「工場長、本当にその方法で大丈夫なのでしょうか?」適用判断力~抽象化能力を支える力2
私の定義する「抽象化能力」はパターン認識力、適用判断力、抽象化調整力の3つから成り立っています。そして、それらを下支えする基盤として、適切な抽象化の軸と適切な抽象度を判断する力が存在します。
このうち、適用判断力とは、識別されたパターンを適用する条件について判断する能力です。
今回はこの適用判断力が機能しない場合と、それに対する処方箋についてお話しいたします。

なぜ成功パターンを誤って適用してしまうのか
Z工業のG工場長(55歳)は、最近の生産性低下の原因について、1か月前から持論を展開し続けています。
「私の経験から言って、こういう問題が起きるのは現場の基本動作が乱れているからだ。
15年前のY工場でも同じような問題があったが、3S運動(整理・整頓・清掃)を徹底して見事に解決した。今回も必ずこれで上手くいく」
しかし、生産技術課のH主任(32歳)は困惑していました。データを見る限り、生産性低下の主因は新しく導入したシステムの不具合による手戻りの増加です。それを示す客観的なデータも複数揃っています。
「工場長、データを見ていただきたいのですが......」
G工場長は遮るように続けます。
「データ? そんなものは後からついてくる。私の経験では、必ず基本動作の乱れが原因なんだ。明日から整理・整頓・清掃を徹底させることにする。」
G工場長、適用判断力に問題ありです。
G工場長の思考を紐解いてみましょう。
適用判断力を妨げる原因~「適用条件への意識が希薄」
G工場長は、過去の経験から「生産性低下の根本原因は現場の基本動作の乱れ」という結論を導き出しました。
「生産性低下という事態が起きている」→「15年前のY工場でも同じことがあった」→「あのときは基本動作の乱れを改善することで問題が解決した」→「つまり必要なのは、3S運動だ……」
確かに15年前のY工場では、基本動作の乱れが生産性低下の原因だったかもしれませんが、今回のケースが同じとは限りません。
しかし、H主任の話を聞こうともしない様子を見ると、G工場長にとっては「生産性低下の根本原因は現場の基本動作の乱れ」は「信念」となっているようです。その信念に基づいて、根本原因を決めつけていると言い換えてもいいでしょう。
そして、「現場の基本動作の乱れ」を改善する手段は「3S運動の徹底」しかないと、こちらも決めつけています。
生産性低下の「根本原因」とそれを解決するための「手段」の組み合わせは、どんな状況でも当てはまると信じているようです。
無論、「どんな状況でも当てはまる」というのは幻想です。物理法則でもない限り、適用条件はあると思うべきです。そして、手段を吟味する際にも、根本原因に働きかけるものを考えるべきです。
G工場長は、自説を普遍的法則に近いものとして認識しており、どんな場合でも適用できると信じ込んでいました。
適用条件という発想そのものがなかったのです。
「適用条件への意識が希薄」に対する処方箋
G工場長のように、自説に固執し、「適用条件」という発想を持てないケースはままあります。
また、今回のケースとは異なりますが、適用条件をなんとなくしか理解しておらず、きちんと言語化できていないため、適用できる条件なのに適用しなかったり、適用できない条件なのに適用しようとしてしまったりということもあると思います。
このような、「適用条件への意識が希薄」なケースに対する処方箋は、自分が見出したパターンには必ず何らかの適用条件があるはず、と考えること 、です。
つまり、特定の条件下では成り立つが、それ以外の条件下では成り立たないはずで、それらの条件を明確に知って初めて、見出したパターンを活用できると肝に銘じる必要があるのです。
パターン認識ができるだけでは不十分で、明確な適用条件を知らなければいけないのです。
適用判断力を妨げる原因~「現状の認識が不十分」
適用条件はしっかり定義しているのに、現状をしっかり確認していないために、適用条件との差異が明確にできず、結果として判断を誤るケースもあります。
適用条件に対しての意識があることはとても大切ですが、それを有効に活用するためには、現状を正しく把握できていなければならないのです。
仮にG工場長に適用条件の意識があったとしても、現状把握の不適切さゆえに判断を誤っていた可能性は大いにあります。
なぜなら、H主任がシステムの不具合という明確な証拠を示そうとしているにも関わらず、G工場長はそのデータを見ようともしなかったからです。
これでは、せっかくの適用条件の意識も無意味になってしまいます。
自説に対する思い入れが強いと、この問題は起こりがちです。自分にとって不都合な情報やデータを軽視・無視することで、現状を正しく把握できなくなるのです。「信念」に固執したG工場長のケースは典型的な例と言えます。
そこまで極端でなくても、こういったことは日常的にも起こります。ダイエットをしていて、体重が減った時は自分の努力、体重が増えてしまった時は体重計の誤差で片付けてしまうのも同じ現象です。
「現状の認識が不十分」に対する処方箋自分にとって不愉快なデータに目をつぶりたくなる気持ちはわかります。
しかし、そのデータには存在している理由があるはずです。その理由を知らない事自体がリスクとなりえます。
まずは、そのデータがなぜ存在しているのか、それが何を意味しているのかを、偏見なく考えることです。
その際、様々な視点からそのデータを見てみる必要があります。自分の視点だけではなく、上司、部下、協力者、敵、ライバルなど、様々な視点でデータと付き合うことが大切です。
データを吟味した結果、自分を責めるような内容ではなかったということも往々にしてあります。必要以上に自己防衛的になり、過剰な反応をしても良いことはないのです。
最後の落とし穴~「根拠のない楽観視」
適用条件はきちんと言語化されており、現状と適用条件の違いもわかっているのに、最後の段階で適用可否の判断を誤ってしまうこともあるでしょう。
その多くは、根拠のない楽観視によるものです。
例えば、4つの条件が全て満たされている場合のみ、そのパターンは確実に適用できるとわかっている状態だとします。そこで、3つの条件が満たされているだけで、「まあ、何とかなるだろう」と思ってしまうのがこの症状です。
特に、4つ満たされていれば確実に適用できることはわかっているが、3つの時には適用できたりできなかったり……というような場合に、「何とかなるだろう」が顔を覗かせることが多いようです。
この場合、そのパターンを絶対に適用させるべきではない、と言うつもりはありません。
ですが、4つの条件が揃っている場合と同じ対応で良いはずはありません。
思い切って適用させるなら、見出したパターンの適用が適切かどうかを確認するタイミング・方法を明確にし、適用すべきでなかったことがわかった時の対処方法を考えておく必要があります。ギャンブルに出るためには、それだけの準備をする必要があるという話です。
今回は適用判断力が機能しない状態、そして、それに陥った時の処方箋についてお話ししました。
次回は抽象化調整力についてお話ししたいと思います。
参考
1 なぜ、あの人との会話は噛み合わないのか?
2 会話の「噛み合わなさ」の正体
3 「同じミス」を繰り返す人は、「同じミス」だと思っていない
4 質問にきちんと答えられない人
5 思考にも「利き手」がある
6 「茶色い毛玉」か、「うちのミースケ」か?~「具体的知識」のレベル
7 「視野を広げる」ための4つのアプローチ
8 多角的な情報収集~「解像度を上げる」ためのアプローチ(1)
9 何がわが子に起こったか? 「観察」と「記録」と「分析」~「解像度を上げる」ためのアプローチ(2)
10 「抽象化能力」のレベル
11 活躍し続けるベテランは「パターン認識力」が優れている~抽象化能力を支える力1
12 「新入社員が辞めていくのは、新人教育が不十分だから」では、不十分な理由
13 上司の“武勇伝”には、「適用判断力」が欠けている~抽象化能力を支える力2
14 「工場長、本当にその方法で大丈夫なのでしょうか?」適用判断力~抽象化能力を支える力2
15 なぜ、上司によってこんなに評価が異なるのか?抽象化調整力~抽象化能力を支える力3
16 思考スタイルは抽象化能力と具体的知識の組み合わせで決まる
17 「困った人」への対処法1~思考スタイルを知ることで人間関係を楽にする 具体的知識1✕抽象化能力1
18 「困った人」への対処法2~思考スタイルを知ることで人間関係を楽にする 具体的知識1✕抽象化能力2
19 「困った人」への対処法3~思考スタイルを知ることで人間関係を楽にする 具体的知識2✕抽象化能力1
20 「困った人」への対処法4~思考スタイルを知ることで人間関係を楽にする 具体的知識2✕抽象化能力2
21 「知っている」と「理解している」の決定的な違いとは
