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其ノ七 「弟が初めて通る道には必ず名乗ります」他四通

皆様、御機嫌如何です。

「時代違いの相談室」では、
少し昔の相談員に、
今の悩みを読んでもらっています。

時代が違えば、
言葉の重さも、
不安の置き方も、
少し変わるようです。

本日は、

「弟が初めて通る道には必ず名乗ります」

他四通にお答へ致します。

それでは、開室いたします。


一通目
「仲良くしている人ほど、本音が分からなくなります」

(ペンネーム)午後の体育館 18歳 女性 高校生

相談

親しい友人ほど、本当はどう思っているのか気になります。

「大丈夫だよ」

「気にしてないよ」

と言われても、本当にそうなのか考えてしまいます。

嫌われていると思っているわけではありません。

でも、近い相手ほど「何か我慢させていないかな」と不安になります。

回答

親しい人の気持ちを大切にしたい。

そのお気持ちは分かります。

然し、人の心を絶えず確かめようとするのは、随分と神経を使ふことでもあります。

「大丈夫」と言はれたなら、先づ一度はその言葉を受け取りなさい。

本当は違ふのではないか。

何か隠してゐるのではないか。

そこまで考へ始めますと、今度は相手の言葉より、あなたの想像の方が大きくなる。

殊に疲れてゐる時は、人の表情や声まで悪い方へ読みやすくなります。

毎度心を覗かうとせず、普段の食事、睡眠、生活を整へることです。

親しい関係とは、何もかも確認し続けて保つものではありません。

時には、言はれた言葉をそのまま置いておけることも、安心の一つなのであります。
(医師)

やわらか返信室より

「本当に大丈夫?」と二度聞いたあと、三度目は少し聞きにくくなります。

相手を気にしているのに、確かめすぎると今度は自分の不安の話になってしまう。

近い人ほど、分からないまま信じる場面もあります。

二通目
「弟が初めて通る道には必ず名乗ります」

(ペンネーム)夕暮れ図書館 31歳 女性 会社員

相談

弟は、初めて通る道へ入る時、

「こんにちは。今日から通ります」

と小さな声で言います。

細い路地でも、橋でも、初めてなら必ずです。

子どもの頃から変わりません。

家族は笑っていますが、私は少しだけ、その姿が好きです。

やはり変わっているでしょうか。

回答

世間の物差しで申せば、少々変はってゐるのでせうな。

道の方から名乗り返してくる訳でもありません。

然し、何でも「意味があるか」で量る必要もありますまい。

昔の旅人にも、初めて入る土地で社へ一礼したり、橋を渡る前に少し足を止めたりする者がおりました。

弟君は、土地へ礼をしてゐるのではなく、

「自分は今、初めてここへ来た」

ということを声にしてゐるのかもしれません。

道を単なる通り道として扱はず、一度会った相手のように覚える。

随分と手間の掛かる歩き方ではありますが、悪いものでもありますまい。

誰にも迷惑を掛けぬ風変はりまで、世間並みに直してしまふ必要はありません。

今度御一緒になったら、

「こちらの者です」

と姉君も一度くらゐ名乗ってみては如何です。

弟君は驚くかもしれませんな。
(作家・文士)

やわらか返信室より

初めて通った道なのに、二度目には少し知っている場所のように見えることがあります。

弟さんには、その一度目をきちんと覚えておく方法があるのかもしれません。

三通目
「褒められると、すぐに否定してしまいます」

(ペンネーム)褒め言葉保留中 43歳 男性 製造業

相談

仕事でも私生活でも、褒められると反射的に、

「そんなことありません」

「たまたまです」

と言ってしまいます。

本当はうれしい時もあります。

でも素直に「ありがとう」と言うと、自分で自分を立派だと思っているようで恥ずかしいのです。

謙遜する方が感じがいいと思ってきました。

回答

謙遜にも、過ぎれば我執がございます。

人があなたの仕事を見て、

「よかった」

と申してゐる。

それを毎度、

「いや、違ひます」

「大したことではありません」

と打ち返す。

御自分では腰を低くしてゐるつもりでも、相手の見立てまで否定してゐることになります。

褒められて得意になる必要はありません。

されど、褒め言葉を受け取ることまで恐れるのは、これも自分を気にし過ぎてゐる姿であります。

「ありがとう」

それで宜しい。

嬉しかったなら、嬉しいままでよいのです。

人から良いものを渡された時まで、

「私は受け取るほどの者ではない」

と自分の値打ちばかり考へておりますと、結局また自分のことで心が一杯になります。

無理に己を低く見せるより、感謝して受け取る方が余程すっきりしております。
(僧侶・宗教家)

やわらか返信室より

褒められた瞬間、「いやいや」と手まで振ってしまうことがあります。

そのあと一人になると、少しうれしい。

素直に喜ぶことより、喜んでいるところを見られる方が恥ずかしい時があります。

四通目
「母が冷蔵庫に毎日お礼を言っています」

(ペンネーム)夜ふかしラッコ 38歳 女性 会社員

相談

実家の母は、夜に冷蔵庫を閉める時、

「今日もありがとう」

と言います。

炊飯器や洗濯機にも、使い終わるとお礼を言っています。

冗談かと思っていましたが、本人はずっと普通に続けています。

年齢のせいなのでしょうか。

回答

まあ、冷蔵庫の方も毎晩礼を申されては、働き甲斐があることでせう。

昔から、人は身の回りの道具を、ただの物としてばかり扱ってはをりませんでした。

針を供養することもあれば、長く使った道具へ「御苦労」と申す人もゐた。

御母様は、それを家の機械へなさってゐるのでせう。

一日食べる物を冷やしてくれた。

米を炊いてくれた。

衣類を洗ってくれた。

もちろん道具に耳はありません。

それでも、毎日役に立ってゐるものへ一言礼をすることで、暮らしを雑に扱はずに済む人もあります。

御家族まで毎晩冷蔵庫の前へ整列する必要はありませんが、御母様が楽しんでゐるなら、そのままで宜しいではありませんか。

夫婦にも家族にも、

「説明すると少し変だが、家では普通」

という習慣の一つくらゐあるものです。
(婦人記者)

やわらか返信室より

家の中には、外の人に話して初めて「うちだけなのかな」と気づくことがあります。

毎日見ているうちに、家族の変わった癖まで家具のように馴染んでいきます。

五通目
「何も言っていないのに、察してくれないと腹が立ちます」

(ペンネーム)説明不足の金曜日 27歳 男性 調理師

相談

疲れている時や嫌なことがあった時、家族や恋人に気づいてほしいと思います。

自分からは何も言わないのですが、普通に話しかけられると、

「見れば分かるだろう」

と腹が立つことがあります。

あとになって、自分は何も説明していなかったと気づきます。

それでもその時は、察してくれない相手が冷たく感じます。

回答

相手は読心術師ではありません。

以上で半分は答が済んでおります。

あなたは何も言はない。

然し、気づけと言ふ。

気づかなければ腹を立てる。

それは相手へ問題を出しておきながら、問題文を渡してゐないのと同じです。

「自分なら分かる」

「このくらゐ察するべきだ」

その考へほど、人間関係を怠けさせるものはありません。

分かってほしいなら、言ひなさい。

疲れてゐるなら、

「今日は少し疲れてゐる」

嫌なことがあったなら、

「今は少し静かにしたい」

それだけでもよい。

言葉を使ふ責任を放棄しておきながら、相手の理解力だけを採点する資格はありません。

そして、偶然察してもらえた時ばかりを「愛情」と呼ぶのもやめなさい。

親しい者ほど言葉が少なくても通じる。

それは長い付き合ひの結果であって、説明しなくてよい免許ではありません。

察してもらへぬ寂しさを語る前に、

自分は相手に分かる材料を一つでも渡したか。

先づそこを反省なさい。

人付き合ひは、沈黙の試験ではありません。
(教授・教育者)

やわらか返信室より

「今日はちょっと疲れてる」と一言言えば済んだのに、なぜか言わずに気づいてほしい日があります。

そして気づかれないと、余計に口数が減る。

自分でも面倒だなと思いながら、そのまま黙っている夜があります。

個人的に思うこと


家族の変わった癖を誰かに話すと、

「それ普通じゃないよ」

と言われて初めて驚くことがあります。

毎日見ているものは、変わっていても変わっているようには見えません。

たぶん人は、暮らしの中でいろいろなものに慣れながら、

自分の家だけの普通を少しずつ作っているのでしょう。


別の相談も届いております。


📖人付き合いの中で、少し気になった言葉の話


📰やわらか返信室が見つけた、小さな人間観察の記録


🌙暮らしの途中で、ふと立ち止まった日の話


📮昔の相談員が、現代の悩みに答える話


筆者紹介

宜しければ、そちらもお読みください。

思い当たることが、一つくらいあるやもしれません。

閉室前にひとこと


昔と今では、
言葉の形も、
人との距離も、
随分変わったようです。

それでも、
少し変わったところまで含めて人と付き合っていることは、
昔も今もあるのかもしれません。

それでは、本日はこの辺で。

また次回、開室いたします。

皆様、御機嫌よう。

では失禮致します。


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