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【美術展2025#99】作家の現在 これまでとこれから@東京都写真美術館

会期:2025年10月15日(水)〜2026年1月25日(日)

東京都写真美術館は2025年に総合開館30周年を迎えました。1995年の総合開館から30年の間にもさまざまな表現が誕生し、社会の変化とも呼応しながら、写真表現の歴史は途切れることなく更新されています。「作家の現在」と題した本展では、国内外で活躍が目覚ましい作家の現在の活動を、これまで当館に収蔵された作品等と合わせて紹介します。進行形の作家活動に触れる機会を通し、作品理解を深めるとともに、これからの表現の可能性を探ります。

東京都写真美術館


東京都写真美術館内をハシゴする。

先に観た「遠い窓へ」展は5名の若手〜中堅作家を取り上げた展覧会だったが、こちらの展覧会は5名のベテラン作家で構成されている。
若手からベテランへと世代を接続しながら美術館全体でこれからの写真表現を探る、といったところだろうか。


・石内都

〈ひろしま〉より

東京都写真美術館蔵と作家蔵の〈ひろしま〉シリーズから構成されている。

〈ひろしま〉より

広島の平和記念資料館に保管されている被爆者の遺品を撮影する、2007年から続くシリーズ〈ひろしま〉。
被爆80年目となる本年も新たな遺品が寄贈されたということで撮影に赴いたそうだ。
いわゆるブツ撮りだが、被写体のテクスチャーには様々な情報が刻まれており、重厚な歴史のストーリーが脳裏を巡る。
ところでこのブースの大小縦横様々なサイズの謎にリズミカルな作品配置は作家自らが行ったものなのか、それとも館主導なのかが気になった。

〈ひろしま〉より



・志賀理江子

過去のいくつかのシリーズからオムニバス的に構成されている。

写真的には好みでないが、表現自体は強いと思う。
ただその行き着く先がやはり私の嗜好と思想とはどうにも噛み合わないのだ。

《螺旋海岸 46》2011

現在開催されている展覧会だが…↓

こちらの展覧会でも大トリとして志賀作品が用いられていた↓



・金村修

モノクロームの雑多な都市風景。

《System Crash for Hi-Fi》2015

都市の放つ混沌としたエネルギーが渦巻いている。
撮影地は特に明記していないが写真に写り込む標識や看板などから、王子、大宮、上海と様々な場所でとりとめなく撮られていることが読み取れる。


近年はコラージュやドローイングなども手掛けているようだが、そちらについては正直よくわからない。

なんかやろうとしているエネルギーは感じる。

《無題》2025



・藤岡亜弥

日芸放送学科を落ちて浪人したくなかったから同じ科目で受験できて、まだ願書を受け付けていた写真学科を受け直して合格したという。
写真に興味があったわけでもなくカメラを持ったのも進学後だそうだ。
人生いつスイッチ入るかわからんもんだね。


毎年8月6日に平和記念公園を中心に撮影した〈Hiroshima Today〉

〈Hiroshima Today〉2018-2025

2020年を境に皆がマスクをして隣との間隔を広めに取っていたりするが、次第にそれが解除されていく様子なども読み取れる。
世の中では毎年のように様々なことが起きるが、広島の「8月6日」には80年間変わらずに静かな時が流れる。


作られる「ヒロシマ」のイメージ



・川田喜久治

92歳(誕生日は1月1日!)ながらもinstagramや最新機器なども駆使して精力的に発表を続けている。


1950~60年代の「地図」シリーズと並べる近作。

《黒い雨》2024

爆心地や特攻隊員の痕跡を残した60年以上前の写真と並べている。


まだソビエト連邦の名が記されている。

《地球儀をはさむ男》1971


今年は昭和100年。

昭和最後の日の太陽から早36年経ち、時代は平成を経て令和へ。

《昭和最後の太陽、昭和64年1月7日》1989

国名や元号が変われども、今日も太陽は昇り地球は回る。



その瞬間、その時代にしかない空気感を切り取る力は、絵画や彫刻ではかなわない、写真が持つ圧倒的優位性だ。
個人的嗜好として、時の流れを感じるような記録を比較した定点観測的な写真表現は大好物なので、キャリアが長い写真家の作品はその点で観応えがあった。

今回、「遠い窓へ」展と併せて観たことで、記録しておくことの大切さを改めて感じたが、記録が記憶になっていく中で埋もれていく記録されなかったことたちも忘れずに大切にしたいと思った。

継続する意義や意味について考えるいい機会になった。



【美術館の名作椅子】↓


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