卒業の日 #3 颯太の迷い
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机の上で、スマートフォンが震えた。
画面を見る。
《水野恵理》
颯太はすぐには開けなかった。
机の上には、分厚いファイル。
佐伯から引き継いだ仕事の資料だ。
ページの端には、小さな付箋がいくつも貼られていた。
颯太は、しばらくその付箋をじっと眺めていた。
それから、スマートフォンを手に取る。
メッセージを開く。
『今週土曜日、式場の打ち合わせだよ』
『一緒に行こうね?』
颯太は、画面を見つめた。
恵理は、学校の先生だ。
年度末は忙しい。
とくに、今年は3年生の担任だった。
生徒の進路や卒業式の準備で、
今年に入ってからゆっくり話す時間もなかった。
それに加えて、結婚の準備だ。
忙しい合間を縫って、動いている。
颯太は、一度衣装合わせに行ったきりだ。
恵理と結婚する。
嬉しくないわけはない。
それは、自然な流れのように思えた。
恵理は、とても明るい。
自分が深く考え込んでいると、
「大丈夫、大丈夫」と肩を叩くような人だ。
自分にないところをいっぱい持っている。
だからこそ、恵理に惹かれたのだろう。
それでも。
颯太は、机の上の付箋を指でなぞった。
なぜか、気持ちがついていかない。
(結婚が嫌なのか?)
ふと、そう思う。
すぐに首を振る。
違う。
恵理といる時間は好きだ。
それでも、どこか落ち着かない。
理由が、うまく言葉にできない。
*
颯太は、軽く頭を振るとファイルに向き合った。
ページをめくる。
最後のページをめくる。
ファイルの台紙に一枚の付箋が、ついていた。
颯太はそれを引き抜く。
そこには、短い言葉が書かれていた。
“道は自分の後ろにできる。
迷うなら、動け”
「同じやり方でなくていい」
佐伯の声が、そっと響いた。
「私の正解が、君の正解とは限らない」
颯太は付箋を見つめた。
(迷ったら、動け)
颯太はスマートフォンを手に取る。
メッセージの画面。
カーソルが点滅している。
少し考えて、文字を打つ。
『おつかれさま』
送信。
すぐに既読がついた。
返信は来ない。
颯太は、もう一度メッセージを打った。
『今度、ゆっくり会って話そう』
送信。
机の上の付箋が、わずかに揺れた。
窓の外は、すっかり夜だった。
しばらくして、スマートフォンが震える。
《水野恵理》
『いいよ』
もう一行。
『私もいっぱい話したいことがある』
颯太は小さく息を吐いた。
ファイルを閉じた。
最後のページに、付箋を貼り直す。
“道は自分の後ろにできる。
迷うなら、動け”
部屋の灯りを消した。
ドアの前で、颯太はもう一度つぶやいた。
「……そうだよな」
(第3話 了)
📚ZAPPING POINT
引き継ぎに書かれた付箋の言葉が登場する話→#6 自分が動く番
颯太と水野恵理の結婚式の話→#7 見送る日
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