レンタルボックス #1/8
あらすじ
自身が経営するレンタルボックスを、利用者に無断で覗くことをライフワークにしている松下。
「この世に隠し事のない人間なんていない」
松下の前任者であり、長峰レンタルボックスの創設者である長峰先輩の言葉の通りだった。
このレンタルボックスの利用者は、誰もが隠し事を抱えていた。
そのライフワークと好奇心から、松下は様々な出来事に首を突っ込むことになる。
ボックスのシリンダー錠を開けるとき、その扉を開けるときが松下にとって心踊る瞬間である。
ボックスの中には、一体なにが隠されているのだろうか?
118番
居酒屋の喧騒が懐かしく思う。
こうして旧友と飲むのも久しぶりだ。とはいえ、僕はノンアルコールだ。別に酒が飲めないわけじゃないが、あとで車で向かうところがある。
「松下よぉ、せっかく奥さんの許可が出たってんなら車で来るこたないだろう」
「そうだ。毎度毎度、俺たちの誘いを断りやがって」
友人ふたりは、もうできあがっている。
「いや、そもそも玲には言ってないよ。小さい娘を任せたまま僕だけ飲みに……、とはなかなかね。仕事を抜けてきたんだ」
「なんだ、例のレンタルボックスか。調子が良さそうじゃないの」
「実際そうなんだ。大学の頃の先輩から譲ってもらったものなんだけど、44個あるボックスはほぼ埋まっているし」
「羨ましいよ。で、その気前のいい先輩はどうしたんだ?」
「亡くなったよ。病気だったんだ」
「……そうか」
しんみりとした空気が流れる。このタイミング、とばかりに僕は立ち上がった。
「さあ、ごめんだけどそろそろ行くよ。これで足りるかな」
「ああ、全然。悪いな、飲んでないのに」
「おい、松下、今度は奥さんに許可もらってこいよ」
僕は何度も頷いて居酒屋をあとにした。
僕は付き合いはあまり良い方じゃないかもしれないが、義理は果たす方だと思う。
長峰先輩の残したレンタルボックスの経営もちゃんとこなしている。
もともと僕は自動車ディーラーの営業マンをしていた。三年目に入りお客さんがやっとつき始めた頃に、先輩の病気のことを知った。
新卒で入社した会社で、定年まで勤め上げるつもりだった。それでも、今際の際の人間に託されたものを、僕は無碍にできなかった。
先輩は独自の人生観をもっていた。のほほんと生きていた僕は、先輩からいろんなことを学ばせてもらった。
先輩は僕より二つ歳上で血液型がA型の典型的なミニマリストだった。そんな最小限で生活している人間だからこその見える景色があったのかもしれない。
僕の大学生活は退屈なものだったが、振り返ればいつだって先輩との会話が浮かんでくる。
「なんでレンタルボックスなんですか? 借金して土地を借りてまで」
いつか僕はきいた。先輩は倉庫管理主任者の講習会を受けてきたばかりだった。
「レンタルボックスを借りるのなんて二種類の人間だけだよ」
「二種類?」
「お片付けができないか、隠し事がある人間さ」
「んー? そうかなぁ」
「まあ聞けよ松下。前者は置いといて、後者の方さ。この世に隠し事のない人間なんていないだろ。まともに生きてきていればな。つまり全ての人間が顧客になりうるってことだ」
「先輩にはあるんですか? 隠し事が」
「俺か」先輩は笑った。「俺はまともじゃないのかもな」
あれは、どういう意味だったのだろうか。単に「隠し事なんかない」と言いたかったのか。
長峰レンタルボックスには、1階に8帖のボックス(コンテナ)が17個、4帖のボックスが3個、2.6帖のボックスが3個ある。2階は1階と同じ配置で、そのままボックスが重ねられていて、タラップ(階段)を使って行き来ができる。また、2階は1階に比べて8帖のボックスが2個少ない。つまり全部で44個のボックスがある。
この中で、経営していた先輩自身が使用していたボックスがある。
出入り口を入って右側にある118番のボックスだ。
先輩は亡くなる間際に118番のボックスの中身を処分するように僕に言った。
あれから一年経った。
118番のボックスは一度も開けていない。どうして? 開けると先輩の死を現実として受け止めなくてはならなくなるから? いや、申し訳ないが長峰先輩とはそんな馴れ合った関係ではなかった。
僕は車を駐車場に停めて、長峰レンタルボックスの敷地に入る。手には118番のボックスの鍵を握っていた。
先輩、ボックス開けますよ。
先輩との義理を果たすときがきた。
ボックスの鍵穴に鍵を差し入れる。うちのレンタルボックスは南京錠ではなく、全てシリンダー錠に変更されている。
ガチャ。
周りは田んぼ。静かな夜に開錠の音が響く。
「ああ、そういうことですか」
ボックスから黴のようなにおいがする。それはそうだ。一年ぶりに開けたのだ。
ソファーのクッション。
埃を被ったテーブル。
雑誌の山。
シェードの破れたスタンドライト。
足の折れたベッド。
片方だけの靴。
ブラウン管のテレビ。
8帖のボックスは先輩の残骸で埋め尽くされていた。
先輩はミニマリストなんかじゃなかった。いや、そうかもしれないが、少なくとも〝お片付け〟ができない人だった。それは先輩の隠し事だったのかもしれない。つまりは、自分の生き様からレンタルボックスの需要を見出していたのだ。
もっと、先輩のことが好きになりました。
僕はこの一年、このときを心待ちにしていた。中に何があるかをずっと想像していた。この心踊る瞬間のために一年かけて熟成させていたのだ。
やっぱり、と僕は思う。
この仕事は天職かもしれない。
11番
長峰レンタルボックスの出入り口を入って目の前にある2.6帖のボックス、11番が僕が使用しているボックスだ。
鍵を入れてシリンダーを回す。
中にはノートと簡易金庫がある。そして、小さな机とイス。
僕はイスに座り、机にノートを広げ、118番のボックスと先輩のことを書いた。このノートに僕は、レンタルボックスの利用者の記録をつけている。
なぜ、そんなことができるのか。
その答えは簡易金庫の中にある。
簡易金庫を開けると、中に鍵が入っている。この鍵は、長峰レンタルボックスの全部のボックスを開けられるマスターキーとなっている。僕が勝手に作ったものだ。
僕は全てのレンタルボックスを開けて、中を覗くことができる。
先輩の言った通りでした。
隠し事のない人間なんていない。
僕が記録した全部、全員に隠し事がありました。
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