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1000スキの記事を眺めながら、人気ってなんだろうと考えた

こんにちは、芽芽斗 守(めめと・まもる)です。

実は私のクリエイターページでは、ずっと記事の「人気順」表示をオフにしていました。

しかも、無自覚です(笑)。

あまり説明書を読むタイプではありません。

半年以上noteを書いていながら、まだ知らない機能がいくつもあります。

以前からひとつ疑問がありました。

なんで私のページには、人気記事の並びがないんだろう。

他のクリエイターのページでは見かけるのに、自分のページにはない。

本人のアカウントからは見えない仕様なのかな。

そう勝手に決めつけていました。

ところが先日、ログアウトした状態で自分のページを開く機会がありました。

やっぱりありません。

さすがにおかしいと思って、ようやく調べました。そして発覚しました。

どこかのタイミングで自分で非表示にしていたみたいです(笑)。

当時なぜそうしたのかは、まったく覚えていません。

もしかすると記事を数字で並べられることに、どこか抵抗があったのかもしれません。

というわけで、今は私のページでも記事を人気順で見ていただけます。

この機会に覗いてもらえたらうれしいです。

ただ、せっかくなのでその報告だけで終わらせません。

半年以上書いてきて、初めて自分の記事を人気順でちゃんと眺めました。

そこで一つ、考え込んでしまったからです。

そもそも「人気」って、なんなんでしょうね。

一番人気は、やっぱり自己紹介でした

圧倒的なのは自己紹介の記事でした。

スキも1000件を超えていて、誰が見ても私の一番人気です。

とはいえ、この記事はずっとページの先頭に固定しています。

自己紹介はスキがつきやすいとも聞くので、その恩恵もかなり受けているのだと思います。

その次に、ほぼ同じ位置で三本が並んでいました。

一つ目は、AIと作ったFIREシミュレーターを公開した記事。

二つ目は、早期退職後にやってみたことをまとめた記事。

三つ目は、AIとものづくりについて書いた記事です。

どれも自分なりに力を入れて書いた三本です。

ただ、そこへたどり着くまでの道のりはまったく違いました。

同じ文章なのに、伸び方が違いました

FIREシミュレーターの記事と、早期退職後にやってみたことを書いた記事。

この二本は公開直後、通知が鳴り続けました。

自分の感覚では、バズったに近い体験です。

どちらも「FIRE」や「やってみた」という大きなタグの上位に入りました。

たくさんの人の目に触れる場所へ運ばれていったわけです。

AIの記事は違います。
公開した直後は、あまり読まれませんでした(笑)。

自分では手応えがあっただけに、少し残念でした。

自分がいいと思うものと読者が読みたいものは違うんだろうな。

そう自分を納得させていました。

ところが少しして、noteでAIフェスティバルとの共同企画「#AIで遊ぼう」が始まりました。

テーマも合っていたので、せっかくならと応募したところありがたいことに企画ページの人気記事に載せてもらえました。

そこから読んでくれる人が増えて、じわじわ伸びていきました。

そして今では、私の人気記事の上位にいます。

公開した日とコンテストに応募した後で、中身が書き変わったわけではありません。

同じ文章です。

変わったのは、置かれた場所だけでした。

14,341人で確かめた実験があります

似たことを調べていたら、面白い実験に行き当たりました。

社会学者のマシュー・サルガニックたちが2006年に『サイエンス』誌で発表した研究です。

名前は「ミュージックラボ」といいます。

確かめたのは、たったひとつです。

他の人の反応が見えるかどうかで、曲の売れ方は変わるのか。

集まった参加者は14,341人。

無名バンドの48曲を聴いてもらい、気に入ったものをダウンロードしてもらいます。

このとき参加者を二つに分けました。

片方には、その曲が何回ダウンロードされたかを表示する。もう片方には、何も見せません。

結果ははっきり分かれました。

ダウンロード数が見えたグループでは、人気が一部の曲に偏りました。

上位はぐんと伸びて、あとは伸びない。
しかも実験は、ここで終わりません。

数字が見えるグループは、さらに八つの部屋に分けられていました。

部屋どうしは行き来できません。

表示されるのは、その部屋の中だけで積み上がった数字です。

同じ48曲を、同じ条件で八回ためしたようなものです。

それなのに、どの曲が上位に来るかは部屋ごとにばらばらでした。

ある部屋の1位が、別の部屋では埋もれている。

では中身は関係ないのか。
そうでもありませんでした。

評価の高い曲が大きく沈むことはめったにない。
評価の低い曲が上位へ来ることも、めったにない。

けれどその間では、順位がいくらでも入れ替わりました。

私はこう受け取りました。

人気に中身は要る。
けれど中身だけでは人気にならない。

私のnoteに無理やり式をあてはめるなら、こんな感じでしょうか。

人気 = 中身 × 見つけてもらう機会 × 積み上がる時間

もちろん私が勝手に作った式です(笑)。

「×」にしたのは、どれかがゼロだと結果もゼロになるからです。

私のAIの記事はコンテストに応募するまで「評価されなかった」のではなく、そもそも見つけてもらう機会がほとんどなかったのかもしれません。

最初のひとつが、次のひとつを呼びます

考えてみれば、私自身がそうです。

本屋では「10万部突破」の帯が目に入る。
買い物ではレビューの数を見る。

知らない店に入るときも、誰もいない店より少し人が入っている店を選びます。

社会心理学者のロバート・チャルディーニは、人が動かされる原理のひとつに「社会的証明」を挙げました。

自分だけでは決めきれないとき、人は他人の行動を手がかりにする。

たくさんの人が選んでいるなら、きっと何かあるんだろう。

そう考えるわけです。

社会学には「マタイ効果」という言葉もあります。

ロバート・マートンが1968年に名づけたもので、由来はマタイによる福音書の一節です。

持っている人はさらに与えられ、持っていない人は持っているものまで取り上げられる。

有名な科学者ほど功績が集まりやすく、無名の研究者の貢献は見えにくくなる。マートンはそう書きました。

タグの上位に入れば人の目に触れる。
読まれればスキが増える。
スキが多ければ、また誰かが読んでみようと思う。

noteの仕組みがそうなっているという話ではありません。人間にそういう心理があるという話です。

私も例外ではありません。

では、人気記事はいい記事なのか

ここで最初の問いに戻ります。

たくさん読まれた記事だけが、いい記事なのでしょうか。

会社員なら勤務先。
起業すれば年商。
小説なら発行部数。
映画なら興行収入。
SNSならフォロワー数。
動画なら再生数。

数字や肩書はわかりやすい。

それ自体を否定するつもりはまったくありません。

評価されるまでには、見えない努力が山ほど積み上がっているはずです。

人気になるのは簡単ではありません。

スキがたくさんつくことだって、実際にもらってみるとうれしいものです。

だから数字に意味がないとは言えない。

けれど、それが価値のすべてなのかと聞かれると私は違うと思います。

実は以前も、似たことを書いていました。

この記事を書くきっかけは、ある人のnoteで見つけた一行でした。

その人はフォロワーが多いわけではありません。
記事にスキがたくさんついていたわけでもありません。

それでも、その一行を読んだ翌日から私の行動は少し変わりました。

数字に残らなくても、人を動かす文章はある。

あのときそう考えました。

自分の人気記事を眺めながら、今回も同じ場所へ戻ってきました。

自分の一番が、選べませんでした

ではビューもスキも全部取っ払って、芽芽斗自身はどの記事が一番好きなんだ。

そう聞かれたら、どう答えるだろう。

せっかくなので、人気順に並んだ記事を上から一つずつ眺めてみました。

結論、わかりませんでした(笑)。

どれも自分なりに考えて、自信を持って公開した記事だからです。

しかも厄介なことに、数字を知ってしまった私はもう公平ではありません。

1000のスキがついた記事は、やっぱり少し立派に見える。

あまり読まれなかった記事を開くと、そんなに良くなかったのかなと一瞬考えてしまう。

人気は読者だけでなく、書いた本人の評価まで書き換えてしまうのかもしれません。

これはなかなか怖い。
そしてそれがなんだかとても面白い。

数えられるものと、数えられないもの

そういえば数字が人の評価まで変えてしまうことについて、こんな一文を思い出しました。

数えられるもののすべてが重要なわけではないし、重要なもののすべてが数えられるわけでもない。

Cameron『Informal Sociology』(1963)

アインシュタインの言葉として、あちこちで見かけます。

私も長らくそう思っていました。

ところが出どころをたどると、様子が変わります。

アインシュタイン研究の決定版とされる引用集では「おそらく本人ではない」に分類されていました。

近いのは1963年の一冊です。

社会学者のウィリアム・ブルース・キャメロンが、自分の本に書いた一文でした。

つまり無名の社会学者の言葉が、有名な物理学者の名前へ吸い寄せられていた。

数字の危うさを説いた一文が、いつのまにかマタイ効果の見本になっていたわけです。

ここまで来ると、笑うしかありません。

私たちには、全部を読む時間がない

ランキングや賞がなくならない理由は、案外単純なのかもしれません。

私たちに時間がないからです。

世の中には本も映画も音楽も文章も、私ひとりでは到底触れきれないほどあります。

人生は有限です。

その人生のうち、一本の記事に割ける時間はもっと有限です。

だから私たちは、誰かの評価を借りながら自分の時間の使い道を決めています。

それは悪いことではないと思います。

人気とは、これは絶対にいいものですという証明ではない。

ここから見てみませんか、という入口のひとつだと私は思います。

そしてメメント・モリへ戻ります

私の名前である「芽芽斗 守」は、メメント・モリから取りました。

いつか死ぬことを忘れるな。
だから今日という時間の使い道を考える。

人気ランキングを眺めた末に、まさかここへ帰ってくるとは思いませんでした(笑)。

時間が有限だから、私たちは人気を頼りにします。

でも時間が有限だからこそ、たまには人気から外れたものへ手を伸ばしてみたい。

その一本が、自分にとっての一本になるかもしれないからです。

最後にひとつだけ。

一番人気でも、評価されなかった記事でもありません。

ただ、今の私がもう少し多くの人に届いてほしいと思っている一本を置いておきます。

人気は価値そのものではない。
でも価値に出会うための、大切な手がかりではある。

だからこれからも私は数字を見ると思います。

スキが増えれば喜びます。

その一方で、数字の外にある一行も見落とさないようにしたい。

半年以上も人気順の表示をオフにしていた人間が言っても、説得力はありませんけどね(笑)。

最後までお付き合いいただきありがとうございました。

もし少しでも刺さるものがあったら、スキを押してもらえると励みになります。




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