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編めることは、誇れること

編み物をしている人に、
今日はひとつ伝えたいことがあります。

編めることを、もっと誇っていい。

私はそう思っています。

「ただの趣味だから」
「編み図を見て編んでいるだけだから」
「人に見せられるようなものじゃないから」

そんなふうに、自分の「編める」を控えめに言ってしまう人がいます。

でも、一本の糸を自分の手で編んで、形にする。

考えてみれば、すごいことだと思いませんか。

編み物は時間がかかります。

何度もほどいたり、
思ったような形にならなかったり、
途中で嫌になったり。

それでも編んでいるうちに、
一本の糸が少しずつ形になっていきます。

編み図を見て編む人もいれば、
編み図を使わずに編む人もいます。

どちらが上でも下でもありません。

編み図を見て、その通りに編めることだって立派な技術です。

記号を読み、
どこに針を入れるのかを理解して、
自分の手で同じ形を作っていく。

私は編み図が苦手なので、
なおさら「編み図通りに編めるってすごいな」と思います。

上手いとか、下手とか。
速いとか、遅いとか。

その前にまず、

「私は編める」

ということを、もっと大切にしてほしいのです。

自分のために編むこともできます。

誰かを思いながら編むこともできます。

編んでいる時間に気持ちが落ち着いたり、
出来上がったものを見て嬉しくなったり。

そして時には、
自分が編んだものが誰かに喜ばれたり、
誰かの役に立ったりすることもあります。

編める手には、
いろいろなことができます。

なのに私たちは、褒められると、

「いえいえ、そんな」
「全然たいしたことないです」

なんて、つい言ってしまいます。

謙虚でいることは、日本では昔から大切にされてきたことです。

私自身もそうでした。

褒めてもらっても、
そのまま受け取ることができなかった時期があります。

はっきり何かを言われたわけではありません。

でも、私がいつものように否定した時、
相手が一瞬見せた表情を、今でも覚えています。

あの時、素直に

「ありがとう」

と言えばよかった。

今はそう思います。

せっかく誰かが「素敵ですね」「すごいですね」と言ってくれたのなら、
その言葉まで否定しなくていい。

自分ではまだまだだと思っていたとしても、

「ありがとう」

と受け取ることはできます。

それは、自慢することとは違います。

謙虚でいることと、
自分のできることを認めることも、
きっと別のことです。

だから、編み物をしている皆さん。

自分の「編める」を、
もう少し誇ってみませんか。

今日、誰かがあなたの編んだものを褒めてくれたら、

まずは「ありがとう」と言ってみる。

それだけでいいと思います。

編めることは、誇れることです。

光恵

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