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卒業の日 #3 颯太の迷い

3/3 17:10
机の上で、スマートフォンが震えた。
画面を見る。

《水野恵理》

颯太はすぐには開けなかった。

机の上には、分厚いファイル。
佐伯から引き継いだ仕事の資料だ。
ページの端には、小さな付箋がいくつも貼られていた。

颯太は、しばらくその付箋をじっと眺めていた。
それから、スマートフォンを手に取る。

メッセージを開く。

『今週土曜日、式場の打ち合わせだよ』
『一緒に行こうね?』

颯太は、画面を見つめた。

恵理は、学校の先生だ。
年度末は忙しい。

とくに、今年は3年生の担任だった。
生徒の進路や卒業式の準備で、
今年に入ってからゆっくり話す時間もなかった。
それに加えて、結婚の準備だ。
忙しい合間を縫って、動いている。

颯太は、一度衣装合わせに行ったきりだ。

恵理と結婚する。
嬉しくないわけはない。
それは、自然な流れのように思えた。

恵理は、とても明るい。
自分が深く考え込んでいると、
「大丈夫、大丈夫」と肩を叩くような人だ。
自分にないところをいっぱい持っている。

だからこそ、恵理に惹かれたのだろう。

それでも。

颯太は、机の上の付箋を指でなぞった。
なぜか、気持ちがついていかない。

(結婚が嫌なのか?)

ふと、そう思う。
すぐに首を振る。

違う。

恵理といる時間は好きだ。
それでも、どこか落ち着かない。
理由が、うまく言葉にできない。


颯太は、軽く頭を振るとファイルに向き合った。
ページをめくる。
最後のページをめくる。

ファイルの台紙に一枚の付箋が、ついていた。
颯太はそれを引き抜く。
そこには、短い言葉が書かれていた。

“道は自分の後ろにできる。
迷うなら、動け”

「同じやり方でなくていい」

佐伯の声が、そっと響いた。

「私の正解が、君の正解とは限らない」

颯太は付箋を見つめた。

(迷ったら、動け)

颯太はスマートフォンを手に取る。
メッセージの画面。

カーソルが点滅している。

少し考えて、文字を打つ。

『おつかれさま』

送信。
すぐに既読がついた。

返信は来ない。
颯太は、もう一度メッセージを打った。

『今度、ゆっくり会って話そう』

送信。

机の上の付箋が、わずかに揺れた。
窓の外は、すっかり夜だった。
しばらくして、スマートフォンが震える。

《水野恵理》

『いいよ』

もう一行。

『私もいっぱい話したいことがある』

颯太は小さく息を吐いた。
ファイルを閉じた。
最後のページに、付箋を貼り直す。

“道は自分の後ろにできる。
迷うなら、動け”

部屋の灯りを消した。
ドアの前で、颯太はもう一度つぶやいた。

「……そうだよな」

(第3話 了)


📚ZAPPING POINT
引き継ぎに書かれた付箋の言葉が登場する話→#6 自分が動く番
颯太と水野恵理の結婚式の話→#7 見送る日


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一条 詩紋 いつも読んでいただき、本当にありがとうございます。 物語があなたの癒しになれば幸いです。 チップはご無用です。一緒にドキドキしてくれた思いを伝えてくだされば・・・。それがうれしいです。