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フランスで、私は回復した。体重だけじゃなかった。|私自身の部屋

帰国してすぐ、ジムでInBodyを測定しました。

体重46.5kg。体脂肪率15.5%。内臓脂肪レベル2。骨格筋量21.4kg。

数字を見ながら、少し泣きそうになりました。

読みました!整備+フッター追加で仕上げます。少し待ってください。


産後39歳女性として、想像以上に良い数値だった。

39歳の日本人女性の平均体脂肪率は、28〜32%前後と言われています。

15.5%という数値は、むしろ私の人生の中でベストに近い水準。

内臓脂肪レベルは10以下が標準のところ、2という結果。

骨格筋量も産後女性としては高い水準で、左右の筋肉バランスも整っていた。

栄養評価でも、タンパク質・ミネラル・筋肉量すべてが正常範囲を上回っていた。

産後2年近く、ずっとどこかが崩れていた体が、数値の上でも完全に戻っていた。

それどころか、20代や30代の頃や産後前より整っていた。

フランスに行く3週間で、ここまで変わるとは思っていませんでした。


うつのとき、一番つらかったこと。

産後うつの底にいた時、一番つらかったのは何でしたか?と聞かれたら。

体の痛みでも、眠れないことでも、夫婦のぶつかり合いでもなかった。

一番つらかったのは、「何も感じられない」という感覚でした。

目の前に幸せがたくさん転がっているのに、何も感じられない。

おいしいはずのものが、おいしくない。

うれしいはずの瞬間が、うれしくない。

全部が灰色に見えて、全部がタスクに見える。

食べることも、寝ることも、息子と遊ぶことも、

全部「こなすべき作業」になっていた。

「幸せなはずなのに、なぜ感じられないんだろう」という自己嫌悪が、

さらに追い打ちをかけていました。

夜な夜な、一人で泣いていた日がありました。

何のために頑張っているのか、わからなくなっていた時期でした。


フランスで、感覚が戻り始めた。

フランスに着いた初日、義母が言いました。

「今回は、好きなものをいっぱい食べてもらわなきゃ。」

その言葉通り、毎朝、焼きたてのパンオショコラが私の分だけ置いてありました。

私が目覚める前に、近くのパン屋に買いに行ってくれていた。

食べなくても、何も言わない。

でも翌朝もまた、そっと置いてある。

最初は、それすらタスクに見えていました。

食べなきゃ、という義務感で口に入れていた。

でもある日、気づいたら「おいしい」と思っていました。

気がついたら、今朝は何を食べようと自分で冷蔵庫を楽しみに開けるようになっていました。

その感覚が戻ってきた瞬間を、今でも覚えています。


3年間の痛みが、消えた日。

フランス滞在中、義母と夫と一緒に小旅行をしました。

湖でカヤックを漕いだ日のことです。

2時間半、広い水の上に浮かびながら、夫とずっと話した。

5年後のこと、10年後のこと、ずっと言えなかったことを全部話した。

その日の夜、気づきました。

3年間、ずっと悩まされてきた首のつっかかりと、右半身の痺れが、消えていました。

フランスの渡航前に病院でMRIやCTスキャンをとって、

首のヘルニアでリハビリが必要だと診断されたばかりだったのに。

完全にではないけれど、あの激痛と引っかかりが、嘘みたいに取れていた。

体の問題だけじゃなかったんだと思います。

心の中に抱えていた何かが、あの湖の上でほどけた。

抱えていたものを手放したら、体まで軽くなった。


うつは、体と心がくれたストップサインだった。

帰国してから、改めて思うことがあります。

うつというと、ネガティブなものとして捉えられがちです。

でも今の私には、違って見えています。

体と心が、「もうここで一度止まれ」と教えてくれたサインだったんだと思っています。

根性と気合いだけで全部やろうとしていた私に、

それでは限界が来ると教えてくれた。

そしてそのおかげで、帰国後に動けるようになりました。

夫が作ってくれた家族のスケジュール表。

買い物が誰でもできるように在庫をリスト化したシート。

家事タスクをエリアごとに整理して、何をどれくらいの頻度でやるかをまとめたリスト。

私は大谷選手が使っている81マスの目標シートを作りました。

やりたいことを81個書き出して、重複しているもの、個別に取り組めるもの、

まとめられるものに分類して、

1週間・1ヶ月・3ヶ月のスケジュールに具体的に落とし込んだ。

家族の時間、子どもとの時間、夫婦の時間、自分の時間。

ぐちゃぐちゃに混ざっていたものが、整理されて見えるようになった。

そして、驚いたことがあります。

無理だと思っていたことが、全部収まったんです。

あの夜な夜な一人で涙していた日が、嘘みたいでした。


回復に必要だったのは、環境だった。

フランスから帰ってきて、改めて思います。

回復に必要だったのは、薬でも、治療でも、休息だけでもなかった。

環境でした。

毎朝パンオショコラが置いてある環境。

息子を安心して預けられる人がいる環境。

夫と2人でカヤックを漕げる時間がある環境。

「全部マネージするから」と言ってくれる夫がいる環境。

そして、周りになんでも相談できる環境。

帰国後も、その環境が続くように、自分たちで仕組みを作り始めた。

一人で全部抱えている状態から、誰かと分け合える状態に変わった時、

何かが動き始めた。

それだけは、確かに言えます。


崩れたから、ここまで来られた。

InBodyの結果を見ながら、思いました。

体重が戻っただけじゃない。

感情が戻った。食べる喜びが戻った。

首の痛みが消えた。

3年間抱えてきた何かが、ほどけた。

仕組みが整い始めた。

夫婦の関係が、新しい形になり始めた。

無理だと思っていたことが、全部収まった。

あの産後うつがなかったら、根性論のまま走り続けていたと思います。

崩れなかったら、仕組み化しようとしなかった。

夫と本気でぶつかり合わなかったら、本当の意味で同じ方向を向けていなかった。

崩れたから、ここまで来られた。

そう思えるようになったのが、今の私の正直な気持ちです。

ベトナムの湿気が肌にまとわりつく空港を出ながら、ああ、帰ってきたと思いました。

来た時と同じ場所に帰ってきたのに、全然違う自分がそこにいた。

まだ途中です。完治じゃない。

でも、息ができるようになりました。

そして今、やっと走り始められる気がしています。


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お読みいただきありがとうございます。

「何者かにならなくていい。全部の自分のままでいい。」

そう信じながら、等身大のまま書いています。

諦める前に、もう一回だけ試してほしい。

そのための実験を、私自身が続けています。

どこかの誰かのエールになれたら、嬉しいです。

スキやコメント、とても励みになります。

フォローして、続きも一緒に見届けてもらえたら嬉しいです。

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【この記事を書いた人】まなラボ

音大中退、貯金ゼロ、高卒からスタートして、

気づいたら4言語・5カ国居住・約40カ国を旅していました。

ベトナムで会社を立ち上げて売って、産後うつになって、消えそうになって。

それでも今、ダナンで息子とフランス人の夫と、

日々の身の回りの幸せを大切にしながら、笑って生きています。

「こんな道もあるんだ」と思ってもらえたら十分です。

挑戦する前から、諦めないでほしい。

失敗を、恐れないでほしい。

諦めるまでは、失敗じゃないから。


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