02_シーモアが蝋を好きなのはなぜか?_ J.D.サリンジャー「バナナフィッシュにうってつけの日」考察
Q. シーモアが蝋を好きなのはなぜか?
「バナナフィッシュにうってつけの日」の後半、少女シビルはシーモアに以下のように尋ねます。
(シビル)「あんた、蝋は好き? (Do you like wax?)」
(シーモア)「何が好きかって?」
(シビル)「蝋 (Wax.)」
(シーモア)「大好きだね。きみは?」
シビルは黙ってうなずいた。そして「オリーヴ好き?」と、訊いた。
「オリーヴね——好きだよ。オリーヴと蝋と。ぼくはどこへ行くにも必ずオリーヴと蝋を持ってくんだ」
この会話も不思議ですよね。幼い少女が旅行先で知り合った年上の青年に、何の脈絡もなく唐突に蝋が好きかと尋ねるのはどうしてでしょうか? その質問にシーモアが大好きだと答える理由は?
本稿の解釈はこう。
A. シーモアはイカロスのような蝋の翼を持つ若者だから。
以下に理由を述べます。
J.D.サリンジャー『バナナフィッシュにうってつけの日』読解をマガジンで連載しています。前の記事を未読の方は、もしよろしければ、01からお楽しみください。
1 永遠の少年
前回、シーモアは自我肥大によって命を落とす神話の主人公ナルキッソスだと述べました(上記リンク参照)。
ユング派の研究者フォン・フランツや河合隼雄は、自我肥大や過剰な自己愛から若くして命を落とすキャラクターを、神話の元型のひとつ〈永遠の少年〉として説明しています(P・T)。(ユングの元型とは、古今東西の人々が共通して意識の奥深くに持っているとされる普遍的なイメージやキャラクターのこと)
永遠の少年は、若く、強く、美しいけれど、精神的に幼く、自分の能力に過剰な自信を持っており、夢見がちで、刹那的で、慢心ゆえに無茶をして、若くして命を落とす傾向にあります。急激な上昇を試みるものの、限界を迎えて落下・墜落して命を落とし、母なる大地に呑み込まれてしまう。ゆえに大人になることができない(P)。『キャッチャー』のホールデンが永遠の少年であることは下記で説明した通りです。
「バナナフィッシュ」におけるシーモアの子どもじみた振る舞いを、永遠の少年と重ねる研究はすでにありますが、未熟な性格を指摘するだけにとどまっているようです。重要なのは、シーモアが永遠の少年であるという、その初期設定自体に、主人公の死の理由があるということ。作者がそこを起点に作品を構想していることではないかと思うのです。
2 イカロス
ナルキッソスと並び、永遠の少年を描いたもうひとつの神話といえば、イカロス。自分の能力への過信と傲慢さゆえに太陽に近づきすぎ、蜜蝋でできた翼が溶け、落下して命を落とす青年の物語です。
「バナナフィッシュ」にある、「蝋は好き? Do you like wax?」「大好きだね Very much」(28)というシビルとシーモアの謎めいた会話は、イカロスの翼を暗示しているのではないでしょうか。
蜜蝋の翼は、若々しい生命力と過剰な自信であっという間に燃え上がりやすく、偉大な太陽=神(=象徴的父)の怒りに触れれば、たちまち溶けてなくなってしまう危うい自我の象徴。熱くなりやすいけれど、自分の限界を把握できておらず、能力の制御の仕方を十分に身につけていないため、しばしば暴走して自滅しやすい未熟な若者の体と心のメタファー。
同時に、教会や社寺等、古今東西、多くの宗教施設に置かれている蝋燭は、神話において地獄の業火で罪や汚れを燃やし、浄化して再生へ導くアイテムでもあります(この詳細は改めて)。シーモアが「蝋が大好き」だと答えるのは、彼が自分の運命を理解し、覚悟を決めて受け入れようとする意思表示ではないでしょうか。(「ズーイ」にでてくる「アッシュさん」の一節もこれで解けますね)
3 太陽への恐れ
シーモアが日焼けを恐れ、色白の肌をバスローブで隠している(20)のは、ひとつにはイカロスとして太陽=神を恐れているからかもしれません。
シビルが「パパが明日ヒコーキで来るの」というのに対し、シーモアは「そうだな、そろそろ来てもいいころだな、きみのパパも。ぼくもね、もう来るだろうもう来るだろうとしょっちゅう思ってたんだ。しょっちゅうだよ」(23)と答えます。
巫女であるシビルのパパは、神託を授ける神。永遠の少年イカロスの翼を溶かして墜落死させる存在が、空から間もなくやって来ることを、シーモアはすでに感じ取っていた。どうやら今日がそれに「うってつけの日 perfect day」であるらしいことを、ここで悟っているとも読めると思うのです。
4 ユング派からの影響
サリンジャー作品にみられる、ユングおよびユング派の研究者からの影響については、例えば「大工よ、屋根の梁を高く上げよ」にはブーブーからバディに宛てた手紙の中に「ユングの流れを汲む立派な精神分析の先生に会っています」(16)という表現が出てくること、「ズーイ」で、ズーイがユングの活動拠点だったチューリッヒという地名を出しながら、フラニーの夢分析をして見せる場面が明らかにユングの物まね(181)であることを挙げておきます。サリンジャーの元妻クレアさんが、後にユング派の研究者になったのも有名な話で、サリンジャー作品のいたるところにユング派からの影響がみられます。この詳細は改めてまとめます。
5 神託
シビルが神託を告げる巫女であることは、前回述べた通り。シビルがシーモアに「もっと鏡を見たか」と問うことが、「あなたはナルキッソスで、鏡を見ることは死を意味するが、心の準備はできているのか」と問うこと同義だったように、「蝋を好きか」と問うのは、「あなたは永遠の少年・イカロスとして死ぬ運命にあるが、それに異存はないか」と問うのと同じ。
また、オリーヴは神話の中での死後の、再生の予兆(この詳細は改めて)。だからシーモアが「どこへ行くにも必ずオリーヴと蝋を持ってく」のは、いつでもイカロスのように太陽へ向かって飛び立ち、墜落死した後の再生を願う用意がある、という意味ではないかと思うのです。
6 翼・飛行機・鳥
永遠の少年の膨れ上がってはしぼみ、舞い上がっては落ちることを繰り返す不安定な自意識は、神話や物語において、急上昇と急降下を繰り返す翼・飛行機・鳥といったモチーフとして現れます。若者特有の、良くも悪くもエネルギーに満ちた、ふわふわと軽やかで地に足がついていない精神状態。これは、フォン・フランツが取り上げている『星の王子さま』やディズニー映画、ジブリ映画なんかを思い出すと分かりやすいですね。
『ナイン・ストーリーズ』の「対エスキモー戦争の前夜」や、戦前発表の短編「ふたりの問題」の登場人物が飛行機工場で働いていたという設定なのも、これを意識してのものでしょう。『キャッチャー』のホールデンも典型的な永遠の少年。地に足の着いた大人になることを拒み、その場しのぎの軽口でごまかしながらふわふわとした足取りで祝祭感あふれる年末のニューヨークの街を歩き回っている主人公は、学校から、社会から、肉体的・精神的に落下を繰り返し、ナルキッソス的に過剰な自意識と、イカロス的な気分の急上昇・急降下に苛まれ続けているキャラクターです(詳細下記参照)。
「シーモア-序章-」のはじめに、読者に向けて「あなたは大の愛鳥家だ」「あなたは鳥類によって想像力をかきたてられ、何よりもまず鳥類を相手にするようになった」と記されている(128)のも、このテーマに沿ったものではないでしょうか。イカロス・鳥のような精神性を持つ永遠の少年は、初期からグラス家サーガまでつづく、サリンジャー作品にとって極めて重要なテーマだといえるでしょう。
7 エレベーター
「バナナフィッシュ」のシーモアも同様。イカロス=永遠の少年が墜落死する直前に、自意識や気分が急上昇する様が、本作では、シーモアが自殺する前にホテルのエレベーターで五階へと上がる場面として表現されているのではないか、というのが私の推測です。
「バナナフィッシュ」だけを読んで、エレベーターに永遠の少年の急上昇を読み取るのは、少々強引な印象を持たれるかもしれません。けれど、『キャッチャー』で、ホールデンは「エレベーターで上にやられたり下にやられたりしなくちゃならない」(220)ことに嫌悪を示し、「ズーイ」では、バディが手紙で「エレベーター・シャフトに落ちた小さな子供」について言及し(85)、ズーイは母に対して、「気分転換にエレベーターにでも乗ってきたらどうだい?」(155)と言い放ちます。これもずいぶん奇妙なセリフだと思いませんか?(これらの意味は各作品読解にて)
初期短編「他人」では、帰還兵のベイブが、戦死した友人ヴィンセントの元恋人ヘレンのアパートを訪ね、彼の死を共に悼みます。ベイブが帰る際、エレベーターの前でヘレンはベイブに、「『上』のベルを鳴らしてちょうだい」「『下』のベルはこわれてるの」といいます(112)。このセリフには、戦死したヴィンセントが〈下=地獄〉ではなく〈上=天国〉へ行くことへの願いが込められていると思うのですが、この解釈については「他人」読解でまとめます。
いずれにせよ、エレベーターは、サリンジャー作品において、ひとつの重要なモチーフ。二十世紀前半にニューヨークで生まれ育ち、次々に摩天楼が建っていくのを目の当たりにしたサリンジャーは、エレベーターを永遠の少年の精神性を表現する道具として意識的に選び取っているように思えます。「バナナフィッシュ」でも、それがさりげなく使われているのではないでしょうか。次回はエレベーターとニューヨークの広告マンの関係について考察していきます。
今回はここまで。お読みいただきありがとうございます。
「スキ」をいただけたらうれしいです。
つづきはこちらから。ぜひご覧ください。
J.D.サリンジャー「バナナフィッシュにうってつけの日」読解01~10のまとめはこちらから。ぜひご覧ください。
J.D.サリンジャー『キャッチャー・イン・ザ・ライ』読解01~10のまとめはこちらから。ぜひご覧ください。
■参考文献
P_『影の現象学』河合隼雄
T_『永遠の少年』M-L・フォン・フランツ
