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夏なので、死にそうなほど切なく、美しい音楽を聴きたい。(前編)


どうも、ご無沙汰してます。
考える犬です。夏ですね。

日々慌ただしく過ごしているうちに、7月も終わろうとしている。

さて、夏の音楽といえば、「夏だ!ビーチだ!イェー!!!」みたいなものも多い。夏ってのは羽目を外したくなる季節だ。

(懐かしくて死にそう)


…しかし悲しいかな、この年になるともはやそういう楽曲はカロリー過多である。というかここ最近の夏は暑すぎて、10代の若者ならいざ知らず、いい歳いた大人がそんなノリでは熱中症で倒れかねない。

もう少し落ち着いた楽曲が良いだろう。


…というわけで、いっそ死にそうなほど切なく、美しい夏の曲を集めてみました。

※イメージ

そう、夏とは内省的になる季節でもある。

特に晩夏になると盆という行事も相まって、どこか死の気配を漂わせた楽曲も少なくない。

今日はそんな楽曲を紹介します。

それでは参りましょう。


1.若者のすべて - フジファブリック


言わずと知れた夏の名曲。
フジファブリックの「若者のすべて」である。


この曲、リリースは2007年だが、ここ10年くらいでじわじわと存在感を増してきた感がある。

あの忘れられない2009年。フロントマン志村正彦氏の夭折をもって、同バンドファンのみならず、全ての邦ロックファンにとって特別な意味を持つ楽曲となってしまった。

歌詞、サウンド、刹那的な空気感。
その全てが奇跡的なバランスで真空パックされたような楽曲。

個人的には、サビのこの歌詞が全てだと思う。

最後の花火に 今年もなったな
何年たっても 思い出してしまうな

若者のすべて / フジファブリック


こんなにシンプルなのに、なぜこんなに胸に迫るのか。

なぜこんなにも、切なさを呼び起こされてしまうのか。


当時のフジファブリックは、志村氏のどこかとぼけた視点から描かれた世界を、あくまで等身大の言葉を用いて邦ロックに落とし込んだ。そうして生み出された楽曲はどこか奇妙で、ユーモアがあって、そして我々日本人にブッ刺さる情緒に溢れていた。

最後の最後の 花火が終わったら
僕らは変わるかな
同じ空を見上げているよ

若者のすべて / フジファブリック


志村正彦は、詩人だ。
それでいて最高のロックンローラーだ。

彼を失った後も、残りのメンバーは活動を辞めなかった。

ギターの山内総一郎をフロントに据え、これまでの志村さんの確立したバンド色を踏襲しながらもどこか新しい…そんな魅力的な音楽を、多く生み出していった。

…そんなフジファブリックだが、つい先日2025年2月をもって活動を休止することが発表された。解散ではなく、あくまで休止だ。そこに彼らの気概を感じずにはいられない。でもひとまず、本当にお疲れ様でしたと言いたい。


今後の彼らの行く末は、誰にもわからない。
それでも、彼らの残した音楽は輝きを失わない。

これからも夏かがくるたび、きっと聴き続けてしまう。

何年たっても、思い出してしまうのである。


2.真夏の通り雨 - 宇多田ヒカル



続いては天才ソングライター・宇多田ヒカルの楽曲。
「真夏の通り雨」である。


夢の途中で目を覚まし
瞼閉じても戻れない
さっきまで鮮明だった世界 もう幻

真夏の通り雨 / 宇多田ヒカル


この曲の収録アルバム「Fantôme」は、6年間の活動休止からの復帰後初のアルバムであり、宇多田ヒカル自身、「2013年に亡くなった母・藤圭子に捧げる作品」と発言している。そのためか、全体に渡り「生と死」、あるいは「輪廻」といった気配を強く匂わせる内容となっている。


この曲はサウンドも素晴らしいが、ここでは深淵で内省的な歌詞の内容に着目し、見ていく。

汗ばんだ私をそっと 抱き寄せて
たくさんの初めてを 深く刻んだ

真夏の通り雨 / 宇多田ヒカル


ぽつりぽつりと紡がれる詩は、悲愛の末に別れた昔の恋人の歌のようでもあり、同時に死別した最愛の家族のことを歌っているようにも読み取れる。

この、どちらの解釈も可能とする断片的な描き方をする辺り、宇多田ヒカルの言語感覚の非凡さを実感させる。これにより、曲を聴く者は否応なしに自らの大切な人との思い出を想起してしまう。


次に、タイトルにある「真夏の通り雨」というワードを考えてみたい。このワード、曲の終盤に以下のような文脈で歌われる。

思い出たちが ふいに私を
乱暴に掴んで離さない
愛してます 尚も深く
降り止まぬ 真夏の通り雨

真夏の通り雨 / 宇多田ヒカル


「通り雨」とは、「ひとしきり降るが、すぐに晴れる雨」だ。


つまり「降り止まぬ  真夏の通り雨」という歌詞は一見矛盾しているようで、その実、ぐちゃぐちゃに掻き乱されて尚晴れ間が見えない作者の心象風景を、恐ろしいほどリアルに表現している。

ずっと止まない止まない雨に
ずっと癒えない癒えない渇き
ずっと止まない止まない雨に
ずっと癒えない癒えない…

真夏の通り雨 / 宇多田ヒカル

天才である。

この曲を作成したときの宇多田ヒカルは、完全に別の次元に入っているように思える。

なんというか…亡き母に会うために黄泉の世界へ向かったけれど、結局母には会えず、代わりにこの曲を連れて帰ってきたような。

そんな人智を超えた強力な力を、この曲には感じる。


誰もに訪れる、大切な人との別離。

人生において立ち止まり、その人のことを思い返すとき、きっと多くの人がこの曲を聴き返す。


詩。音楽。そして遠い夏の記憶を呼び起こされるようなMV。

全てが、ぞっとするほど美しい

禍々しい引力を纏った楽曲と言えよう。



…と、ここまで2曲紹介しました。

思いの外長くなってしまったので前後編に分けます。


残りは後編で。

それでは!


2025/7/27

後編書きました。 ↓からどうぞ。



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