白滝童子の化け物退治珍道中、三の巻
【前回のあらすじ】
玉尊帝の御代、文化爛熟の都を離れ、白滝童子は旅仲間の白拍子・魔府院と共に感東・武蔵ヶ原へと旅立つ。
次なる国、祭珠の地にて。
寂れた宿場町にて、語りを乱す怪異──堕災球・苦斎球と遭遇。
童子は扇子を構え、魔府院は舞いながら跳ね返り、化け物共による怪異を調伏する。
やがて二匹は、しまうら屋の蔵の前にて御印「な」を得る。
煎餅の香ばしき風が漂い、異形怪異の一件落着を祝う場面へ──
洒落と怪異と語りの余韻が、読者の心にぺんぺんっと残る一章となった。
これまでの物語、零の巻、二の巻
【主な登場人物】
🦊千年稲荷(せんねんいなり)
日乃本国・感東地方に鎮座する瑞宝堂の巫女。白滝童子の師匠。
神託を授ける霊的存在で、口癖は「あーれーまー、なんですとー!」
童子を送り出したあとは、旅の成就を見守っている。
🐣白滝童子(しらたきどうじ)
式札を操る陰陽師見習い。語尾に「ぺん」をつける癖あり。
日乃本四十七の地を巡り、「いろはの御印」を集める使命を帯びる。
実はかなづちで泳げない。
💃白拍子・魔府院(まふいん)
性別不詳の艶やかな舞い手。オネエ口調で華やかに舞い魔を祓う。
「野暮ねぇ、そんなもんどっちでもいいのよぉ!」が口癖。
シマウマのくせに縞がない。白黒つけるのが嫌い。

『湯煙の里、怪異を祓いてまったり湯に浸かりて候』
その国境の峠には湯気と香ばしさと、うっすらとした未知なる気配が漂っていた。
祭珠の国にて事件を解決した白滝童子と白拍子・魔府院は、次なる国へ向かって街道を進んでいた。
次なる訪問先、単馬の国との境の山道に差しかかる頃には、騒々しい腹の虫をなだめるため二匹は峠の茶屋で、腹ごしらえをする事にした。
「あらやだ、これ美味しい!さすが、名物の釜めしよねぇ。いくらでも食べられそう」
一つ目の釜めしをあっという間に平らげた魔府院は、となりでちゅるちゅるとこんにゃくをすすっている白滝童子を横目にお茶を一口飲み、お腹をなでながら六分目くらいの満足感にふぅと息をつき、空を見上げた。
「この辺りはのどかねぇ。空気も済んでるし、ご飯も美味しい……って、あら?なんだろうこの匂い」

魔府院はどこからともなく漂ってくる匂いに鼻を引くつかせ、それに心当たりがある気がしていた。
白滝童子も、小さな釜めしを食べ終えるとお茶をすすりながら、匂いを追うように顔を動かしている。
「ああ、そうだわ。これ、温泉の匂いよ。そう言えば、この先の単馬の国って、有名な温泉地じゃなかったっけ?」
そう言いつつ着物の裾をめくり、自分の足、太ももやふくらはぎを撫でる魔府院。
どうやら旅の疲れが溜まってきたようだった。
武蔵ヶ原、瑞宝堂を出発して数日たつが、彼等の師匠である千年稲荷、毬藻御前の言いつけにより人間用の宿には泊まれず、寝泊まりはすべて野宿だった。
その為、全身だる重く、がちがちに凝っていた。
「はぁ~。たまにはふかふかのお布団で寝たいものねぇ。毎度地面に寝っ転がってるせいで、身体があぁ、あうぅー!あ、そうだ!温泉よ、温泉!折角名湯のある国に来たんですもの、ちょっと身体を労わるくらい、良いじゃな~い?」
茶屋の縁台から腰を上げ、着物の乱れを軽く直しながら魔府院が嬉しそうに腰を振る。
「いいわね、いいわね。お・ん・せ・ん・よ~。温泉!凝りもほぐれるし、お肌もつるっつるよぉ!」
「お主の場合は、毛並みが良くなるのではないか?」
店の主人に釜めしの代金を払いつつ、ぼそっとつぶやく白滝童子。
「野暮なことを言わないでちょーだい。温泉はねぇ、日乃本乙女の味方なの!」
腰に手を当て、鼻息を荒げて白滝童子に説教をする魔府院。
(やれやれ……)
茶屋を後にした白滝童子は、仕方ないとばかりに山道を温泉の方角に向かい、歩を進めた。
「こら、あたしを置いて先に行くんじゃないわよ!」
荷物を求めて担ぎ上げ、後を追う魔府院。
疲れていても脚力は抜群だった。
「さすがは馬じゃな」
「言っておきますけど、シマウマって、馬じゃないのよ?」
感心したような素振りの白滝に、魔府院は意外な告白をした。
「なんと、お主は馬ではない、と?」
白滝童子の小さなつぶらな目がますます丸くなる。
「ろばに近いんですってぇ」
ドスのきいた魔府院の言葉。
それが何気に彼女の心中を物語っていた。
「……ってね、そんなのど~でもいいのよぉ。あたしは魔府院。踊ってなんぼの白拍子。ささ、早く温泉に行きましょ。ってまあ、今夜は満月だしぃ。月見て一杯、露天風呂って言うのもいいかも知れない」
もはや風呂の事しか頭にない魔府院。
それを見て白滝童子は幾ばくの不安を覚えながら、辺りの様子に目を凝らした。
「おおー!こ、これは見事な玉菜でござる。大地の恵みと、百姓衆の慈しみが立派な玉菜を育ててござる」
辺り一面、美しい緑色の玉菜畑だった。
大きく育った玉菜が外葉の濃い緑色に包まれ、たわわに育っている。
そして、それを見た魔府院が目をむき、鼻息を荒げていた。
「ん、まああーー!何て立派な、美味しそうな玉菜!鮮度ばっちり、滋養たっぷり!美容にもとってもいいのよぉ~」
涎を垂らしながら力説する魔府院。
目玉も玉菜のように丸くなる。
「どうせ、あれが食べたいだけでござろう?あそこで刈り取りをしている農夫殿にお頼みしてみるでござる」
その場で足を踏み鳴らし舞を始めた魔府院に代わって、畑に向かった白滝童子。
そこで、思わぬ光景を目にする事になった。
「な、なんとこれは?!」
2反ほどの畑には綺麗な列を作って立派な玉菜が植えられていた。
白滝童子の進む畝と畝の間から見える光景は、まさに圧巻だった。
しかし、畑を奥に進むにつれ急に玉菜の様子が変わり始めた。
葉は萎れ、食材となる部分は茶色く変色し枯れ始めていた。
また別な畝に生えているものは、残念なことに腐ったりしていたのである。
「やや!これは異なことでござる。道に近い場所の玉菜は見事に育ってござるが、何故この畑の奥に行くにしたがい、かような状態に……」
白滝童子は畝沿いにしゃがみこむと、そこにある玉菜と地面の土を手に取った。
「ふむ。土は適度に湿っておる。食害にてあだなす虫共もおらぬ様子。最近は日照りの被害も出てはおらぬでござるぺん。百姓衆の仕事も丹念でござる。はて、となると?」
白滝童子は、手にした扇子で自分の頭をペペペんと叩いてみた。
その脇に、畝の作物を踏みつけないように気を使いながら、魔府院がやって来た。
片手に農夫から貰ったらしい、玉菜が握られている。
魔府院は玉菜をかじりながら、もごもごと話した。
「ひゃんかねぇ、最近畑にひぇんら化け物が来て、悪さをひていふんでふってぇ……げぷ」
「お主、品がないでござる」
白滝は開いた扇子を顔の前にかざし、じとりとした目で魔府院を見る。
「ひひーーん!」
魔府院は腰を振り、品を作っていなないた。
「おおぅ、それよりも怪異がある、と?」
「ええ、そう。何でも玉菜畑でかんかんって金物の音がして、霧のようなものが湧いて出るんですって。その後、作物がこうなっちゃうみたいね。それと、玉菜が消えるそうよ」
「消える?玉菜がでござるか?」
白滝童子はその場にしゃがみこんだまま、つぶらな目をぱちくりさせると、くちばしを半開きにして魔府院を見上げていた。
「化け物共の妖術でござるか?さもなくば、南蛮渡来の『まぢつく』という術法でござるか?」
「さぁね?でもぉ、食い荒らした形跡はないから、普通の獣の仕業じゃないわねぇ」
そう言うと魔府院は残りの玉菜をばりばりとかみ砕き、嬉しそうに飲み込んだ。
「どっちにしろ、こんな上等な野菜を駄目にするなんて、許せないわよぉ!見てらっしゃい、必ず尻尾を抑えてやるんだから!」
鼻の上にしわを寄せ、歯をむき出しにして彼女は腕を振り回す。
びゅうーん!
振り回した着物の袖が風を呼び、砂ぼこりが舞い上がった。
「魔府院の食い気はともかく、お百姓衆の丹精込めた作物が怪異に荒らされること、見過ごせぬでござる。ぺん!解決してみせるでござる。ぺぺん!」
そして決意新たに、扇子をぴしゃりと打ち鳴らす白滝童子。
怪しい霧の立ち込め始めた畑の中を、魔府院と共に進んでいった。
ひたすら玉菜の植えられている広い畑。
二匹は用心しながら、そこに漂う化け物共の妖気をさぐった。
すぽん!
いきなり二匹の目の前で、丸々と立派に育った玉菜が突如、地面に吸い込まれて行った。
「およよよ!」
驚いて、ぴょこーんと後ろに跳ねる白滝童子。
すぽん!
すぽぽん!
「あれまぁ!」
次々と、玉菜が地面に飲み込まれ、目の前から消え去って行った。
魔府院も驚きのあまり目玉が落ちそうなくらい、目を見開いた。
「こ、これは……?」
懐の式札に手をかけ、辺りを警戒する白滝童子。
「怪異の原因が地中にあるとしたら……それだと地中から引きずり出さなきゃだめよ、白滝ちゃん」
二匹が見ているその間にも、玉菜がぽこんぽこんと立て続けに、地面に飲み込まれるかのように消えていく。
「まずいわっ!このままじゃ畑の玉菜は全部土の中よっ!」
「わ、判っておるでござる。魔府院よ、お主の舞で化け物を地上に引きずり出すでござる……ぺ?」
化け物討伐の支度を……と思ったその途端、二匹は更に異様なものを目にすることになった。
玉菜と玉菜の間に、ひょい!
一本のふさふさしたしっぽが現れた。
それは二匹が見ている目前で、するする~っと玉菜の間を駆け回る。
まるで玉菜を検分するかのように叩きながら進むしっぽ。
そして、それが急に地面に引っ込むと、次に現れたのはなんと、手足の生えた鉄の茶釜だった。
「うむむ。あれは……この地に伝わるという、伝説の茶釜では……?」
目の前で急に踊りだした謎の茶釜を見つめながら、白滝は首を傾げ腕を組んで考え込む。
「生意気ねぇ。踊りだったら負けないわよ!ちょいとそこの茶釜!あたしと勝負よぉ~!」
どすどす~っと茶釜めがけて突き進む魔府院。
ぶしゅう~!
何と茶釜は盛大に「湯気」を吹き出し、辺り一面、真っ白な霧に包まれた。
「きゃぁ~っ!」
驚いて地面に尻もちを搗く魔府院。
霧はすぐに消え視界が元に戻った。
急ぎ辺りを見回してみたが、そこに化け茶釜の姿は無かった。
「やや、これは……取り逃がしたでござる。しょぼぼぺん」
なすすべもなく化け物の逃走を許してしまった事を悔やみ、うなだれる白滝童子。
そこに相棒の魔府院がそっと寄り添うように立ち、落ち込む童子を慰めようとしてしゃがんだ拍子に、足元に何やら書付のような紙切れが落ちているのを見つけた。
「あら、何かしらこれ。なになに?魔泉堂特製入浴剤?あらやだ、これ魔界の呪詛薬よ!まずいわっ!白滝ちゃん、あの化け茶釜の行き先が判ったわよぉ!」
そんな悲鳴に近い声を上げた魔府院は、白滝童子の櫂手を掴むと畑を飛び出し、街道の下り道を爆走して行った。
道の端には案内札があり『句札の湯の里』と書かれていた。
「こ、これ魔府院よ、ぜぇ……温泉が危ない、はぁ……それは解ったで……ぜぇ、ござるが、あの化け茶釜……はぁ、思い当たる節があるでござる。ぜぇはぁぺぺぺん!」
魔府院に捕まれ、怒涛の走りに半分目を回しかけている白滝童子が、ぜぇはぁしながら声を絞った。
「ええ、そうね。由緒あるお寺に祀られてるって、曰く付きの話でしょ。けど、今はそんな話を聞いてる場合じゃなくってよ!乙女の憧れ、秘湯名湯の温泉が、一生使い物にならなくなるかも知れないのよ!」
魔府院は目を血走らせ、鼻息荒くぶっひぃーーん!と、ほぼ馬の様にいななき猛烈な走りを見せた。
戦場における、伝令役の早馬もびっくりの脚力だった。
「おお~んせぇ~ん!温泉、温泉!」
疾風怒濤の大穴、魔府院。
見事万馬券……にはならないのがこの世の常である。
「ぜぇはぁ……に、匂うわよぉ。間違いない!ここに、あれがいるわ」
肩で息をしながらも獲物を逃がさない魔府院。
さすが、化け物退治の玄人である。
「せ、拙者は目が回ってござるぅ~、ぺ……ん」
しかし一息つく間もなく、二匹は揃って名湯名高い『句札の露天風呂』へ急いだ。
さて、息を切らして露天の温泉場にたどり着いた二匹。
その入り口には、ここ句札の名湯に関する効果効能の立て札があった。
【句札の湯効果効能・打身捻挫筋肉痛、美肌保湿及びぽえ~ん、ほげほげ】

なぜか最後の(及びぽえ~ん、ほげほげ)については、後から書き足したような跡があった。
立札の効能書きを読んだ二匹は一応ほほうと感心しつつ、そろりそろりと足を運んだ。
「ま、魔府院よ。気を付けるでござる、何とも異様な気配が充満しているでござる。ぺんぺぺ」
歩きながら辺りを見回し、異様な「気の流れ」に身震いをする白滝童子。
「ええ、気をつけましょう。これだけ強烈な妖気を放つ化け物ですもの、絶対近くに隠れているわ」
そう言いつつ、着物を脱いで温泉に浸かる気満々の魔府院。
脱衣籠に着物をホ織り込むと、豆絞りの手拭いを手に、眼前の温泉を覗き込む。
「こ、これこれ……これから化け物退治をするのでござる、のんびり湯に浸かってる場合ではない……ぺん?」
「あのねぇ、作戦よ、さ・く・せ・ん。あたしたちが『ほげらぁ~』って湯に浸かってたら、きっと相手は近寄ってくるはず。そこで退魔護法を使うのよ~」
声をひそめ、白滝童子の耳元でぼそぼそと説明をする魔府院。
一見、食い気ばかりのように見える魔府院であるが、やはり腕利きの退魔師のようである。
説明を聞き納得した白滝童子も、するりと衣装族を脱ぎ去りてちてちと湯殿に向かって歩を進めた。
「なるほど、ゆったりくつろいでいると見せかけ、敵を油断させる戦法。さすが護法策士、魔府院でござるぺん」
「あたしをただの白拍子なんて思ったら、大事なところ蹴っ飛ばして千畳敷にしてあげるわよぉ」
手首をこきこき鳴らす魔府院。
(……怖いぺん)
こっそり呟く白滝童子だった。
かなり熱めの温泉は物凄い温泉臭を放ち、湯気が立ち込め風情を更に高めていた。
「では、ひと風呂浴びるとするでござ……?」
かさ。
物音がした。
かさかさ。
「ちょっ、来たみたいよ……」
「そのようでござるな……まずは湯に浸かるでござるぺん」
ちゃぷん。
どっぽーーん!
「それがし泳げぬでござるが、ここは足が着くでござるぺん。……およ?およよ、ぽええ~ん!旅の疲れ……いや、もう旅などどうでもいい感じがするでござるぺん。この湯のぬくもりに身を任せれば天下泰平でござる。ぺん」
すっかり骨なしチキ、げふふん、あいや骨抜きにされた白滝童子である。
「あふうぅぅーーん!極楽ねぇ~。ほんとにほげほげぇ~」
魔府院も目をとろ~んとさせ、となりにいるのがちびの相方ではなく、筋骨隆々な殿方だったらなぁ~、などと妄想逞しくしていた。
恐るべし、魔泉堂入浴剤!
効能凄まじく、あっという間に温泉の『魔力』に囚われてしまった、二匹の運命やいかに?
半刻ばかり湯に浸かっていた二匹。
急に魔府院が、現状に妙な違和感を感じ始めていた。
「ほげぇー!あら?なんかあたし達、大事なこと忘れてない?」
仰向けになって、ぷかりと湯の上に浮かんでいる白滝童子が面を上げた。
「ぽえ~ん!そう言えば、何かを探してここへ来た気がするでござる、ぺん?」
二匹そろって顔を見合せた。
その時、陸の方から物音がした。
かさかさ、かちゃ。
かちーん!
金物の響く音が、静かな湯殿に響き渡る。
それが合図となったかのように、二匹の呪縛が解けた!
「おのれ化け物め。観念するでござる!拙者の術にて、成敗するでござる。ぺん」
白滝童子は、呪縛が解けた勢いのままぴょこんと湯の中から飛び出し、陸の上を脱衣籠に駆け寄り式札を手にすると捕縛術式を発動させた。
「でたわね、物の怪!」
魔府院も盛大に水しぶきを上げながら陸に上がると、白滝童子の術式と合わせるように護法結界の印を組む。
二匹の目前にはひっくり返った竹籠があり、それががたがたと音を立てて震えている。
「姿を見せるでござる、化け物め!」
かちゃかちゃかちゃ……
『おい、あんまりくっつくなってぇの。おめぇの茶釜は熱すぎて、俺の葉っぱが萎びちまう!』
『そんなこと言ったてぇ、おいらはこの茶釜に封印されてるんだぽん。無理言わないでくれだぽん』
竹籠の中からくぐもった声が聞こえてきた。
「おい、おぬしら一体何を話してござるか?さっさと表に出てくるでござるぺ~ん!」
ちゃんかちゃんかちゃん……
と、急に妙なお囃子が聞こえてきたかと思ったとたん、竹籠が跳ねのけられ、中から化け物が飛び出してきた!
そこに現れたる化け物二体。
大玉菜の化け物と、胴体が茶釜の化け狸だった。
二体の化け物は、じっとこちらを睨みつけている。
「あらまぁ!いやねぇ。見ちゃだめよ~ん」
恥じらいながら、豆絞りの手拭いで身体の前を隠す魔府院。
「うるせぇ、やかましいぞこのおかま野郎!」

大玉菜は魔府院に向かって『絶対に言ってはいけない言葉』を口にした。
「なんですってぇぇー!許せないわっ!白滝ちゃん、思いっきりやっちゃって!」
魔府院は茶釜の音に負けじとばかりに地団太を踏み鳴らし、結界を強化する法術の舞を舞った。
それを見た大玉菜は、いっそう声を荒げて襲い掛かってきた。
「おらぁ~!てめぇら、もういっぺん、ぽえ~んとなりやがれぇ!玉菜の恨み、思い知れぇ!」
大玉菜の化け物は湯殿の湯気を吸い込みながら、体表をぶるんぶるんと震わせ、白滝たちを目掛けて思い切り『玉菜腐敗汁』を放った!
ぶしゅううう~~~っ!
湯気とともに飛び散る玉菜汁が、結界の端を濡らし、魔府院の舞台を一瞬揺らす。
魔府院の舞が一瞬止まった。
「くっ……結界が揺れたわ!でも、まだ崩れてない!」
魔府院は足元を踏みしめ、再び舞の調子を整え直す。
「拙者の術、見せてやるでござる!ぺん!」
白滝童子は式札を空中に放り投げ、両手で印を結びながら叫んだ──
「五芒術式、湯煙封縛陣!」
式札が湯気に乗って舞い、化け茶釜の周囲にペペペのぺん!と貼り付いた!

「あれえ?、なんだかな~?湯気が重いんだぽん!動けないんだぽん!」
化け茶釜は湯気に包まれ、動きが鈍る。
「うむ、次の一手で決めるでござるよ、魔府院!」
「あいなぁ!用意は周到、何時でもいらっしゃ~い!」
二匹の息が完全に合致した。
白滝童子と魔府院の術式が炸裂する。
「五芒術式、光華浄爆」
「星辰護法、夢菜塩葬」
「あひょー、しおしおしお~!」
「ぽえ~?あぢぢぢーーっ!」
大玉菜は、光の粒子に包まれ、霧のように消えていった。
そして後には何の変哲もない、普通の茶釜が一つ転がっていた。
白滝童子は茶釜を拾い上げ、蓋を取ってその裏側にとある印を目にした。
『ち』
魔府院もその文字を確認し、嬉し気に喜びの舞を舞った。
「やったわねぇ、白滝ちゃん!御印を手に入れたわよ~。後は、この茶釜を持ち主の元へ戻せば一件落着~」
「ちゃんをつけるな、と言うてござる……」
その後、二匹は農作業をしている百姓衆から茶釜が奉納されていたお寺の藩士を聞きこみ、その寺「菜光寺」へ茶釜を持って向かう事にした。
「おお、なんとそのような怪異が起きておったと……これは拙僧の不覚といたすところ、再度修行に励み、二度とこのような事態が起きぬよう心得まする」
「安心してちょうだい。呪詛薬にまみれた温泉も、もう直ぐ元に戻るから心配ないわよぉ~。」
魔府院が口元に前足を当てながらにこやかに言う。
白滝童子から事の顛末を聞かされた住職は平身低頭したまま、顔を上げることをしなかった。
住職の、見事な頭の輝きが眩しかった。
「良い心がけでござる。とくと修行に励むでござる。おお、そうだ。これは我が師匠が拙者に授与せし、霊験あらたかな式札。これを茶釜に貼っておくでござる」
白滝童子は茶釜に式札を貼り、旅の続きの為に寺を去ろうと魔府院と共に戸口に向かった。
そこでようやく住職が顔を上げ、白滝たちに声をかけた。
「お役目様。どうか、心ばかりのお礼をお持ちくださいませ」
そう言って、住職は立ち上がり厨に向かおうとした。
住職の側に引き返した白滝童子。
耳元でごにょにょと何かを囁く。
「は?なんと、本当にそれでよろしいので?」
白滝の言葉に困惑の色を隠せない住職。
手のひらでつるぴかな頭を撫でまわす。
「うむ。聞くところによると『あれ』も、この地の名産とか。拙者、あれには目が無いのでござる」
そして白滝童子は目を細めると、嬉しそうに手足をばたつかせた。
それから暫くして、住職は竹の包みと竹筒を白滝に手渡した。
「諸国を巡り怪異を調伏して回られるとの事。どうぞご無事でお戻りくださいますよう、お祈り申し上げます」
住職はかしこまり、丁寧なあいさつをして二匹を見送った。
再び街道筋に戻った二匹、住職からお礼として貰った『釜めしまんじゅう』を頬張る魔府院と、白滝をちゅるんと飲み込む白滝童子。
まんじゅうに舌鼓を撃つ魔府院は、目を剥きながらまんじゅうの食評を始めた。
「おいしいわぁ、このまんじゅう。中の餡がとってもいい味してるのよ。食感も、名産品大野菜が入ってて……いくらでも食べられそう」
「お主はいつでもそうでござろう?底なしの腹につき。うむ。それにしても、この白滝は特別でござる。ペペん。幸せは、一本の白滝から始まる……ぺん」
かくして二匹は次なる国を目指し、のんびりぽえ~んと歩いていくのであった。
(以下次号)
『作者の呟き』
フォロワー&読者の皆さん。
いつも作品を応援してくださり、本当にありがとうございます。
今回の『白滝童子の化け物退治珍道中・三の巻』も、お楽しみ頂けましたでしょうか。
今回の説話では、温泉と怪異、そして『ぽえ~ん』とした幸福感について描いてみました。
湯気の向こうに揺れるもの──それが何であれ、語りの風がそっと包んでくれますように。
この物語はフィクションであり、どこかで聞いたような地名、人名などが出てきてもそれは「架空の名称」ですので、どうか広い心でお楽しみ頂けたら幸いです。
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次回も今回同様、熱量倍増して愉快痛快な物語をお届けしたいと思います。
それではまた次回、noteでお会いしましょう。
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