【小説】ザ・サン・インザレイン #14|月
馬の蹄の音で、目を覚ました。
あたたかく、薄暗い中にいた。
目の前にはカレンの豊満な胸。
カーテンを閉めきった部屋は、何かの巣の中みたいだった。
窓の隙間から、細い日射しが差し込んでいる。
ずいぶん長い間、正気を失っていたらしい。
カレンの腕の中で、身じろぎした。
「気がついた?」
カレンが少し怯えたようにこちらを見ている。
「ごめん……俺、君に何かした?」
「まさか。あなた、ずっと怖がってただけよ」
カレンが起き上がり、Tシャツを羽織る。Tシャツでも隠しきれない、抜群のプロポーションだった。
「カレンは、綺麗だね」
カレンは笑いながら部屋を出ていった。
頭が痛い。
アシッドでバッドに入るのははじめてだった。
どれほど自分のコンディションが悪かったのか、自覚させられる。
「飲んで」
戻ってきたカレンが、コップに入った水を手渡す。
ただの水が、染み渡るように身体に広がった。
「で、なにかあったのよね?」
水を飲み干し、グラスをサイドテーブルに置いた。
「……いや、べつに」
「カイってだれ?」
*
「そんなことで悩んでいたの?」
俺は降参して、教会で懺悔するみたいにカレンに告白した。
アシッドのせいでぼーっとする頭が、口を緩ませてしまったせいだとも思う。
「そんなことって。俺、ゲイかもしれないんだけど」
「バカバカしい。さっきあなた、私とファックしたじゃない」
「いやまあ、そうなんだけど」
「つまり、女も男もいけるってことでしょ? お得じゃない」
お得?
「でも、親友にそんな感情抱くなんて……」
「あなた、そのエリックとやらみたいに、欲情したからって友達に手を出すの?」
「するわけないだろ、そんなこと」
「じゃあ問題ないじゃない。僧侶でもあるまいし」
カレンと話していると、なんだかほんとうにバカバカしくなってきた。
カレンは俺のマルボロを一本取り出し、火をつけて吸うと、煙を俺に吹きかけてこう言った。
「人を好きになるって、悪いことじゃないわ」
シャワーを借りて、仕事へ行く準備をした。今夜も泊めて欲しいと懇願したけれど、帰って克服してこいと拒否されてしまった。
まあ、他の女の子のところへ行けばいいし。
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◀︎ 𝙉𝙤𝙬 𝙋𝙡𝙖𝙮𝙞𝙣𝙜
Sweet Jackie - Sugarplum Fairy
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まだなんとなく気持ち悪い。
バスや地下鉄に乗りたくなくて、カナル沿いを歩いていた。
夏が本格的になり、晴天が続いている。
ほんの一瞬で終わってしまうけれど、青い空に緑の芝生、太陽に乾いた風。
ロンドンの夏は、刹那的で最高だった。
日差しが水面に反射するカナルには、ボードがたくさん停まっていて、洗濯物を干しているものさえある。
ちんたら歩く俺を、ジョギングする人や、犬の散歩をする人たちが追い越していく。
今日が晴れでよかったと、心の底から思った。
*
仕事が終わると、女の子の家には行かず、自分の家に帰ることにした。
バスを降りて空を見上げると、青空に白い月が出ていた。
ドアを開けると、カイが走って出迎えに来た。
「おかえり! 今日も帰ってこないのかと思ったわ」
うれしそうに笑うカイの顔を見たら、ふいに涙がこぼれた。
「え、なに、どした」
カイがオロオロしている。
「なんかあったん? ティッシュいる?」
涙があとからあとから湧いてきて、止まらない。
俺はただ、この笑顔を守りたかっただけなんだ。
𝙉𝙚𝙭𝙩 →
【CHAPTERS】
#00│プロローグ
#01|カルボナーラ
#02|キャッツ
#03|チャイナタウン
#04|ノッティング・ヒル
#05|ポートベロー・マーケット
#06|Fox in Fog
#07|Angel
#08|38番
#09|エリック
#10|香水
#11|クリスプ
#12|カムデン・マーケット
#13|Purple Turtle
#14|月
#15|最終話|邂逅
