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ヘッドホンの個性が音楽の好みを変えた話と、"沼"の正体

「このヘッドホンで聴く、このアーティストのこの曲が最高に気持ちいい」

オーディオが好きな方なら、一度はそんな経験があるのではないでしょうか。そして、気づけばその「気持ちいい」音楽ばかりを聴いてしまう。逆に、手持ちのヘッドホンではどうにもしっくりこない音楽は、再生リストからそっと外してしまう…。

これは、私が長年オーディオと付き合ってきた中で、ずっと感じてきたことです。自分の音楽の好みが先にあるのではなく、ヘッドホンの個性が、いつの間にか私の音楽の好みを作り上げていたのかもしれない。

今回は、そんな私のヘッドホン遍歴と、それに伴ってどう音楽の好みが変わっていったのかを振り返りながら、多くの人を魅了し、そして悩ませる「オーディオ沼」の正体について考えてみたいと思います。

私のオーディオ履歴(簡略)

ヘッドホン沼にハマる前、父親が持っていたCDを取り込んでいくらか楽曲は持っていましたが、聴くのはアニソンとかが殆どでした。そこから私の音楽の趣味がヘッドホンと共にすこしづつ変化していきます。

私のヘッドホンの詳細は以下に書き留めていますので、もしよければそちらもご覧ください。

ATH-W1000 / HP-DX1000:ピアノジャズへの入り口

私がオーディオにのめり込むきっかけとなったヘッドホンの一つに、オーディオテクニカのATH-W1000があります。木のハウジングが特徴的なこのヘッドホンは、とにかくピアノの響きが自然で、温かみがありました。

このヘッドホンで夢中になって聴いていたのが、ジャズピアニストのBill Evansです。古い録音の曲でも、録音の粗さが気にならず、むしろそれが「味」として感じられるような優しい鳴り方をしてくれました。ピアノの一音一音が柔らかく、空間に溶けていくような感覚。この体験が、私がピアノジャズを深く好きになる原点でした。そして、その良さを更に深化させたようなVictor HP-DX1000は私の10年以上の愛機となりました。

逆に、ATH-W1000ではロックやヒップホップ系等は視聴リストから外れる事が多かった様にも。HP-DX1000は低音も出て、ロック系もそれなりに行けたのも、長年の愛機になった理由です。

MDR-SA5000:坂本龍一の音世界に浸る

次に手にしたのが、SONYのMDR-SA5000。これはATH-W1000とは正反対の個性を持つヘッドホンでした。どこまでもクリアで、濁りのない高音。ともすれば「冷たくて刺さる」と表現されるような、鋭利で分析的なサウンドが特徴です。

このヘッドホンは、坂本龍一の音楽と最高の相性を見せてくれました。彼の作る繊細な電子音や、ピアノのタッチの消え際までをも描き出す解像度の高さ。特に、儚さを感じさせる静かな曲は、このヘッドホンの持つクールな音色と相まって、他に代えがたい感動がありました。電子音楽もピアノ曲も、このヘッドホンで聴く坂本龍一は格別でした。

ただ、MDR-SA5000で大好きになったBill Evansを聞きたいと思う事はあまり無かった様に思います。どこかピアノの線が細くなり、ドラムのハイハットがやたらと主張してくる感覚がどうも苦手でした。

RP-HJE70 (メタパナ):ロックを刻んだ電車の移動時間

イヤホンも忘れてはいけません。特に印象に残っているのが、PanasonicのRP-HJE70、通称「メタパナ」です。金属筐体が生み出す独特の響きが特徴で、大阪の電車での移動時間を彩ってくれました。

iPodに繋いで聴いていたのは、もっぱらBon Jovi。ドラムのシンバルが良い具合にシャープに響き、ベースの低音もタイトで量感がある。そのノリの良さが、満員電車の憂鬱を吹き飛ばしてくれました。まさにロックを聴くためのイヤホンで、移動中はひたすらギターリフとドラムに身を任せていました。

こちらもBill Evansを聴くと、ベースはややブーミーで、ピアノをマスクし、ピアノそのものの音もどこか粗い感じで全くと言っていいほど聴きませんでした。後に買ったVictorのウッドシリーズイヤホンでは逆にBill Evansばかり聴いていました。

MDR-Z1R:現代のビートと空間表現を求めて

そして現在、メインで使っているのがSONYのフラッグシップモデルMDR-Z1Rです。このヘッドホンの魅力は、なんといっても豊かで質の高い低音と、絶妙な音像定位です。

このヘッドホンを手にしてから、私の再生リストにはレディー・ガガのようなダンス・ポップが頻繁に登場するようになりました。深く、そしてパワフルに沈み込む低音は、現代的なポップスのビートを最高に心地よく鳴らしてくれます。

また、Yosi Horikawaのような、音の配置や空間表現を重視したエレクトロニック・ミュージックもよく聴くようになりました。MDR-Z1Rの密閉にしては広い音場と定位感のある音は、彼の作る緻密なサウンドスケープを余すところなく再現し、まるで音に包み込まれるような没入感を味あわせてくれます。

まとめ

ヘッドホン沼の正体と、その先にあるもの

こうして振り返ってみると、私は無意識のうちに「ヘッドホンの個性」に合わせて、聴く音楽を選んでいたのだと改めて気づかされます。

家の据え置きアンプAT-HA2002にATH-W1000を繋いだ時はBill Evansを。外でiPodとメタパナを使うときはロックを。そして低音の表現力に優れたMDR-Z1Rを手にしてからは、低音や音の定位感が魅力的なダンスミュージックやエレクトロニカを求めるようになりました。サブスクリプションサービスをガッツリ利用するようになってからは、MDR-Z1Rの良さが活きる、EDM系のプレイリストを検索することも増えました。

「このジャンルを最高に鳴らすヘッドホンが欲しい」 「このヘッドホンの魅力を最大限に引き出す音楽はなんだろう?」

この探求心こそが、私たちを次から次へと新しい機材へと向かわせる「オーディオ沼」「ヘッドホン沼」の元凶なのかもしれません。

しかし、私は今、その沼から少しずつ卒業しつつあります。そのきっかけは、ハーマンターゲットカーブという、多くの人が心地よいと感じる周波数特性の目標値と、それを実現するためのイコライザ調整の存在を知ったことでした。

イコライザを使って手持ちのヘッドホンの周波数特性を整えることで、どのヘッドホンでもある程度ニュートラルで綺麗な音を鳴らせるようになりました。その結果、昔のように「このヘッドホンだから、このジャンルを聴こう」といった選び方をすることが減ったのです。

それでも、オーディオの探求は終わらないのでしょう。イコライザで周波数特性という”モノサシ”を揃えたとしても、MDR-Z1Rの物理的な振動を伴うような豊かな低音や、SENNHEISERのHD800Sが持つような広大な音場といった、スペックシートには現れない「個性」は残ります。きっと私がHD800Sを手にしていたら、EDMなんかよりもクラシックとかを色々探して聴いていたことでしょう。

なんだかんだ、MDR-Z1Rと暮らしを一緒に居ながら、別のヘッドホンのことを考えてしまう。そして試聴したりレビューを見ては、やっぱり妻(MDR-Z1R)が好きだと再認識する。男なんてこんなものなのでしょうか。


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