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北野の鏡 — 灰色の選択

GW後半、ゆっくりと神戸へ赴いた。
午前様の家事タスクを片付けてからの出発だ。
この時期は暑いのか寒いのか判然としない。
灰色のジャケットを羽織る。

急用もない。だからこそ、街をのんびりと歩ける。
大阪と違い、大丸や阪急の百貨店に喫煙所が見当たらない。
見落としているだけかもしれないが、深入りしても辛くなるだけだ。

代わりに、まだ可能性が残るパチンコ店へ入る。
一角で時間を潰していると、いかにも神戸らしい、お淑やかな貴婦人が喫煙所へ向かっていた。
黒のワンピースに帽子、サングラス。
パチンコ愛好家としては、機敏さに欠ける装いだ。
部外者は長居せず、そそくさと店を後にする。

三ノ宮駅周辺は、相変わらず客引きの気配が濃い。
前回気になっていたバーへ向かうため、雑居ビルのエレベーターへ、ポン引きに気づかれないよう滑り込む。

扉が開くと、オーセンティックバーにしては珍しく団体客で賑わっていた。
聞き耳を立てるにはちょうどいい。
一年ぶりの訪問としても、都合がいい。
万博の話、音楽の話。
無難な会話を一通り交わし、八時ごろ、「二軒目へ」と伝えて店を出た。

だが、その二軒目はシャッターという鉄の壁に閉ざされていた。
GWで燃え尽きたのだろう。土曜の夜には珍しい。
こういうズレが、街の面白くなる瞬間でもある。

しばらく立ち尽くしたが埒が明かない。
地下から這い出るようにして地上へ戻る。
北野で新規開拓するか、それとも最寄りに戻るか。
少し考えて、前者を選んだ。

玉石混交の街。
重厚なキャバレー、間口の広いメンコンやコンカフェが入り組み、全体像は簡単には掴めない。
のらりくらりと歩く。

目当ての店は外壁工事中だった。
入らない言い訳としては十分だ。
それでも、養生シートを踏み越え、階段を上る。
店内は想像以上に賑わっていた。

常連らしき男が「いい面構えだ」と笑う。
軽口を交わしながら、マスターと常連たちのボケとツッコミに混ざる。
しばらくして、“一番目”が現れた。

確かに、いい面構えだった。
ベージュのジャケットを着た若い男。隣には連れの女性。
軽く会釈を交わし、言葉を交わす。
好青年のようでいて、どこか同じ匂いがする。
生まれは東の国、その隣県。
この距離感なら、ほとんど誤差だ。
年齢も同じ。
今どき珍しく、紙巻たばこ。しかも銘柄も同じだった。
どこか、昔の『ルパン三世』のジャケット違いのようだ。
赤か、緑か。
自分は、そのどちらでもない灰色を選んでいた。
——無難であることは、取り回しがいい。

彼には“ツレ”がいた。バランスは取れていた。
いなければ、ただの色違いのキャラクターだ。
たばこは互いに交換した。
彼は二箱を使い分けるタイプらしい。自分も用途や気分で分ける。
やがて常連たちは会計を済ませ、店内は静けさを取り戻す。
残ったのは、彼と、その連れ、そしてマスター。
ローカルな話をしながら、出会いのきっかけを聞く。
北野というコミュニティの中で、ドッペルゲンガーと向き合う時間。

やがて、魔法の時間が近づく。
マスターの手元も、どこか緩やかだ。
連絡先を交換してもいいかもしれない——そう思う。
だが、それはやめた。
ここで会えば、次もまた会う。
そのときに交換すればいい。
今交換すると、「昨日はありがとうございました」で終わる気がする。
次に会ったときは、観念して交換するだろう。

今夜は、もらったたばこを持ち帰る。
翌日、喫茶店でゆっくり味わうために。
もしドッペルゲンガーとして消えるとしたら、たぶん私の方だ。
そのときは——まあ、それでいい。

北野は、そういう街だった。


続編

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