【百合小説】隣の彼女は秘密を知っている<2>【創作大賞2025】
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第1章
2
「……え? 好きな人いるの?」
「うん、バスケ部の先輩。言ってなかったっけ?」
中学校、昼休みの教室。当時私と一番仲の良かった彼女は、そう言って頬をほんのり赤らめた。軽い喧騒の中で、誰にも聞かれないように指を立てて「しー」と軽く口に当てる。
——あ、かわいい。
そう思った瞬間、胸の奥がふわりと温かくなる。今思えばきっとこれが、私の初恋だった。
自分の性的指向がマジョリティー側でないことは、十四歳のその頃に認識し始めたのだと思う。
私は昔から、好きな子には優しくしたくなる性分だった。悩んでたら寄り添いたくなるし、困ってたら支えたくなる。だから自然と、私はその子の「相談相手」になっていく。
その悩みは様々だったが、なかでも多かったのは、やっぱり恋愛の話だった。
高校一年の頃、私は、同じクラスの小柄で小動物みたいな雰囲気の女の子を、好きになったことがある。名前は咲(さき)。話す時に表情がころころ変わり、嬉しい時は本当に嬉しそうに、悲しい時はオーバーなくらい悲しむような、可愛らしい子だった。
ある日、いつものように教室で昼食をとっていた時。彼女から、不意打ちのような言葉をかけられた。
「ねぇ私、女の子に告白されちゃったぁ」
「……え?」
日常会話を話すような彼女の軽い口調に、一瞬、自分の耳を疑った。私は反射的に瞬きをひとつした後、問い返す。
「だ、誰に…?」
「え、隣のクラスの——ま、それはいいんだけどさ」
咲はさらっとその質問を流す。話の本質はそこじゃないと言わんばかりに、彼女は続けた。
「ほんとにいるんだね、そういう人」
その言葉に、私の心臓が跳ねる。しかし彼女の表情は、普段と何も変わらなかった。話し方にも、嫌な感じは一切ない。自分が当事者になることの驚きが微かに滲みながらも、偏見のない、まるで日常の出来事のような、そんな雰囲気。
「……どう、思った?」
口をついて出たその声は、想像以上に真剣な響きを帯びていた。だめだ、こんなふうに聞いたら。もっと軽く、さらっと聞かないと。
気づかれないように、ゆっくり息を吐く。
「え?どうって…ごめんなさいって。私、好きな人いるから」
咲は、知ってるでしょ?と言わんばかりの表情で、そう答えた。
あぁ、そういうことではなく、女子が女子に——そう聞き返そうと思ったが、慌てて口をつぐむ。そんなことを聞いたら、私が「気にしている人」だと思われる。彼女に変に思われることだけは、絶対に避けたい。
とにかく、咲はこういうことに差別的な感情を抱くタイプではないのだろう。そのことに、私は胸を撫で下ろした。
「そういえば、話変わるんだけどさ。この前、あの人がね——」
咲がふいに声のトーンを変えて、ぱっと笑った。「好きな人」のことを思い出したのか、すごく楽しそうに、目を輝かせて話し始める。
普通なら少し困惑するくらいのその切り替えも、咲らしくて、私は思わず微笑んだ。
しかし。
「あの人と駅が一緒だったんだ!」
「この前ケガした時、手当してくれて…緊張したぁ」
「でもね、そのあと、デートに誘われたの!」
その後昼食の間中、私に取っては耳を塞ぎたくなるような話を、咲は楽しそうにし続けた。
あぁ、聞きたくない。そう思いながらも、彼女の隣から離れられない。だって彼女は——好きな人の話をしている時のその顔が、どんな時よりも一番、輝いているから。
名前の通り、ぱっと花が咲いたように、彼女は笑う。彼女が笑うと、その周囲まで眩しく輝きだすようで、その瞬間が、私はたまらなく好きだった。
きっとその時を一番見ているのは、咲の好きな人よりも、私だ。そこだけは、その人に勝ったような気になる。ほんの少しだけ、宝物を見つけたような、そんな胸の高鳴りさえあった。
——でもそんなささやかな優越感も、すぐに打ち消される。
「あ、先輩!」
教室の入り口に、咲を探すような仕草で立っていたのは、噂の「その人」だった。咲は弾かれたように席を立ち、たたっと駆け寄っていく。
咲がその人を見つめるときの表情は、柔らかくて、優しくて、愛しさが滲む。それは、決して——私に向けられることのないもの、だった。
——ああ、私はあれに、届かないんだ。
胸の奥がひどく冷たくなる。たとえ誰よりも隣で笑顔を見たって、それは『好きな人に向ける顔』じゃ、ない。
だから、私の気持ちは、きつく蓋をして、誰にも見えないところにしまうことにした。見つからないように、知られないように、心の奥の、奥底に。
自分を守るには、それしかなかった。
◇
咲とは、中学卒業以降、連絡を取ることをやめた。そして高校でも、私は似たようなことを何度か経験した。
想いを伝えることもできず、ただ隣で笑って、その子の恋を応援する役になる。その苦い記憶は、『私は誰からも選ばれない人間なのだ』という絶望を、私に深く刻み込んだ。
どうして、私だけ、ダメなんだろう。そう思うたび、胸がぎゅっと締め付けられる。
そのうちに私は、『恋自体に興味がない人間』を演じるようになっていた。恋愛の話題が出れば、ふと興味なさげな表情を浮かべ、話題を逸らす。演じるのは意外と簡単で、恋愛から離れたまま、すぐにうまく周囲に溶け込むことができた。
輝くような幸せもない代わりに、胸が凍るほどの苦しみもない。私はもう、あの苦しみを、味わいたくなかった。
これが私なりの幸せなんだ。何年かかけて、やっとそう思えるようになった頃。
——私は、出会ってしまった。
「『私の席を取らないで』と、どうして言ってこないの?」
私の「特等席」に、まるで当然のように座っていた彼女。きらきらと輝くその瞳の中に、私をまっすぐに捉える。そして私の誰にも触れさせなかったところにまで、いとも簡単に手を伸ばしてきた。
もう恋なんてしない。どこかの歌詞のように、ずっとそう思い続けてきた私を、無理やりまたそこに引き摺り込んだ、深月菜奈。
彼女は——私の固く閉ざしていたはずの世界に突然飛び込んできた、ただ一人の人、だった。
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