連載18:過ぎ越し〈聖金曜日の希望〉5-4
マークス神父と「また煌堂で」
受難の始まり/聖週間2020
5-4 過ぎ越し〈聖金曜日の希望〉
2020年の聖金曜日。
ジョー・マークス神父はタブレット越しに、その朝の黙想を分かち合っていた。
「昨晩、ゲッセマネでイエス様とずっと一緒にいてね。私、つくづく思った。マークスのこの弱さこそが、強みであると」
実は以前、ジョーに尋ねたことがあった。
「ご自分の強みは何だとお考えですか」と。
彼は一瞬だけ考えて、「ワカラン」と首を振り、話題を変えた。
私は執拗に、翌日も同じ問いを投げた。
すると今度は、「私の強み、それは自分の弱さです」(2コリント12:10)と、彼は即答した。
思わず、「いかにも司祭らしい、模範的なご返答ですが」とニヤッとすると、ジョーは澄まして「当然でしょ」と、少しだけドヤ顔を見せた。
「ジョー、あなた一晩中ずっと考えておられましたね」と、すかさずツッコミを入れたところ、彼はすうっと目を逸らした。
これは社会がコロナ禍に入る前、マークス神父に「人生で最も困難だった」と言わしめた時期の、渦中のやり取りであった。※※
「今朝はね、あの苦しい日々を思い返していました。ねえミカゲ」
少しの間を置いて、唐突に、
「なぜ、受難の金曜日がGood(良い)でしょうかね」
そう、聖金曜日のことを、英語では“GOOD Friday”という。
無言で首を傾げる私を一瞥し、ジョーは語り始めた。
「今朝ね、私、ピン!ときた。主が十字架につけられたこと、それ自体が良いのではない。もちろんVery Bad(とても悪い)です」
「しかし、イエスが殺されなかったら、キリストの復活もあり得なかった」
ひと息ついて、
「聖金曜日の典礼は、皆さん『重い』『長い』『暗い』などと言います。確かにそうです。でもね」
彼は私を見つめた。
「必要です」
互いに沈黙し、そして彼の黙想は続く。
「私の生活も同じ。このコロナウィルスの状況の中で、私自身、毎日が重い。長い。暗い。なぜ、どうして、全然わからない。嘆くばかりの辛い毎日だ」
「弱いマークスの現実です」
「でも、その辛いこと、理解も説明もできない理不尽なことを通して、復活のキリストが現れて来てくださるのでしょう」
「金曜日の苦しいイエスの十字架が、日曜日の復活のキリストのために、どうしても必要です」
私が何も言えずにいると、彼は目を閉じて続けた。
「あの辛かった日々、マークスの弱さというものが、あれほどまでに現れ出た時はなかった」
「とてつもなく重い毎日だった。自分の弱さ、もう本当に、どうしようもない自分の現実を、ただ思い知らされるばかりだった」
「私の苦しみ、私の悲しみ、痛み、限界、不安、悩み、恐怖、怒り、失意、悲嘆、孤独、罪悪感、無力さ、惨めさ。・・・」
「そして、私の過ちや失敗、罪までも、そういったこと全部、一つひとつ。・・・」
彼は目を開き、天を仰いだ。
「こんな自分の、もうどうしようもないもの。しかし、その全てが、主キリストの受難によって、主の受難のおかげで、主の栄光に変容する!」
「そうだ、死と復活の間には、本質的な繋がりがあり、その繋がりの中で、聖金曜日が復活の歓喜へと導かれる」
「ねえ、人類にとって、これほどの恵みがあろうか! 人間の想像など遥かに超えた、どこまでも、計り知れない神の恩寵です」
「闇に光が差す」
「私たち人間の罪が、だが神の恩寵によって、愛のきっかけとなり得る」
「滅びから、救いへの道が開かれていく」
「ああ、神様のなさり方は! なんという神様か! 本当に、もう、なんという愛か! なんという神様か!」
再びジョーは目を閉じ、暫し沈黙。
そして続けた。
「ミカ、何もわからなくてもね、いいです。どんなに弱くても、惨めでも、嘆いていても、いいです」
「ご受難の主も同じでしたから」
「イエスご自身が、『この杯をわたしから取り去ってください』『なぜわたしをお見捨てになったのですか』と仰った。神の御子がそう仰った」
「味わい尽くした苦しみ全部を通して、ついに『成し遂げられた』と仰った主イエス、それは復活のキリストへの通過点だったでしょう」
「聖金曜日を経なければ、復活祭はあり得ない」
「その意味で、Goodです。Very Goodです」
「聖金曜日はまさにGOOD Fridayです。神の御独り子、主イエス・キリストのおかげさまによって!」
再び沈黙。
そして目を開いた彼は、熱をこめた。
「神様は変わらない!」
「人間の社会がどんなに変化しようとも、神様が社会の混乱に影響されることはない」
「主は必ず復活なさる!」
「たとえ、世界中の教会が封鎖されようとも、祭儀の形がどう変化しようとも、主イエス・キリストの受難と復活は、必ず成し遂げられる!」
「神様の愛は貫かれ、私たちの中に、恵みとして溢れ出る!」
「人類がいかなる混乱に巻き込まれても、神様の神秘は覆され得ない」
「神様の神秘は、何ものにも侵されることはない」
「これは人類にとって、大きな、そして永遠の希望です」
「神様は愛であり、とこしえに愛であり、その愛は決して変わらない」
「人間には絶対など何もないけれども、神様は絶対です!」
マークス神父は再び目を閉じて、深い沈黙に入った。
それ以上の言葉は要らなかった。
2020年の聖金曜日。
私たちは沈黙のうちに、ただ沈黙のうちに神の愛に一致し、未知のウィルスに喘ぐ世界のために、祈りを捧げたのだった。
文中※※↓↓関連記事:最も困難だった時期に関して
mikageです:
コロナ禍中に
恩師マークス神父(仮名)と過ごした
バーチャル聖堂「煌堂」での祈りの日々を
連載で綴っています。
(たまに単発で短編を挟むことがあります)
更新は不定期です。
1話ごと、祈りの中で言葉を紡いでおります。
気長にお付き合いくださいませ。
なお、本作は実話録ではありますが、
主人公はじめ登場人物・組織名等は、
(少なくとも当面は)仮称を用います。
読者の皆様には、ジョー・マークスを、
世間的な「肩書き」や、修道会・教会という組織の名称とは切り離された、ただ「神の御前に何ものでもない、一人の無名の老人」として、受け取っていただきたいと望んでおります。
また、記事は事実をベースとしつつ、
一部の出来事や時系列などに、再構成や脚色を含みます。
続き(連載19)はこちら↓
本記事(5-4)「過ぎ越し」の
(5-1)はこちら↓
連載の第1回はこちら↓
単発短編はこちら↓
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今後ともよろしくお願いいたします。
目を留めてくださるお一人おひとりに
祝福を祈りつつ…
mikage
