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BWC|Biological Weapons Convention / 生物兵器禁止条約 - 人類はその「使い方」を禁止した

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生物兵器禁止条約

病原体を「なくす」ことはできない。だから、人類はその「使い方」を禁止した

ウイルス、細菌、毒素、これらは、それ自体が兵器なのではない。
感染症研究、ワクチン開発、医療、農業、公衆衛生など、人間社会に不可欠な科学研究の対象でもある。
しかし同じ生命科学が、意図的に人間・動物・植物へ被害を与えるために利用されれば、生物兵器となる。

その問いに対して国際社会が作った制度が、BWC|Biological Weapons Convention 生物兵器禁止条約 である。

1975年に発効した BWC は、大量破壊兵器の一カテゴリーそのものを禁止した世界初の多国間軍縮条約となり、現在188か国が締約国となっている。

生物を兵器にする

病原体を戦争へ利用する発想そのものは古い。
しかし19世紀から20世紀にかけて、細菌学や感染症研究が急速に発達すると状況が変わり、人類は病気の原因となる微生物を特定し、培養し、研究する能力を持つようになる。

それは感染症から人間を守るための巨大な進歩であると同時に、病原体を意図的に利用する という可能性も拡大した。

1925|Geneva Protocol

第一次世界大戦 では化学兵器が大規模に使用された。
その経験を受け、1925年に、Geneva Protocol ジュネーブ議定書 が成立。
ジュネーブ議定書は、戦争における化学兵器と細菌学的戦争手段の使用を禁止したが、生物兵器を持っていても、「 使わなければよい 」という余地が残った。

第二次世界大戦と生物兵器研究

第二次世界大戦 期には複数の国家が生物兵器研究を進めた。
日本では旧日本軍の 731部隊 による生物兵器研究・人体実験などが行われ、英国、米国、ソ連などでも生物兵器研究が進められた。
冷戦 が始まると、生物兵器 も 大量破壊兵器体系 の一つとして研究・開発の対象となった。

1969|米国の生物兵器放棄

1969年、米国の リチャード・ニクソン 政権 は、攻撃目的の生物兵器計画を放棄する方針を発表した。
その後、生物兵器を包括的に禁止する国際交渉が進む。
ここで国際社会はジュネーブ議定書からさらに一歩進む。
問題は、「 使用するかどうか 」だけではなく、そもそも、「 兵器として開発・生産・備蓄すること自体を禁止できないか 」という方向へ動いた。

1972|BWC

1972年4月10日、BWCは署名のため開放され、1975年3月26日 発効。
正式名称は、Convention on the Prohibition of the Development, Production and Stockpiling of Bacteriological(Biological)and Toxin Weapons and on their Destruction 長い名称だが、その中に条約の目的がほぼすべて入っている。
禁止するのは単なる「使用」ではなく、兵器として使用するための装置・運搬手段など、さらに保有している生物兵器については、廃棄または平和目的への転換 を求める。

何を禁止しているのか

BWC の非常に重要な特徴がある。
禁止対象を単純な病原体リストだけで定義していない。
条約第1条では、正当化できない種類・量の微生物その他の生物学的作用物質や毒素を、平和的目的など以外の目的で保有することを禁止する構造になっている。
つまり、「 このウイルスは禁止 」という単純な仕組みではない。
同じ病原体でも、感染症研究や技術開発などにも必要になる。
問題は、何を持っているかだけではなく、何のために持っているのか。

Dual Use

この問題を象徴する言葉が、Dual Use|軍民両用 である。
生命科学では特に境界が難しく、これらは感染症対策に必要である。
危険な研究をすべて禁止する では解決できない。
BWC が管理しようとしているのは、科学を兵器として利用するという目的
なのである。

CWCとの大きな違い

CWC|化学兵器禁止条約 : 化学兵器を包括的に禁止する。
OPCW という常設国際機関が存在し、禁止を実際に確認する制度が構築されている。

BWC|生物兵器禁止条約 : 生物兵器を包括的に禁止する。
OPCW に相当する包括的な国際検証機関は存在しない。

「持っていません」をどう確認するのか

ある国家が、「 生物兵器はありません 」と宣言したとする。
大規模な核施設なら衛星などから発見できる場合がある。
化学兵器製造施設にも一定の設備や物質が必要になる。
通常の研究設備でも、扱う対象や目的によっては軍事利用との境界が問題となり、平和利用と軍事利用を施設の外見だけで区別することが難しい。
これは BWC が抱える根本的な検証問題である。

Confidence-Building Measures

包括的な査察制度がない中で、BWC締約国 は別の方法で透明性を高めようとしてきた。
1986年の第2回運用検討会議で、Confidence-Building Measures|CBMs
信頼醸成措置
が導入された。

各国が毎年、研究施設、生物防御研究、感染症発生、関連法制度、過去の生物兵器関連活動、ワクチン生産施設などについて情報を提出する。
目的は、曖昧さ、疑念、不信を減らすこと。

2024年には過去最多となる 111締約国 が CBM報告 を提出した。
しかし CBM は基本的に透明性と信頼醸成の仕組みである。

検証制度を作ろうとした

BWC の弱点は以前から認識されており、1990年代には、法的拘束力を持つ検証制度を構築するための交渉が進められた。

施設申告や現地調査などを含む議定書案について長期間交渉が行われた。
しかし国家安全保障、製薬産業上の秘密、検証の実効性などをめぐって各国の意見は一致せず、交渉は事実上行き詰まる。
その結果、BWC には現在も CWC の OPCW に相当する包括的検証制度が存在しない。

Implementation Support Unit

2006年の第6回運用検討会議では、Implementation Support Unit|ISU 履行支援ユニット の設置が決定され、2007年から活動している。
ISU はジュネーブの国連軍縮部内に置かれ、締約国会議の支援、条約の普遍化、国内履行支援、CBM 情報交換、国際協力などを支えている。

しかしISUは、生物兵器を世界中で査察する機関ではない。
OPCW とは役割も規模も権限も大きく異なる。

ソ連の生物兵器計画

BWC の検証問題を考える上で避けられない歴史がある。
ソ連は BWC締約国 だったが、冷戦 終結後、大規模な秘密生物兵器計画が存在していたことが明らかになった。
これは BWC にとって極めて重い事例であり、違反を国際社会がどう発見するのか という問題を突きつけた。

生物兵器と感染症

感染症は自然にも発生する。
新しい感染症が発生したとき、自然発生なのか、研究施設からの事故なのか、意図的に放出されたのか、初期段階では区別できない可能性がある。

さらに感染症は人から人へ広がることがある。
兵器を使用した地点だけで被害が終わるとは限らず、国境も越える。

COVID-19が示したもの

COVID-19 の世界的パンデミックは、感染症が社会へ与え得る影響の大きさを現実として示した。
一つの感染症が世界規模のシステムへ連鎖的な影響を与えた。

国連軍縮部も、COVID-19 の経験は、病原体が意図的に兵器として使用された場合に生じ得る破壊的影響と、Biosecurity・Biosafetyを強化する必要性を改めて示したとしている。

生物兵器の危険は、単純な爆発力では測れない。
自己増殖し、社会そのものを通じて広がる可能性がある。

科学が進歩するほど難しくなる

BWC が成立した1972年と現在では、生命科学の能力は大きく違う。
科学の進歩によって感染症治療や創薬の可能性は大きく広がっている。
同時にDual Useの領域も広がる。

BWC は、1972年に禁止したら終わりという条約ではない。
科学技術の変化に合わせて、何が危険なのかを継続的に考える必要がある。

2026年現在も、BWC 強化のための作業部会では科学技術の進展、透明性、国際協力、履行・検証などについて議論が続いている。

BWCの強さと弱さ

BWC には大きな成果がある。
現在188か国が締約国となり、生物兵器を認めない国際規範は非常に広く共有されている。
つまり、「 感染症を兵器として利用してよい 」という国家は、国際社会ではほぼ存在できない。

一方で
包括的な国際査察機関がない、
平和研究と軍事研究の境界が見えにくい。
科学技術が急速に変化する。
国家の申告だけでは完全な確認が難しい。
強い禁止規範と、難しい検証、BWC はその両方を抱えている。

BWCとCWC

BWC : 1975年発効。
生物兵器を包括的に禁止、しかし包括的検証機関は存在しない。

CWC : 1997年発効。
化学兵器を包括的に禁止、OPCW を設置。
申告・査察・廃棄・継続監視まで制度化。

その結果、国際社会が「守られていることを確認する能力」に大きな違いが生まれている。

見えない兵器をどう禁止するのか

核兵器なら核弾頭がある。
化学兵器なら化学剤や弾薬がある。
対人地雷なら地雷そのものがある。
しかし生物兵器では、病原体そのものが兵器とは限らない。

科学を止めず、兵器化を止める

人類は感染症研究をやめることはできないし、続けなければならない。
BWC の目的は、危険な科学をなくすことではなく、科学を人間社会のために利用しながら、その能力を兵器へ変える行動を禁止すること。

これは非常に難しい国際秩序である。
完全な検証制度はいまだ存在しない。
違反の可能性を完全に消すこともできない。
それでも、生物を兵器として利用してはならない という基準を世界の大多数の国家が共有している。

強い理念を持ちながら、その理念をどう検証可能な現実へ変えていくのかという課題を、現在も抱え続けている条約 なのである。

Archive Point

CWCと BWC は、ともに大量破壊兵器そのものを禁止した。
CWCはOPCWという検証機関を持った。
BWCは包括的な検証機関を持たなかった。


人類を感染症から守るために必要な技術と、人類を攻撃するために利用できる技術が重なっている。
研究そのものを禁止することはできない。
病原体そのものをなくすこともできない。

BWC が禁止しようとしているのは、最終的には人間がその能力を何のために使うかである。
そこに、生物兵器禁止という国際制度の難しさと、BWC を現在も更新し続けなければならない理由がある。

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