今日は夫の【靴底まで見ていたこと】に恋をした。― 渡航前に、予約が取ってあった。― |2026.07.07
はじめに
このエッセイは、
国際結婚と、海外生活と、マルチリンガル育児の中で、
私が日々つまずきながら、
「わたしらしく生きる」ための実験の記録です。
「毎日、夫に恋する生活を。」
2026年の元旦に、そう決めて、
「今日の夫の好きなところ」を、
一つだけ、言葉にしています。
それだけで、同じ一日が、
少し違って見えることがあります。
完璧な妻でも、理想的な母でもありません。
それでも、結婚と子育てを通して、
女性として、妻として、母として、人として、
成長していきたいなと。
今日もこの記録が、
誰かの生活の中の、
小さな呼吸になりますように。
カニキュルの日に、走りに出ていく人たち
7月7日。
フランスは40度のカニキュル、
つまり記録的な熱波の真っ最中でした。
日本と違って、
フランスの家にはクーラーがありません。
マミー(夫のお母さん)の家にももちろんない。
普段のフランスの夏は、
日中は30度ちょっとくらいまで上がるけど、
朝夕は15度くらいまで下がる。
だから、朝から窓を閉めて、鎧戸を下ろして、
家の中に熱を入れない。
夕方になったら一気に開ける。
クーラーがない国の夏の過ごし方って、
こういうものなんだなと毎年思います。
だけどカニキュルと言われる気候は、
日中は40度くらいまで上がり、
朝夕も20度以上の日が3日以上続く。
そんな日に夫は朝からお兄さんと走りに行きました。
うちの義家族は、
お義父さんも、お兄さんも、夫も、
みんな走る人たちです。
私は正直、意味がわからないところもある。
でも本人たちは楽しそうなので、
もう何も言わないことにしています。
その後、マミーと私と息子で、
夫と義兄のゴール地点に設定した、
近所の公園にジョインしました。
昼は帰宅後、
マミーが事前に仕込んでくれた
トマトファルシを頂いて。
トマトの中身をくり抜いて、
肉を詰めて焼く、フランスの家庭料理です。
40度の日に、オーブンを使う料理を出す。
これも毎年、
不思議だなと思いながら食べています。
靴の底が、片方だけ減っていた
午後は、夫と2人で
ポドローグ(Podologue)へ行きました。
フランスにある、足専門の診療所です。
足型を測って、
その人の歩き方に合わせた
インソールを作ってもらえる。
そしてこの予約、
ベトナムを発つ前に、
夫が取ってくれていたものでした。
私はこの3年ほど、
首のヘルニアにずっと悩まされています。
腰も、肩も、右半身のしびれも。
産後鬱とはまた別に、
体のほうがずっと痛かった。
その解決策のひとつとして、
夫が探してくれたのがここでした。
きっかけは、私の靴でした。
私の靴の底が、
いつも片方だけすり減っていることに
夫が気づいていたんです。
私は、まったく気づいていませんでした。
毎日履いているのは自分なのに。
義家族はみんな走る人たちなので、
体に無理をかける分、
インソールの調整を定期的にやっています。
だから、一度試してみればいいよ、と。
自分たちが普通にやっていることの中に、
私の痛みの答えがあるかもしれない、
と思ってくれたんだと思います。
2人で歩いた、外の道
マミーが息子を見てくれたので、
夫と2人で、
手をつないでゆっくり歩きました。
これが、
ベトナムではほとんどできないことなんです。
ダナンでの移動は、基本バイクです。
暑いし、距離もあるし、
歩いて出かけるという発想がない。
そして普段は息子がいる。
2人で並んで歩く時間が、
生活の中からきれいに消えていました。
だからこの日、
ただ道を歩いているだけなのに、
すごく久しぶりの感じがしました。
通訳してくれた、ということ
診療所では、
夫が全部フランス語で進めてくれました。
受付も、症状の説明も、
先生とのやり取りも、支払いも。
そして、
先生の話を私に通訳してくれました。
これが、地味にうれしかった。
私もフランス語が多少話せます。
だから普段、家族といるときに
夫が通訳に入ることは、ほとんどありません。
会話には入れるし、
自分のことは自分で言える。
でも、ネイティブのようにではない。
話題が難しくなると、
急についていけなくなります。
みんなが笑っているのに、
自分だけ数秒遅れている。
そういう瞬間が、けっこうある。
そして「わからなかった」と言うのは、
なぜかいつも少し勇気がいります。
せっかくの会話を止めちゃう気がして、
わからないと言い出しにくくなる。
この日は医療の場だったので、
夫は最初から通訳する前提でいてくれました。
わからないと言わなくても、
わからないかもしれない前提で
扱ってくれた。
その配慮のほうが、
インソールよりうれしかったかもしれません。
フランス語で、ぐいぐい前に出る人
もうひとつ、新鮮だったことがあります。
普段のベトナムでは、
私たちはどちらも外国人で、
どちらにとっても外国語の場所にいます。
だから何かを進めるときは、
だいたい一緒に前に出る。
力を合わせあって理解して、
解決する必要があるから。
でもここはフランスで、
夫の母語で、夫の国。
ぐいぐい前に出て、
専門用語をやり取りして、
こちらを振り返って説明して、
また向き直って質問する。
その姿が、
ただただ格好よく見えてしまいました。
診察とインソールの製作をしに
ラボに来ているだけなのに、
日常生活で忘れていたときめく感覚が、
そこにしっかり戻っていました。
最近、家の中では、
私たちはお互い
「パパ」と「ママ」としての役割で
気持ちがいっぱいで。
誰が息子を見るか。
誰が食事を用意するか。
役割の話しかしていない。
でもこの午後の夫は、
パパじゃなくて、
音楽フェスのステージを降りた瞬間に
声をかけてきた、
あの一人の男の人でした。
▼ その日のことは、こちらに書いています。
歪みが、まったく同じだった
そして測定の結果が、面白かった。
膝の向きも、
足の裏の癖も、歪み方も、
夫と私でまったく一緒だったんです。
先生が笑いながら、
似たもの同士のご夫婦なんですね、と。
私たちは、
生まれた国も、育った文化も、
話す言葉も違います。
考え方も、しょっちゅうぶつかる。
最近は、特にそうでした。
なのに、足の歪み方は同じ。
たぶん、
同じ生活を同じだけしてきたからだと思います。
同じ床の上を歩いて、
同じ子どもを抱き上げて、
同じ坂を上ってきた。
違うところばかり数えていたけれど、
体は勝手に似ていってたんだな、と思ってみたり。
痛みを、一人で持たなくてよかった
あとから効いてきたのは、
この日の中身より、
予約を取ってくれていた、という事実のほうでした。
私はこの3年、
体の痛みを
自分の問題として扱ってきました。
自分で病院を探して、
自分で予約して、
自分で通う。
夫に相談するという発想が、
いつの間にかなくなっていた。
海外にいると、
医療のハードルが一段高いんです。
言語が違う。制度が違う。
保険のカバー範囲を考えないといけない。
日本のように
「とりあえず整形外科」ができない。
そのいろんな手間がめんどくさくて、
ちゃんと向き合えていない自分がいました。
でもこの人は、
靴底まで見て、心配してくれていた。
私が言う前に予約を取っていた。
助けてあげる、じゃなくて、
先に見ていた。
そこが、いちばん効きました。
今日の夫の好きなところ
【靴底を見ていたこと】
40度のカニキュルの午後。
マミーに息子を預けて、
夫と2人で手をつないで歩いた。
行き先は、足専門の診療所。
その予約は、
ベトナムを発つ前に
夫が取ってくれていたものでした。
きっかけは、私の靴だった。
片方だけ底がすり減っていることに、
この人は気づいていた。
毎日履いている私は、
まったく気づいていなかったのに。
3年抱えてきた首の痛みを、
私はずっと自分だけの問題にしていました。
でもこの人は、
言われる前に見ていて、
言われる前に手を打っていた。
測ったら、
足の歪み方が私とまったく同じでした。
違うところばかり数えてきたけれど、
体は勝手に似ていっていたみたいです。
今日の夫の好きなところは、
【靴底を見ていたこと】。
▼ 「ママのおかげだよ、と言ってくれたこと」昨日の話はこちらに。
今日は夫の【ママのおかげだよ、と言ってくれたこと】に恋をした。
▼ ステージを降りた瞬間から、私たちは始まりました。
▼ 屋上で4つの手をつながれた夜から、このシリーズが始まりました。
毎日、夫に恋する生活を。― すれ違いの中で見つけた、たった一つの習慣。―
▼ このシリーズを最初から読む。
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