今日は夫の【私を、お客さんにしなかったこと】に恋をした。― 義姉に「シスターズ」と言われた日。― |2026.07.08
はじめに
このエッセイは、
国際結婚と、海外生活と、マルチリンガル育児の中で、
私が日々つまずきながら、
「わたしらしく生きる」ための実験の記録です。
「毎日、夫に恋する生活を。」
2026年の元旦に、そう決めて、
「今日の夫の好きなところ」を、
一つだけ、言葉にしています。
それだけで、同じ一日が、
少し違って見えることがあります。
完璧な妻でも、理想的な母でもありません。
それでも、結婚と子育てを通して、
女性として、妻として、母として、人として、
成長していきたいなと。
今日もこの記録が、
誰かの生活の中の、
小さな呼吸になりますように。
「私たち、シスターズなんだから」
機関車の展示の前で、
義姉がふっと隣に来て、そう言いました。
子育て、いろいろ大変だと思う。
距離もあるし、文化も違うけれど、
何かあったらいつでも相談してきてね。
今、私たちは家族なんだし、
シスターズなんだから。
私はそのとき、
ありがとう、としか言えませんでした。
言えなかった、が正確かもしれません。
うれしかったのに、
うまく受け取れなかった。
手ぶらで、メトロに乗った日
7月8日。
この日は息子をマミーに預けて、
夫と2人で出かけました。
行き先は、乗り物の博物館。
お兄さん一家と現地で合流する予定でした。
去年、痛感したことがあります。
パリのメトロは、
1歳児を連れて動くには、なかなか手強い。
駅そのものは、
ひとつひとつ違う意匠になっていて、
歩いているだけで楽しいのですが、
階段が多くて、
エレベーターがあるとは限らない。
クーラーのない車両もあります。
ダナンでの移動は、
基本バイクかタクシーです。
だから公共交通機関で子連れ、
というのは私たちの日常にはない。
その分、
去年の私は移動のたびに消耗していました。
この日、マミーが息子を預かってくれたおかげで、
私は本当に手ぶらで駅に立ちました。
みんなで電車に乗るというだけのことが、
やけに新鮮でした。
カニキュルの日は、博物館が無料になる
そしてこの日、
博物館の入場が無料でした。
カニキュル、つまり熱波の期間は、
一部の公営施設が無料で開放される。
暑さから逃げられる場所を、
街として用意しておく、という発想です。
こういうところが、
すごくフランスらしいなと思います。
美術や文化の展示には
子ども向けのサービスデーもよくあるし、
そもそもこの街は、
歩いているだけで博物館みたいなものです。
博物館の前の広場には、
この日だけの特設で、
おもちゃを自由に使える遊戯場が出ていました。
甥っ子と姪っ子と、
大人たちも混ざって、みんなで遊びました。
40度と聞くと身構えますが、
フランスの暑さは湿気がありません。
ベトナムから来た私たちにとっては、
日陰にさえいれば、
日中でもむしろ心地いいくらいでした。
緑と、歴史のある街並みに囲まれて、
半日をゆっくり過ごす。
この街で育った人と、私は家族になったんだな。
こういうとき、
自分の夫はフランス人なんだなって
実感したりします。
その1秒が、ずっと引っかかっていた
そんな一日の中で、
義姉の言葉だけが、
あとから何度も戻ってきました。
なんで私は、
もっとちゃんと喜べなかったんだろう、と。
思い当たることは、ひとつしかありませんでした。
私はこの家に来るとき、
いつも完璧な家族であろうとしています。
食事が終われば、誰より先に立ち上がる。
お礼を言う回数が、明らかに多い。
冗談の輪に、半拍遅れて笑う。
甘えることや、楽しむことより、
粗相がないことばかりを考えている。
長いあいだ、
それは夫の面目をつぶしたくないからだと
思っていました。
外国人の妻が、
だらしないと思われたくない。
この人が選んだ人でよかったね、
と言われる状態でいたい。
でも、たぶん違います。
守りたかったのは、
夫の面目じゃなくて、
自分のプライドでした。
そして、
拒絶されることへの恐怖でした。
ちゃんとやっていれば、がっかりされない。
役に立っていれば、いらないと言われない。
そういう計算が、
ずっと働いていたんだと思います。
だから義姉に
「家族だよ」と言われたとき、
素直に受け取れなかった。
まだ合格していないつもりだったから。
手作りのビーズと、10歳の質問
その日、
甥っ子が私にもプレゼントを用意してくれていました。
手作りのビーズです。
自分で作って、自分で渡してくれた。
大人の優しさには、
気遣いや社交がいくらか混ざります。
でも子どもは、
あげたい人にしか物を作りません。
姪っ子は姪っ子で、
まだ行ったこともない日本について
根掘り葉掘り聞いてきてくれました。
そのお返しみたいに、
まだ10歳にもならない彼女のほうが、
フランスのことを
私にいろいろ説明してくれる。
嫁とか、アジア人とか、
不慣れなフランス語とか、
そういうものが一切ない会話でした。
そして気づいたんです。
私はこの家で、
一度もお客さんとして扱われたことがない。
お客さんでいようとしていたのは、
私だけでした。
隠さなくていい家族
もちろん、
家族だからこそ
越えてはいけない線はあると思っています。
触れないほうがいい話も、
夫婦だけで解決すべきことも、当然ある。
でもそれは、
相手のテリトリーへの尊重であって、
何もかもを隠して、
いいところだけの自分たちで
いなければいけない、
という意味ではない。
7月に入ってから、
私たちはずいぶん壊れていました。
出発の1時間前にお皿が割れて、
乗り継ぎの空港で3時間、詰めたばかりです。
そんな状態のまま来ているのに、
この家では普通に息ができる。
完璧じゃない状態で
ここにいてもいいんだ、と、
この日やっと思えました。
それが成立している理由
そして、
なぜここまでしてもらえるんだろうと考えると、
やっぱり夫に行き着きます。
家族の中でその人がどう扱われるかは、
紹介した側の扱い方で決まると思っています。
「妻を連れてきた」なのか、
「家族が増えた」なのか。
この人はずっと、後者でやってきました。
だから義姉は
義理の姉妹ではなくシスターズと言えるし、
甥っ子は私にビーズを作ってくれる。
家族全員が、
私という人間に関心を持ってくれている。
国際結婚をしていると、
義家族との関係には
いつも薄い膜のようなものがあります。
歓迎されているのはわかる。
でも「お客さん」なのか「家族」なのかが、
どこかはっきりしない。
言葉が完璧じゃないぶん、
冗談の輪から半歩ずれるし、
込み入った話には入っていけない。
私はそれを、
「まあ、外国人だから」で
自分から片づけてきました。
でもあの膜は、
たぶん最初から私の側にしかなかった。
今日の夫の好きなところ
【私を、お客さんにしなかったこと】
機関車の前で、
義姉に「シスターズなんだから」と言われた。
甥っ子は、手作りのビーズをくれた。
姪っ子は、日本のことを
根掘り葉掘り聞いてきてくれた。
私はこの家で、
粗相のないようにばかり考えてきました。
夫の面目のためだと思っていたけれど、
本当は自分のプライドと、
拒絶される怖さのためでした。
これだけ手を広げてくれているのに、
見えていなかったのは私のほうだった。
お客さんでいようとしていたのは、
私だけでした。
そしてそれが成立しているのは、
この人が私を、
「連れてきた妻」ではなく
「増えた家族」として
扱い続けてきたからだと思っています。
今日の夫の好きなところは、
【私を、お客さんにしなかったこと】。
▼ 「靴底まで見ていたこと」昨日の話はこちらに。
▼ ステージを降りた瞬間から、私たちは始まりました。
▼ 屋上で4つの手をつながれた夜から、このシリーズが始まりました。
毎日、夫に恋する生活を。― すれ違いの中で見つけた、たった一つの習慣。―
▼ このシリーズを最初から読む。
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