卒業の日 #7 見送る日
7/25(土)15:20
新西急ホテルの披露宴会場。
月見里直人(やまなし なおと)は、受付を済ませて中へ入った。
白いクロス。
花。
グラスの音。
披露宴は、もう始まっていた。
「直人。」
振り向くと、颯太が立っていた。
「久しぶりだな」
「来てくれてありがとう」
恵理も隣で笑う。
「直人さん、お久しぶりです」
直人は軽く手を挙げた。
「おめでとう」
二人は並んで立っている。それだけで、幸せそうだった。
颯太が少し声を落とす。
「お母さんはどうだ?」
直人は肩をすくめた。
「この夏を越えられないかもって。医者が」
颯太は小さくうなずいた。
「そうか」
直人は笑った。
「長かったよ」
それだけ言った。
介護は、もう何年になるだろう。
最初は、終わりなんて見えなかった。
でも最近は違う。終わりが近いことが、わかる。
それなのに、心の隅が少し緩む。
(おれは、よくやった。もういいじゃないか)
直人は、そんな自分に少し顔をしかめた。
*
披露宴が進む。笑い声が続く。
颯太と恵理が、テーブルを回っている。
直人はグラスを手にしたまま、二人を見ていた。
幸せそうだ。
自分も昔は、こういう席に座る未来を想像していた。
今の生活は、病院と家の往復だ。
それでも——
今日ここに来てよかったと思った。
*
司会の声が響いた。
「本日のデザートは、新婦のお母さまからサプライズプレゼントです」
会場が少しざわめく。
司会は続けた。
「花嫁、恵理さんが子どもの頃から大好きだった味です」
「お母様のレシピで、作った『プリン』です」
テーブルに、小さなガラスの器が運ばれてくる。
やわらかな色のプリン。
恵理の母が、マイクを受け取った。
少し照れたように笑う。
「この子が小さいころ、よく作っていたプリンです」
会場が静かになる。
「初めて食べた時に、何回もおかわりをして……その時、この子がいてくれて本当によかったと思いました。」
母は、少し涙ぐみながら恵理の方を見た。
「恵理、生まれてきてくれて、ありがとう」
拍手が起こる。
恵理も泣きながら笑っていた。
プリンの表面が、会場の光を静かに映していた。
直人はプリンを見た。
自分は、最後に、母に何を言えばいいのだろう
*
その時だ。
携帯が震えた。
テーブルの上で、小さく振動している。
画面を見る。
まほろば市民病院
直人は一瞬、動かなかった。
もう一度、震える。
メッセージ。
「すぐお越しください」
直人はゆっくり立ち上がった。
颯太が気づく。
「直人?」
直人は軽く手を挙げた。
「ごめんな。また、改めてあいさつしに行く」
それだけ言って、会場を出た。
バンケットホールの扉を閉めると、そこは別世界のように静かだった。
エレベーターの扉が閉まる。
直人は携帯を握ったまま、目を閉じた。
(第7話 了)
📚ZAPPING POINT
プリンの話→#5 とっておきのレシピ
病院からメッセージを送ってきた看護師の話→#9 朱肉の匂い
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いつも読んでいただき、本当にありがとうございます。
物語があなたの癒しになれば幸いです。
チップはご無用です。一緒にドキドキしてくれた思いを伝えてくだされば・・・。それがうれしいです。