食事の中の生命とは何か:美味しいトマトと、そうでないトマト。我が家のトマトルール
妻はいつも箱でトマトを買う。冷蔵庫に入れておいて毎日2−3個食べる。あっという間になくなってしまう。
お店で売っている弁当やオードブルにもトマトは彩りに入る。だいたい美味しくない。切った瞬間からトマトの内にある細胞は破壊され始める。これは新鮮なトマトと食べ比べれば分かる。定食屋さんでもサラダとして出るときには切られて小皿に盛られているものが出てくる。運良くすぐに食べれればいいが、少し間があくと美味しくない。
このお話の続きです

食事とは、食材の中の水に浮かんだ細胞を食べるのである。細胞生命の単位で水(細胞)の中に浮かんでいる「(立体構造を維持した)タンパク・脂質」を受け取るのである。
「政治的に正しい栄養学」は食材から水を捨てて、分子の数を数えて「栄養素」と言うラベルを貼る。だから、ドッグフードみたいな食事でも栄養満点であると太鼓判を押す。そして、ガンやら生活習慣病やら難病やらにヒトを追い込んでいく。アイツラの言うこと信じていたら人生の終わりはピンコロにならない。やたら長生きさせられるぞ。良かったね。
玉ネギをコールスローにした。タマネギやキャベツと言った植物は、害をなす虫をそばに寄せないように多くの代謝物を作る。春の芽花山菜は苦味が強く、アク抜きがいる。
我が家にはトマトルールが有る。食べる直前に切るのだ。



玉ねぎは本来辛味がすごいのだがこの時期のものは比較的辛くない。微塵に刻んでゆで卵とマヨネーズで合えることで辛味が消える。マヨネーズの脂分が玉ねぎをラッピングして閉じ込めるのだろうか?
トマトと段々に載せてサンドイッチにする。



人は調理という方法を学び貪欲に食事を作る。
野生に生きる生物は食べることが出来るものしか食べない。食物連鎖のレンジは実に狭い。パンダは笹を、コアラはユーカリを、渡り鳥はヒマヤラをも超え生命のレンジを結ぶ。
人は調理というメソッドでその場所にある生命を食べるすべを見つけたのだ。その力は素晴らしいものかもしれない、しかし、途上国には、餓死する人々が多くいる。先進国と言われる奴隷の国では毎日、朝から晩まで働きながらドッグフードみたいなもの食って生きざるを得ない人もいる。
食事の問題は社会の問題である。
コンビニやスーパーに行くといかにも美味しそうなものが山積みである。ときに買って食べることもあるが、やはり、自分で作ったもののほうがいい。

食事は楽しいほうがいい。
ピンコロの人生の終わりまで、皆でニコニコ生きるがよろし。





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厨房研究に使います。世界の人々の食事の価値を変えたいのです。