のデモ隊に呼びかける。
先頭の何人かが、俺の張ったバリアにぶつかり、情けないうめき声を上げた。
「ヒーローが一般市民に攻撃したぞ!」
「市民の敵!」
「バリアは攻撃じゃねえだろ~」
ルナは呆れながらも、敵意がないと示すため両手を上げて見せた。
「攻撃だ!お前らのせいで皆傷ついてるんだ!バリアなんて張って、俺たちにまともに向き合おうとしない、自分たちの罪に向き合おうとしない。卑怯者!」
「人が死んでるのに、楽しんでたんじゃないか」
「そうだ、てめえらは気狂いの大量殺人鬼だ」
「罪を償え」
「人殺し」
「返せ、家族を返せ」
数人の声を皮切りに、ハンガーの人ごみから叫び声が上がる。口々に叫んでいた声は、一つの言葉に収斂してゆく。
「HANG THE HERO!」その声は、ヘルメットを貫き、バリアが割れるかと思われるほどに大きく響き始めた。
「HANG THE HERO!HANG THE HERO!HANG THE HERO……」
「いいぞ」
ソルの声が響く。
外向きマイクを最大音量にしているのだろう、デモ隊の最後尾まで聞こえそうな、よく響く音だ。
ソルはそのまま、ルナを押しのけ、ハンガー達の目の前に躍り出た。
いつも遠目に見るだけで、声すら殆ど出さないヒーロー・ソルの行動に動揺したのか、デモ隊は若干の静まりを見せる。ソルはそのまま続けた。
「どうした?お前たちの目当ては俺だろう。文字通り、俺が火元だ。ルナもテラも関係ない。この俺が、お前たちにまともに向き合ってやる」
ざわめくデモ隊に向かい、「ただし」と続ける。
「なぜそのテープが張られているか、なぜテラがそのバリアを張ったのか、わかるか?そのテープから先は危険区域だ。先代のヒーロー・ユニの事件を知っているか?」
テープを指さし、ソルは続ける。
「怪獣を倒してファンの握手に応じていると、そいつは手首を残して踏み潰された。怪獣がもう1体いたんだ。或いは、怪獣が吹き飛ばした瓦礫にぶち当たって死んだ者たち。戦闘後の瓦礫の山で、埋もれて窒息したり破傷風で死んだ者たち。怪獣の死体を燃やし、その灰が燃え広がって野次馬を一掃した事件について」
話しながら、ソルは皮肉気に笑っていた。
「安心しろ、その外にいれば何があっても守られる。ただし、諸君恐らく知っての通り、俺はルナやテラのように甘くはない。テープを超えた者は、何があっても自己責任だ。そして、俺も自己責任といこう」
俺とルナの目の前に、炎が壁のように立ちふさがった。
と思うと、俺たちをぐるりと取り囲んだ。上からも横からも炎が迫ってくる。ドーム状にバリアを張ると、炎は恨めしげにその外側を這いずり始めた。
揺らめく炎越しに、ナイフを構えるソルが見える。ソルは自身にナイフを向けると、胸から腹にかけて一直線に刃を走らせた。
ルナが目を見開いて息をのむ。熱さのせいだけでなく、口の中が乾いていくのを感じる。
ソルの手からナイフが離れ、地面に落ちた。ゆらりと身体を揺すると、ソルは両手を胴体に添え、真ん中から布を裂きはじめた。布の切れ端が落ち、ナイフに被さる。再びソルの声が響いた。
「スーツを切り裂いたぞ。心臓に向けて至近距離で発砲すれば、致命傷を負わせられる。ルナにもテラにも、あの通り邪魔はさせない。なぜ3人のヒーローを憎む必要がある?大量殺人鬼はこの俺だ!吊るしたくば俺を吊るせ!さあ、大切な者たちの仇をうてる絶好の機会だ!この俺に、まともに向き合いたい者はいるか!」
「出せ!」ルナがバリアを殴りつける。
「テラ、あいつやばい!あいつ」
「と言ってもな……」
答えながら、目の前の状況に項垂れてしまった。
ハンガー達は面食らっているだろう。ヒーローが暴走を始め、目の前のバリアは突如消えたのだ。俺のバリアは一度に1つしか出せない。
ソルを止めたいが、ドームを解けば、脱出の前に炎が襲い掛かり、俺もルナも全身火だるまだろう。軽さと柔軟性重視で、それほど丈夫に出来ていないスーツが憎くなった。更に憎いのは、この無力さだ。いまの俺たちには、どちらも助けられない。ソルも、ハンガー達も。
「テラ、俺だけここから出してくれ!ソルを止める!ソルのせいじゃないんだ、あいつの責任じゃない!頼む、出してくれ!」
肩を鷲掴みにされ、懇願するルナの声がヘルメット内にガンガン響く。
ルナに向かい、俺は僅かに頭を振った。
「俺もソルを止めたい。でも、この炎、バリアが解けない様に本気だ。お前を焼き尽くすぞ。それに、あいつの、あいつの覚悟を……」
ルナの指が肩口にめり込む。苦悩の唸り声の後、低い声が響く。
「……お前を、殴りつけて命令してもいいんだぞ」
「やれよ、教義に反するけどな!」
荒い呼吸音。嗚咽交じりに、ヒッ、ヒッ、と泣き声が聞こえる。
揺らめく炎越しに、動揺しているデモ隊と、向き合うソルが見える。
ルナがヘルメット越しに俺を見据え、手を振り上げる。
同時に炎の外で、ソルを見据え、手を挙げる人影が見えた。
「おい、ルナ!」
肩を掴み、そちらに顔を向けさせる。
状況を確認できたようで、ルナも驚愕で固まっていた。
「あの子がソルを?」
女の子だ。学生だろうか。顔の肌色が一部だけ濃いように見える。
女の子はソルの元へ向かっていく。ソルはスーツを裂いた胴体も庇わずに突っ立っている。
女の子がソルの目の前に立つ。懐に手を運ぶ。
俺たちが息をのむのと同時に、女の子はソルに向かい、片膝をついた。
「私は飢えていた者です。私の飢えは、正義によって満たされました。ヒーローによって満たされました」
俺とルナは顔を見合わせる。
「ショッピングモールで、怪獣から助けて頂いた者です。お礼を言いたくて参りました」
バリアの周囲の炎が消えた。
バリアを解くと、ルナは一目散にソルの所へ走って行った。ソルは突っ立ったまま、完全に固まっている様だ。
ルナはソルに向かい、手を振り上げる。
震えだし、固まったままのソルに覆い被さった。ヘルメット内のヘッドホンに、嗚咽交じりのルナの泣き声が響いていた。
ルナに斬られた怪獣の死骸は、バリアで囲った中で燃やされ、灰に変わっている。
立ち入り禁止テープの付近は、見張りの警備員たちの他に人影はない。デモ隊のハンガー達は、応援を呼んだ警備員に追い出されていた。
「あの時は、ありがとうございました!」
ヒーローに向かい頭を下げる少女。火災現場から、ルナが助けた娘だ。
あの時は閉じていた目が、今は輝きを持って俺たちを見つめている。
「いや、むしろ、こちらこそありがとう。その、助かったよ」
ソルに顔を向けると、一瞬たじろぎ、組んでいた腕を解いた。が、こちらに顔を向けようとはしない。
「君は、あの時の子だよね。……あれから大丈夫だった?」
「はい、特に後遺症みたいなものも残ってないので、元気に暮らしています。あの時、怪獣から助けていただいたお陰です」
そんな少女に向かい、ルナは少し落ち込んだ様子で、一歩近づいた。
「顔、やけど残っちゃったのか」
「こんなの、メイクすれば隠せるので!まだ学校では禁止なんですけど」
「……ごめんな」
ルナの言葉に、少女は目を見開く。
「どうして謝るんですか?謝らないで下さい!悪いのはぜんぶ怪獣なんですから。ヒーローは、助けてくれたんですから!あのハンガーの人たちだって、おかしいです。気持ちは、分かる、かもしれないですけど……でも、あの人たちは、自分たちのしていることが分かっていないんです。間違ってるって、気付いて欲しい」
分かっているんだよ、彼らは。でも、それに気付きたくないんだよ。
あえて、そう答えることはしなかった。少女の目は、若者らしい純粋さに満ちている。
「だから、そういう方たちに分かってもらうために、活動を始めたんです。飢えた方たちを満たすために。ミカゲさんが言っていました、ああいう人たちが飢えた者なんだって。あ、ミカゲさんっていうのは」
「あのカルトの教祖か?」
ソルに向かい、少女は口を尖らせた。
「カルトなんかじゃありません!みんな誤解してるんです。あそこではお金なんて集めないし、変な儀式とか洗脳とかもありません。ただ、ヒーローに感謝しながら生活したり、飢えた人々に手を差し伸べているだけです」
「大丈夫、わかってるぜ」
ルナは少女の肩を叩き、親指を立てて見せた。少女は嬉しそうに頬を染めた。
「私、それでいま布教というか、気付いてもらうための活動をしているんです。主にカジノなどで」
「カジノ?」
「飢えた方はああいったところにいる、らしいので。ヒーローの皆さんは、たぶん行ったことは」
「ない。俺たちは入れない。許可証が作れない」
淡々と吐き捨てたソルの様子には、少女は気付かない様だった。
「ですよね、行ったことないですよね。皆さんの活動も、お金のためじゃありませんもんね」
「そうだな、金のためじゃあないな」
「ん~、でもちょっと興味はあるけどな」
ソルの皮肉気な笑いに続くルナに、皆の目線が集まる。
「俺の家族に、元々そういうところに行ってたって人が結構いるんだよ。どんなところか見てみたいし、話とか聞いてみたいなってさ」
少女は目を輝かせた。
「それ、とってもいいと思います!ヒーロー自らお話しして下されば、救われる方も増えます!」
そう言うと、3枚のカードを取り出し、ルナに渡した。
「これ、差し上げます。活動のために、余分に頂いているので」
「ん?これ、許可証ってやつか?」
「はい!これで国営カジノならどこでも入場出来るはずです。あ、お金もいくらかチャージされてます。同じことをしながら話す方が、伝わりやすいこともあるので」
「金?」
ソルが初めて少女に顔を向けた。数秒固まったのち、ルナのカードを見据える。
「金か」
「あ、ええっと、使わなくても大丈夫です!」
押し黙ったソルの様子に、少女は目を輝かせていた。純粋な輝きに満ちた目だ。
「皆さん、お金のためにやっているわけじゃありませんもんね。お金は要りませんもんね!」
*
「金が要る」
俺にカードを差し出し、ソルが顎で指す先にはルーレットがあった。
「……俺が?」
なぜか思い立ったようなソルに連れられ、3人でカジノに来ることになった。
異様な内装に、見慣れない台やらゲーム器具など、目移りするもので溢れている。
そこら辺をウロウロ歩き回りながら、ルナはゲームやそのディーラー、周囲の人々をキョロキョロと眺めていた。
ルナが眺める先の人々は、主に二種類に分かれている。余裕のありそうな人間と、余裕のなさそうな人間だ。
余裕のなさそうな人間の一人が、何やらブツブツ呟きながらそそくさと歩き去った先に、ソルの指すルーレットがあった。
「あの球体が入るポケットを当てると、掛けた額が何倍かになる。適度に負けながら繰り返せば稼げる。バリアを使え」
「いや、それは……ソル、そもそもお前はお金が欲しいのか?」
「ああ、欲しい。300万ほど出来れば有難い」
ソルの言う額に、一瞬押し黙ってしまう。
「それ、一般人が1年で稼ぐくらいの額じゃなかったか?お前が読んだ本に書いてたって。カードの総額の20倍。……お前、何が欲しいんだ?」
「焼肉と映画」眉を寄せた俺にソルは続ける。「……ショッピングモールで過ごす休日。ついでに本」
「お前、一体何を」
「俺の譲ってやるよ!」
いつの間にか近くに戻っていたルナが、ソルの横から顔をのぞかせた。
「別にお金で買わなくてもいいだろ、ヒーローしてればポイントで貰えるんだから。俺の分、ソルにやるよ」
な?と肩に手を置くルナを、ソルは静かな目で見つめている。「俺は」言いかけ、口を噤み、「競馬を知っているか」と再び話し出した。
「馬をレースで競わせ、着順を予想して賭ける。賭けの勝者や馬のオーナーは利益を得る。では、馬は?馬は利益を得ない。金を持たないので、厩から出ることもない。レースで走り続けなければ餌を得られない。そして負け続ければ殺処分だ」
俺とルナに向かい、口角を歪めて見せる。
「ついでに種馬って知っているか?血統の良い引退馬は、繁殖に使用されるんだとよ。精子を搾取される。そして生まれた子供は、競走馬として購入されなければ殺処分。競走馬になれば、そのまま同じ運命だな」
「種馬」
ルナは呟き、押し黙ってしまった。ショックを受けた様子で、珍しく考え込んでいる。
それを余所に、ソルはカードを構えてルーレットの台についた。
「テラ、まず俺がやる。よく見てお前もやれ」
ポケットの番号に賭けながら、小声で囁く。
「球体の動きをよく見ていれば、どう操作すべきか分かる筈だ。俺たちが動体視力の訓練をしていたのは何のためだ」
このためではないだろ、と呆れつつ、玉を目で追う。ソルが極僅かに出した火は、空気を熱し、ソルが賭けたポケットの右隣へ玉を押し出した。
「まあ、初めはこんなものだろ」
続いて賭けた2球目は、ソルの火により、目的のポケットの左隣へと導かれていった。
「ふん、解った」
そう言って賭けた3つのポケットをよそに、玉はその横のポケットに収まる。
「上等だ」
「おい、ソル……」
二枚目のカードで5つのポケットに賭け、顔をひきつらせたソルをあざ笑うかの様に、玉はあっさりと通り過ぎ、その横ポケットへ身を投じて見せた。
「クソッ」
「ソル、一旦落ち着いて」
三枚目のカードで賭けた12個のポケットを見事に避け、玉は見当違いのポケットへと吸い込まれていった。
「ならば」
「ソル、もうダメだ」
俺の指し示したカード三枚の残額ゼロを、ソルは愕然として見つめた。と、薄笑いを浮かべる。
「玉切れか」
台に両手をつき、ソルは項垂れる。そして、台に頭を打ち付けた。
唖然とする俺と周囲、カジノ内に響く声量で、ヒステリックに喚きはじめた。
「ショートだ。俺は何でも燃やすんだ、ははははは!」
「お、おい、落ち着けよ。ソ……」
慌ててこちらに来たルナと共に、ソルを宥めていると、背後に男が近づいてきた。
騒いだのを注意に来たスタッフか、文句を言いに来た客の誰かか。とりあえず詫びようと振り返ったが、男は構わずソルの背後に立つ。そして、ソルにかぶさる形で顔を近づけ、片手をとると、男の両手で包み込んだ。
「貴方は飢えている」
こいつはあの時の奴だ。俺を撃った男に、片膝で話しかけていた男。
「ミカゲさん?」
ルナが驚いて男に話しかけた。男は振り向き、目を見開く。改めてみる男の顔は、今までの印象よりも随分と若く見えた。
「ハヅキ、どうしてお前がこんなところに」
男は、俺、ソルへと目線を移す。僅かに口元を痙攣させ、咳ばらいをした。
「額を怪我していますね。ハヅキ、彼を手当てします。家へ案内しましょう」
*
「おかえりなさい、ミカゲさん。あら、ハヅキじゃないの」
「おお、ハヅキ。久しぶりだねえ」
ルナと、ミカゲという男に連れられたのは、和風の広い屋敷だった。
屋敷へ入るなり、ルナのもとへ人が集まってくる。
ルナに声をかけた人たちは、俺とソルを見ると、にっこり笑った。人の好さそうな、優しい笑みだ。
「いらっしゃい」
「こちらへどうぞ。ハヅキがいつもお世話になって、ありがとうございます」
「あ、いえ、お構いなく」
客間らしき部屋に通され、お茶とお菓子を出された。
お茶の中に、金色のキラキラしたものが浮いている。お菓子の方にも、同じキラキラが掛かっていた。これは確か、金箔とかいうやつだ。見たことのないお菓子だが、食べてみると柔らかくて甘くて美味い。
「黒尺先生はいらっしゃいますか?ハヅキの友人が怪我をしているので、治療をお願いしたいのですが」
「先生なら、ついさっき見えましたよ。すぐに呼んできますね」
ミカゲに応え、パタパタ去ってゆく女の人とすれ違いに、男の子がルナの元へ走ってきた。
「ハヅキ、おかえり!」
抱きついた男の子を受け止め、ルナは「ただいま!」と答える。
ふと、男の子は笑みを解き、眉を下げた。
「ごめんなさい。怪獣が出たとき、応援に行けなくて。ハンガーたちが怖くって」
一瞬詰まって、ルナは答える。
「それは、俺じゃなくてヒーローたちに言うべきだな」
「でも」
不満げに口をとがらせ、男の子は何か言おうとした。
女の人が、お茶とお菓子のお替りを持ってくる。男の子が「だって、ハヅキは」と言いかけたとき、女性はその肩をポンポン、と叩いた。
「こらこら、ハヅキを困らせないの。ヒーローがどなたか、誰も知らないのよ」
男の子は、女性からルナに視線を移し、また女性に移す。僅かに俯き、小声で呟いた。
「ハヅキは……ルナに似てるよ」
「そうね、ハヅキとルナ様は似ているかもね。でもね、同じ年頃の男の子って、似てくるものじゃない?ハヅキとお友達のお兄さんたちも、なんとなく似てるでしょ」
ほら、と女性は俺たちを男の子に見せる。困ったが、とりあえず少し笑ってみた。ソルは相手にせずお茶を飲んでいる。
そんな俺たちに、男の子は目を輝かせた様に見えた。
「ね?」
女性に促され、男の子は納得いかないがしぶしぶ、といった体で頷く。笑顔でこちらに会釈する女性に手を引かれ、幾度か振り向きながら、部屋を出て行った。
ほどなくして、追加のお菓子を食べていると、扉の外から女性らしき声がした。「先生」や「こちらです」など、聞こえる言葉からして、ミカゲの言っていた先生が案内されて来たのだろう。と思うと、突如扉が開き、白髪交じりの男性が入ってきた。
男は、俺たちの額を一瞥する。ソルに目線を定め、つかつか歩み寄り、ソルの前髪を持ち上げた。
「こんにちは。ああ、確かに額を怪我しているね」
身を引いたソルに睨まれ、怪我を指摘した男は続ける。
「失礼、私は黒尺という医師です。簡単な手当てをするので、こちらの医務室へどうぞ」
差し出された手を軽く払い、ソルは立ち上がった。
「必要ない。俺はもう帰る」
「化膿してはいけないので、放置しない方がいい。大事な身体でしょう」
「大事な身体?」
皮肉気に笑い、背を向ける。
「診て貰えよ、先生は凄いお医者さんなんだぜ。なんと、先代のヒーロー・コスモとユニの主治医だったんだ!な、すげえだろ!俺もな、小さい頃、よく怪我治してもらったんだ」
「必要ない」
扉に手をかけたソルは、ふと足を止める。
「……待て。先代ヒーローの主治医?」
ソルは何やら少し考え、「分かった」と黒尺に従い歩いて行った。
*
「歩いて行けばすぐですよ、付き合わせてすまないが」
「いえ、俺たちは大丈夫なので」
ソルの手当ての後、俺たちはせっかくだからと誘われ、黒尺の家に向かっていた。
ルナは幼い頃によく遊びに行っていたらしい。懐かしいとはしゃいでいる。
黒尺が玄関を開くと、車いすの男が出迎えた。足には薄手の毛布が掛かっている。
「おじいちゃんお帰りなさい。あれ、兄さん!どうしたの、久しぶり!」
ルナの弟なのだろう。髪や目の色、顔だちがよく似ている。
「イツキ!久しぶりだな、元気だったか?」
「うん、僕は大丈夫だよ。……こんにちは。ええと、お二人とも……兄さんのご友人の方ですよね。兄がいつもお世話になってます。お茶淹れますので、上がって下さい」
「あ、いえ、こちらこそ。すみません、お構いなく」
リビングに上がると、写真が何枚か飾ってあった。家族写真らしい。
お茶を手に取ると、目線の先にあるテレビの横に、幼い頃のルナと弟らしき写真があった。
「弟がいたのか。兄弟でそっくりだな」
俺がルナに言うと、ルナの弟は照れた様な、だが少し気まずそうな笑みを浮かべた。
「正確には兄弟じゃないんです。血は繋がっていないので。一緒に育った双子の兄弟みたいなものだから、兄さんって呼んでるんです」
「え、そうなのか?」
「ああ。でも、血の繋がりなんて関係ねえよな。イツキは俺の弟だし、あの家にいる皆は家族だし」
そんなもんか、と眺めていると、左端の写真が目に入った。
黒尺、その横に同じくらい高齢の女性が微笑んでおり、真ん中で車いすのイツキが、何か筒を持っている。
「学校を卒業しているのか」
ソルは写真の筒を眺めていた。
「あ、はい、高校の卒業記念に撮ったんです」
ふと、イツキは顔を曇らせ、僅かに俯いた。
「兄さん、おばあちゃんにも会いたかったよね。でも、3か月くらい前から、おばあちゃんが……」
3か月前というと、ショッピングモールでの退治より少し前だ。
「そうか……見つかるといいな」
答えたルナは顔色が悪い。ソルが怪訝そうにルナへ目を向ける。
「警察にも届けてあるし、イツキも私も探している。そのうち見つかるだろう」
黒尺はイツキの背中に手を置き、軽くさすった。
右端の写真に目を向ける。
写真の中では、30代ほどの男性と女性が並び、真ん中で幼い女の子が笑っていた。男性は、顔の面影からして、若い頃の黒尺の様だ。
「お前の母さん……カエデがいなくなったときは、2日で帰ってきた。半狂乱で探していたら、夕方頃ひょっこり顔を出して、お腹空いた、とな。お前の母さんには、振り回されたものだな」
その左側の写真に目を向けると、そちらは20歳ほどの若い男性が2人と女性が1人映っていた。女性は片側の男性と寄り添い、仲睦まじそうだ。
そして、もう片方の男性の顔には、見覚えがあった。先ほど俺たちを和風の屋敷に招いた男、ソルがカルトと呼ぶ集団の教祖、ミカゲだ。昔の写真に見えるが、顔が全く変わっていない。
「……君は、私に聞きたいことがあったのだろう」
黒尺の言葉に、ソルはそちらへ顔を向けた。
「先代ヒーローの死因は何だ」
意外な質問内容に、一瞬、空気が固まる。
僅かに眉を寄せて難しい顔をした黒尺に、イツキは困惑している様子だった。
俺はとりあえず口を開く。
「……ええっと、コスモもユニも、怪獣退治の後遺症じゃなかったか?」
「コスモはともかく、ユニはどうだ」
「どういうことだ?」
「殺処分されたんじゃないのか」
思わず固まってしまう。ソルは発言内容に合わず、平然と言葉を続ける。
「ヒーロー・ユニは、怪獣退治で役に立たなかった。表向き、退治のミスは全てこいつのせいだ。役に立たない動物は処分される。定期検診があるな。お前が毒でも注射したか」
黒尺はふっとため息をついた。
「それは君の思い違いだ。ユニは、殺されていない。そして、少なくとも、主治医がヒーローを殺すことはない」
「そうか、では怪獣か」
「なぜ!?それを」
ガタッと椅子から立ち上がった黒尺を、ソルは睨んだ。
「奴は、怪獣を」
そこで言葉を止め、俺とルナに目線を向けた。
「……黒尺、別の部屋で話せないか」
「え、どうしたんだ」
「待って下さい、それなら僕も行きます」
俺とイツキの言葉に、黒尺は頭を振った。
「3人とも、ここで待っていなさい。続きは2階で」
「待って、おじいちゃん!せめて1階の和室にしてよ、ええと……近くの方がいいし」
「俺はどこでも構わない」
ソルの返事に黒尺は頷き、和室へと向かって行った。
連れだって去る2人を確認すると、イツキはやおら足に掛かった毛布を引っぺがす。太ももの横から、小さな機械を取り出した。
「実はあの部屋には盗聴器があるんです。2人の話はこれで聞けますが……聞きますか?僕は聞くつもりです」
「え、ええ?」
「……」
戸惑う俺と、無言で機械を見つめるルナに、イツキは言葉を続けた。自分の家に盗聴器を仕掛ける変人らしからぬ、真面目な表情だ。
「多分……2人にはショックの強い話になると思います。あまり聞くのはお勧めしませんが」
「……いや、聞くぜ。再生してくれ」
「え、あ、じゃあ……まあ、俺も」
ルナと俺の言葉に頷き、イツキは機械のスイッチを押した。
『怪獣をつくっていたんだろう、先代のヒーロー・ユニが。そして今はミカゲと名乗っている』
ソルの声が出てきた機械を囲み、俺たちは黙り込む。
機械を唖然と見つめるルナを余所に、ソルの言葉が続いた。
『俺たちがヒーローだということは分かっているな?カルトの連中は妙な茶番をしていたが』
『……君たちには、悪いと思っている』
『それは何の謝罪だ。まあいい。ヒーローの選別にあたり、俺たち孤児は10歳頃に集められ、スーツを着させられた。そこで何らかの能力が目覚めれば、訓練を経て15歳頃にヒーローになる。目覚めなければ、身体の一部が火傷する。ユニがヒーローであった以上、何らかの能力はあった筈だ』
(少しの沈黙―ソルの声が続く)
『俺はこう仮定している。ユニの能力は、怪獣をつくるものだった。当然、戦闘向きの能力ではない。ユニが本当に死んでしまうと、怪獣が生産できず、ヒーローの存在意義が無くなるため、死んだということにして表舞台から姿を消した』
(少しの沈黙―再びソルの声)
『怪獣の素は……恐らく人間。そのためにカルトをつくり信者を集めた。にしては行方不明者が少ないので、他にも攫うなりしていたか。そして、ミカゲとなったユニは、退治の際必ず信者どもを連れて現場に来ていた。それで怪獣を管理か、操作でもしていた。どうだ?』
ルナが呆然として呟いた。
「どうして……、何で、そんな……知って……でも、ミカゲさんじゃ……」
「兄さん、静かに」
『あのカルトはおかしい。戻るとき、信者の女に貰ったカジノの許可証を回収されなかった。いつもは何を持ち帰ろうとしても回収されるのにだ。恐らく、ヒーローの運営組織と繋がっている。それは、あいつが元ヒーローで、怪獣制作係だからだ。どうなんだ?黒尺』
『……そうだとしたら、君はどうする』
『殺す』
ルナが僅かに身体を揺らす。
『ミカゲならば殺す。そしてお役御免の俺たちは、殺処分前に逃げる』
『……私にそれを話して、どうなると思う。ミカゲや組織に話して、それこそ君が殺されるかもしれないだろう』
『お前に孫が居なければ話さなかった』
(沈黙―黒尺のため息)
『いいか、ミカゲを殺そうとはするな。ミカゲが怪獣を作っているわけではないし、奴を殺そうとしても意味はない。……君の考えは、一つの説としては面白いと思うが、私には判断しかねる。私は、ただ彼らの主治医だっただけだ。……君も、もう詮索など、何もしないことだ。今回の話は、聞かなかったことにしておこう』
『仇をとりたくはないのか』
『仇……?』
(少しの沈黙)
『あのカルトの関係者だろう。……知り合いが怪獣にされていないのか』
顔を青くするルナの横で、イツキが声を荒げた。
「そんなわけないだろ!」
激高して和室に向かおうとするので、俺は車いすを押さえて引き留めた。その横をルナは走り、口を押えてどこか(恐らくトイレ)へ向かった。
こちらの騒ぎが聞こえたのか、和室から2人が出てくる気配がする。俺は慌ててイツキの機械のスイッチを切り、毛布でぐるぐる巻きにして床に置いた。
「何か騒いでいるのかい」
ちょうどそのタイミングで、黒尺が部屋に入ってきた。後ろからソルが続く。
イツキがソルに掴み掛かりやしないかと、冷や冷やして車いすを押さえたが、イツキは平然と笑っていた。
「ちょっと、兄さんがお菓子を食べすぎちゃったみたい。そんなに食べられるわけないだろ、って言ったんだけどね」
「そ、そうです!すみません」
「おやおや、後でそこの薬を飲ませよう」
僅かに顔を綻ばせた黒尺に、イツキは続ける。
「ところで、何の話だったの?もう大丈夫?」
「ああ……彼に、少し誤解していることがあったんだ。もう分かって貰えたので大丈夫だ」
ソルはやや眉をひそめたが、黙って僅かに頷いた。
黒尺は窓に目を向け、時計を見る。
「もうこんな時間か。夕食は食べていくだろう。その後で送って行こう」
「いえ、どちらも大丈夫です。俺たちは、もう帰らないといけないので」
「そうか」俺の返事に、黒尺は少し黙ってから続けた。
「家では夕食のときニュースを見るんだが、君たちはニュースを見るかい」
「そんなものを自由に見られると思うか」
ソルの言葉に黒尺は頷き、テレビの様な液晶のついた機械を差し出した。
「君たちに、これを預けておこう」
「おじいちゃん!それは」
「何だこれは」
イツキを制し、黒尺はソルに機械の説明をする。
「これはスマートフォン、略してスマホというものだ。カジノの許可証と同じく、回収はされないだろう。ここを押して起動、これを押せばニュースが見られる。ここに知りたいことを入力すれば、情報にアクセスできる」
「ほう」
「でもそれ、おばあちゃんのスマホ……」
「イツキ、これは預けるだけだ。ばあさんが帰ってきたら、もちろん返してもらう」
「……分かった」
「いや、そんな、別に頂かなくても」
俺の言葉に黒尺は頭を振る。
「預かってくれ。君たちには情報が必要だ」
そう言いながら、ソルにスマホを押し付け、惜しむ様に少し撫でた。
「ばあさんはこんなものよく分からんと言って、電話とニュースを見るくらいしか使っていなかったな。殆どまっさらな筈だ」
続き
第3話
第4話
第5話
前の話:第1話
